第33話 ファナ、魔王、そして詠唱
さて。
話は少しだけ、いや――だいぶ昔に遡る。
※ ※ ※
「は? あんたなんなのよ突然魔王とか言い出して」
「そうは言われても。実際にそうなんだから仕方ないじゃないか」
――これは、いまから三百年くらい昔の話。
私がまだ、ファナではなくファラだった時の話だ。
素材調達のために出かけた先でたまたま一緒になった相手と、ちょうどいいからとしばらく行動を共にしていた時。
その日泊まった宿の部屋で、夜中に相手が突然そんなことを言い出したのだ。
「僕はさ、人間に興味があるんだ。だって不思議じゃない? 魔族はなんで、生理的に人間を嫌悪するようにできているのか」
人が虫を生理的に嫌悪するように。
爬虫類や両生類を苦手に思うように。
なぜ――、魔族は生まれながらに人間に対して嫌悪感を抱くようになっているのか。
「そう思うようになってから、不思議なことに人間に対する嫌悪感が興味に変わったんだ。だから僕は、人間社会に紛れて人を研究しているのさ」
――その中でも、君はとびきり面白い人間だけどね。
そう言いながら、魔王ジエンドは人懐こい笑みで微笑む。
「だから僕は、君と友達になりたい。友達になるには隠し事をしないのは人間の常識じゃないのかい?」
「いや別に、友達だから隠し事しないとか別に常識じゃないし……。そんなのどこで吹き込まれてきたのよ」
誰だって言いたくないことのひとつやふたつぐらい持ち合わせてるんだから、と言うと「そうなの?」と魔王がきょとんとした顔をする。
――それを、面白いと思う自分もどうかしているのだろう。
いや、自分がどうかしているのはわかってるのよ。
だって今、魔王と友達になれるとか面白いと思ってるんだもの。
どうかしている以外の何ものでもない。
――でも。
こいつと友達になれば、普通に生きていても知れないようなことも知れる。
未だかつてない知識を得ることができるという知的好奇心がうずいた。
命と好奇心を秤にかけて、好奇心の方が勝るのは私の悪いところだ。
それでも、知らなかったことを知りたい――という欲を止められない。
「というか、この歳になって改まって『友達になろうよ』とか言われるのも妙に小っ恥ずかしいのよ! でもいいわよ別に! 友達くらい!」
「ほんと?」
私が答えると、魔王ジエンドは嬉しそうに瞳を瞬かせる。
魔王って言われても、見た目、十代後半くらいの人畜無害な青年未満にしか見えないのよねえ……。
「……あんた、魔王とか言うけどさ、実際のところ実年齢はいくつなの」
「え〜? 覚えてないよ。僕らは君たちと違って歳を数えるって概念がないし」
気付いたら存在してて、いつ終わりが来るのかもわからない。
年齢を数えるのは、人間社会においてはその行為に意味があるからだ。
歳を数えても意味をなさない僕らがやっても、無駄な行為じゃないか。
そんなことを、無邪気な顔で告げてくる。
「ファラは? 今いくつなの?」
「あんたね、乙女に歳は聞くもんじゃないわよ」
「……乙女って歳なの?」
うっさいわ!
体は年取っても心はいつまでも乙女みたいなところはあるんだからね!
女性は!
多分!
こうして、この出会いから私が死ぬまでの十数年。
私は魔王ジエンドを友人として過ごした。
一緒に冒険的なことをしたのは、この時っきりだったけれど。
その後は年に二、三回くらいのペースで普通に会って話したりする程度の交友関係を続けていた。
ダンジョンの成り立ちを聞いたのもジエンドからだ。
前世の研究の一部は、彼がいなければできなかったものもある。
私がうっかりやらかしをして、この世を去るまで。
間違いなく彼は私の友人で、人間に悪意を持たぬ稀有な魔王だったのだ。
それが――。
※ ※ ※
「あんた! なにしてんのよ!」
土煙の向こうでゆらりと立つ相手に向かって声を飛ばす。
相手が正気であれば、おそらくその一言ですむと思った。
反面――正気じゃないから、こんなことになっているのだろうとも思ったけど。
「おいファナ……」
魔王に向かって叫ぶ私にエリクが声をかけてくる。
多分、魔族に向かって啖呵でも切ってると思われたのだろう。
でも今はそんなことを説明している暇もない。
私に声をかけられた魔王は、虚な瞳をゆらめかせたままこちらに向かって手を伸ばした。
――まずい。
「みんな! 私の後ろに隠れて!」
言いながら前に駆け出し、同時に展開できるだけの防御結界を展開する。
――くっ……!
流線を描くようにこちらに向けて放たれる攻撃を、四つの防御結界で受け切れるようコントロールする。
魔族の放つ攻撃は、魔術とはまた違う。
私たち人間は術を媒介にして魔術を放つが、上位魔族になると純粋に体内の魔力をエネルギーとして放つ。
だからっ……!
放つ速度も半端なければ、威力も人のそれとは段違いなのよねっ……!
「斥候士! 生存者確認!」
「今してます……!」
背後に叫ぶと、斥候士が苦しげに答えを返してくる。
それを確認した後、私は呪文を唱え始めた。
――相克せよ、万象
体内で練り上げた魔力に、呪文をのせる。
ぐっと体に負荷がかかって、魔術を使う実感を感じる。
――有から無へ 無から虚無へ 創造と終焉は対をなす
正直これも、私の中では禁術に近いから本当はあんまり使いたくないんだけど。
やむを得ない!
致し方ない!
だってあいつに通用しそうなのこれしかない!
――開け口を 飲み込めすべてを 我は汝と共にある――
手元に渦巻く、漆黒の闇と眩い光。
それがバチバチと火花を散らし、エネルギーを放つ。
『虚空の彼方!』
着弾と同時に、対象を囲むように防御結界を展開し直す。
虚空の彼方が、味方に影響を与えないようにするために。
――虚空の彼方。
別名『反物質魔術』とも言うこの魔術は、着弾した瞬間、周囲のすべてを飲み込み、ブラックホールを作り出す。
古文書から読み解いて初めて使ったとき、あまりのヤバさにドン引いた。
それこそ、よく禁術転生させられなかったなと思うくらいに。
「……やったか?」
再び、土埃が辺りを包む中、エリクが私の後ろからそう言って様子を伺う。
が――。
あああああああああああ、やっぱだめかああああああ!
私が作った ――虚空の彼方を、手元で受け止めていた魔王が、そのままぎゅっと手の内の虚無を消失させた。
それが、私たちの絶望の始まりだった。




