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第十九話『人の縁』

登場人物


◎ゆき

  15歳 女性 

  茶色い髪 茶色い瞳

  旧会津藩家老佐川官兵衛に仕えていた馬丁の一

 人娘

  馬と心を通わせることが出来る


◎銀鏡 晴近 (しろみ はるちか)

  22歳 男性 

  長身 細身に見えるが筋肉質

  黒髪の長髪 黒い瞳 驚く程の美青年

  華族 従三位中納言

  陸軍中尉


◎とら

  ゆきが世話した牡の仔馬

  世にも珍しい金色に近い尾花栗毛の毛色を持つ

  銀鏡晴近の馬車の馬車馬になっていた


◎銀鏡 智佐

  40代 女性

  銀鏡晴近の母

  背が高く、晴近に似た相貌をしている

  旧長州藩主 毛利氏一門の出身


◎銀鏡 雪子

  女性 享年16歳

  晴近の三歳上の姉 智佐の娘

  文久二(1862)年、コレラにより死去

  ゆきに似ていた


◎二家本

  60代 男性

  晴近が爺と呼ぶ銀鏡邸の使用人を束ねる男性

  長州出身


◎佐川官兵衛(直清)

  39歳 男性

  旧会津藩家老

  粂吉、ゆき父子の主君

  戊辰戦争で活躍 鬼官兵衛の異名を持つ

  熱い心を持った人情家


◎中村半次郎

  男性 旧薩摩藩士

  会津戦争時、官軍軍監

  人斬り半次郎の異名を持つ

  現在の名は桐野利秋

  陸軍少将

「…ところでゆき君、さっき母上と話していた時に言っていた、西軍…官軍の兵に襲われたというのは本当なのかい?」


「………」


 その晴近の質問に、ゆきは深い悲しみの表情を浮かべて黙ってしまった。


「あ!いや、これは私が悪かった。

 その様な、思い出すのも嫌な事を聞くなんて、私が間違っていた、どうか忘れておくれ。」


「…いえ、話したどおり(です)

 三人の男達()襲われ(ました)

 げんとも(でも)、まだ仔馬だったとらが助げでくれで…あど、そいづらとは違う西軍の人が助げでぐれで、おらは無事でした。」


「そうか、そうだったのか、それは良かった…

 いや、良くはないな!

 ま、まあ、不幸中の幸いという事か、いや、それも良い言い方ではないな…」


 晴近はゆきの答えに安堵の表情を浮かべたが、「良かった」と口走ったのが不適当と思ったのか、言い直そうとして何だか言葉がしどろもどろになってしまった。


「クスッ。」


 ゆきが晴近の様子を見て、小さく声を上げて笑った。

 ゆきの笑顔は春の暖かい日差しを思わせる。

 晴近は、ゆきの笑顔を少し眩しそうに見ている。


「あ、やはり官軍にも真面(まとも)な人間は居たのだな…というか、古くから尊王、勤王の志を持っている者ならば、その様な不埒(ふらち)な真似はするまい…

 さては、ゆき君を襲ったのは鳥羽伏見の戦いの後に官軍に加わった諸藩の兵達だな。」


「はい、おらを助げでくれだお人も、そう申しでおいででした。」


「ほほう、ではゆき君を助けてくれた人は…確か会津若松城攻めの主力は薩摩と土佐の軍だった筈…」


「はい、薩摩のお人でした。」


「やはりそうか。その人の名は?

 捜してお会いし、御礼が言いたい。」


「お礼?銀鏡さまが?」


「その人がゆき君を助けてくれていなければ、こうして会う事は無かったかもしれないじゃないか?

 さ、覚えている範囲で良いから教えておくれ。」


「覚えでる範囲も何も、全部覚えでるげんとも(いますけれど)

 西軍の軍監であられだ、中村半次郎づー(という)お人(です)。」


「中村…半次郎……?

 ハハ、ハハハッ、ハハハハッ!

 何て奇妙な偶然だ!

 ゆき君、君と私とは奇妙な縁で結ばれているのかもしれないよ。」


「銀鏡さま、急にお笑いになっで、なじょしたんだが(どうしたんですか)

 おら、何か可笑(おか)しなごど申し上げだだべが?」


「失敬、ゆき君。

 今日初めて会った君と、人の縁が繋がっているのが可笑しく思えてね…」


「だどしたら、銀鏡さまは中村半次郎さまをご存知なんだが?」


「ああ、よく知っているよ。

 中村半次郎殿は、今は名を桐野利秋と改められて陸軍少将の地位にあられる。

 つまりは、私の上司なのさ。」


「え?中村半次郎さまが銀鏡さまの上司とは本当だが!?」


「ああ、本当だよ。

 ゆき君、中村…桐野さんに会いたいかい?」


「はい、是非!

 会って、まずはとらを世話してぐれだごどのお礼を申し上げねば!!」


「そうか。

 しかし、桐野さんは今、北海道の函館に視察に赴いておいででね。

 まあ、(じき)に帰ってこられるから、挨拶はその時にすればいい。」


「北海、道?」


「以前は蝦夷(えぞ)地と言っていた所さ。

 斗南の、下北半島から見えたのではないかな?」


「北海道とは蝦夷地のごどでしたが。

 はい、帰っでこられだら直ぐにお会いしたいです。」


「うん。とらと君が一緒に居るのを見たら、桐野さんもきっとお喜びになると思うよ。

 あの馬が人に懐かずに、持ち主が転々と変わっていた事を随分と気にしておられたからね。」


「先程、そだ(そのような)事をおっしゃっていましたね、とらの持ぢ主が転々と変わっていだど。」


「うん。桐野さんは最初、薩摩藩主島津公にとらを献上したそうだけど、成長しても懐かないので御家来に下賜(かし)されたそうだ。

 それから薩摩の御家中の人達の間を渡り歩いた後、長州の(もの)の元に来たらしい。」


「そしてとらは、その長州のお人から銀鏡さまのどごに来たのだが?」


「いや、とらを譲り受けた長州の士が殿様の毛利元徳殿に献上して…そこでも懐かなくて、どうしたものかと困っていたところに、私の母が元徳殿にねだって譲り受けたという訳さ。」


「そうやって何人もの人の所を渡り歩ってぎだ間さ、とらは(つれ)え目さ遭ってぎだようだ…

 さっき再会しだ時に、すっかり心を閉ざしていました。」


「そうか。武家の人は馬を(しつ)ける時は厳しく躾けるものだからな…

 でも、とらがそれでも殺処分されずに済んだのは、あの馬が珍しい、美しい姿をしているからだよ。」


「はい、尾花栗毛(おばなくりげ)づー、世にも珍しい毛色だ。」


「うん。あの金色の毛色の美しい姿であったから、いくら懐かなくとも誰も殺そうとはしなかった。」


「おらも、とらが産まれでぎだ時、びっくりしたもの。

 とらの母馬も美しい栗毛の馬でしたが、まさが金色の毛もづ馬が産まれでくるなんて…」


「びっくりしただろうね、金色の馬なんて、まるで御伽話(おとぎばなし)の様だもの。

 その時のゆき君の顔が目に浮かぶようだよ。

 ところでゆき君、あの馬をとらと名付けたのは誰なんだい?」


「おらです。

 おらがとらと名付げだ(けました)。」


「あの馬は、最初の持ち主の島津公が金獅子と名付けられ、その後、持ち主が変わっても皆、金獅子と呼んでいたんだ。

 あの金色に輝く姿は、獅子と表現するのが相応しいと私も思うのだけれども。」


「おらもそう思ったんだげんとも、会津では「しし」て言うど、猪()思い違いをする人が多ぐで…猪も「しし」て言いますがら……

 そんだから、獅子と同じくらい強いものづーごどで、虎、「とら」づー名にしたんです。」


「ハハッ、そうだったんだ。

 そうか、君が付けた名と違う名で呼んだ事も人に懐かなかった理由の一つかもしれないね。

 …うん。とら、良い名だ。

 「とら」こそ、あの馬に相応しい名だと私も思う。」


「はい、とらも、自分は「とら」だ!て、強ぐ思ってだど思います。」


「うん。

 では、ゆき君、正式に我が銀鏡家の雇い人となった君が今日から住む場所へ案内しよう。」


              第十九話 (終)



 会津戦争の折、「ゆき」を危機から救った薩摩の中村半次郎が、現在、晴近の上司であるという、奇妙な偶然の人の縁に驚く「ゆき」 

 これからも「ゆき」は多くの人と出会い、縁を紡いでいくことでしょう。


 これからもよろしくお願いします。

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