第二十二話『家族』
登場人物
◎ゆき
15歳 女性
茶色い髪 茶色い瞳
旧会津藩家老佐川官兵衛に仕えていた馬丁の一
人娘
馬と心を通わせることが出来る
◎銀鏡 晴近 (しろみ はるちか)
22歳 男性
長身 細身に見えるが筋肉質
黒髪の長髪 黒い瞳 驚く程の美青年
華族 従三位中納言
陸軍中尉
◎とら
ゆきが世話した牡の仔馬
世にも珍しい金色に近い尾花栗毛の毛色を持つ
銀鏡晴近の馬車の馬車馬になっていた
◎銀鏡 智佐
40代 女性
銀鏡晴近の母
背が高く、晴近に似た相貌をしている
旧長州藩主 毛利氏一門の出身
◎銀鏡 雪子
女性 享年16歳
晴近の三歳上の姉 智佐の娘
文久二(1862)年、コレラにより死去
ゆきに似ていた
◎二家本
60代 男性
晴近が爺と呼ぶ銀鏡邸の使用人を束ねる男性
長州出身
◎佐川官兵衛(直清)
39歳 男性
旧会津藩家老
粂吉、ゆき父子の主君
戊辰戦争で活躍 鬼官兵衛の異名を持つ
熱い心を持った人情家
◎中村半次郎
男性 旧薩摩藩士
会津戦争時、官軍軍監
人斬り半次郎の異名を持つ
現在の名は桐野利秋
陸軍少将
「僕が生まれる前から、源造さんとさとさんは銀鏡家を助けてくれていたんだ。」
「したっけ、お二人は銀鏡家のご家来づーごどだが?」
「いや、違うよ。
銀鏡家にも祖父の代まで代々仕えてくれていた家人がいたのだけれど、祖父が作った借財のせいで養えなくなってね、父は一人で京の家に住んでいたんだよ。」
「ほえー、貧しいどおっしゃられでだげんとも、本当さ貧しかったんだね。お大名よりも偉え方なのに…
げんとも、そらほど貧しぐて、よぐお父様は長州のお姫様であられるお母様ど結婚でぎだね?」
「うん、銀鏡家の本家に当たる正親町三条家の口利きでね…
それで、とても五十石の家禄では借財を返済しながら生活できないから、父は和歌を教える事を生業としたんだ。」
「和歌?」
「うん、その和歌の教授先に京の井丸屋さんという大店の呉服商があってね、そこで父は庭師見習いだった源造さんと、お女中だったさとさんと知り合ったんだ。」
「へえー、そだ縁で…」
「それからお二人は京の銀鏡家によく来てくれるようになって、器用な源造さんが家の古くなったり壊れたりした箇所を直してくれたり、さとさんが家内仕事をしてくれたりして、大いに父を助けてくれたんだ。」
「本当に銀鏡家を助けでくれだ人達なんだね。
それがら今もずっとだが?」
「うん、特にさとさんは私の乳母でもあるからね。ずっとお世話になりっ放しさ。」
「おさとさんは、銀鏡さまのお乳母なんだが?」
と、ゆきはさとの方に向いて尋ねた。
「ええ、源造と夫婦になって、偶然、御所はんと同い年の子をウチが産んで…
最初は長州様の御藩邸に行って乳母を務めさせてもろたんやけども、お食い初めの後、御所はんはお父はんのいる銀鏡邸に移ることになったんよ。
それで、ウチも一緒に行くことになったんよ。」
「そんじは、おさとさんど源造さんは銀鏡さまとご家族同様だね。」
「ほんまに…ウチらの子の源太とも、まるで兄弟みたいに仲良うしてくれてね、畏れ多いけど我が子同様に思てましたわ。
そやから御所はんが志士の真似事しはった時は、ほんまに心配で…」
「おい、さと、そんな事まで言うことあらへんやろ!ちぃと口慎みや!!」
と、源造が聞かれてもいない事をさとがゆきに話そうとしたことを窘めた。
「志士の真似事…?」
「ゆき君、それについても、これから話すことがあるだろう。
聞いての通り、源造さんとさとさんは私の親同様の人だから、君も父母の様に思えばいいよ。」
「はい。ほんと暖げえ…暖げえ本当の親子みたいだね、銀鏡さまど源造さん、おさとさんは。」
「おう、ゆきちゃん、あんたの事も実の娘みたいに思ったるで!
うちの夫婦には男の源太一人しか産まれへんかったからな、いっぺん、娘の父親ってやつになりたかったんや!」
と、源造がゆきの背中をポンポンと叩きながら言った。
「こら、あんた!初対面の娘はんに気軽に触らんとき!!」
「いや、さと、そないに怒らんでも…」
「雪子さまに似てる娘に、よう、そんなことできるなぁ。
ウチやったら畏れ多くてでけへんわ。」
「おさとさん、おらは別に何ともねえだよ。
それで銀鏡さま、銀鏡さまのお父様は、今なしていらっしゃるのだが?」
「父は十五年前、私が七つの時に亡くなったよ。
元々、身体の弱い人でね、風邪を拗らせ肺炎になって亡くなってしまった。」
「そうだったんだね…
それがらは三人…いや、源太…さん?と四人で暮らしてだんだが?」
「いや、先代様が亡くならはった翌年に、うちの源太が井丸屋に奉公に上がってな、俺みたいな庭師やのうて、商いの方の奉公に上がってからは俺ら三人で住んでたんや。」
「そう、源造さんの言う通りさ。
父が亡くなった際に、母が私も長州藩邸に引き取ろうとしたのだけれど、幼い私が非常に嫌がったらしくてね…
まあ、京の銀鏡邸と長州藩邸は近かったから、そのままで構わないという事になってね。」
「そう、でも御所さんは毎日、長州様んとこから迎えが来て習い事に行かはりましたな。」
「ああ、源造さん。朝に出て夕に戻る、そんな生活だったね。
でも毎日ではなかったよ。稽古事は根を詰め過ぎると良くないといって、三日行けば一日休みだったじゃないか。
休みの日は家に居る事が多かった筈だ。」
「そうでしたなあ、ほんで御所さんが家におられる時には、よう雪子さまがお訪ねになられはって…」
「ああ、姉上もこの家…銀鏡の家が好きだったようだよ。源造さんとさとさんのこともね。」
「ええ、ほんまに可愛らしいお方やったわあ、雪子さま…
ウチら夫婦にも、あないな娘がおったら…」
そう言いながら、さとの目には涙が浮かんでいた。
「おお、畏れ多くも俺らは御所さんも雪子さまも家族や思てた!
そやからゆきちゃん、あんたも、もう俺らと家族や!
何も心配することあらへんで!!」
と、源造はまたゆきの背中を叩きながらそう言った。
「あんた!またそんな事して…」
「ハハハハ…」
そんなゆきと源造、さとの様子を晴近は笑いながら見ていた。
そして
「うん、今日は私も此処に泊まろうと思う。
良いかな?源造さん、さとさん。」
と、源造とさとの二人に尋ねた。
「勿論!
ほなら、今晩は御所はんとゆきちゃんの為に腕に縒りを掛けて、飛切り美味しいもん作りましょ!」
と、さとは即座に了承し、着物の袖を捲り上げた。
「よっしゃ、俺も今まで栓を開けずにとっといた剣菱を開けるで!
御所さん、飲みまひょか!!」
「こら、あんた!明日も朝からお庭の手入れせんならんねんから、あんまり飲み過ぎたらアカンよ!!」
「では、私が沢山飲ませて頂くとしよう。
良いだろ?源造さん。」
「いや、それは堪忍…
御所さん、まだお若いのに、えろう酒強いから……」
「何を言ってはりますのん!
二人とも、お酒は程々にやで!!」
ゆきは、そんな晴近、源造、さとの様子を見ながら胸の中が暖かいもので満たされていくのを感じた。
第二十二話 (終)
晴近にとって乳母夫婦となる「さと」と源造。
まるで本当の家族の様な関係を、貴人である晴近と築いてきたようです。
そして、自分の事も家族として迎えると言ってくれ、心が暖かいもので満たされる「ゆき」。
これからもよろしくお願いいたします。




