図書館としての役割
煮詰まっていく。
なんで読んでくれないの? と聞きたくなる。
面白くなかった? と尋ねたくなる。
どこがダメだったの? と詰め寄りたくなる。
それら全ての欲望は、死に直結している。図書の魔王メメリアの読書を邪魔するということはイコールでそういう事だ。
故にどれだけわたしの感情……承認欲求……作り手のエゴ……みたいなものが満たされなくても、わたしはただ待つことしか許されていない。
そもそも、待つこと自体も許されていないのかもしれない。
なぜならここは楽園にして図書館。本で満たされた場所。わたしのような者は完全に異物だ。
――――撤退した方が賢いのかもしれない。
その結論に至るまでに、結構な時間が必要だった。
そしてその結論を納得するのには、受け入れるには、まだ当分の時間がいる気がした。
やがて疑問はループする。
……なんで読んでくれないんだろう? それは感情から産まれた問いではなく、理性寄りの、シンプルな疑問。
一度読んだ本を読むほうが面白いのかな。……だとしたらわたしが差し出した文章は本当に邪魔で、水を差す行為だったのかもしれない。でも確かに(あるいは一応)彼女は読んでくれた。
だけど続きは読んでもらえそうにない。
じゃあ大人しく待つ? うん。それが正しい順番なのかもしれない。悔しいけど。悲しいけど。意味わかんないけど。
でもでも。でも。もしあの「読み直し」が終わったあとでもわたしを無視して、次の本を求めて階下に降りられたら。その時わたしは、きっともっとたくさん悲しい。
泣いちゃうかも。
だって。
これは、お父さんのことを書いた文章だから。
と、いう具合に。
わたしの思考は煮詰まりきって[お父さんの話しを読みたくないって本気?]だなんて。
自分で差し出した物語のくせに、続きを受け取ろうとしない図書の魔王メメリアに怒り以上、敵意未満な感情を覚えたのであった。
待つことすら許されないのならば、わたしはとっくに攻撃されている。
刻印という彼女が持つ属性。方向性を一方的に定めるモノ。そういう凶悪な魔法によって。
ただしそれは即死的なものではないはずだ。即死魔法という概念は強すぎるし、そもそも難易度が高い。
虫を一匹殺すのであれば、呪文を唱えるよりも踏み潰した方が速いのと同じ。
わたし規模の存在量を持つ者を『即死魔法』だけで殺そうとするならば、六単語の呪文でも難しいだろう。
故に初手即死はありえない。
だけど、その代わりに放たれる別の魔法が致命的であることは間違いない。
たとえば【呪文が使えない者】という刻印を刻まれた時点でわたしは図書の魔王メメリアに勝つことが不可能になる。即死魔法に比べたら段違いに簡単な魔法だろう。
だけど呪文禁止の魔法もやはり高等だ。ではもっと難易度を下げて【一秒間だけ無抵抗になる】刻印を刻まれたら? おそらくわたしは三秒後に死んでいる。
そもそも、もっと簡単な方法がある。刻印もいらない。魔法すら必要じゃない。
ただ「こんにちは」と声をかけられるだけで、わたしはきっと対話の方に集中してしまうのだ。戦闘への緊張感は、きっと別の事柄に対しての緊張感にすり変わる。
そしてそれが有効打であることは図書の魔王メメリアも理解しているはずなのだ。
なぜならすでに、わたしは自分の意見を彼女に伝えている。
『続きも書いてきました。読んでいただけますか?』
物語の延長線上にある「後書き」という方法で。コミュニケーションを取ろうとしていると、表明済みなのだ。
……帰って来た答えは不機嫌そうなため息だったけど。
……戦闘系の魔王、だっけ。
彼女はどんなセラクタルで、どんな殺戮を行ってきたのだろうか。
そんなことを考えてようやく、怒りの感情は冷えていった。
殺されるかもしれない場所で、殺されていない。
観察もされていない。対策も練られていない。歯牙にもかけていない。
つまりここでのわたしの価値は、虫けらに等しいのだ。
そうやって落ち込んだわたし。意識に出来た空白。そこにひょっこりと脳内お父さんが来てくれた。
『すげぇヘコみ具合だな』
(だって……絶対面白いと思ったんだもん……読んでくれるって信じてたのに……)
『まぁ言うて、俺の話だからな』
(だから良いんじゃん)
『魔王メメリアからすると、全然知らない人間の話しをされたワケだ。文字だから一応読んだけど、面白いつまらない以前に、普通にウザかったんじゃねぇの』
(ウザくないもん! 一生懸命書いたもん!)
『いや知らん上に興味の無い人物の話しをされたら、俺は普通にウザいと感じるかなぁ。……でも、普通にウザいだけなら、普通に攻撃されてるはずだ。だがそうじゃなかった。もしかしたらそこに攻略法があるのかもしれないな』
(例えばどんな?)
『そこは自分で考えろよ』
――――解像度が復活したせいで、よしよし度が低下している気がする。全然甘やかしてくれない。でもイマジナリーお父さんはわたしにとって反射の部類なのでコントロールが出来ない。ついでに言うならコントロールなんてしたくない。
苦笑いで突き放されてしまったせいで、思わず我に返る。脳内お父さんの影が霧散する。
そんな段階を踏んで、わたしは再び図書の魔王メメリアに注目した。
ゆるやかにウェーブのかかった、ダークブラウンの髪質。
細身の角はツヤツヤとしていて、長年魔法を使っていないような印象がある。
暗い色合いの精霊服。でもよく見ればデザインが凝っている。
柔らかそうなインナーに、少しだけレースが施されたカーディガン。
腰元はベルトでキュッと絞られてて、膝下まで伸びたスカートはやや厚手。
特に目を引くのは真っ赤な靴だ。ピカピカのパンプス。この一点で全体のかわいさが百倍ぐらいになっているとわたしは思った。
――――戦闘系の魔王の服装じゃない。
色だけ見るとたしかに戦闘形態に近いけど、そうじゃない。あの精霊服には何か目的や意図が含まれているはずだ。……もしかしたら合理的な思想じゃなくて、憧れとか、遊び心とか、美学みたいなの。とにかく戦闘以外での、何か。
本を読むだけなら、布団みたいな服で寝転がりながら読めばいい。
だけど彼女は身なりを整え、きちんと椅子に座って読んでいる。……そういえば姿勢がめちゃくちゃ良いなぁ。ピシッとしてる。
それに気がついた瞬間、注目していたはずの彼女の姿が少しぶれて、わたしは思わず彼女を含めた全体の構図を見た。
そこに現れたのは『図書館で本を読む淑女』だ。
ああ、そうだ。
この魔王は、絵になるんだ。
結婚の魔王エクイアさんはコロコロと表情が変わっていた。
遊戯の魔王パーティル様は愉しそうに遊んでいた。
美醜の魔王ポーテンスフさんは苦悩し、彷徨い続けていた。
だけどこの図書の魔王メメリアは、徹底的に静かだ。
満たされることに集中している、とでも言えばいいのか。
その観点での観察が続く。
彼女単体で見ると「かわいいなぁ」という凡庸な感想になるのだが、彼女の立ち振る舞いとこの空間が合わさることで「規律正しい静寂」というフレーズが浮かんできた。
ここにはページをめくる音しか聞こえない。そしてその音だけがここには相応しい。
全てが彼女のために調律されていて、彼女の大きな瞳は文字を追うのに夢中だ。月の色をしたそれはとても穏やかに「満たされている」ことを知らしめている。
あ。
やっぱりわたし邪魔者だ。
ストンとその実感が訪れた。
彼女は何も必要としていない。完成している。
途端に自分が書いたものが恥ずかしくなってきた。月眼に認められた書物に比べると、わたしがスケッチブックに書き上げたモノはあまりにも稚拙だ。
口から感情がこぼれそうになる。
泣きたいような、叫びたいような。わーってなるような。
お腹に力を込めて、なんとかそれらを押し殺して、鼻から静かに呼吸を漏らす。
――――もう帰ろう。わたしは彼女の邪魔をするべきではない。
ページをめくる音。
それと同期するように、音を立てないように、一歩だけ後ずさる。
ページをめくる音。また一歩。
ページをめくる音。ようやく三歩。
そして懐の中で、スケッチブックがほんの少しだけ重みを訴える。
一生懸命書いたけど、無駄だった、なぁ……。
そんな事を思ってしまったから、わたしは音を漏らしてしまった。
「……っ…………ぅ……」
悔しくて悲しくて情けなくて涙が出た。わたしは本気でお父さんのことを書いたつもりだ。図書の魔王メメリアにも、お父さんがどんな人なのか知ってほしかった。自慢したかった。わたしのお父さんは、本当にすごいんだよって。
でも彼女は興味を示してくれない。
だから限界まで煮詰まった感情が、望まない涙を流してしまう。
頑張って押さえなきゃと反射的に思ったけど、身体の反射は任意で止められない。
だけど、それでもわたしはこの涙を止めなくちゃならない。
死にたくないからじゃない。
この楽園では、わたしが音を発する権利なんて持っていないからだ。
[チッ]
舌打ちの音と同時に、パァンッと、力強く本が閉じられた音がした。
あ。やべ。
苛立ちの表明という意味を含んだ警告音。あるいは攻撃予備動作。センチメンタルな感情は一瞬で吹き飛び、わたしの身体は硬直した。その代わりに思考がフル回転する。
月眼の魔法。属性は刻印。即死は無い。でも無力化されてすぐに詰む。
おそらく最善手は「ごめんなさい」と言いながらの全力ダッシュだ。ものすごい勢いで逃げるしかない。あとでごめんなさいの手紙を書こうとは思うけど、そこはカミサマ達と要相談だ!
明確な命の危機を覚えたわたしは秒でプランを立てて、逃走のためにグッと足に力を込めた。
それと同時に[そこの]と、声が飛んできた。
魔法でもなく、怒声でもない。厳かな呼びかけ。
……おそるおそる図書の魔王メメリアの顔を見ると、彼女はとても獰猛な顔をしていた。
[………………]
だが彼女から続く言葉はない。わたしが焦りながらも「は、はい……」と小声で返事をしてみると。
[チッ]
再び舌打ち。そして、はっきりと敵意を表明したように睨み付けられて。
――――やがて彼女は[はぁ]とため息をついた。
それからこう言った。
銀眼状態で。
「――――まず表現力が低い。自分が書きたいことばかりで一方的。様々な設定と事柄を押しつけるばかりで、読み手のことが考えられていない。ここに来たのに、私好みでない物を贈るのはあまりにも無礼ではないかしら。悪い点の総合評価は『自己満足が目的なら、自室でやってちょうだい』というところね」
「う、ぁ……」
「褒めるべきところは二点。誤字が無かった。そして表現力が低いとはいえ、重複しないような言葉選びが出来ていたところ。良い点の総合評価は『お行儀が良い文章』というところね」
それは、カミサマがやってくれた箇所だ。
「――――――――そして最後に、私が感心した点を伝えましょう」
「えっ」
「貴女は私がページを読み終えた瞬間に、ページをめくっていたわね」
「え……あ、はい」
「私の目線の動きを読んだのでしょうけど、その点は素晴らしかった。タイミングもほぼ完璧。文字のサイズを大きくしていた意図もそこに含まれるのでしょうね。だとしても大した技量だわ。総合評価は『読んでもらおうという姿勢は心地よかった』というところね」
褒められた。
……褒められた!?
図書の魔王メメリアは変わらず銀眼なのだけれども、敵意は感じられない。彼女はスラスラと、淡々と、言葉を紡ぎ続けた。それはあまりにも一方的なものではあったけど、わたしが望んでいた対話だ。
しかし、なぜ急に? わたしは鋭い批評と柔らかな感想で混乱した。
「えと、あの……」
「次に静かに、そして大人しく待てていた所。それはあまりにも当然の事なのだけど、当然の事を遂行出来る者は貴重よ」
「ありがとうございます……」
「ただし、ここに侵入したことがそもそもの間違いではある。いかなる事情があるにせよ、私には一切関係が無い」
「全くものってその通りでございます。大変失礼いたしました」
「……理解出来ない。貴女には礼節がある。なのに、ここに侵入するという愚行を犯した。――――そろそろ面倒になってきたから端的に答えなさい。どんな理由があって、ここに侵入した?」
来た。訪れた。入った。言い方はいろいろあるけれど、彼女は『侵入』という言葉を使い続けた。面倒になってきたという言葉もきっと本心なのだろう。
端的に。
「え、と。世にも珍しいレシピ本があればお借りしたいと思って、来ました」
「はぁ?」
「…………と、っ、と図書館だから、本を借りられないかな、って、えと、その」
混乱していたわたしは、変な動機を口にした。
いやでも本当のことかな。あれ。なんでわたしここに来たんだっけ。自己領域の拡大? それはわたしにはあんまり関係ないことで、ロキアスさんが、あ。
お父さんの手紙を読む引き換えに、ここに来たんだった。
混乱の波が一気に引く。
ああ――――何が何でも生きて帰らなくちゃ。
[ええと、端的に。ええと、その、事情があってここに来ることになったんですが、実は珍しいレシピ本が必要なんです。でも急にこんにちわー! って入るのは失礼かと思って、さっきのスケッチブック作戦を思いつきました]
「……なるほど?」
[でも侵入したことは確かに無礼な振る舞いで、ここに来ることになった事情もあなたには一切関係の無い事です。重ねて、すみませんでした]
「…………なるほど」
すぅ、と彼女は息を吸って、目を閉じた。
次に開かれた時、その瞳は月の色を浮かべていた。
[――――確かに。ここは図書館。その存在意義には本の貸し出しも含まれるのでしょう]
「…………」
[レシピ本……レシピ本か。よろしい。一冊だけ貸出を許可します。返却期限は今のところ考えていないけど、貴女の愛するモノと同等の扱いを心がけなさい]
「は、い」
[ウロウロと探し回られるのも鬱陶しいから、私が選出します。しかし珍しい……珍しいという指定が難解なのよね……普遍的と珍妙の境目……それは誰にとって珍しいレシピ本?]
「六代目月眼。暴食の魔王ヴァウエッドさんです」
[……ああ、サラクルが何か言っていたわね。何でも喰う魔王か。そんな相手が珍しいと感じる料理? どう考えても存在しないと思うのだけれど]
「うぐ」
それはある意味で想像の範疇内の回答ではあった。お料理大好きな月眼が知らないレシピなんて、わたしもちょっと想像が出来ない。
[珍妙奇天烈なものを創作料理と言い張る方がまだマシね]
「でもどうせなら美味しいモノを作ってあげたくて……」
[は? 貴女が作るの? ふぅん……]
三秒ほど彼女は黙ってそれから何度目かのため息をついた。
[食材が調達出来るとは到底思えないけど、参考になるかもしれない。そういう意味での一冊を貸し出します。付いてきなさい]
魔法でどうにかするのかと思ったら、図書の魔王メメリアは積んでいた本を何冊か手に取って歩き出した。
テクテクと。キビキビと。小柄だけど凜とした背中がわたしの前を歩いていく。
ちなみに「話しかけてくるな」オーラが全開である。重そうだから手伝いましょうか? なんて言ったら舌打ちされること間違いなしだ。
七階で本を収納した後、彼女がたどり着いたのは一階の奥にある扉だった。
(こんな所に扉があったんだ……)
本棚の隙間に一枚の扉。重厚な作りをしていて、図書館の雰囲気には合うのだが、本棚しか無いこの図書館においてはちょっとした違和感を覚えさせる。
静かな音を立てて先に進むと、そこには別の図書館があった。
「!?」
先ほどいた空間と同じく広大。そして本の量も同じく膨大極まる。
驚いたことに先ほどいた場所とは雰囲気というか、コンセプトが完全に異なっていた。カーペットの色が違うのは当然で、本棚は木製ではなく金属製だ。しかも大きさが尋常ではない。一つの本棚に人間5人分ぐらいの高さがあって、それに沿うようにレールで動かせる階段がついていた。
先ほどの図書館のテーマが「調和した静寂」なのだとしたら、ここは……なんというか……学者が集まって研究でもしてそうな、いわゆる「合理性」みたいな雰囲気がある。その理由の一つが空間の中央に設置された巨大な机だ。樹齢百年越えの巨木から削り出されたような長くて分厚い机。椅子も複数置かれていて、この机の上に自分が読みたい本をいくらでも積めるような印象がある。
(すごぉ……そういえばこの図書館は膨張してる、って言ってたっけ)
図書の魔王メメリアはわたしが感動していることなんてつゆ知らず、さっきと同じように黙々と歩き続けた。
そしてまた、扉が一枚。
(あー……膨張する図書館って、そういう意味かぁ……)
扉を開けると、予想通りに三つ目の図書館が現れた。
ここも当たり前のように本が山のように存在した……のだけど、ここでの本は背表紙ではなく、全てが表紙が見えるように陳列されていた。情報量が圧倒的に多い。本の圧がすごい。
冷静に考えるとこの陳列方法では蔵書数が低いはずなんだけど、その光景に押しつぶされてしまいそうになる。あとついでに言うならさっきの図書館に比べるとやや明るい。
超でかい図書館三連発で、少し頭がフラつく。ポーテンスフさんの所で観た「世界一大きな絵」を見た時に似ている。
図書の魔王メメリアは歩きの方向を変えて階段を目指した。造りは確かだけど、一人しか通れない狭い階段だ。
(っていうか、歩き方に迷いが無いんだよなぁ。……もしかして読んだ本の内容だけじゃなくて、どこにあるかまで全部覚えてるのかな。すごいや)
やがて彼女は目的地に着いたのだろう。とある本を手に取った。
[これを貸し出します]
真っ白い表紙。その中央に大きめのお鍋が描かれていて、中身は真っ黒。
タイトルは……読めない文字だぁ……。まぁいいや! 余計なこと言わずに一旦借りて、カミサマとかロキアスさんに相談だ!
「ありがとうございます。大切にお借りします」
[よろしい。返却するのならサラクルに渡しなさい]
予想外の言葉にわたしは瞬きを繰り返してしまう。
「サラクルさん……に?」
[あぁ……そもそもサラクルは、まだ月眼の間にいるのかしら?]
「ええ。います」
わたしは思わず微笑んでしまった。
「……サラクルさんなら、ここに訪れてもいい?」
そんな言葉とわたしの微笑みのせいで、図書の魔王メメリアは一瞬だけ顔をしかめた。
[…………………………サラクルは、いいの]
えっ。かっっっわよ。
なにこの魔王。え、めちゃくちゃ可愛い。
耳が! 耳が赤くなってる!!
なにこれなにこれ!
サラクルは! いいの! ですか! きゃー!!
わたしもサラクルさん大好きなんだよ! と言いたい気持ちを押し殺して、粛々と返事をする。
「分かりました。その際はサラクルさんにお願いしておきますね」
ちょっとニヤつきながら言ってしまったかもしれないけど、仕方ないよね。うんうん。
[ふん……ああ、そうだ。貸出カード作らなくちゃ……図書館にはそういうのも要るわよね……]
誤魔化すようにそう言って、メメリアさんは少しだけ顔をかしげた。
[貴女、紙か金属持ってる?]
「紙ならスケッチブックが。金属だと……シェフナイフと、ペティナイフがあります」
[刃物。ふぅん……変わってるのね]
「お料理に使うんですよ」
[出しなさい]
はい、と精霊服を少しめくって、隠し持っているナイフを二本取り出した。
[……使い込まれてるわね。これがないと貴女は困る?]
「シェフナイフは長年使った愛用の品なので、無くなるとすごく困ります。逆にペティナイフは結構買い換えることが多いですね」
[そう。ではそのペティナイフを寄越しなさい]
「はい」
ぽんと、ペティナイフを渡してから気がついた。
私たち、なんか普通に会話してるな。
……まぁさっきの「サラクルはいいの」発言でわたしがウキウキになったせいなんだけど。
メメリアさんはペティナイフを手に取り、じっくりと見つめた。
[刀身は鉄……鋼に近いかな。持ち手はクルミの木……きれいな木目ね。潰すには惜しい。総合評価は『良い道具』といったところね]
「?」
[【印散】―【整翻】―【彫刻】]
それはきっと彼女にとって使い慣れた魔法だったのだろう。三連術ではあるが、シックスワードに迫る密度と速度。狂気的だ。
彼女はペティナイフを解体して、形を変換させて、刻印を刻んだのだ。
簡単に説明するとそうなのだが、やっている事が高等すぎる。
ナイフの刀身はカード状の板に変形し、持ち手の部分はそれを保護するカバーに。一部に刃の部分の金属が埋め込まれているのか、パカパカと開け閉めが出来るカバーだ。
きれいと評された木目はそのままに。そして木に埋め込まれた鉄板には優美な書体で文字が刻まれていた。
上段の中央には「貸出カード」と。
その下の方に「・タイトル」と文字が打たれていて、罫線が規則正しく刻まれている。日付を入れる部分は無いようだ。
四隅にはくるみの葉をモチーフにしたであろう可愛らしいマークが。
そして一番右下には図書の魔王メメリアの名が刻まれていた。
[完成よ]
「……凄すぎて意味が分かんない。なんでその速度感で物質変換と再構成が……こんな美しい物が造れるの?」
[別に物質の変換なんてしてないもの。手順に沿って加工しただけ]
呆れながら褒めてみたけど、メメリアさんはクールにそう返してくるだけ。
[それじゃあ最後の仕上げね――――貴女の名前は?]
こうして戦闘系の魔王は、わたし専用の図書カードを作ってくれたのであった。
センスの良いカードだけど、最も素晴らしいのは別の所。
タイトルを刻む場所が、複数あることだった。
【印散】 崩壊魔法の一つ。『形が成立しているもの』を崩す魔法。使用条件は対象をよく知ること。使い込むほどに習熟度が上がってしまうので、とても凶悪。人間を対象として極めてしまえば、唱えるだけで視界内の全員を殺戮することが可能になる。
【整翻】 崩すとは逆。しかし物質を整えるというよりかは、刻印しやすくするための下ごしらえに過ぎない。使用条件は対象への理解度と、成分物質が安定していること。「全てを本にしてやるぜ」という若き頃のメメリアが情熱で完成させた(必要以上に)難易度が高い魔法。
【彫刻】 刻印を刻みつけるだけの魔法。難易度はすごく低い。単純な裂傷系の攻撃魔法とほぼ同義。初期標準装備みたいな魔法。ただし、刻印の魔王が使うとなると話しは別である。




