第十五章 世界の真実(3)
書架最下層の書机にうず高く積み上げられた書物を眺め、ヴェルナーはため息をついた。ここにある書物は全て一八〇八年の晩秋、ヴェルナーがあの旅を始めてからメテルリオンで意識を失うまでの約一ヵ月間についての資料だ。歴史概説から事物専門書、地誌。人物名鑑はさすがに選別出来なかったので、参照する人物をその都度探す事にした。専門書は主に軍事戦争関連、『第三次イシル独立戦争』の文字が書かれた書物をごっそり持ってきた。
それらを片っ端から黙読する。戦争に関する背景、規模の大小に関係なく起こった戦いの詳細な戦況、政権の動きなどが、述べ三十冊近くに渡って事細かに記されている。その膨大な情報量にヴェルナーは目頭を押さえた。
読書は嫌いではない。むしろ様々な知識を得る事が出来て有意義だと思っていたヴェルナーでさえも、この情報量は頭が痛い。一日中本を読んでいると、頭がぼうっとして目がちかちかとする。本を読んでいない時でさえ目の前に活字が浮かぶようで、若干ノイローゼ気味になった。
そうなってもなお、有力な情報が得られない。というのも、肝心のヴェルナーが最後に経験したメテルリオンでの戦闘の記述がどこにも見当たらないのだ。
「イシルはメリノまで侵攻して、オルセンはここでイシルを食い止めたんだろ。それからオルセンが追撃を行って、……なんでここで停戦になってるんだよ?」
文書によると、イシルへと歩を進めるオルセンは直後、王宮議会の差し止めにあい、即時退却をしている。つまりメテルリオンに行く直前に、戦争は停戦に入っているはずなのだ。
わからない事はまだある。第三次イシル独立戦争が起こったきっかけは、イシル軍のメテルリオン方面侵攻と書かれており、その詳細は詳しく載っているものの、シュトラウツァ北部の砲撃に関しては一切の記述が無い。
確か、今回の戦争の発端は間違いなくシュトラウツァが火種のはずだ。
可能性は二つ。一つはヴェルナーがシュトラウツァに関する資料を見つけきれていない場合。そしてもう一つは、ヴェルナーが経験したオルセン帝国の史実と、ここに書かれた『オルセン帝国』の歴史にずれが生じている場合。
「どうなってんだよ……。」
ヴェルナーは再びため息をつくと、椅子にもたれかかり空を仰ぎ見た。ソフィアの言葉を疑うわけではない。だが、それにしては記述の内容と自分が見てきた実際の出来事とが合致しない点が多すぎて、調査は難航していた。
このままでは、元の世界に帰るどころではない。ふと、紙面上に広がる『オルセン帝国』の向こうに広がる記述世界を想像した。
今、皆はどうしているだろうか。アイリは無事に戦場を生き延びたのか。バズの怪我は治っただろうか。カテラはシーザ=ジュンアの手がかりを見つけたのか。レインは、イアーナは、カインは、パヴコヴィックは―――。
旅の道中に出会った人々の顔が想起される。その次はグリアモにいた人々の事。バルドや『バルドグロック』の連中、セルシム団長に同僚の兵士たち。
気づけば、ヴェルナーの脳裏に思い浮かぶのは人の顔ばかりだった。同時にひどく切なくなる。彼らにもう二度と会えないのだろうか、考えれば考えるほど深みにはまって動けなくなる。
「……、そうだ、人物名鑑。」
ヴェルナーは立ち上がって、もう一度並べられた書物をあさった。ここがオルセン帝国の全てだと言うなら、ヴェルナーが今まで出会ってきた人々の事も書かれているはずだ。そして、おそらくヴェルナー自身の事も。
ならば、世界全体で何があったかを調べるよりも、ヴェルナー自身に何が起こったかを特定した方が早い。
問題はヴェルナーについての記述が、この膨大な人物名鑑のどこにあるかだ。人物名鑑は、人物の生年月日順で記されている。だが、ヴェルナーは自身の生まれた年月を知らない。おおよその年代を手当たり次第に当たるだけでも、一体何百の本に目を通さねばならないのか想像もできない。一日中本を読みふけっているソフィアなら知っているだろうか。しかし、本の虫である彼女はあれ以来ヴェルナーの質問に答えるどころか、ヴェルナーの存在すら認識していないように本を読み続けている。
人物名鑑の棚を見上げ、途方に暮れていると視界の隅で影が動いた。一瞬ソフィアかと思ったが、彼女は今はるか上階で本を読みあさっているはずだ。物陰の方に視線を寄せると、そこに立っていたのは少女だった。
「―――!お前は……。」
それは、ヴェルナーがこの世界で最初に目覚めた時、ヴェルナーの顔をじっとのぞき込んでいた少女だった。そういえばあの時以来姿を見ていなかった。その後ソフィアから衝撃の事実を知らされて以降、全く影も形も見当たらなかったので記憶から抜けていた。
「お前も、ここの住人か?」
恐る恐る声をかけてみると、少女は黙ったまま螺旋階段をのぼりはじめた。
「あっ、おい待て!」
「……。」
返事は無かったが少女は階段の中腹でじっとこちらを見つめて立っていた。
―――もしかして、ついてこいって事か?
少女を追って階段に足をかけると、少女はまた足を進めた。時折チラチラとこちらを窺うように振り返る。ヴェルナーを導いているようだった。




