【パパはミラ様に殴られちゃった?】side サリュー
「ご自分は、『骨まで献体に使え』『墓も葬式もいらない!』
そう、仰っていらしたのに。
なぜですの?
なぜ養父の最期の望みをお聞きいれ下さいませんの。」
「ごめん。ごめん。
でも、それは駄目だって。
マケル宰相閣下の《美学》は、凄く分かるよ。」
「《美学》?と、仰いますの。
なぜ、あなたはそこまで、へそ曲がりの捉え方をなさいますの。
そんなに、養父がお嫌いでしたか。」
「 あーーー。何を言ってるんだかなあ。
あなたのような頭のよい人が。
ソロ·マケル氏個人の話でも、好みの話をしているんでもないでしょうよ。
公人として長くこの帝国で勤め上げられた、
《ソロ·マケル前宰相閣下》の
ご葬儀をちゃんとやらないと。
帝国の根幹が、がたがたにみえるだろう。」
「だからこそですわ。
人生のほとんどを“公人”として過ごした養父の、
最期の願いが、どうして聞き届けて頂けませんの。」
「あのね、ミラ様。
あなたのお養父様は、ここまで帝国に尽くして頂いたんだから。
最後まで帝国の役にたっていただくしかないんだよ。
どうしたの?今日のあなたは。
もっと、いつもは理性的な方でしょうに。」
「私を何だとお想いですの。
私は、私は、ただ、ずっと…………」
あれれ、ミラ様を泣かしちゃったよ。
「ミラ様、マケル宰相閣下は、ちゃんと帝国葬で送らないと。
対外的にも、この帝国に不協和音があるようにみられるんだってば。」
「勝手な方ですわね。
ほんも少しの養父の望みも、叶えてはいただけませんの?
ご自分は、ご寵愛の元で好き勝手をなさいますのに。」
「いくらミラ様でも、ちょっとそれはないんじゃないか?
いつ、俺が好き勝手をしたよ。
好き勝手ができないように、
この帝国に縛りつけたのは、
あなたのお養父様じゃなかったんですかね?」
わいわい、ギャーギャー。
マケル前宰相閣下のご遺体の隣の部屋で、凄絶な夫婦ゲンカになった。
確かに、ちょっと大人気がなかったよ。
でも、ひっぱたくことなくない?
ミラ様の平手打ち、俺の頬に見事に決まった。
「あ!」
自分で、決まり過ぎてミラ様がびっくりしている。
「ちょっと、頭を冷やしてくる。」
俺は、マケル邸の同じ敷地内のマコーレットの家に向かった。
あまり時間がないけれど、このまま向かいあっていたら拗れるばかり。
ちょっと離れてお互い冷静になろう。
今日の明け方、マケル前宰相閣下が息を引き取られた。
眠るように静かに逝かれた。
ミラ様が、マケル前宰相閣下が生前に、
『派手な葬儀はいらない。静かに逝きたい。』
と、仰っていたと言って譲らない。
書面には残っていないので、俺と意見がぶつかって。
こんな派手な“夫婦ゲンカ”は、初めての事。
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「パパ、父親が亡くなったばかりの娘に、
『いつものあなたではないから冷静になれ!』
とパパは言ったのね。
へー。」
「パパ、それは普通に“離婚”されるだけの案件だわ。」
「何でだよ。
こんな時だからこそ、
ミラ様にはしっかりして頂きたかっただけだよ。
別に、悪気があったわけじゃ……。」
あれれ、横でレヴィ君まで俺に困った顔を向けている。
「パパ、口にするのも嫌だけれど。
もし、パパに何かあって、私が取り乱して。
その時にレヴィが『父親が死んだくらいで取り乱すな!』
そう言われたら、私は一生レヴィを許さないわよ。」
「俺、そんな事を言ってないよ。
ちゃんと、帝国葬をする必要があるって言っていただけだよ。」
言われて見れば、
もう少し思いやりがある話し方をしても良かったかな。
俺だって、動揺してたんだよ。
昨日の今日だし。
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昨日のこと。
俺の誕生日の前日ということもあって、
昼間からメルキオーア皇帝陛下と御一緒に過ごしていた。
ちょうど休日だったので。
誕生日を誰かに祝ってもらった事なんて??
あれ、俺って本当に1度もなかった。
明日で俺48歳。
ちゃんと立派なおじさん。自分でも感無量。
ゆるゆる、陛下と過ごさせて頂いていたのに。
俺、急になんだかざわざわ、ドキドキ。
陛下にどう説明をしたらいいのか。
どうしても、どーうしても、《マケル宰相閣下》にお会いしなければならないような気がする。
自分でも、理屈が分からない。
当然、陛下は怪訝なお顔で、不愉快そう。
『なぜ今。』
わからないけれど、どうしてもどうしてもと不思議な気持ちが背中を走る。
しまいには、鳥肌までたってきた。
陛下が、呆れたようなお顔をなさったのだけれど。
お返事を頂く事もそこそこに、マケル邸へ急いだ。
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急な俺の訪問に、ミラ様もマケル閣下も。
???
お茶を入れて頂いて落ち着いてから。
俺は、マケル前宰相閣下にメルキオーア陛下の4人の殿下方のご様子をお話させて頂いた。
「一番目の殿下は、穏やかで優しいご性質で、皆様の調整役。
二番目の皇女様は、見目も性質もメルキオーア皇帝陛下とよく似ていらっしゃいます。
陛下よりも、………面倒臭くないかもしれません。
三番目の殿下は、頭のとても良いお子様で。
特に、数学的、空間的な思考に優れていらして、
身元を隠しての空間将棋の通信の大会で、
大人に混じってかなりの戦績を上げられております。
四番目の“姫様”は、とにかく愛くるしい。
兄姉に、可愛いがられるために存在されるような。
そこにいらっしゃるだけで、辺りが明るくなるようです。」
「ふむ。何よりじゃな。」
マケル閣下も、ご満足そうだ。
「しかるに、欠点のないものではあるまい?」
「はい……。」
「一番目の殿下は、皇帝陛下の皇子様にお産まれになったのではなければ、ご生涯を大禍なく送られたのではないかと。」
「ふむ、足りぬか?器量が。」
「生意気を申します。」
「そのような、もって回った物言いはここではよい。」
「帝王としては、少しばかり不足にも思われます。
同時に、お体に、少しご心配が残ります。
心臓に産まれつき欠陥がおありになるので、
少し先に手術をされた方がよろしいかと。
その後も、あまり激しい運動は控えて頂きたく。
その他、……。
産まれつき“無精子症”でいらっしゃいます。
一番目の殿下から、お子様を授かる未来はありません。」
「ふむ。では三番目の男児はどうじゃ。」
「三番目の殿下は、お体もお健やかです。
ただ……。」
「ただ…なんじゃ?」
「お声をお持ちでないわけではないのですが、
ほとんどお話をなさいません。」
マケル閣下が、少し頭を抱えられた。
「ご兄弟姉妹との意思の疎通は、不思議と間違いはなく。
まるで、心で会話をなさっていらっしゃるように伺われます。
最近では、自分も少しずつ仰っている事が分かるようになって参りました。」
「ほお。して、
メルキオーア皇帝陛下の後を継ぐにふさわしいのは、何番目と心得る?」
「うーーん。二通り。でしょうか?」
「二通りとな?」
「二番目の皇女様の欠点といえば、ただひとつ。
何で、男児にお産まれ下さらなかったか?
と、それ以外は思い当たりません。」
「ほお。そのようにか?」
「ええ、頭脳、ご気性、冷静な判断力。
どれをとっても、上に立つものの器でお産まれ下さいました。」
「ええと、また生意気を。
使い物になられるのは、二番目と三番目の組み合わせが安全のように思われます。」
「三番目の殿下を前面にお立てして、二番目の皇女様に補佐を頂く。
あるいは、二番目の皇女様に女帝としてお立ち頂き、脇で三番目の殿下にお支え頂くか。」
「どっちが、ふさわしい?」
「それはもう、二番目の皇女様が、
ぶっちぎりに4人のお子様の中でも優れた資質をお持ちと拝見致します。
現時点では。」
「現時点?とは。」
「自分も、女性として生を受けてはおりませんので。
人により千差万別とは思われるのですが。
見知った女性の中にも、人生の節目の体の変化に、
時には大きな精神的な不安定さを見せる事があります。
その時、背負うものが大きな場合は大きな心配にもなりますかと。」
「身近に、思い当たるものがおったか?」
「あの、……マコーレットとアロマを産んだ母親が。
そういう性質がありました。
普段は、どこの切れ者の男よりも頭の切れる女でしたが。
月ごとと、産後に。
人が変わって感情に流される様子に、
あまりの違いに人が違って見えるようで。」
「なるほど。ご成長なさってからの結論待ちであろうな。」
「いえ、宰相閣下。結論も何も。
そもそも自分は、
そのような帝王の真髄を判断するに、足りる器ではありません。」
「しかし、メルキオーア陛下は変わらずで、いらっしゃるのであろう。
何と仰っておる?」
「『マケル宰相閣下とお前が作った“人形”など知らぬ。勝手にいたせ。』と、
仰っるばかりで。
お子様方にお目通りも頂けません。」
「勝手にと仰るのなら、勝手にさせて頂くしかなかろう。」
「宰相閣下まで、そのような。
なぜ、自分がそのような大それた事を判断せねばなりません?
どう考えても、変です。」
「諦めの悪い。
この時代のこの時に、
メルキオーア皇帝陛下のお側にあった事を“運命”とも思い、
諦めよ。
今現在、そなたの他に皇帝陛下が、
『勝手に』しても良いと仰る人間がこの帝国には他にはおらん。
それこそが、“宿命”であったと諦めよ。
とうに、陛下とともに地獄であろうと落ちる覚悟はあるのであろう。
諦めて、陛下の不足はそなたが背負って死ぬが良い。」
このお言葉で、何かが吹っ切れた。
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マコーレットの家で、一時間ほど頭を冷やしてから、
マケル宰相閣下のお屋敷に戻った。
「ミラ様、ごめんね。
いつもミラ様が、
俺よりも何歩も先に手を打ってくれていた事に甘えすぎていた。
今回も、勝手にミラ様を最高の“幕僚”のつもりで接してしまっていた。
あなたは、“家族”であって、だからいつも俺達を助けて下さっていたのに。
俺、随分と思い違いをしていたね。
亡くなったのは、宰相閣下ではなくてあなたにお父上だったのに。」
マコーレットのところで頭だけではなく、俺の左頬も冷やしたので、
ミラ様の手の跡はだいぶ薄くなっていた。
「ちゃんと、お互いの思うところの話をしよう。」
「私こそ。申し訳ありません。
跡になってしまいましたわね。
陛下になんとお詫びいたしましょう?」
あれ、嫌み?ミラ様まだ怒ってる?
「ミラ様から、どうぞ。
お話をしてくれませんか?」
「いえ、司令からどうぞ。」
「いえ、レディからどうぞ。」
「まあ、ふふふ。」
「私、あなたが正しい事をわかっておりますの。
ただ、この数年の短い間ではありますが、
娘の真似事をいたしまして考えた事もございました。
ソロ·マケルという、
私の叔父は年月と時間をほとんど帝国に捧げて来たこと。
自分は、妻も娶らず個人の幸せも求めずに生きて来たのだと考えておりました。
もちろん、それは本人が望んで生きた道。
同情をする余地などは、どこにもありませんでしょう。
仕事人としては、
最高に“思うがまま”に生きたのでありましょうから。
そのような、叔父が最後に静かに逝きたいと申したのなら、
その意を叶えてはやれないものかと、浅はかにも思いましたの。
陛下にも叔父のわがままを、お許しいただけないものかと。
少し、意地になりました。
勝手にあなたの後ろの方に意地を張りました。
お許し下さい。」
「ミラ様。
方向が違うけれど、
たぶん俺はミラ様と同じことを言っているんだとおもうよ。」
「同じこと?」
「俺ね、最後にちゃんと《ソロ·マケル》氏という1人の人間を、
『労わなくちゃいけない』と思う。
この帝国の人間ほとんど皆で、そうするべきだと思うんだ。
それと不遜を承知で口にすると『メルキオーア皇帝陛下』にもね。
みんなでマケル前宰相閣下を労って、
ちゃんと感謝を伝えて送った事を“歴史”に残そうよ。」
「歴史に?」
「そうそう。
何もじゃらじゃら、死んだ跡に勲章並べるって話ではなくて。」
「マケル宰相閣下が、愛して止まなかった“歴史”の上に。
ソロ·マケルという男が、少しの《私利私欲》も挟まずに、帝国の礎を作った事を次の世代にも伝えようよ。
マケル宰相閣下は、結構な‘お人好し’で実は‘照れ屋’」
「あの養父を、お人好しで照れ屋と仰いますの?」
「うん、間違いなく。
自分に何も得にはならないのに、陛下と帝国に尽くして死んだ“お人好し”。
陛下も、マケル宰相閣下に“ありがとう”ひとつも言わない“照れ屋”だけれど。
マケル宰相はもっと“照れ屋”。
死んだ後でさえ、陛下に“ありがとう”を言われるのが恥ずかしいくらいのね。」
「帝国の臣民もちゃんと歴史を知る権利があるよ。
今日のこの時、家族で平和に夕げの食卓を囲んでいるのは、
《ソロ·マケル》という男がこの帝国に安定の礎を築いたお陰だって。
本当に真実そうでしょう!」
「たとえ、雲の上から『そんな事は望んでおらん!』
と、マケル宰相が顔を真っ赤にして怒ってても、いいじゃないか。」
「歴史の真実がそうなんだから。
それを伝えていく事を、俺は『正義』ではないかと思うんだ。
駄目かな?ミラ様。
俺、帝国中のみんなにマケル前宰相閣下にちゃんと感謝をして別れを告げて欲しい。」
「仰る通りでございます。
私の浅慮をお許し下さい。」
ミラ様が、そっと涙を拭った。
****************
ミラ様に納得をして頂いた後に、
マケル前宰相閣下の棺は帝国の中心に近い基地に安置所を設えて、
お運び申し上げた。
基地の中に大々的に斎場を整えて、帝国軍葬ならびに帝国葬を執り行った。
臣民各位に葬儀が届くように、帝国内にも様子を放映した。
俺が、弔問の代表でマケル前宰相閣下への『感謝、閣下の実績』を述べさせてもらった。
喪主は、本来ミラ様だけれど、ミラ様は横に立ってくれていた。
後の事、葬儀を見て感激したと、マケル前宰相閣下の《伝記》の出版依頼が数多く舞い込んだ。
俺が柄にもなく真面目に話をした言葉が届いたのだろうとホッとした。
ミラ様は、もちろん《伝記》の出版は丁寧にお断りをしていた。
ミラ様が、『本当に養父に、化けて出てこられますと厄介ですから。』
だって。
葬儀の模様の放映の前に、陛下の許可を頂いた上で、
納棺の模様も放映に入れた。
安置所に、陛下が御自ら足を運ばれた。
納棺を済ませたすぐ後の事。
陛下のお顔をあまり大写しにせず、お手元を映させるように指示を出した。
陛下が、マケル前宰相閣下のご遺体の上に、
ご自分がお召しになっていらした軍服の上掛けをそっと乗せられて、
お持ちになった懐剣を、ご遺体の胸に抱かすように置かれた。
陛下がマケル前宰相閣下をじっと見つめられ、
静かに頷かれて立ち去っていかれた。
『ひとつの時代が終わった!』って、
いやいや、そんな語りを入れてくれなんて頼んでないのに。
「ターラン司令、ここが泣かせどころですから。」
軍の広報官が、言ってきた。
なんだかなあ。




