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時は復讐を忘れない  作者: 23
24/42

第二十四話 叔父が閉じた箱

八月七日、朝。


二人の澪は児童相談所の面談室で顔を合わせた。


御厨家で夜を越した澪は、左掌の包帯を少し黒く汚している。一時保護所から来た澪は、昨日預けられた携帯電話を持っていた。


「眠れましたか」


包帯のない澪が訊いた。


「三時間くらい。そちらは?」


「廊下にいました」


「怖かった?」


「はい」


「私もです」


同じ答えが出た後、二人とも少し嫌な顔をした。


机には二冊のノートがある。


昨夜、別々の場所で書いたものだった。


包帯のある澪が先に結論を言う。


「今日は交換しません」


「昨日は読むと言いました」


「読みました。だから、今日は読まない」


もう一人はノートへ手を伸ばさず、理由を待った。


「あなたの魚の皮を残した記憶が、朝起きた時に自分のことみたいに浮かびました」


「私は、そちらが皿を落としたところを想像しました」


「想像ですか」


「分かりません」


二人の間に沈黙が落ちる。


相手を知ることが怖い。


知らなくなることも怖い。


職員が話をまとめようとしたが、包帯のある澪が止めた。


「まだ決めていません。今日は、叔父さまの箱を見に行きます」


午前九時四十分。


御厨家の仏間に、古い木箱が三つ並んでいた。


黎一は『事故以前』『黒瀬』『事故以後』と書かれた箱の前に座っている。


高井と女性職員も立ち会った。


「事故以後を開けます」


澪が言う。


「俺が開ける」


黎一の手が蓋へ伸びる。


包帯のない澪が手首を掴んだ。


「先に取らないでください」


「姉の物だ」


「だからです」


黎一が力を入れる前に、包帯のある澪が蓋を持ち上げた。


中には大学ノート、古い封筒、小型のカセットテープが入っている。


一番上のノートの表紙。


『交換仮説・反証』


黎一の顔が変わった。


今度は誰より早くノートを取る。


包帯のある澪が、その上から手を置いた。


「離せ」


「嫌です」


「傷が開く」


「開いたら病院へ行きます」


「澪」


「私の名前を、止めるためだけに呼ばないで」


黎一の手が止まった。


高井がノートを開く。


最初の数頁には、時計が開いた日と、記録から名が落ちた日の対応が並んでいる。


その下に、赤い線で何度も消そうとした文章。


――喪失確認が接続より先行した可能性あり。


インクが違う。


「これは沙夜子さんの字ではありませんね」


高井が言う。


二人の澪は黎一を見る。


「叔父さま?」


黎一は否定しなかった。


「姉がいなくなった後だ」


「なぜ消したんです」


「可能性にすぎない」


包帯のある澪が即座に返す。


「黒瀬家のせいだというのも、可能性でした」


もう一人は別の頁を見る。


『一対一の交換と断定できない。欠落は先行する場合も、遅れる場合もある』


「こっちも赤線があります」


黎一の手がまた動く。


澪はノートを閉じなかった。


「叔父さまが消したかった記録を、私たちは読まされないまま一人にされかけたんですね」


「俺は、姉が間違っていたと思った」


「それなら、消さずに間違いだと書けばよかった」


黎一は答えない。


四冊目のノートには、八月十五日午後九時十三分。


学校。

山ノ宮神社。

黒瀬家。


人物名はない。


沙夜子の字で一文だけある。


――同じ場所へ集める案を採用しない。


「宗一郎さんの図と逆ですね」


包帯のない澪が言う。


黎一はその頁を初めて見るような顔をした。


「知らなかった」


「箱を閉じていたからですか」


「全部読めると思うな」


声は怒っていた。


けれど、澪には別のものに聞こえた。


「怖かったんですね」


「何が」


「読んだら、沙夜子さんと叔父さまが同じ答えじゃなくなることが」


黎一が立ち上がる。


仏間の襖へ向かう途中で、箱の隅にあるカセットが目に入った。


ラベルには『八月十五日・黎一へ』。


足が止まった。


「聞いたことは?」


高井が訊く。


「ない」


「どうして」


黎一は棚の古いラジカセを見た。


「壊れている」


包帯のある澪が電源コードを持ち上げる。


「試していませんね」


黎一はカセットを取ろうとした。


今度は二人の澪が同時には止めなかった。


包帯のある澪が先に言う。


「聞きます」


包帯のない澪は黎一へ訊く。


「叔父さまは、聞きたいですか」


「……分からない」


「では、分からないまま一人で捨てないでください」


カセットは警察で複製し、黎一が立ち会って確認することになった。


箱を閉じる時、黎一は自分で蓋へ手を置いた。


包帯のある澪がその手を見ている。


「また閉じるんですか」


「今日は閉じる」


「隠すため?」


「誰でも触れる状態にしないためだ」


「鍵は?」


黎一は鍵を澪へ差し出した。


「俺が持つと、また開けないかもしれない」


澪は受け取らない。


もう一人を見る。


「どうします?」


包帯のない澪は少し考える。


「高井さんへ預けます。私たちのどちらか一人にも持たせません」


二人の答えは同じではなかった。


それでも、鍵は黎一の手から離れた。


仏間を出る時、黎一だけがカセットを振り返った。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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