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【パパは‘謹慎’(きんしん)している?】side サリュー パパと陛下…♡

 俺は、“痛恨の失敗”をした。


 帝国内が安定に向かっていることに油断した。


 陛下に申し訳なく、顔が上げられない。


 ******


 宰相職分を引き継いだ“司令”に就任してから、

 仕事以外の時間は皇帝陛下の私室の御在所の奥で過ごしている。


 まるで、俺の“自宅”が陛下のお(そば)であって、そこから職場の執務室に通う勤め人のようだ。


 陛下は、ご機嫌良く過ごして下さっている。


 お陰で、日中であれば遠方に足も伸ばし易くなった。


 《殿下方》の御様子を伺いに出かけても、

 陛下が前ほどに、ご機嫌が斜めにはならないでいて下さる。


 視察も兼ねて、《民間事業と軍の事業の共同参画機関》の確認に出向く機会も多い。


 帝都の活気を肌で知りたい所以(ゆえん)もあり、

 目立たないように時々は自分で車を運転して出掛ける事もある。


 途中で見掛けた街の中の行事、季節の花が咲き誇る様子を、

 夜に陛下にお話をさせて貰った。


 何を思われたのか、急に陛下が‘お忍び’で、

 夜の花見にお出掛けになると仰った。


 陛下に何があるかわからない警備上の問題がある以上、

 いくら俺が‘馬鹿’でも、

『はい、陛下ではちょっと行って来ましょう!』

 とは、口が避けても言えない。


「随分とつまらぬものであるな。帝国の“皇帝陛下”とは。」


 陛下がいくら仰っても、

 《この世で代わりのない御身》を滅多な事で危険にさらす事などができるわけがない。


 その日の陛下は、ことのほか‘聞き分け’ては下さらなかった。


 陛下が‘花好き’でいらっしゃるなど、30年来お聞きした覚えもない。


 前日に俺が初めて《殿下方》がいらっしゃる“島”に、

 一昼夜泊まる事になったのが、

 ことのほか陛下の不機嫌の‘原因’であるようだ。


 殿下方と一緒に島にいる養育係の者達も、慣れない事が多い。


 養育係への助言指導、準備を用意するうちに、

 明け方近くまでかかり、俺は仮眠を取って直ぐに戻って来た。


 決して《殿下方》と遊んで宿泊して来た訳ではない。


 島から戻ったその足で、その日の公務に出て、

 陛下の元に執務室から上がった時には、

 陛下の‘おへそ’がすっかり曲がってしまわれていた。


『今から、先日お前が話していた、花見に行く。』


 へええーー?何を仰っているのだろうと思った。


 マケル前宰相閣下がここに居て下さればと頭を抱えた。


 だいぶ夜もふけていた。


 結局、俺の他にもう2人の護衛を連れて出掛けるまで、

 陛下はお聞きいれて下さらないので。


「陛下、絶対に車の外にお姿を表される事はおやめ下さい。

 重ねて、お願いいたします。」


 俺の願いに陛下は、お返事もして下さらない。


 直ぐに陛下の‘秘書官’に、向かう周辺の人払いと影からの警備を依頼した。


 帝国の名産の白い雪ような花が咲き乱れる並木を通る道すがら、陛下が仰る。


『市井の者は、《花見に杯》と洒落込むものと聞いている。』


「陛下、本日は自分は運転を致しておりますので、陛下とご相伴が出来ません。

 戻りましてから、陛下のお気が済まれますように‘杯’を御用意するように申し付けます。」


『ほう。“気の済むように”だな。』


 護衛もいるのに、俺だって相当恥ずかしかったけれど、

 陛下にこうでも言わない事にはおさまらないのは分かっていたので。


 随分と俺も‘陛下扱い’が慣れたものだと、心の中でため息をついていた。


 陛下は、‘ごね’て俺を困らせたいだけなのが分かっていたから。


 だって陛下、さっきから‘花’など、ひとつもご覧になっておりませんでしょう?


 一番に花が咲き乱れる中心部に着いたときに、

 陛下が車から降りてご覧になると仰られた。


 通信連絡で、周辺の人払いと警備を徹底する事は終わっている報告が来ていた。


 本当に迂闊(うかつ)だった。


 急な人払いは、そこにいた人間も何事かと不審に思っただろう。


 それが、どんな者に伝わるのかまで精査をする時間がなかった。

 《この陛下の”お忍は本来、あってはならない事だった。》


 俺は、陛下の‘ご機嫌’を伺うだけの‘女官’ではないはずだったのに、

 やったことはそれと変わらない。


 陛下の重臣としての“立ち位置”を取り違えた。


 時間をかけた警備網より取り急ぎの警備は穴が多く、

 夜には潜んでいるものを見逃す確率も高かった。


 自分の迂闊(うかつ)さに、血の気が下がった。


 ***************


「なぜお前が(おとり)になる必要があった?

 主犯の男は、直ぐに取り押さえたものを。」


「どうしてお前がわざわざ、

 ‘流れ弾’に当たりにいかなければならなかったのか。

 どうして、お前はそのような馬鹿な真似をするのだ!」


 どうしても何も、陛下。

 あの主犯の男を補助するように、別方向にもう1人男が立っておりました。


 幸いその男が発弾する事がなかった。


 それでも、もしその男の方向からもう一発が陛下に向かったら。


 考えるだけで、震えが止まらない。

 陛下を突き飛ばしてしまった無礼は如何(いか)様にもお詫びいたします。


 ですが、自分が陛下の前に出て的になりますのは臣下として“当たり前”のやりようです。


 こればかりは、‘馬鹿’でも何でもありません。


 自分が後悔しても取り返しのつかない‘馬鹿’を犯したのは、

 陛下をお止めせずにお出掛けをお手伝いしてしまった事。


「陛下、自分はどんなお沙汰をいただきましてもやむを得ないだけの‘罪’を犯しました。

 陛下の御身にもしもの事がございましたら、“万死”に値する罪を犯した事を…」


 陛下が俺を(さえぎ)って声を荒げられた。


「もう良い。さっさと傷の手当てをせよ。

 医者を呼ばぬか。

 何をしておる。」


 左肩に受けた傷など、何でもありません。

 ちゃんと急所を外して、左肩に受けておりますので。


 俺が顔を上げられませんのは、傷のせいではありません。


 自分の“痛恨の失敗と甘さ”に、この場で‘御成敗’いただきたいくらいに自分を恥じております。


 このような恥ずかしい《宰相職分》の重臣など、

 自分ではなくても許す事などあり得ません。


 申し訳なさで、陛下の前についた自分の(ひざ)に、

 右の目から(したた)りました不調法をお許し下さい。



 *****************


 医者の手当てには、全身麻酔を断った。


 局部麻酔でも縫合はできるだろう。


 全身麻酔で今は眠ってしまいたくはない。


 手、指は動く。

 神経はやられてはいない。

 出血の量から、大きな血管も大丈夫そうだ。


 後は、感染症、敗血症に気をつけていれば大騒ぎする必要もない。


 別室で手当てが終わった後に、

 様子を見に来た皇帝陛下の‘秘書官’に伝言を頼んだ。


『謹慎の上、陛下の“御沙汰”を謹んでお待ち申し上げます。

 どのような、処分も陛下のお心のままに。』


 一礼の上、血だらけの軍服を袖を通さずに羽織って、

 立ち上がって部屋を出た。


 陛下の秘書官が何か叫をんだような気がしたが、

 熱が出てきたせいか、頭がガンガンしてよく聞き取れなかった。


 《謹慎》するには、やっぱり自宅に(こも)るしかないんだろうな。


 いつの間にか、明け方近くになっていた。


 手元の小型端末で、スールさんにだけ連絡を入れた。

 手短に仔細を告げた。


 スールさんが自ら迎えに来てくれた。


 人目につかないように、座り込んでいた俺を、

 スールさんとスールさんの‘長男’のプラティニ君が支えて車に乗せてくれた。


 家に着く前に、ガレットにだけ‘口外無用’で連絡を入れておいた。


 そっから先は、気が抜けたのかよく覚えてはいない。


 傷のひとつくらいで、俺もずいぶんと‘焼きが回った’。

 自分で情けない。



 ************



 自宅で数日うつらうつらしているうちに、

 熱が少しずつ下がってきている。


 ミラ様が見舞いにこちらの家まで来てくれていた。


 スールさんには、家族には言わないように口止めをしてあったのに、

 どこから情報が入ったのだろう。


 ミラ様が俺が寝ている部屋へ入る後ろから、

 杖をついてマケル前宰相閣下が入っていらした。


 情報が行ったのは、マケル前宰相閣下からだったんだ。

 当たり前だけれど、そうだよな。

 行くよねそっちには情報。


 驚いて、跳ね起きて痛みにうめき声をあげてしまった。


 マケル前宰相閣下が、


「寝ておれば良い。」


 と、仰って下さった。


 スールさんに、背もたれに枕とクッションを重ねてもらって体を起こした。


 マケル閣下が、ただの‘見舞いに’いらっしゃるはずがない。

 覚悟して“お叱り”を賜ろう。


 ミラ様は、マケル閣下を座らせると部屋を出て行った。


「《謹慎》と?自分からか?」


「はい。」


「まあ、悪い判断ではなかったであろう。」


 俺は自分の失態に、顔を上げてマケル前宰相閣下を見ることができない。


 マケル前宰相閣下の時代に、こんな事が起きるはずはなかった。

 (あき)れられていらっしゃるのだろう。

 情けない。


「サリュー·ターランよ。

 お前は、《皇帝陛下の孤独》を考えた事があるか?」


 ん?どういうお話だろう?


「陛下も、お生まれになった時は、“赤ん坊”でいらしたのだ。」


「?」


「それから、あの方は皇太子を経て、皇帝陛下として生きていらした。」


「はい。」


 何を今さらの話だろう?



「あの方メルキオーア様を、皇太子として支えたのはあの方‘御自身’だ。


 皇帝として玉座に着かれた後は、さらに誰もあの方の孤独を支える事はできなかった。


 あの方はあの方である為に、常に誰の力を借りるではなく、

 おひとりで‘孤独’と‘(ごう)’を背負って生きていらしたのだ。」



「はい……。」


「お前は、あの玉座に座ってただひとりの孤独に耐えるという事に、

 想像がつくであろうか?


 嫌、想像をしたことがあったか?


 お前ならば、それに耐えられるか?」



 俺は、黙って首を振った。


「動けるようになったら、皇帝陛下の元へさっさと戻れ。

 陛下がお望みになるように。


 この老いぼれが、お前に言ってやれる事は、最早(もはや)ここまでであろうかの。」



 静かな口調で語って下さった後に、マケル前宰相閣下はお帰りになられた。


 スールさんがマケル邸に送っていってくれたようだった。

 ミラ様は、こちらに残ってくれた。


『陛下の孤独』


 確かに、自分などには耐えられるものではないだろう。


 何より、自分のような落ち着きのない者が、

 宮殿の奥から世の情勢を眺め、じっと玉座に長く座り続けるなど、

 拷問と同じような事かもしれないな。


 陛下が、《ひとりの》優れた《人間》とは考えていなかった。


 出会った時から、陛下は“皇帝陛下”であったから。


 マケル前宰相閣下の仰る『陛下の“赤ん坊”であった時』の言葉に、

 今の皇子様、皇女様方の“養育槽”から出られる前の姿が重なる。


 メルキオーア皇帝陛下の“孤独”は、

 ‘養育槽’の中で育つ以上に深く暗いものであったのだろうか。



 ****************



 陛下の秘書官が‘沙汰(さた)’を伝えにやってきた。


 秘書官が黙って、軍の広報発表の‘号外’を、俺に渡してきた。


 内容を読んで驚いた。

 今回の経緯(いきさつ)を、公式に発表してあった。


 なぜ?


 秘密裏にするべきだろう?


 公式に載せて発表をしなければ、隠し通す事はできない理由といったら、

 それくらい陛下のお怒りが深く、俺への‘罪’が重いということだろう。

 覚悟はしている。


「皇帝陛下からの御伝言をお伝えします。


『お前に‘(とが)’などない。

 きちんと“入院療養”に励み、さっさと戻れ。』


 との事です。

 サリュー様には、この足で軍の病院に入って頂きます。」


 ???


 軍の号外を広げてみた。


 端的な文面には。




 ****


 陛下が、‘私用’で出掛けられた先で、銃撃にあった。


 それを(かば)い、サリュー·ターラン総合統括司令が負傷。


 10日の入院療養を要する。


 ****


 これだけだった。


 陛下の秘書官から、今回の犯人が、

 昨今、取り潰しになった《貴族家の馬鹿息子》であったと聞かされた。


 馬鹿息子が、憂さ晴らしに‘花見の宴会’で周りに絡み酒をしていたところに、

 人払いがかかった。


 酔った勢いで気が大きくなり、あの当たりに潜んでいて、

 そのうち泥酔して寝ていたらしい。


 寝ていて‘殺気’がなかった事が、

 警備の目を()(くぐ)ってしまった原因なのだろうか。


 酔っぱらいが夢の中で‘皇帝陛下’を見つけて、

 憂さ晴らしをしたつもりで、引き金をひいたそうだ。


 正気に戻ってから犯人は失禁しながら震え上がって、そう叫んでいたそうだ。


「その後の事は、あなたがお考えになる必要はありません。

 全ては、皇帝陛下のご意志のままに。」



 いや、必要なく?はないだろう。


 でも《皇帝陛下のご意志のまま》と言われてしまっては、

 何も言えない。



 ***************



 入院中にクローレス上級大将、“クロさん”が見舞いに来てくれた。

 他は、面会謝絶にしてくれてあるそうだ。

 疲れないですむから、ありがたいよ。


「大変だったな。

 皇帝陛下の《私用のお忍び》って言ったら、あれしかないって。

 みんな、言わずもがなで察しているがな。

 お前さんも、言いにくかろうが。」


「ん?」


「あれだろう?

 皇帝陛下は殿下方の関係で足を運ばれていらっしゃったんだろう。


 皇帝陛下が‘お忍び’で宮殿を出られたっていったら。

 わかってる。いいから。いいから。」



 まあ、“殿下方関係?”っていったら、嘘でもないのか?


 また、無理やりな三段論法になるけれどもさ。


 ***

 《俺が陛下のお子様達に(かま)う》


 →《陛下のご機嫌が斜めになる》


 →《陛下が‘ごね’たので、しょうがないと出掛けた先で》


 →《打たれちゃった!》


 ***


 殿下方‘関係’?って言えば‘関係’なのか?


「う、うんまあ、そうかな。」


 勝手な噂に乗っちゃおうか。



「陛下のお子様方の安全の為に、

 お育ちでいらっしゃる場所を秘匿(ひとく)する事は

 ‘帝国の最高秘密事項’に間違いがないだろうからな。


 まあ、陛下もお子様方も何もなくて何よりだったな。


 お前さんも、致命傷じゃなくてホントに良かった。

 大事にしてくれよ。」



 皇帝陛下が今回の事を‘(おおやけ)’になさった意味が良く分からなかった。


 でも、それによって俺はこうして隠す必要もなく、

 病院に入院ができている。


 退院後に、人前で傷を無理に隠さずとも良いわけだ。


 陛下は、もしかしたらその為に情報を公開なさったのだろうか?


 そこまで、考えるのは俺の‘調子に乗り過ぎ’だろうか?


***


 傷口が塞がったので、少し強引に退院させて貰った。


 退院の注意を診察室で医師に受けた。


 今の‘傷テープ’って凄いんだなあ。

 防水のテープを重ねたら、シャワーも浴びれるんだ。


 1日おきに、“医官”の人が、俺の執務室まで

 消毒と張り替えに来てくれるって、とても助かる。


 傭兵部隊時代に、自分で適当にやっていたのと大違い。


 *******


 退院後に、真っ直ぐ陛下の元に向かった。


 俺、入院中に頭を整理しようと、色々考えていた。

 仕事もできないし、考える時間はたっぷりあったから。


 それで、マケル前宰相閣下とは違う、自分の《危うさ》にたどり着いた。


 マケル前宰相閣下は、手段はかなり『ちょっとどうよ?』までに、

 突破した手腕を発揮する。


 それでも、『この帝国を存続させる』という筋が一本通っている。


 俺は、どうだろう?


 俺は、マケル前宰相閣下のように“人外(じんがい)”の手腕を発揮しようとまでは振り切れないし、たぶんやらない。


 そのくせ、《危うい》のは、


 もしも皇帝陛下が、

『この帝国を滅ぼさなければならない。その後、一緒に死ね!』

 くらいの無茶苦茶を仰ったとする。


 マケル前宰相閣下だったら、皇帝陛下を排除しても帝国を守るだろう。


 俺は、さすがに帝国を‘宇宙の(ちり)に返す’事はやらないだろうけれど。

 一緒に陛下と死んじゃう方を選ぶだろうな。


『後は、帝国‘勝手にやって’下さいね。』で。


 今回の事も、そういう俺の《甘さと危うさ》が引き起こした。


 マケル前宰相閣下だったら、

『“この帝国の皇帝陛下を失う危険”よりも優先するべき事はない!』

 という姿勢に‘ぶれ’などない。


 俺は、帝国の意思よりも《メルキオーア陛下の意思》に流されてしまう。


 俺は仕事の立場を、一段後ろに下がらせて貰った方がこの帝国のためには良いんだろうか?


 でも、マケル前宰相閣下だけの辣腕(らつわん)と、事情を飲み込む胆力(たんりょく)を持っている人間はこの帝国にはいない。


 マケル前宰相閣下は、この世におひとりしか存在しない。


 それに俺、

『こいつ自分よりも頭悪いじゃん?』

 と思う上官の後ろに着くの、大嫌いだもんな昔から。


 それで、結局どうしたらいいかな?と、考えたら…………。


 もう、その時その時に‘対処療法’みたいに、

 ペコペコペコペコ、

 陛下に『お願いいたします。それ、やめておきましょう!』

 って、やって行くしかない。


 と、思った。


 今回も、あそこで俺は、それをやらなければダメだったんだよ。



 *************


 陛下の元に戻って。


「この度の采配の不手際、不見識の全てに自分の‘非と’恥じております。

 陛下の御身に…」


「もう良い!」


 いきなり、陛下に抱き締められてしまった。


 陛下、まだ周りに控えの者がおりますのに。

 察しの良い側仕えは、直ぐに居なくなった。


 陛下が俺に、長い口づけを落とされた。


 ちょっと俺、腰が砕けそうになる。

 さっきまで、病院でしたから。


「すまなかった。」


 えええええ、陛下に謝られちゃっている?

 この30年以上、そんなの始めてでびっくりだよ。


「お前の‘手を’汚させようとは思わん。」


 何を仰っているんだろう?


 俺は、‘お姫様’じゃあるまいし、

 さんざん汚してきた‘手’を今さらどうのこうのと考えた事もない。


「陛下…自分の事などより、陛下の……」


 ちょっと、長いなあ。これ。

 酸欠金魚みたいになって、パクパクくらくらしてきた。


 しばらくは、ここまでで勘弁をいただけると、

 思った俺が甘かった。


 シャワーを浴びていたら一緒に陛下が入っていらしたのだ。


 ‘全裸’でね。


『不自由そうだ。手伝ってやろう。』


 汚れてもいないところまで、あっちこっち手伝っていりませんってば陛下。


 なんだか、近日中に洗うだけでは済まなくなりそうな予感がする。


 かえって、色々汚れちゃうかも?


 結局、夜更けに‘医官’を呼んで、ふやけたテープの張り替え消毒をしてもらう事になっちゃって。


 医官に

『司令閣下、まだ傷があるうちは、入浴は短くなさって下さい。』

 強い口調で言われてしまった。


 もう、もう陛下ってば。俺のせいじゃないですから。


 俺まだ、微熱は続いてますんで。プンプン。



 *************



 就寝前に、自宅のスールさんとマケル邸にいるミラ様に‘退院報告’の通信を入れた。


 陛下が横で聞いていらっしゃるから、落ち着かない。


 ミラ様には、マケル前宰相閣下にも報告をお伝え下さいとお願いした。


 ミラ様が通信を切る前に、ひとつお伝えしますとおっしゃった。


「司令閣下、今は時期ではないと。

 少しお待ち頂くようにとお願いの書簡をお返しいたしましたが。」



「ええと?何の話?」


「アンムート皇后の、“里帰り”のご希望のお話ですわ。


 とうとう私にまで、

 直筆でアンムート様の御伴侶のクリサーリダ国王様から、

『妃の願いを叶えてもらいたい。』

 との書簡が届きました。」



「うわー。面倒臭い。」



「司令閣下、私どもの方でアンムート様の‘おもてなし’はできましてよ。


 今は、マコーレットも‘育児の休暇’で、仕事は休んでおりますし。

 その育児の‘手’も足りておりますし。


 何か、他に懸念(けねん)なさる事でもございますか?」



「あのさ、アンムートが来るのが面倒臭いのではなくて、

 アンムート自体が“面倒臭い”んだよ。

 俺、昔から。」



「分からない事を仰いますこと。

 御両親亡き後、ご兄妹(きょうだい)で仲良く手を携えて生きていらして。


 アンムート様が、司令閣下を慕っていらっしゃる様子に

 ‘嘘’など微塵もございませんでしょうに。」



「アンムートは、頭の回転は普通?なんだけれど。

 めちゃくちゃに‘鼻がきく’んだよ。


 政治的とか、そういう難しい事はあいつは考えはしないんだけれど。

 ‘人の思い’とか‘感情’にものすごく鼻がきいて。」



「マコーレットにもそういう‘カン’の良さがございますでしょう?

 それがいけませんの?」



「マコとは、レベルが違う。

 おっかないくらい?

 だからあいつは、あそこで成り上がって生きているんだろう。


 俺、今あいつに色々嗅ぎ付けられるのが、

 ホントにちょっと………。

 面倒臭い…かなぁ。」



「分かりました。

 今は、司令閣下もお怪我の後で時期も悪うございます。


 でも、祖国に里帰りをしたいと仰るアンムート様が、

 一度こちらを訪れてお気が済まれるのだけの事に。

 

 それをお許しにならない‘兄上様’は、

 とてもお心が狭くみえますことでしょうね。(はた)からは。」


 はあ、また面倒臭い事になる気がする。

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