表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/22

第十七話『銀鏡晴近の母』

登場人物


◎ゆき

  15歳 女性 

  茶色い髪 茶色い瞳

  旧会津藩家老佐川官兵衛に仕えていた馬丁の一

 人娘

  馬と心を通わせることが出来る


◎銀鏡 晴近 (しろみ はるちか)

  22歳男性 

  長身 細身に見えるが筋肉質

  黒髪の長髪 黒い瞳 驚く程の美青年

  華族 従三位中納言


◎とら

  ゆきが世話した牡の仔馬

  世にも珍しい、金色に近い尾花栗毛の毛色を持

 つ

  銀鏡晴近の乗車する馬車の馬車馬になってい 

 た。


◎佐川官兵衛(直清)

  39歳 男性

  旧会津藩家老

  粂吉、ゆき父子の主君

  戊辰戦争で活躍 鬼官兵衛の異名を持つ

  熱い心を持った人情家


◎中村半次郎

  男性 薩摩藩士

  会津戦争時、官軍軍監

  人斬り半次郎の異名を持つ

  後の桐野利秋

「母上!大丈夫ですか!?」


「大奥様!!」


 晴近と二家本(にかもと)の爺が急いでその女性の元へ駆け寄った。

 女性、晴近の母は床の畳に両膝だけではなく両手もついて全身を震わせていた。


「な、何故…何故雪子が……」


「銀鏡さま、なして(どうして)そのお方はおらの名前を知ってるのだが(ですか)?」


 ゆきがそう言うと、晴近の母は


「ハッ!」


と声を上げ、(うつむ)いていた顔を上げてゆきの顔を正面からまじまじと見た。


「違う…その言葉の(なま)り、それに顔も僅かに違う…

 そうじゃ、雪子がおる筈はない。

 雪子はもう十一年前に……」


 そう言うと晴近の母は、今度は声を殺して泣き始めた。

 その姿を見て、晴近も二家本の爺も深い悲しみの表情を浮かべて黙り込んでしまった。


 その三人の様子を見て、ゆきも暫くどうして良いのか判らず黙っていたが、やがて


「雪子…さま、とはどなただが?銀鏡さま。」


と晴近に質問した。


「死んだ、私の姉だよ…」


「銀鏡さまのお姉さま…お亡ぐなりになった…?」


「ああ、十一年前に虎狼痢(コロリ)(コレラ)でね…」


「………」


「…そうじゃ、雪子は死んだ……

 晴近!似ておるからといって、そのような娘を連れてきて、どうするつもりなのじゃ!?」


 晴近の母が落ち着きを取り戻して泣き止み、立ち上がって晴近にそう言った。

 晴近の母が近付いてきて、その立つ姿を見たところ並の女性と比べて随分と背が高い。

 晴近の長身はこの母親に似たのだろうか。


「彼女は恩人です。暴れた馬車馬(ばしゃうま)(しず)めて私を救ってくれました。」


「暴れ馬を鎮めた?

 その年端もいかぬ娘がか?信じられぬ。」


「こう見えて彼女、ゆき君は馬使いの達者なのです。

 母上、彼女が暴れるとらを鎮めて馬車を操縦し、家まで連れてきてくれたのですよ。」


「とら?とらとは何ぞえ?晴近。」


「私の馬車馬の金獅子の事です。

 彼女は、あの馬が産まれた時に立ち会い、その頃からとらと呼んでいたようです。」


「馬の出産に立ち会ったじゃと?

 あの馬、金獅子は本家より譲り受けし時に会津で拾った馬と聞いたが…

 その娘のその東北訛り!そやつは会津の人間か!?」


「…ええ、ゆき君は会津藩御家老、佐川官兵衛殿に仕えていた馬丁の娘だと申しております。」


「何だと!?しかも只の庶民ではなく、会津藩士に連なる者じゃと!

 しかも、佐川!

 鳥羽伏見の折、我が官軍に痛撃を加えた鬼官兵衛の縁に連なる者か!!」


「鳥羽伏見の折に鬼官兵衛殿が散々に痛い目に遭わせたのは長州ではなく薩摩ですよ、母上。」


「薩摩と我が故郷長州とは一蓮托生じゃ!」


「その薩摩の方々は近頃、元会津藩士においても有能な者は積極的に召還すべしと、要は(ゆる)そうと申されているそうな。

 なので、鬼官兵衛殿ほどのお方ならば政府に取り立てられるかもしれませんよ。」


「くっ!会津は新選組を使って数多の長州の士を殺し…かの蛤御門においても……

 薩摩は赦しても、我が長州は赦さぬわ!!」


「かの馬、金獅子も会津の出ではありませんか?母上。」


「馬は何も知らぬゆえ、構わぬではないか。」


「彼女も何も知りませんよ。

 彼女は会津で、ただ馬の世話をしていただけです。

 鳥羽伏見の事や、新選組だの蛤御門の事変など全く知っていませんよ。」


「…しかし、やはり会津の人間は家に入れとうない!

 たとえ姿形が雪子に似ておってもな!!」


「彼女は私の馬車の馭者(ぎょしゃ)として迎え入れます。」


「馭者!?山本がおるではないか!」


「山本君には金獅子、いや、とらを扱う事は無理のようです。

 いや、元々あの馬はうちに来る前も誰にもな懐かずに幾人も持ち主が変わって…とらはゆき君にしか懐きません。」


「会津の人間を馭者になぞ、(わらわ)は認めぬぞ!

 これ、娘!とっとと出ていきやれ!

 (けが)らわしい!!」


「母上!!」


「今、何とおっしゃったが(いましたか)

 汚らわしいとおっしゃったが!?

 会津の人間は汚らわしくなんかねえ(ない)!!」


 それまで黙って晴近とその母との言い合いを、呆気にとられたように眺めていただけだったゆきが、突如大声を上げた。

 憤怒(ふんぬ)の表情を浮かべ、晴近の母を睨みつけている。


「何を小娘!!」


 晴近の母もゆきを睨み返し、暫く二人は無言のまま睨み合いを続けた。


「…母上、先程も申し上げました通り、ゆき君は恩人です、彼女が居なければ、私はどうなっていたか判りません。

 今、申された事を取り消して頂きたい。」


「ふんっ、誰が…

 恩人と申すなら、当家の家人に迎えなくとも、それ相応の謝礼を渡して帰せばよいだけではないか!」


「ゆき君は今日、独りで東京に来たばかりで、帰る(ところ)など無いのですよ。」


「その娘は何をしに東京へ参ったのじゃ?」


「あ、いや、それは…」


 母のその問いに、さすがに晴近が返答出来ずにいたところ


「銀鏡さま、おら、いい(いいです)

 やっばし、元の目的どおりに吉原さ行っで遊女さなります!!」


と、ゆきが視線を晴近の母から外さず、今度はやや低めの声でそう言った。

 そのゆきの言葉に、最初は驚きの表情を浮かべた晴近の母であったが、みるみる怒りの表情へと変わっていき


「その顔で!その雪子に似た姿をしておりながら遊女になるなぞ、許さぬぞ!!」


と、これまでで一番大きな叫び声を晴近の母はゆきに向かって言い放った。


              第十七話 (終)


※注

 銀鏡雪子が亡くなったという十一年前の文久二年(1862)年はコレラの流行と麻疹(はしか)の流行が重なった年で、多くの死者が出た。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ