第十八話『毛利家一門の姫 智佐』
登場人物
◎ゆき
15歳 女性
茶色い髪 茶色い瞳
旧会津藩家老佐川官兵衛に仕えていた馬丁の一
人娘
馬と心を通わせることが出来る
◎銀鏡 晴近 (しろみ はるちか)
22歳 男性
長身 細身に見えるが筋肉質
黒髪の長髪 黒い瞳 驚く程の美青年
華族 従三位中納言
◎とら
ゆきが世話した牡の仔馬
世にも珍しい金色に近い尾花栗毛の毛色を持つ
銀鏡晴近の馬車の馬車馬になっていた
◎銀鏡 智佐
40代 女性
銀鏡晴近の母
背が高く、晴近に似た相貌をしている
旧長州藩主 毛利氏一門の出身
◎銀鏡 雪子
女性 享年16歳
晴近の三歳上の姉 智佐の娘
文久二(1862)年、コレラにより死去
ゆきに似ていた
◎二家本
60代 男性
晴近が爺と呼ぶ銀鏡邸の使用人を束ねる男性
長州出身
◎佐川官兵衛(直清)
39歳 男性
旧会津藩家老
粂吉、ゆき父子の主君
戊辰戦争で活躍 鬼官兵衛の異名を持つ
熱い心を持った人情家
◎中村半次郎
男性 旧薩摩藩士
会津戦争時、官軍軍監
人斬り半次郎の異名を持つ
後の桐野利秋
「あんたは何言っておられるのだが?
あんたの娘さんに似でようが、おらはおらだ。他人のあんたにどやがぐ言われる筋合いはねえ。」
ゆきは晴近の母の叫び声に、一瞬、呆気に取られてしまったが、気を取り直した後、静かにそう答えた。
「な、何を!そもそも何でお前は遊女になぞなろうとするのじゃ!?」
「生ぎるだめだ。
あんたは会津の人間を憎んでおいでげんとも、会津の人々がどうなったどが、どだ苦労負わされだりどが、何もお知りではねぇね?」
「苦労?それは、会津は天朝様に弓を引いたゆえ仕方ない事ではないか…」
そう言った晴近の母だが、ゆきの一歩も引かない態度に、幾分、声が小さくなってきている。
「天朝様に弓…?
それがどだこどなのか、おらも知らねえ。
げんとも、あの戦の理由だどしても、あそごまで非道いごどされるほど、会津は悪いごどしたのだべが!?」
「非道い事…じゃと?」
「まず、城下町焼がれで、戦さ関係ねえ人もうんと死んだ。
それど、西軍の連中は女と見れば見境なぐ襲ってぎだ。犯しで、殺したりしだ!
それが嫌で自害した女の人もうんと…
おらもまだ十一歳だったのに三人の西軍の兵さ襲われだ…
お尋ねしてえ!
会津の人間は、そごまで非道い目に遭わねっかなんねぐれえ悪いごどしたのだが!?」
「………」
晴近の母は、ゆきが話す内容とゆき自身の迫力に圧されて絶句してしまった。
「それど、戦の後に斗南に移されで…
斗南は何もねえ、食うものが何もねえがら、木でも草でも虫げらでも、土すらも、そごら辺にあるもん食べだせいで多ぐの人が腹下して死んだ…
腹さ寄生虫湧いで、その寄生虫さ腸喰い破られで死んだ人もうんと…
あんたは、食いでえものも食えずに人が痩せ細って死んでいぐさまを見たごどがありますか!?」
「ひ…人が……人が、痩せ細って死んでいく様なら、妾も見た事があるぞや!」
そう喉から絞り出すような声を上げると、晴近の母は両方の目から涙を流した。
この時、晴近の母の脳裏には九年前にコレラによって痩せ細りながら死んでいった娘、雪子の姿が映っていた。
「二人共、もうその辺りで…
母上、ゆき君を馭者として当家に迎え入れる事は、当主である私が決めました。」
頃合いと見たのか、それまで母とゆきの言い合いを黙って見ていた晴近が口を挟んできた。
「し、しかし、晴近…」
「母上、金獅子、いや、とらを御せるのはゆき君しかいません。
それとも母上はあの馬を手放すおつもりですか?当家に相応しいと、母上が元徳殿に乞われたあの馬を。」
「…勝手にいたしや!じゃが、その娘は妾の目に入らぬように致せ!!
……その娘を見ると、辛くなるゆえ…
二家本!妾は部屋へ戻るゆえ、ついて参れ!!」
「はっ、智佐姫さ…いえ、大奥様……」
「…ゆき君、不快な思いをさせて済まなかったね。」
母と二家本の爺が去った後、晴近とゆきは再びテーブルを挟んで向かい合わせに椅子に座り、淹れ直した紅茶を喫しながら話を続けていた。
「いえ…おらも、ついカッどなっちまって…
あの、会津の評判が悪いのは知っていましたげんとも、なじょして銀鏡さまのお母様はあらほどまでに激しく嫌ってらっしゃるのだべ?」
「母は長州の藩主毛利家一門の生まれでね、だから会津藩を嫌っているのさ。」
「長州…毛利様…先程、二家本…さんが智佐姫とおっしゃってたが?」
「ああ、母の名は智佐というんだ。
毛利の智佐姫さ。」
「長州は戦で敵だったがら会津のごど嫌っておられるのだべか?
げんとも、そんじは他さも…」
「戊辰の戦争の、ずっと以前から長州は会津と因縁があるんだ。」
「因縁?どだ因縁だが?」
「うん、ゆき君は新選組の事は知ってるかな?」
「新選組…佐川の殿様から少し聞いだごどがあります。会津のお味方だど…
新選組が一緒さ戦ってくれるんだら恐えものはねえとが何どが…
新選組って京の都にいたんだよね?」
「そう、京に居た。
会津藩主松平容保公が京都守護職であられて新選組はその配下だったんだ。
そして新選組は京で尊王の志士を数多く殺した。」
「尊王…?」
「天子の方が将軍よりも偉いので、徳川家よりも天朝様の方を重きと考えることさ。
この考えから、ついには勤王という思想に至り、やがて幕府を倒す事に繋がったんだ。」
「ほえー。したっけ、その尊王の志士づー方々が長州の人に多ぐで、その方々をうんと殺されだがら恨み持っておられるづーごどだべが?」
「まあ、凄く掻い摘んで簡単に説明すると、そういう事かな。」
「その尊王の志士づー方々がいだのは長州だけだが?」
「いや、他にも大勢いたよ。
尊王の思想は元々、水戸藩から起こったものだったんだが、水戸は色々とあったみたいでね…
尊王攘夷、王を尊び夷を払うという考え方から、王に忠誠を尽くして幕府を倒すという、勤王倒幕の思想までに至ったのは、まず薩摩と長州、土佐くらいだったけれど。」
「???」
ゆきは晴近が何を言っているのか理解出来ず、目をキョロキョロさせた。
「ハハハ、ゆき君にとっては初めて聞く話だから判らないのも当然さ。
これから君は私の馬車の馭者になるんだ、色んな所への道中がてら話す事もあるだろう。
何故、幕府が滅び今の世となったのか…」
「なして長州の人がそらほどまでに会津憎んでんのが…」
「長州と会津とは、新選組の件以外にも色々とあったんだ…
それも話す事になるだろう。」
「はい、是非教えてくんちぇ。
何も知んねえどごろで恨まれんのは嫌だがら…」
第十八話 (終)
※元徳殿
長州藩第十四代にして最後の藩主、毛利元徳のこと。
先代毛利敬親の養子。
晴近の母と言い争うも、何とか銀鏡邸に留まり晴近の馭者となり得ることの出来た「ゆき」
この後、晴近の母、智佐との溝が埋まる日は果たして来るのでしょうか?
これからもよろしくお願いします。




