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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
我が愛しき楽園の在り方
289/289

なぜなら。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ようやくの侵入者、改め初の利用者が出ていってメメリアはため息をついた。


 本当に面倒で邪魔で目障りで鬱陶しい時間ではあったが、あれはあれで仕方の無い事だったと言わざるを得ないだろう。


 ここは図書館。


 私自身がそう名付けた、私の楽園。


『図書館なのだから、本を貸し出すことはその存在意義に含まれる』


 だから本当に仕方が無い。


 私はそれをフェトラスと名乗る月眼に教えられてしまったのだ。



 メメリア専用図書館と名付けていれば良かったのかもしれないが、当時の私には無理だろう。私専用だなんて、改めて名言する必要性が無かったからだ。どうせ誰も訪れないから。


 だから私は無駄を美しく切り捨てて、図書館と、極めてシンプルな名を刻印した。その決断自体が誇らしかったし、何より嬉しかったあの日のことは未だによく覚えている。



 ――――以前、ロキアスが使者を送りつけてきたことがある。


 度しがたいほどの無礼者達だった。どいつもこいつも、知性はあれど品性皆無。


 ドタドタと歩き回る者。ベタベタと本に触れる者。私の顔を見ただけで失禁する者すらいた。


 一番最悪だったのが、手にした本の価値を知らずに目一杯開いて、ノド(ページとページの間の、ノリ付けされた部分)を割って、本に開き癖を付けた者だ。


 怒り狂った私は、わざわざ月眼の間と楽園を繋ぐ連絡通路でそいつの背骨を折りたたんだ。


 ついでに【次はない】というメッセージを死骸に刻み込んで。


 それ以来使者とやらは来なくなったが、あれはちょっとした私のトラウマだったりする。




 それから長い時が経って、フェトラスが現れた。


 最初は「なんだコイツ」と思ったが、いきなりスケッチブックをめくって見せるものだから面食らった。


 字や文章こそ丁寧だったが表現力が低く、何を伝えたいのか分からなかった。さらに言えば、省かれた主観が多すぎるので展開が突拍子が無いのだ。読んでもらえるための努力の方向性を間違えている。


 総合評価は、あれは物語というよりも『提出用の日記』と呼んだ方が良い、という所ね。挿絵があればまだ物語の体裁は取れていたかもしれない。


 最悪なのは読み終えた後に「続きを読んで」などと、こちらの事情お構いなしに要求してきたことだ。解体してブックスタンドに加工してやろうかとすら思った。



 しかし。


 しかしだ。


 稚拙な文章ではあるが、それを最後まで私に読ませた「技量」は、特筆に値する。


 終わるまで気がつかなかったが、ページをめくるタイミングが正確すぎたのだ。だから私には読み止めることが出来なかった。


 なんらかの魔法かと一瞬疑ったが、その魔王は一言も発してはいなかった。



 どうやら「使者」では無いらしいと私はそこで判断した。


 まぁ魔王だし、ページをめくりだしたらたまに月眼の色を示していたし、色々とイレギュラーな存在なのだろう。



 そんなことより、私は自分が読んでいる本の続きの方が重要だった。愛猫を殺された主婦が復讐のために殺人鬼に戻る……というありふれた展開ではあるが、細やかな叙述トリックが鮮やかで、章を読み進めるたびに「哀れな被害者」が「傲慢な悪役」に変わっていく様がリズミカルで心地よいのだ。まさか続刊で主人公の立ち位置が逆転するとは思わなかったが、きっと読み進めていく内にそれも逆転するのだろう。……そしてきっとこんな予想すらも覆してくれるはず。そんなワクワクがあるシリーズなのだ。叙述トリックを楽しむコツはあまり考え過ぎないことなのだが、それが分かっていてもなお展開を予想するのを止められない。ええと、確か今読んでいたのはシーンは普通の主婦が「元殺し屋」の「元旦那」に訓練を受けて殺人鬼としてのスキルを磨く所だったわよね。修行パートも嫌いじゃないわ。そしてこのシーンがただの修行パートではなく、重要な伏線が差し込まれたりしている可能性すらある。だからこのシリーズは侮れないのよ。


 気がつくと一冊読み終えていた。


 まさか主婦が敵対組織の老幹部とバディになるなんて。熱いわね。強いジジィって属性、嫌いじゃないわ。でもこのシリーズはまだまだ続刊がある。

 おそらく老幹部は退場することになるんだろうけど、ずっと活躍して欲しい気もする。だけど潔く散って欲しい気もする。そしてこの二律背反をどれだけ活かしてくれるか見物だわ。



 ……うーん。今回は、ちょっと、悪い意味で予想が違ったわね。叙述トリックが減るのはまぁ仕方がない。無理に入れようとして展開がつまらなくなったら本末転倒だもの。でも以外と老幹部がねばるわね。どうあがいてもラブロマンスにはならないから展開がダレることは無いんでしょうけど、退場するタイミングを失ったような気がするわ。



 …………ほ、ほほぅ。なるほど。こう来たのね。まさか主婦の子供が「正義の味方」になるとは。悲劇的ね。どちらかが死ぬ運命。だけどどちらにも死んで欲しくない。文章で魅せるタイプのシリーズだったけど、ここにきて物語をエンターテイメントに舵を切っていく思い切りの良さが素敵だわ。



 読み続けて、私はシリーズを読み終えた。


 素晴らしい物語だった。愉しかった。


 まさか最終巻で最後のどんでん返しを持ってくるとは。あのためにエンターテイメントに舵切ったように見せていたのか。見事。あっぱれ。これは読み返すしかない。


 いそいそと積んでいる本に手を伸ばす。


 きっと再読した折りには、また違った物語が読めるだろう。




 そんな風に夢中になっていると、耳が雑音を拾った。



「……っ…………ぅ……」



 ああ。そういえばナニカいたわね。


 一瞬で集中が千切れる。ブツリと音を立てて、物語と現在のリズムが乱れる。文章が追えなくなり、行間ではない空白が生まれる。


「チッ」


 まぁいい。また読み返すだけだ。しかし――――邪魔者を殺しておく必要がある。


 私は月眼を殺すために顔を上げた。



 おかしなことに、その月眼は先ほどの位置からほぼ動いていなかった。動いたとしても数歩分。



(…………ずっとそこにいた?)


 存在すら忘れていたのだが、なるほど、たしかに。微動だにしなかったのならその説明がつく。彼女は静かにそこで立ち尽くしていたのだ。


(…………なんのために?)


 目的不明。やったことと言えば、文章を見せつけてきただけ。

 意図不明。ただの魔王であれば無礼な振る舞いをしたであろうが、彼女は月眼だ。殺戮の資質を凌駕しているから初手で攻撃してこない、という事は何となく分かる、だが、だとすればコイツは一体何をしにここに来た?


 正体不明。使者ではない、無害そうな、しかし月眼という肩書きを持つ侵入者。


 文章ではなく、今のこの状況を読み取った私は、まず「情報が足りない」という事に注目した。


 この月眼は一体誰で、何をしにここに来た。



「そこの」



 声をかけると、彼女はビクゥ! と震えた。


 というか。


 自分で口にしておいて何だけど、そこの、って。


 他にも色々あるでしょう。いや咄嗟に思いつくのは「おい」とか「お前」とか「貴様」みたいな呼び方ばかりなんだけども。


 しかし彼女はどうやら私を害しにきたわけでは無いらしい。だとすれば適切なのは「ねぇ」とか「あの」とか「貴女」という柔らかい呼び方だろう。「そこの」は割と最悪な部類だ。確かにここは私の楽園で彼女は侵入者で、立場には明確な差がある。とはいえ、とはいえだ。無礼者が嫌いな私は、私自身が無礼な振る舞いをすることを嫌う。


 なんだかムカついてきたわね。


 そんな結論を確認していると、彼女はこちらに配慮を示しながら「は、はい……」と小声で返事をした。


 怯えてはいるが、それは弱者の振るまいではない。

 単純に、私に気を遣っているだけだ。


 ますますムカついてきたわね。


 自分に。


 そして私をこんな気持ちにさせる要因である、この月眼に。









 最終的に、私は図書カードを造って彼女に与えた。


 なぜならここは図書館だから。


『…………と、っ、と図書館だから、本を借りられないかな、って』


 この言葉に私は「正論だ」と感じてしまったのだ。


 ここは私の楽園ではあるが、私の家ではない。


 私のための領域ではあるが、あくまで図書館なのだ。


 他ならぬ私自身がそう銘打った・・・・・・・・・・のだ。その刻印に対して、自己欺瞞で歪んだ解釈をする行為は美しくない。


 もちろん『誰でも歓迎』だなんて微塵も思っていない。


 だがしかし、礼節を持つ者がここの本を求めるというのであれば、その機会を与えるのも私の役割ではないだろうか。


 なぜならここは図書館だから。


 そして私は、この図書館の主だから。


 ……もしも私がただの読書中毒者であれば、他者を完全に拒絶出来たかもしれない。だけど私は本狂いビブリオフィリアでもある。本が乱雑に扱われる事が許せないし、他者にもそれを強要する。


 その強要を、私のルールを受け入れられるのならば、仕方が無い。


 この楽園の本は、貸出可能であるべきなのだ。


 悔やまれる事態ではあるが、私自身がここを図書館と刻んだのだから、それに殉ずるのは当然のことだ。




 でも本格的に(一般的な意味での)図書館として運用するのは御免被りたいから、やはりサラクルに駐在してもらうのが妥当だろう。


 あの子ならきっと、私の望み・・を理解してくれるだろうから。



 そんな逃げ道を用意して、ようやく私は静寂が広がった図書館に意識を戻せた。


 やれやれ。とりあえずさっき読んだ復讐主婦シリーズをきちんと棚に戻して、それから次の本を探すとしよう。


 全くもって面倒だった。

 短い単行本なら一冊読み切っていた程度の時間がかかってしまった。


 やれやれだ。

 全くもってやれやれだ。


 そういえば久方ぶりに旧図書館に行ったけど、あそこの本をもう一度手に取るのも悪くないかもしれない。あそこには学術参考書が多いが、その知識は文章の裏側を照らしてくれる事が多々ある。今の私なら特定の学術論文に対して他の解釈を用いることが可能かもしれないし、例えば経済理想論と現実の相違を思想するのも面白そうだ。経済だなんて概念は私にとって不必要でも、本を読む上ではあると愉しい考え方だし。……ああ、いっそ最初の図書館からやり直すか? それも悪くない。五週目だけど。



「……あれっ?」



 私はそこで気がついてしまった。


 かつての図書館、なんてものに想いを馳せてしまったからか。


 あるいはここが図書館なのだと、適切な意味で自覚したからか。



「……っていうか、さっき貸し出したの……あの子じゃ読めない本なのでは?」




 なんという初歩的ミスか。


 私の最初の仕事は最低だ。

 あろうことか、本を・・押しつけてしまった・・・・・・・・・


 きっとサラクルが翻訳してくれるだろうけど、それでは本質がブレる。


 あれは理解出来ない存在を理解するための本ではなく、理解出来ないことを受け入れるための本だ。最低でも三回は読み直す必要があるタイプの本だ。


 けれどサラクルが翻訳してしまうと、神々の補正が入り、きっと彼女は一度で浅い理解・・・・に至ってしまう。



「もう……ッ」



 本当にいやだけど、仕方が無い。


 だってここは図書館で、私はここの主なんだもの。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「えっ」

[えっ]

〈なっ……〉

「まぁ」



 メメリアさん超可愛いというトークテーマで盛り上がっていたら、その本人が楽園から出てきたのでわたし達は言葉を失った。


 まさか気が変わって本を強制徴収に来たのだろうか。そんな事を考えてしまうぐらいには肝が冷えた。


 結婚の魔王エクイアさんがここに来た時は、一応両者合意の上ではあった。

 遊戯の魔王パーティル様の時は、再戦の申し込みのためだった。

 美醜の魔王ポーテンスフさんは来なかったけど、呼べばいつでも来る(確信)


 それにしたってあの図書の魔王がわざわざ出てくるなんて事は考えづらい。


(意外とみんな気軽に出てきてないか?)なんてことも思ったけど、それはそれとしておそれの方が強い。


 全員が無言でメメリアさんを見つめる。そして彼女は


「あ」


 と一言発して、黙り込んだ。そうして彼女は耳だけでなく顔を真っ赤にした。ただし瞳の色は銀だ。こわい。


 すかさずサラクルさんが数歩前に出た。


「お久しぶりですメメリア様。紅茶はいかがですか?」


「……結構よ」


「然様でございますか。それでは甘いお菓子はいかがでしょう?」


「それも要らない」


「かしこまりました。それでは私は控えておりますので、何かご要望がございましたらお申し付けください」


 そそくさと歩みを進めて、まるで全員からの視線からメメリアさんを護るかのようにサラクルさんはわたし達の前に立ち塞がった。


 じっと、誰も動かない。


 そしてすごくすごく意外だけど、ロキアスさんが動かなかった。何も喋らない。つまりこれは異常事態だ。



 やがて凍り付いていた時が動く。



「――――フェトラス」


「は、はい」



「…………先ほど貸し出した本だけど、貴女その本読めるの?」


「よ、読めません」



「だと思った。あの場では中身の確認をしていなかったものね」


「………………」



「ついてきなさい」


「えっ」






 こうして図書の魔王メメリアはフェトラスを招いたのであった。







「あ、あの……」


「時間がもったいない。早く」


 少しだけ怒気を含んだ声でメメリアさんが急かしてくる。


 だれかたすけて。


 そんなすがる目で周囲を見渡すと、サラクルさんが力強く頷いてくれた。


「メメリア様。こちらの本は私が元の位置に収蔵いたしましょうか?」


「……ええ」


「かしこまりました。それではお側に」


 サラクルさんがわたしから本を受け取って、パチリとウィンクしてくれた。すごい度胸だ。相変わらずロキアスさんは固まっているのに。っていうかなんで固まってるんだろう。いつもだったら[まぜてまぜてー!]って大騒ぎしてくるのに。



 こうしてわたしは再び図書館に足を踏み入れるのであった。




「付いてきなさい」


 短い言葉だけ発してメメリアさんは歩みを進める。


 黙ってその背中について行くと、彼女が目指したのが「学者さんとかが好きそうな図書館」であることが分かった。


「サラクル。鉱石系の五番棚。タイトルは『変質と適応。しかして必要性』」


「承知しました」


 まるで飛ぶようにサラクルさんがはしごを登っていく。本当に飛ぶみたいに、片手ではしごを掴んだかと思えば足も付かずに舞い上がっていく。


 そしてあっという間に一冊の本を手に取って、ふわりとわたし達のいた所に着地してみせた。優雅なアクロバティックだ。いつものフワフワしたサラクルさんからは想像も出来ないくらいの肉体操作。


 そんな事に感心して「ふえー」と声を漏らしているとメメリアさんが顎に指を当てて尋ねてきた。


「それと……そうね、フェトラス自身に聞くわ。私は最初に渡した本が一番適切だと考えたけど、あれを読むためには辞書が必要よ。読み解くのにはかなりの時間がかかる」


 自分で解読しろと?


「ち、ちょっと難しそうですね」


「――――そういう読書方法は好き・・かしら?」


 単なる質問。だけどとても重要な問いかけ。


 メニュー表やレシピなら山ほど読んできたけど、本自体はあまり読んで来なかった。だから好きか嫌いかで判断するのは難しいのだけど、わたしは正直に答えた。


「たぶん、苦手です……」


「でしょうね」


 何やら確信を持って頷いてみせるメメリアさん。……わたしが書いた文章がダメダメだったから、そう思わせてしまっているのかもしれない。


「では方針を変えます」


「は、はい。お願いします」


「サラクル。展示図書館にその本を戻すついでに、フェトラスが読めるであろう言語系統を使用しつつ、なおかつ【天外の狂気】に類するモノを扱った本をピックアップしてきて。実際的でも空想的でもどちらでも構わない」


「ご指定はございませんか?」


「無い。私が選ぶより、どうやらフェトラスと多少の親交がありそうな貴女が選ぶのが適切でしょう」


「承知しました」


 メメリアさんの指示に対して、サラクルさんの返答は常に簡潔だ。リズムが良くて、打てば響くという言葉の意味が実感出来る。


 メメリアさんは即座に次の図書館を目指していき、メメリアさんはここでため息をついた。


「………………面倒ね」


「あう、えっと、ごめんなさい」


「…………ふんっ」


 不機嫌そうではあるが、その意思表示の声は可愛い。そう、可愛いのだ。それが理解出来る程度にはわたしは落ち着いてきたらしい。


 どうやらメメリアさんは、わたしのために行動してくれている。


 それが分かっただけでも、なんだか嬉しくなってしまう気分だ。





 と思ってはいたんだけど、メメリアさんは棚から一冊の本を取り出して読み始めてしまった。本を読みながら椅子に座り、とても姿勢良くページをめくり始める。


(う、うーん。基本的にわたしには興味が無いみたいだけど……わざわざ本が読めるか確認するために戻ってきたのは何故なんだろう……)


 分からない。理解不能というよりも、ただ彼女の思惑が読み取れないだけというか……理解出来るはずだけど、説明してくれないから分からない……みたいな感じがする。


 まぁ何はともあれ、今回は招かれた側だ。


 きっと本の背表紙を見て回るぐらいは許してくれるんじゃないだろうか。


 そう考えたわたしは脳内のお父さんに(油断しそうな私を叱って)と依頼した。


(良かろう。俺が金言を贈ってやる。……調子載ってると痛い目見るぞ)


(だよねー)


 なぁに。待つことには慣れている。とっても悲しいけど。


 だからわたしは静かに首だけを動かして、視界内に本が何冊あるかを計算し始めたのであった。



 ややあって、メメリアさんがとんでもないスピードで本の半分ぐらいを読んだ頃。


 サラクルさんが音を立てずに戻ってきた。


 そうしてわたしと同じように静かにたたずんで、メメリアさんが本を読み終えるのを待つ。


 やがていつものように「パン!」と音を立てて本が閉じられると同時に、サラクルさんはテーブルに本を三冊並べた。そしてそれを眺めたメメリアさんが「ふぅん」と心地良い声をもらした。


「なるほどね」


「こちらの図鑑は分かりやすさを優先させました。しかしながら誤解が生じる恐れもありますので、こちらの論文もご準備させていただきました。そしてこちらは理解を深めるための参考資料です」


「良いわね」


「メメリア様はどちらがフェトラス様に相応しいとお考えでしょうか?」


「は? 貴女が選んだんだから、全部持って行かせなさいよ」


 それは『愚問を口にするな』という突き放しではなく『どっちも素敵だよ』と褒めているみたいな言い方だった。


 その証拠に、サラクルさんが小さく、だけどめちゃくちゃ力強くガッツポーズをしている。顔には「たまんねぇぜ」と大きく書いてある。


 どうやら合計で四冊借りられるらしい。わたしはおずおずと貸出カードを差し出した。


「ああ……そうだった。やっぱり慣れないわね……」


 メメリアさんはそのカードを受け取ってくれて、また新たに本のタイトルを刻んでくれたのであった。


「ありがとうございます。大切に読みます」


「当然ね。では、帰りなさい」


 ふと気がつけば先ほどまでメメリアさんが読んでいた本が消えている。いつの間にかサラクルさんが元の場所に戻していたようだ。プロフェッショナルの手際だ。


 そんなサラクルさんが、控えめに片手を顔の横に挙げている。


「……何かしら」


「……ご無礼を承知で申し上げます。私もそのカード欲しいです」


 度胸ヤバすぎない!?


 あまりにも唐突な要求にわたしは吹き出しそうになったけど、サラクルさんの顔は死ぬほど真剣だった。


「…………貸出カードが、欲しい?」


「はい。すごく欲しいです」



「必要無いでしょ」



「――――――――はい。差し出がましい事を口にして、申し訳」


「貴女には別の物が相応しい」



 メメリアさんは少し考える素振りを見せてから、ため息をついた。


「金属……いえ、堅い物なら何でも良いわ。岩でも、宝石でも構わない。それを持ってきたら造ってあげる」


「はい」


 サラクルさんの返答は相変わらず簡潔だったけど、その表情には少し困惑の色が混じっている。しかし、追求する気はゼロのようだ。


 だとしたらわたしが勇気を出す番だろう。


「何を造るつもりなんですか?」



 図書館で、本を読んでいない状態のメメリアさんにそう問いかける。


 彼女は今までで一番顔を赤くして「……名札」とつぶやいた。



「……なふだ?」


「……なによ。説明しないといけないの?」


「いえ、あの、目的とかが分かっていればサラクルさんも素材を選びやすいかな、って……」


「…………なるほど。合理的な質問ね」


 メメリアさんはプイッとそっぽを向いてこう言った。



「……図書館管理者、って名札よ」





 サラクルさんが絶叫を上げそうだったのでわたしは彼女を引っ張るようにして退出した。もちろん丁寧に。礼節を持って。




 連絡通路まで戻ったサラクルさんは、いよいよ我慢の限界を迎えて叫んだ。



「可愛すぎやろがぁぁぁぁぁぁ!!」



 血が出るんじゃないかってくらい、叫んだ。



「かっ、かわっ…………可愛すぎるッ……!」



 サラクルさんは泣いていた。



「宝石! 宝石て!! わざわざ金属から言い直して宝石て!! もう貴女の存在自体が宝石以上の価値があることは明白ですけど、かーーーー!!」



 サラクルさんって見た目はすごく美人さんなのに、たかぶるとちょっと男のヒトみたいになるなぁ……。



 本当のこと言うとサラクルさんの狂乱っぷりに少し引いたけど、それにしたってわたしも嬉しくはあった。


 どうやらサラクルさんは、わたしの楽園で独占することは出来なさそうだ。


 ちょっぴり残念だけど、それよりもサラクルさんがメメリアさんに必要とされている事がもっと嬉しくて。


 わたしはオイオイと泣く大切な友達を優しく抱きしめたのであった。






 まぁ独占は無理でも諦めないけどね?






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― 新着の感想 ―
kawaiiii!!! 失礼しました。更新ありがとうございます 他人にも自分にも厳しいというか甘えが許せないのかな自身の誇りとかルールとかに対して 美醜さんと違って月眼の愛というより本人の矜持とかが…
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