【パパは覗(のぞ)き見されている?】 side メルキオーア皇帝陛下
『陛下、覗き見ですか?』
勝ち気な瞳を持つ力があった時の、‘あれ’であれば、私に言いそうだ。
サリューの心肺蘇生の装置を取り外し、まだ成長の不足している献体の臓器を移植させた。
サリューが術後に目を覚まし、意識の混濁が落ち着くまで時間を必要とした。
目をあわせ、私を認識するまで5ヶ月もの時間を要した。
私を見つめる目は、悲しげにものを言いたげな様子であった。
‘あれ’の頭が悪かろうはずはない。
自分の状況は理解しているのであろう。
声を出すようになるまで、さらに一月かかった。
『陛下、なぜ……』
あれが私に告げた言葉はそれだけであった。
まだ手足が動かず、握力も無いことに油断があった。
私がみてはいない時に、脇にあった医療用のハサミを開いて持ち、自分の頸動脈に突き刺そうとしたという。
気がついた者が叩き落とし、大事には成らなかった。
だいぶ出血をして、首に跡は残るかもしれぬ。
もっと鋭い刃物ではなかった事に胸を撫で下ろした。
目を覚まして以来、私とは言葉を交わそうとはしない。
怒りであるのか、怨みであるのか言ってみればよいものを。
サリューの世話をしている側付きの者に、私のいないところで尋ねさせた。
『何が望みだ?命を絶つこと以外はきいてやろう。』
サリューは、私の側から離れたいと望んだ。
今は、この近くの軍用の病院に移した。
以前から、外敵を一切排除するための準備を整え用意がしてはあった。
そちらの病室で、日々サリューが憂鬱な顔で療養しているところを垣間見ている。
病室に繋いであるモニターからそっと、こちらに画像と音声を送らせてある。
気分が変わる事にもなれば良い結果にもなるかと、術後にサリューの療養を支えている軍病院の医師が短い面会を許したという。
体にさわりが無いようにと、ひとりを指定するように本人に問うたところ、マケル宰相の娘を指名したという。
どういうつもりでおるのか。
何やら、口に慣れた酒が苦い。
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覗き見た、仮の夫婦は、互いに挨拶の言葉を交わすでもない。
「あなたから、宰相閣下にお願いしてもらっても、………
だめなん……だろうか。」
話をするために息を継ぐ事がひどく苦しそうにみえる。
それならば、マケルの娘などを呼び寄せる事などない。
「司令、あなたのお望みは幕をひきたいという事でございましょう?」
この女は、何を言う。
知りもせぬくせに、サリューを煽ってどうする?
「あはは、ゴホゴホ。ごめん、やっぱりあなたは楽だわ。」
?何を笑うやら。
「ホホホ、無理なことはお分かりでしょう?
養父も、皇帝陛下の御下知に逆らえるはずなどございませんわ。」
「うん。」
「仕方がありませんから、諦めなさいませ。
せっかくですから、陛下が‘死ね’とおっしゃるまで。
ゆるゆるお過ごしになられませ。」
「ひでえ。ミラ様。」
「どうせ、そのお体では、帝国のお役にもたちませんでしょう。
座してお仕事に戻られるお力がつきまして?」
「…… 無理っぽい。頭に血が廻っている気がしない。
そこの個室のトイレまで歩くのに、動悸と目眩、息切れ。」
「それは何よりでございますわ。」
??(陛下)
「何で……ですか?はあ
ごめん、ちょっと横にならせてもらっていい?」
「医者を呼びましょうか。」
「だい…じょうぶ。ちょっと疲れただけ。
横になってはなし…させて。」
「お手伝いいたします。」
「それで……どうして?」
「これでは使い物になりませんでしょう?
さっさと皇帝陛下に‘お払い箱’にしていただいて。
《恩賞の休暇》に入られたら宜しいですわ。
それでも、目障りとおっしゃられましたら、その時に‘幕ひき’をなさいませ。」
「はー。そう言われたら、そう……なんだろうか?」
「今は、外にお姿をお見せになりたくないようでしたら。
家でゆっくりお過ごしになれば、よろしゅうございましてよ。」
「家?」
「あなた様が、家の雑事をスールに全てをお任せ下さっておりますので、
私もそれに乗じさせていただきましたの。」
「?ん。と」
「ターラン邸の敷地を買い足させていただいて、お庭を拡げてみましたの。
マコが
『パパがリハビリに歩きやすく』と、家の中も庭も整えましたわ。
アロマが休暇で帰った折に、もっとセキュリティ機能を万全に整えると。」
「へえ。」
「いま1つ、勝手を致しました。
前に御一緒していただきましたあの別荘を
購入させていただきましたの。
また、季節のよい時にゆっくりと歩いてみませんか?」
「うーん、そこまで歩けるようには、ならないかも?」
「何をおっしゃいます。
では、私が車の運転を習っておきますわ。
司令閣下?
あら、お休みになられましたか。」
マケルの娘が、サリューの布団をかけ直している。
なぜ、頬に触る。
熱など、直に測る必要などない。
お前の居場所が、サリューの帰る場所ではない。
何を形ばかりに添えた女が取り違えて、家作りでサリューを取り込むつもりか。
女とは、巣を作る虫や獣と変わらんのか。
女はやはり汚らわしい。
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マケル宰相の娘が、サリューの見舞いをした不快さで、酒が不味く悪酔いをした。
そのせいであろう、ドゥーダンの夢などをみることになった。
何やら言いたげに、いつもの人を喰ったような笑みを浮かべて夢枕に立たれた。
寝覚めが悪い。
ドゥーダンが、帝国にすり寄って来たのは私が10歳になるかならぬかの頃。
まだ、サリューなどこの世に産まれてもいない時の事。
無能な前皇帝を失脚させる時期を待つ間の、
暇潰しと目眩ましのちょうど良い遊び相手であった。
ドゥーダンの纏う人離れした空気は、奇怪さと妖しさに満ちていた。
本当に人類とは違う生き物であったのかもしれぬ。
それにしては、あっさりと逝ったのは解せぬが。
そういう寿命であったのであろう。
ドゥーダンの空気を見慣れた後に、私が目にしたサリューには正反対の澄みきった何かを感じ取った。
まだ年端のいかぬサリューをドゥーダンの前には曝さぬように懐に入れておいたものを。
‘あれ’は父親の死後に、あっさりこの帝国を出ていった。
その経緯に、私の遺伝子上関わりのある女が原因の一端であることから、暫は泳がせておいてやった。
その後に手を尽くして、少し強引にサリューを手元に取り戻した。
サリューを見たドゥーダンは、猛禽類が舌なめずりをするように目を輝かした。
私はドゥーダンに対してサリューを守る事はしなかった。
意地や見栄を張った訳ではいない。
ただ、サリューに対して苛立ちをもて余していた。
私もドゥーダンに溺れる事がなかったように、サリューも決して私に溺れはしなかった。
気を許すとすぐに他所の女に気を移し、挙げ句の果てに子供まで作る始末。
ドゥーダンが暇潰しにサリューに手を出すのを、猫がネズミで遊ぶような風景と
放っておいた。
サリューが思うようにならぬ苛立ちのせいであろう。
私がもう少し早めに、サリューを許し守ってやれば、ここまで‘あれ’の体を損なう事もなかったのであろうか。
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ドゥーダンに関わる女が、幾度も『助けてやる』と煩わしく言ってよこす。
初めはサリューに会って話をさせろと要求を重ねて、このような仔細の後は私にまで言って来ている。
それでいて、女は自分の今の居場所からは動けぬとほざく。
私に、壊れかけの属国に自ら出向けと要求するのか?
とうとう、何の狂気の沙汰か、連絡を通す『灰色』を着た者に
『産み治して差し上げる。』
と、伝えろと言ってきた。
サリューが私の傍らにある時であれば、
『皇帝陛下、それは一番よくあるオカルト集団の金集め商法ですって。』
と、声をあげて笑い転げてみせるだろう。
サリューの言いそうなカルト宗教に縋ろうとは思わぬが、ドゥーダンの夢見の悪さに思い出した。
サリューを覗き見たついでに、暇潰しに連絡の『灰色』に機材を運ばせ、あの女との通信を一度きりに開いてみるのも一興であるか。
あの女臭そうな女とは、それ以上は近付こうとは思わん。
さらに不愉快を増すばかりかもしれぬが。
胸を塞ふさぐ焦燥感の、慰めくらいにはなるかもしれぬ。
私は、‘あれ’を失う事を望まぬ。
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今日は、サリューは病院で、手洗いの前の鏡の前に数時間も無言で立ち尽くしていた。
先日は、紙とペンを持って来させて、何を書くこともなくペンをただ握っていた。
つい、暇潰しにサリューの病室を覗き見ると、いつも奇っ怪な様子が映る。
私は、サリューが以前のように役に立つことを求めているのではない。
初めから。‘あれ’がただ傍らに居る事を求めているだけだ。
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「陛下、サリュー様を御見守りなられて、陛下の玉体に障りがございますのは……」
「お口に合いますものを御用意致します。
少しお休みになられませんと……」
長く私の側にいた、『灰色』は、知った風の口をきく。
もっと若い頃からの‘あれ’を見知っている故、‘サリュー’の名を呼ぶ事もある。
小賢しい申しように、グラスでも放ってやろうと苛立った目の先に。
私以上に、苦痛に耐えた顔があった。
人ではないような者でも、長く側にあれば‘情’の1つも持つようになるものか。
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サリューは、マケルの娘に会う用意に、多量の薬を使って平静を装った。
反動が一気に来た。
呼吸の補助器具を装着されながら、体の痛みに耐えている。
あの我慢強いサリューが、小さく『苦しい』と、涙を流した。
‘あれ’は強いわけではない。人一倍‘我慢強い’のだ。
それを知っていて、これを強いたのは、私だ。
目を逸らす事などできぬ。
咳き込んだ弾みに、少し血が混じったか。
「ドゥーダンの‘女’と回線を繋がせろ。」
私の、低い呟きに、『灰色』が黙って頷いた。




