カ ス 。
借りた本を両手でしっかりと持って、わたしは月眼の間に帰還した。
[おかえり]
そんなわたしをロキアスさんは盛大に拍手しながら出迎えてくれたのであった。
「ただいま。なんでか知らないけど、目的達成が出来……出来たのかなぁ。なんで無事に帰れたのか未だによく分からないんだけど……とにかく、戻りました」
正直に言えば困惑している。だけどわたしは無傷で戻れただけでなく、成果を持ち帰ることが出来ている。ただしその理由というか、原因はよく分かっていない。まだ頭がぽわぽわしてる感覚だ。
そんなわたしを差し置いて、ロキアスさんは熱のこもった拍手を送り続けてくれていた。
[実に、実に素晴らしい成果だった。本当にマジで。実は初見で攻略出来るとは微塵も思っていなかったんだよね]
「……えっ?」
えっ?
心と体が同時に呆けた。
攻略出来ると、思っていなかった?
「……あのスケッチブック作戦じゃ、ダメだったってこと?」
[ダメに決まってるじゃん]
「ええッ!?」
〈はぁッ!?〉
わたしの驚きと、カミサマ達の驚愕の声が重なる。
「ち、ちょっと、ちょっと待って。お願い待って。えっと、えっと……あのスケッチブック作戦の発案者は、確かロキアスさん自身だったよね?」
[うん。そうだね]
「……ダメと思っていた作戦を……わたしに……押しつけた……!?」
[ううん。違うね。全然違うね。なんて説明したら理解してらえるか考えるから、五秒ちょうだい]
「――――それがお前の寿命という事でよろしいか?」
静かに吠えると、ロキアスさんは酷薄な表情を浮かべつつ失笑した。
[よろしいわけあるかよ]
その少し強めの反発を見て、わたしは大人しく矛を収める。どうやら冗談を言ったわけではないらしい。
「…………」
[僕はずっと前から考えていた。どうすれば他の楽園を観察することが出来るだろうか、と。……しかし昔の僕は多少命知らずな所はあったけど、破滅願望を抱いていたわけじゃないんだ。だから自分で楽園に行くという発想はあまり無かったんだよね。二次観察でも僕は十分に満足することが出来るし]
二次観察。聞き慣れない言葉だけど、文脈から判断するに『自分が直接観察しなくても良い』って事かな?
わたしで例えるなら『お父さんが喜ぶなら、別にわたしじゃなくて他人が作った料理でも構わない』みたいなものだろうか。
っていうか、今わたしたちがやってる事そのものか。
メメリアさんを観察出来ないロキアスさんは、メメリアさんを観察するわたしを観察しているのだ。
そういえばロキアスさんは昔、色んな楽園に幻影を使者として送り込みまくってたって言ってたっけ。それで誰かに怒られて、一切の介入が出来なくなったとか。
[そんな僕がずっと考えていた秘策。君はスケッチブック大作戦と呼称していたが、正式名称は『事実から逆算される行動束縛論』だ。一番最初に言っただろう? メメリアの図書館に入るなり火を付けて、彼女から怒る以外の選択肢を奪えって]
「それは、確かに、言ってたけど……ただの心構えって話しだったじゃない」
[事実から逆算される行動束縛論は、言ってしまえば軽度な生存戦略の一種であり、高度な知的生命体だったら無意識にも使っている『当たり前の行為』でしかない。だけど、それを明確に意識して使用するってことが大切だったりするんだよね。だからあえて命名したんだけど]
「……それも要するに『心構え』って事だよね。人間のスケールで例えるなら、子連れのお母さん熊には絶対に近づくな、みたいな」
[極めて簡単に言うとそうなんだけど、大雑把すぎて核心には至れてないねぇ……まぁいいよ。はいはい。ただの心構えですー]
何故か拗ねたような表情を浮かべるロキアスさん。全然わからない。何が言いたいんだろうこのヒト。
[とにかく。図書の魔王メメリアに対する秘策はそういう方向性で練られた作戦だ。彼女から選択肢を奪うために、まずは事実に着目する]
「……本を愛している?」
[そうだね。とても分かりやすい事実だ。僕たち月眼はみんなそう。理解不能の存在だけれども、事実だけは揺らがない。そこから逆算して、行動を束縛する]
「……本を愛している。本を読むのが大好き。だから文章を読ませて、コミュニケーションをはかる」
[そう。その通り。リスクは当然あるけれど、こんにちわー! って突撃するよりかは百万倍マシだ]
「――――なのに、ダメだと思っていたの?」
[そうだよ。解像度が上がったであろう今のフェトラスに僕はこう答える。あんな絵のない絵本みたいな文章で、図書の魔王メメリアが喜ぶわけないじゃんバーカ]
「なっ」
[ああごめんよ。バカは撤回する。だって僕は秘策を教えただけで、他には特に行動していない傍観者ならぬ観察者でしかないもんね。ごめんね。僕は馬鹿以下だったね]
「なっ、なっ、なんで! なんで図書館に入る前に言ってくれなかったの!?」
[言ったよ?]
「ぇ」
[よく言えば読みやすい。悪く言えば文章が稚拙で、絵の無い絵本みたい。――――僕は確かにそう言ったはずだけど?]
「……それは、言ってた。言ってたけど」
[その時の君の表情から察するに、こんなことを思っていたはずだ。『じゃあお前が書け』ってね]
「ぐっ」
ぐっ、しか言えない。ぐうの音も出ない一歩手前の心境。ロキアスさんの言っていることは正解だ。じゃあお前が書けって、本当にそう思った。
[図書館の魔王に差し出す文章にしては、クオリティが低すぎると思う、なんて感想は今だから口に出せる情報だよね。あの時の君に言っても反発されるだけだっただろう]
「でもでも、でも。あの作戦がダメなら、意味が無いじゃない」
[意味の有無は別にどうでもいいかな。――――発案者の僕が、なぜ作戦の不備を伝えなかったのか? その事実から逆算してみるといい。どうして僕の行動が束縛されたのかが分かるはずだよ]
なぜ。なぜって。
事実。事実ってなんだ。
どうしてロキアスさんは「それダメじゃない?」と言わなかったのか。
思いつく理由なんて一つしかない。
「――――わたしが書いたのが、お父さんのお話だから」
[そうだね。そこにケチを付けることが、僕には出来なかったよ]
パンッ! と両手を叩いてから、ロキアスさんは肩をすくめた。
[理解してもらえたかな? 今なら僕の言葉は届いたかな? あの時の君には何を言っても無駄そうだから、僕は『ダメそうだなぁ』って思ってたというわけ。言ったら言ったで、愛を侵害されたと感じた君は、僕に激怒しただろうね]
シーンと。
月眼の間に沈黙が広がった。
「…………ぐ」
[ぐ?]
「グロすぎない? その感性」
[ド直球の暴言だ]
「だって、要するに『言っても聞きそうにないから、危ないよーって注意もしなかった』ってことでしょ?」
[危ないなんて。僕たちからすれば当たり前の話しじゃないか。正確に表現するなら『もっと成功率を上げることが出来るのに、意地はって聞きそうにないなぁ』という諦めと、『それでもフェトラスなら何とかしてくれるだろう』っていう超厚い信頼だよ」
わたしは思わず天を仰いで、カミサマ達に視線で助けを求めた。
〈Ω・ロキアス……お前なら、上手くことを運べたのでは……〉
[僕は嘘をつかない。基本的にね]
〈…………………………。 …………………………。〉
助け船はそろって沈没したらしい。カミサマ達は再び「シーン」ってなった。
[だけど! そう、だけど、だ! 喜ぶといいフェトラス。ここから先は褒め褒めタイムだ! 君は最高なんだよ! だって]
「ちょっと、きゅうけい、させてください」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(少し時間を戻して)
わたし専用の図書カードを造ってくれたメメリアさんは、そのカードに本のタイトルを刻んで手渡してきた。
[再発行はしないから、そのつもりでいなさい]
「わたしの愛するモノ達の次に大切にします」
[無礼者。同等の扱いを心がけなさい]
舌打ちしそうな表情を浮かべたメメリアさんは、ふぅ、とため息をついた。
[まぁ月眼相手に言っても無駄か。無礼ではあるが、誠実な回答とも評せる]
そして彼女は表情を切り替えた。
[では帰りなさい。さっきも言った通り返却する際はサラクルに渡すように]
「……この本を返したら、次の本も借りに来ていいですか?」
[殺したくなるほど面倒ね]
バッサリである。
しかしいくら待っても「来るな」という類いの言葉は聞こえてこなかった。
でも、わたしは油断してはいけない。
調子に乗ってはいけない。
図書の魔王メメリアさんは、決してナメてかかっていい存在ではない。
とりあえず、そう、とりあえず、この本を解読して、サラクルさんが本を返却してからだ。次のことは、次に考えなければならない。それが適切というものだ。
「カードと本、ありがとうございました。とても嬉しいです。それでは失礼いたします」
わたしはここに長居してはいけない。
深々と頭を下げて感謝と帰る意思だけを伝えた。
いきなり踵を返すのも失礼だから、お行儀良く後退する。
すると、軽めのため息が聞こえてきた。
[特段――――そう、特段興味はないのだけれど、物珍しいことは確かね。殺戮の精霊という出身でありながら、貴女は礼節は付け焼き刃のものではない]
……図書の魔王が、すごいことを言ってくれてる。
[よろしい。貴女がそこまで弁えているのだとしたら――――先ほどの空間の本を読み終えたらサラクルを呼ぶから、その時には貴女の続きを読ませてもらう事にしましょう]
……お耳が赤い……。
続きを読んでくれる、という嬉しさよりも「なにこの可愛らしい魔王様」という感想の方が大きかった。
[せいぜいブラッシュアップを重ねることね]
「分かりました」
[私を不愉快にさせないよう最大限努力しなさい]
「誓います」
[よろしい。その努力の姿勢が見えるのならば、私も無礼な振る舞いはしないと約束しましょう。だって]
一度言葉を切って、図書の魔王メメリアさんは高い天井を見上げた。
[貴女が私に教えてくれたから。――――私が、ここの主だという事の意味を]
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
サラクルさんに「メメリアさんが会いたがってたよ」という事を伝えてみると、彼女は大きな目をさらに見開いて驚いていた。
「め、メメリア様が……サラクルなら、良い、と」
「うん。たぶん本の次にサラクルさんのことが好きだと思う」
「泣いちゃいそう。次にお会いしたらハグしてしまうかも」
「ゆっくり近づいたらワンチャンいけるかも」
「たまらん」
その言葉を使う時だけなんか濃いんだよなぁ。……管理精霊が抱く、管理以外への執着。愛の種。こんなんもう絶対月眼になれると思うんだけど。
と改めて思いつつ、サラクルさんにはそもそも殺戮の資質が無い状態なので、愛を実感するのは我々と比べたら簡単なのかもしれない。
まぁ比較対象が悪すぎるとは思うけど。
普通の人間でも愛を実感するのは難易度が高い。ということでわたしは沈黙を選んだ。
「ところでサラクルさん。この本に見覚えはある?」
話しを変えるために、本題その2を提示してみる。
わたしでは読めない文字で書かれたソレをサラクルさんに渡してみると、彼女は数秒考え込んだ後にこう答えた。
「今から数えて二つ前の図書館に置かれていた本ですね。分類的にはファンタジー寄りの空想科学だったかと」
「ファンタジー……かがく?」
「世の中の『法則』を解説する本、とでもお考えください」
「わかんない!」
「その分からない、を解明するのが科学なのかもしれません。そしてこの本に書かれているのは、空想の科学。ふふっ、全然分からないですよね。私もよく分かってはいません」
「なんでこの本を貸してくれたんだろう? っていうかサラクルさん読める?」
「多種多様な本を管理するために、言語も数多く習得しています。なので読むことは出来ますよ。ただ翻訳するのは少々難易度が高いですね……序章さえ読み切れば後は多少スムーズかもしれませんが、その序章を理解するために必要な要素が多すぎるのです」
「……なるほど。ジャガイモの切り方を覚えるのには日数がかかるけど、ジャガイモの切り方を極めれば、他の野菜も切れるみたいな感覚ってことね」
ということはカミサマに丸投げした方が確実かもしれない。なにせ個性的な七人がいて、わたしとも付き合いが長いのだ。良い具合に要約してくれることを期待しよう。
[僕の褒め褒めタイムはまだ出番無い?]
「たぶん上手に受け止めきれないから、まだ引っ込んでて」
ロキアスさんは無言で自分の楽園に帰っていった。
お父さんの手紙を置いていけ、とも思わない。
大切なお父さんの手紙だ。ロキアスさんが言っていた通り、今のような精神状態で、下品に読み散らかすのはよくない。
礼節。
そう、礼節だ。
今までそう褒められたことはないけど、すごく明確に褒められたのだ。会話不能の月眼が、わざわざ時間と気持ちを使って教えてくれたのだ。
わたしには礼節があるのだ! お食事以外のマナーもちゃんと出来てるってことだ!
今更ながら嬉しい気持ちがあふれてくる。
なんならもっと礼節についてきちんと勉強したくなる気分だ。
【貴女には礼節がある】
これはきっと、彼女がわたしに刻んでくれた刻印だ。
あの褒め言葉を裏切らないように、わたしはもっと礼節を磨く……つまり、お上品になるのだ!
そんな「頑張るぞー!」って気持ちの他にも得たものがある。
わたしは、久々に楽しそうな事を思いついたのだ。
未来のお父さんが喜びそうなレシピ本を書く。たくさん書いて、たくさん並べて、今日はどれが食べたい? って聞くんだ。きっと素敵な時間になる。明日の朝起きるのがもっと楽しみになる。そんな確信がわたしにはある。
楽園/図書館。
あそこの特性上、滞在時間は今までの楽園の中でも最短ではあった。(ロキアスさんの楽園は例外ね)
だけど、会話不能なはずのメメリアさんと、会話が為せた。
そして得たモノはとても多い。
「頑張るぞ」って気持ちと、「これがやりたい」という生きがい。
言葉に直すとシンプルだけど、それを成すために必要な努力はいっぱい必要だ。
そしてその努力は大変だろうけど、だからこそ、すごくやりがいがある予感しかない。
今のわたしは、お父さんが旅立って以来のワクワクがある。
それは――――きっと幸せに生きるために必要な、素敵な苦労なんだと思う。
「ああ……行って良かったなぁ」
そんな感想をつぶやいて、わたしは幸福なため息をついたのであった。
もちろん凄まじい慢心に繋がるんだけど、今のわたしが気づくはずもなく。
わたしは改めてサラクルさんと「メメリアさん超可愛い」というトークテーマに花を咲かせるのであった。
「ところでメメリア様のお声。素晴らしかったでしょう?」
「声。声かぁ……。お話しする時はずっと緊張があって、声の良し悪しは……いや待って。声。確かに。えっ、すごい。もしかして固めのしゃべり方で誤魔化してたけど、実は声が可愛い?」
「そうなんですよ! 私も極稀にしか会話はさせてもらえませんでしたが、お声がとっっっても可愛らしいんですよ! あのお方の素養の中で最強なのはお声ですね」
「た、確かに。『サラクルは良いの』って言った時の衝撃が凄かったのは、声も可愛かったからか!」
「流石でございますフェトラス様。その通りです。声が、ではなく、声も、なのです!」
「へいカミサマ! さっきのわたしの行動って、ロキアスさんの魔法で保存されてるんだよね! 一部始終をサラクルさんにも共有してあげる事って出来る!?」
〈α・ロキアスであれば再生は容易ではあるが……魔法領域での保存なので、我々の物理的出力では難しい。再生ではなく再現であれば可能だが〉
〈Ω・しかしお前達が求めるものは、きっと再現では得られないものだろう。大人しくロキアスを待つことをお勧めする〉
「くそう。そのロキアスさんはついさっき楽園に帰っちゃった。タイミングが悪いなぁ」
「どうしましょう。どうしましょう。いいんですか。私も見せていただけるのでしょうか」
「サラクルさん、いい加減に自分のこと部外者扱いするのやめた方がいいよ。めちゃくちゃ関係者なんだから、むしろ当然の権利ぐらい思っていいんだよ。あなたはこのカミサマ・システムの最前線にいるんだから」
「ですが、わたしは、管理することぐらいしか能のない精霊で……」
「わたしの大切な友達が変なこと言ってる」
すかさずそう返すと、サラクルさんはとても綺麗に照れ笑いを浮かべてくれた。
「そう仰っていただけるのは大変光栄です。ありがとうございます。……しかしそれでも、私とロキアス様はそういう関係ではないというか……」
「大丈夫だいじょうぶ。ロキアスさんはたまにカスみたいな行動するけど、どっちかと言えば優しいヒトだし。回りくどい頼み方すると『じゃあ代わりに何か観察させろ』とか言ってくるかもしれないけど、素直に『見せて』って言ったら『はいどうぞ』ぐらいのノリで返してくれるよ」
[呼ばれた気がしたので戻ってきたよ]
「ナイスタイミング」
[さっきタイミング悪いってボヤいてなかった?]
「ロキアスさん! さっきの私の行動、サラクルさんにも見せてあげて!」
[……ああ、確かに。サラクルには見る権利があるね。ごめんよ、気が利かなかったね]
めちゃくちゃ素直な反応を示したロキアスさんを見て、サラクルさんは「う゛ぇ!?」というとんでもない声を発したのであった。
[なんだいそのリアクションは。僕はカスじゃないから、それぐらいの手間に見返りを求めたりしないよ。とは言いつつ、僕にも再観察の必要性があるからね。一緒に見るとしようじゃないか]
「はい!!!!」
こうして、サラクルさんはとても幸せになったのであった。
めでたしめでたし。
九代目 図書の魔王メメリア
楽園『図書館』
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