第22話 一方、その頃コーネリアスは
「クソっ!」
冒険者ギルドを出ると、先ほどの鬱憤を晴らすために路上で一人小さく毒づいた。
「なんなんだあの男……。冒険者風情が偉そうに……」
ギルド長と懇意にしているから、自分は守ってもらえるとでも思っているのだろうか?
それとも、貴族よりも冒険者の方が偉いとでも思っているのか。
冒険者など所詮、底辺で泥水を啜っているだけの庶民だろうに……!
せいぜい貴族や金持ちの商人から依頼を受けて、そのおこぼれで飯を食うしか脳のない輩にこき下ろされたことに腹を立てながら馬車に乗る。
ファナもファナだ。
家を出て何をしているのかと思えば、まさかあんなところでバッタリ顔を合わせることになるなどと思っていなかった。
まさか、ギルド長と一緒にいるなどと――、と思ったところではたと気付く。
――いや待て?
なぜファナは、冒険者ギルドにいたんだ?
祖父の言いつけで婚約させられるという話になった時も、魔術馬鹿だということは知ったが冒険者だという話は聞いたことがなかった。
家の恥だからと隠されていたのだろうか。
それとも、家を追い出されてから路頭に迷って冒険者になったのだろうか?
気になり出したら止まらなくなり、家に向けて走らせていた馬車をクレイドル家へと進路変更させる。
――祖父に罵倒されて以来、クレイドル家には顔を出していなかった。
こいつらのせいで俺の人生がめちゃくちゃになりかけていると思うと腹立たしかったからだ。
それでも、あの負債一家をいつまでも避けては通れない。
俺はあいつらの金ヅルじゃないんだということも一度ちゃんと言って聞かせなければと思っていた。
こうして俺は、億劫な気持ちを抱えながらクレイドル家に向かったのだったが――。
★ ★ ★
クレイドル家に着くと、玄関先でなにやら揉めている声が聞こえてきた。
「……だから、それはいつだと言ってるんだ!」
「いえ、ですからそれは……」
この家の執事と――商人らしい格好の男が、屋敷の正面で向かい合っている。
……このタイミングで来たのが、よかったのか悪かったのか。
嫌な予感を頭によぎらせながらも、玄関先で騒いでいる二人に向かって声をかけた。
「なんの騒ぎだ?」
「コーネリアス様……!」
俺が声をかけると、クレイドル家の執事がこちらを目にして声を上げる。
「あの、今日はいらっしゃるとはお聞きしていませんでしたが……」
「所用があって尋ねたのだ。なんだ? 邪魔か?」
「いえ……」
何気なさを装いながらそう告げると、執事がばつが悪そうに顔を背けた。
「……なんです? あまり見ない顔ですがこの家のお方ですか?」
俺と執事のやりとりをみた商人が、怪訝な様子でそう尋ねてくる。
「まあそんなところだが――、お前たち一体何をそんなに騒いでいたのだ」
じろじろと無遠慮に見やってくる商人に、こちらも負けじと言い返す。
しかしその商人は俺の身なりを見るとどうやら金持ちの貴族だと気付いたらしく、ころりと態度を変えてみせた。
「こちらの執事様が、ツケにしていた支払いを払えないというものですので、それじゃあ困ると申していたのですよ」
「ツケ?」
商人の言葉を受け俺がクレイドル家の執事に顔を向けるが、執事は相変わらず気まずげに顔を背けたまま。
……なるほど。
どうやら祖父の言った『負債』という話は本当だったらしい。
そうは思いながらも、ひとまず状況を見るべく商人に向かって言葉を返した。
「そんなものもう少し待てばよいではないか。そんなに焦る必要があるのか?」
「そうやって散々待たされてきたんですよ……!」
いくらなんでも手ぶらでは帰れないという商人に、コーネリアス様は少し考えるそぶりを見せると「……わかった」と言って頷いてみせた。
「……いくら必要なんだ」
「……はい! 五十ゴルドほど……!」
「三日後には用意する。三日後にまた顔を出せ」
「ええ……? そう言われましても、私だって何の保証もなしには帰れませんよ。そう仰るならせめて、旦那の名前と家名を教えていただけませんか?」
「……………………」
商人からそう言われて、渋々ながらに自分の名前と家名を告げると、
「なるほど……! バーケンレーグ家のご子息ですか! それでしたら……!」
と納得する様子を見せて引き上げていった。
おそらく、うちが裕福であることと商売に長けていることを知って安心して帰っていったのであろう。
これは、いざとなれば家まで押しかけてくる可能性もあるかもと思い、さらに厄介ごとが増えたことに苛立ちを覚えた。
「あの……、コーネリアス様。どうされるのですか……?」
「………………」
執事の言葉を無視しながら黙って玄関に足を向けると、使用人たちが俺のために玄関を開ける。
そのままつかつかと邸内を歩いていくと、途中の廊下でメアリと遭遇する。
「あら、コーネリアス様! いらっしゃるならご連絡をくだされば……」
「いいからついて来い」
有無を言わさずそう言い捨てると、歩みを緩めることなくそのままクレイドル家の主人の部屋へと突き進んでいく。
――バタン!
大きな音を立ててクレイドル家の主人の書斎のドアを開けると、驚いた様子のクレイドル伯爵が座っていた椅子から腰をあげた。
「おお、コーネリアス様。驚きましたな突然……」
「悪いが、この家の娘との婚姻については、当初の話通りファナとの婚姻に戻させてもらう」
「は……?」
「い……、いったいどういうことですの? コーネリアス様」
「黙れ。それと、今すぐにこの家の資産価値のあるものを全て売り払い、借金返済に充てろ」
――いや、だめだ。
選別をこいつらにやらせると、手抜かりをしてきっとまともに売り払うこともできない。
やるのなら、こいつらにやらせるのではなく自分でやるか信頼のおける商人に見積もりをしてもらったほうがまだマシだと思った。
「悪いが、俺はお前たちの金ヅルではない。ファナを連れ戻して婚姻を結ぶことができないようであれば、今後この家との付き合いも考えさせてもらう」
「な……」
俺の言葉に、クレイドル伯爵がわなわなと震える。
実際には、祖父からは外面もあるから婚約不履行は認めないと言われてはいたが、それはこいつらとは関係ない。
必死にならせて、なんとしてでもファナを連れ戻させるためには、これくらいの脅しは必要だろう。
「なんで……、急にどうしたんですかコーネリアス様……」
突然の俺の豹変に慌てたのだろう。
メアリが不安げな様子を見せながらも媚びるように寄り添ってくる。
しかしそれさえ、単なる金ヅルだと思われていたのだと思うと、今では気持ちが悪くて仕方なかった。
「触るな」
「あっ……」
メアリの手を軽く振り払うと、大袈裟なまでによろけて床に転げてみせる。
以前であれば「どうしたのか、大丈夫か」と心配していたであろうが、大した力も加えてないのに同情を買うために大袈裟によろけて見せるその根性が気に食わなかった。
クレイドル家の爵位には、価値がある。
しかし、浪費しかしらないこいつらには価値がない。
では、ファナは――?
窮地に立たされた自分が、ここから立て直すには。
祖父が認めたファナという女の価値を、今一度見定めなければならないと思った。




