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第二十三話『銀鏡家の馬丁』

登場人物


◎ゆき

  15歳 女性 

  茶色い髪 茶色い瞳

  旧会津藩家老佐川官兵衛に仕えていた馬丁の一

 人娘

  馬と心を通わせることが出来る


◎銀鏡 晴近 (しろみ はるちか)

  22歳 男性 

  長身 細身に見えるが筋肉質

  黒髪の長髪 黒い瞳 驚く程の美青年

  華族 従三位中納言

  陸軍中尉


◎とら

  ゆきが世話した牡の仔馬

  世にも珍しい金色に近い尾花栗毛の毛色を持つ

  銀鏡晴近の馬車の馬車馬になっていた


◎銀鏡 智佐

  40代 女性

  銀鏡晴近の母

  背が高く、晴近に似た相貌をしている

  旧長州藩主 毛利氏一門の出身


◎銀鏡 雪子

  女性 享年16歳

  晴近の三歳上の姉 智佐の娘

  文久二(1862)年、コレラにより死去

  ゆきに似ていた


◎二家本

  60代 男性

  晴近が爺と呼ぶ銀鏡邸の使用人を束ねる男性

  長州出身


◎源造

  40歳代 男性

  銀鏡邸の庭師 

  銀鏡晴近を生まれた頃より知っている

  京出身 さとの夫


◎さと

  40歳代 女性

  銀鏡晴近の乳母

  京出身 源造の妻


◎佐川官兵衛(直清)

  39歳 男性

  旧会津藩家老

  粂吉、ゆき父子の主君

  戊辰戦争で活躍 鬼官兵衛の異名を持つ

  熱い心を持った人情家


◎中村半次郎

  男性 旧薩摩藩士

  会津戦争時、官軍軍監

  人斬り半次郎の異名を持つ

  現在の名は桐野利秋

  陸軍少将

「さて、ゆき君、さとさんが夕餉(ゆうげ)の準備をしてくれている間に、これからの君の職場となる厩舎(きゅうしゃ)へ案内しよう。」


「はい、銀鏡さま。

 あ、あの、おら気になったごどがあるのだけんど(ですけれど)…」


「何が気になったんだい?」


「とらのごど(です)

 とらの身体見で、あまり毛繕(けづくろ)いどがされでねえように思った(いました)。」


「とらは人に身体を触らせるのも嫌がっていたからね。

 それでも夏場は洗ってあげてたみたいだけれど。」


「山本さんが洗ったのだが(ですか)?」


「いや、山本君は馬の身体の手入れとかはしないよ。調練だけさ。

 身体の手入れなんかは馬丁の人が行なっている。馬丁の与三郎さんにもゆき君を会わせるからね。」


「馬丁さんも長州のお人だが?」


「与三郎さんは、この屋敷の元の(あるじ)だった佐幕派の大名家に仕えていた人だよ。

 そのまま残って仕事を続けてくれているんだ。」


ほだが(そうですか)

 手入れまで山本さんがしてなぐで安心し(ました)。」


「此処にはとらの他にも二頭の馬がいてね、その二頭も銀鏡家が移ってくる前から此処に居て与三郎さんがずっと世話をしてきたから慣れているのだけれど、とらには与三郎さんも苦労をしていたよ。」


「とらの身体の手入れは、これがらおらがします。」


「うん。では、馭者だけではなく馬丁としての給金も上乗せしなければならないな…」


 そうこう話している内に厩舎に着いた。

 馬房は四つあり、その中の一番左の房にとらが居た。

 とらが居る房の直ぐ右の房は空いていて、その空き部屋の右隣に小柄な鹿毛の馬、その右の房に大柄な青鹿毛の馬が居た。

 ゆきが近付くと、とらは足踏みして首を上下に大きく振った。

 どうやら喜んでいるらしい。

 ゆきはそっと右手でとらの鼻先に触れ、続けて顔を寄せてとらの鼻先に頬をつけた。


「とら、これからずっと一緒だよ。」


 ゆきがそう言うと、とらはゆきに愛おしそうに頬擦りを始めた。


「とら、お()やっぱり(くせ)えな!」


 ゆきが突然のように、とらから顔を離してそう言った。


「銀鏡さま、おら、今すぐとらの汗や汚れ(ぬぐ)ったり毛繕いしてやりでえだけど。

 あど、(ひづめ)の手入れも。」


「うん。じゃあ与三郎さんに道具を用意して貰おう。

 呼んでくるから、ゆき君少し待っていてくれたまえ。」


げんとも(でも)こだ(こんな)綺麗な着物のままじゃ…

 着替えでぎますから、銀鏡さまの方こそ待ってでくんちぇ(下さい)。」


 ゆきはそう言うと(きびす)を返し、源造とさとの家の方に向かっていった。


 四半刻(しはんとき)(約30分)の(のち)、銀鏡雪子の形見である薄い桃色の着物から元の黄八丈(きはちじょう)の着物に着替えたゆきが戻ってきた。

 白い細帯(ほそおび)(たすき)を掛けて両袖を上げている。

 ゆきが戻ってきたところ、とらの馬房の前に

   年齢三十歳過ぎくらい

   短い丸刈り頭に(ねじ)り鉢巻

   紺色半纏(はんてん) 墨染の股引

姿の中肉中背の男性と

   十歳くらい

   長いめの丸刈り頭

   縦縞の袖が短い着物

を着た男の子が居た。


「お帰り、ゆき君。

 さっき話した馬丁の与三郎さんと息子の市之助君だ。

 刷毛(はけ)手拭(てぬぐ)い、それにお湯を桶一杯(いっぱい)に用意してくれたよ。」


「ありがとうございます。

 ゆきど申します。与三郎さん、よろしくお願いします。」


 と、ゆきは与三郎に頭を下げて挨拶をした。


「おう、御所様から話は聞いたぜ。

 この馬、金獅子の…本当の名は、とらって言うんだって?とらの昔馴染みで馬の達者だそうじゃねえか。

 こちらこそよろしくな!」


「はい。市之助くんもよろしくね。」


 ゆきは与三郎の横の市之助にも挨拶をしたが、市之助は(うつむ)いて返事を返さずに黙ったままであった。

 何やらもじもじとしている。

 与三郎は、その市之助の背を(てのひら)で「バンッ!」と叩いた。


「おい市!お()え、ゆきさんがえらい別嬪(べっぴん)さんだから照れてやがるのかい!?

 ゆきちゃんよ、悪気はねえみたいだから許してやってくれ!」


「はい、勿論。」


 ゆきは少し身を(かが)め、微笑みながら市之助の顔を下から覗き込むようにして見た。

 すると市之助は顔を真っ赤にして、その場から駆け出してしまった。


「おい市、何処へ行きやがるんでい!

 お()えも手伝いやがれ!!」

 

 与三郎が声を掛けるも、市之助は止まらずに厩舎から去っていった。

 その様子を晴近とゆきは笑いながら見ていた。


 ゆきは手拭いを受け取ると桶の中のぬるま湯に浸し、軽く絞ってから木製の台に登り、とらの身体を拭っていった。


「本当はお湯ぶっかけで丸洗いしてやりでえのだげんとも、久しく洗ったりしてねえどごろにそだ(そんな)事するど風邪引いぢまうがもしれねえがら。」


 ゆきはとらの身体を手拭いで拭いながら、晴近と与三郎に聞こえる声で言った。


「おいらも手伝いてえところだがよ、その馬、おいらが触ろうとすると機嫌が悪くなってよ…」


「おらが一緒()ら、さすけねえ(大丈夫だと)思いますよ。」


「そうかい、じゃあここは一つ、おいらも手伝おうとするか。

 今まで(ろく)に手入れ出来なくて済まないと思ってたんだよ。」


と、与三郎はとらに向かって軽く頭を下げ、手拭いを一枚、桶に浸した。

 その与三郎の言葉が取って付けた言い訳ではなく、本心から言っていることがゆきには読み取れ、ゆきは与三郎に好感を持った。


「では、私も手伝おうかな。

 馬の身体を拭うのは初めての事だから、二人とも、よく教えておくれ。」


「いや、御所様はそちらでお控えなさってて下せえ!

 御所様みてえな、()事無(ごとな)き御方にそんな事させちゃあ、バチが当たって末代まで(たた)られらあ。」


「ハハハ、そんな事はあるまいよ与三郎さん。

 さあ、ゆき君教えておくれ。」


 晴近はそう言って濡れた手拭いを持ち、ゆきが乗っている台に乗ってきた。

 ゆきの直ぐ右隣にきた晴近は、ゆきの顔を見下ろして微笑んだ。

 その様な袖が触れ合う距離まで晴近が近付いてきたため、ゆきは動悸が激しくなり、息も詰まってしまって上手く返事が出来なかった。

 やがて、かろうじて


「で、では…お、おらがやるように、やっ、やってくんちぇ…」


と、搾り出すように晴近に言って手拭いを持った手を動かした。


 ゆきと与三郎、そして晴近の三人はかなり長い時間を掛けてとらの身体の汚れを拭い取り、毛繕いと蹄の手入れ等も行なった。

 とらの黄金の毛色が、より輝きを増した。


「ふいーっ、やっと終わったなあ。

 何でえ、お()えいい奴じゃねえか。」


 与三郎がとらの腰辺りをポンポンと軽く叩きながら言った。

 とらは別段嫌がる素振りを見せず、叩かれるままにしている。


「ゆき君が一緒だと、何の心配もないみたいだね。

 さあ、ゆき君、帰ろうか。」


「はい。あの、銀鏡さま、おら、与三郎さんに他の()の紹介()して欲しいです。その鹿毛の()ど、そっちの青鹿毛の()の。」


「うん判った。与三郎さん、頼む。」


「おう、ゆきちゃん、こっち来な。

 この小っちぇえ鹿毛は「少名(すくな)」って名の牡馬で、主に荷車を()くのに使ってる。

 小っちぇえが頑丈な奴だぜ。」


 ゆきがその少名の前に立って微笑むと、少名は鼻を近付けてゆきの匂いをしきりに嗅いだ。


「おう少名、お()えも隅に置けねえなあ。

 相手が(わけ)え娘だから愛想を振り撒いてやがる。

 じゃあゆきちゃん、次はこっちだ。」


と、与三郎は少名の右隣に居る大柄な青鹿毛の馬の前まで行き、ゆきを手招きした。

 その青鹿毛の馬を近くで見たところ、とらよりも一回りくらい大きい。

 とらも他の馬に比べると、だいぶ大きな方なのだが、そのとらよりも、この青鹿毛の馬は更に大きかった。


「そいつの名は「(ともえ)」ってんだ。

 そんなにでけえのに、牝馬なんだぜ。

 まさに馬版の巴御前(ともえごぜん)ってとこだ。

 此処の前の殿様の乗馬だった奴さ。」


 ゆきは巴にも微笑みを与え、そして一歩下がって


「少名、巴、おらはゆきだ。

 とら共々、これがらよろしくお願いします。」


と言って、二頭に向かって深く頭を下げた。


「馬に対して、その態度!

 いいねえ、ゆきちゃん、あんたなら心から信頼出来るぜ!!」


「あ、これは死んだお(とう)の教えで…

 おら達は馬のお陰で生きでいけるんだがら、人に対するのと同じ態度を取れと…」


「ほう、いい親父さんだなあ…もう亡くなっちまったのか、生きてる間に会いたかったぜ!

 おう、ゆきちゃんは、この後どうするんでい?」


「ゆき君は、源造さんとさとさんの所で暮らす事になってね、今から其処(そこ)に帰るよ。

 良ければ与三郎さんもついておいでよ。

 さとさんが夕餉を、源造さんが酒を用意してくれている。」


「本当ですかい!?御所様。

 そいつはいいや!おいらも焼酎でも持っていくかな。

 おい市!お()えも行くぞ!早く出てこい!!」


 晴近とゆき、与三郎と市之助の四人は並んで歩き、源造とさとの待つ家に向かった。


             第二十三話 (終)

 気っ風の良い江戸っ子という感じの銀鏡家の馬丁「与三郎」

 「ゆき」のことを気に入ったみたいですね。

 この銀鏡家における「ゆき」の心強い味方となってくれそうです。


 これからもよろしくお願いいたします。

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