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第十四章 終わりは始まりにすぎず(1)

 兵站部隊は惨状だった。馬車は全て完膚なきまでに破壊され、野に放り出された人々があちこちで呻き声を上げていた。飛んできた瓦礫にやられた者、自身が風に飛ばされた者。人も馬も物も等しく被害を被っていた。


 そんな中、ある場所に野次馬が密集していた。皆輪になって中心にある何かを青い顔で見ている。その光景にヴェルナーの心臓がドクンと跳ねた。

 まさか、そんなはずはない。

 ヴェルナーの祈りも空しく、野次馬をかき分けた先にいたのは、腹部を真っ赤に染め苦しそうに呻いている友の姿だった。


「バズ!」


 駆け寄ろうとすると、すぐ後をついていたカテラが制止する。


「大丈夫……!まだ意識はあるわ、でも……。」


 カテラは辛そうな顔でバズの外傷を確かめ始めた。医学に明るくないヴェルナーでもわかる。腹部に銃痕、広がる血の海。一刻も早く処置をしなければバズの命が危ない。


「あんた、医者か?なんかとんでもねぇ竜巻が起こったと思ったら、この坊主が血だらけで倒れてたんだ。応急処置はしてみたんだが、俺たちには無理だ……。」

「心配しないで下さい、私が必ず助けます。……ヴェルナーも、落ち着きなさい。」


 カテラは懐から小箱を取りだすと、その中に入っていた見えない『何か』を使って治療を始めた。


「母さん、私他の馬車も見てくるわ。怪我人がまだいるかもしれない。」

「ええ、わかったわ。」


 カテラはバズの治療に目を反らさず答えた。アイリは慌ただしく、他の馬車の元へと走っていく。


(どうしてこんな事になった……!?)


 人々がカテラの治療を粛々と見守る中で、ヴェルナーはただそれを真横で茫然と眺めながら、ぐったりした友の手を握りしめていた。頭が割れるほど、心臓の鼓動が高鳴る。それと対照的に、バズの鼓動は弱弱しくなっていく。


「……大丈夫。大丈夫よ、ヴェルナー。」


 穏やかで、それでいて力強い声がした。


「私は軍医だったもの。こんな傷は日常茶飯事だった。大丈夫、バズはもう一度目を覚ますわ。」


 バズの容体がよくなったわけではない。だが、ヴェルナーの心の中に少しだけ落ち着きが戻ってきた。カテラは額に汗を浮かべながら、それでも治療の手を休めない。その姿がひどく頼もしかった。


 バズの治療を見守っていると、一人の商人が血相を変えてやってきた。どうやら中心部の戦場を偵察に行っていたらしい。


「どうだった?」

「それがやばい事になってる。街の中心部でオルセンとイシルが交戦状態になっていたんだが、そこをあの竜巻が見境なく荒らしてやがる。」


 男の報告に、周囲の商人たちも顔を歪めた。遠くではあの竜巻が未だに勢力を持って動き回っている。あの根元には、混迷した兵士たちがいるのだろう。


「隊列も崩れて戦いどころじゃない。もうめちゃくちゃだ。兵たちもこっちに救助を回す余裕なんかないぜ。」


 どこからともなく舌打ちと悪態、そして呻き声が聴こえた。兵站部隊として軍に追従した商人たちは、馬車も物資も破壊され、完全に戦場に取り残された形になってしまったのだ。こうなってしまっては絶望に打ちひしがれるより他にない。

 とにかく商人たちだけで、引き上げられるところまで引き上げようという話になった時、息苦しくバズが咳をし胸が上下運動を始めた。


「バズ!!」


 ヴェルナーは少年の顔を覗きこむ。未だに苦しそうではあるが、血反吐を吐きながらも荒く息を始めた。傷口を見るとカテラの記述の治療の功労か、徐々に塞がり始め血も止まっている。


「後は内臓の修復……、それから血も足りない……血液の生成、輸血が出来れば……。解熱は―――」


 カテラは手を休める事も無くブツブツと何かを唱えていた。十分な医療器具が無い中で、「記述」だけを頼りに必死にバズの命を繋ごうとしている。ヴェルナーはただそれが成功するのを祈るしかない。


「……ヴェル、ナー?」


 うっすらとバズが目を開けた。顔は青白いが、その瞳にはまだ生気が灯っている。


「バズ、まだしゃべるな、お前―――」

「……レインは?」


 消え入りそうな声でその名を口にした。先ほど嵐を纏いヴェルナーに襲いかかった少女の姿が想起され胸が痛む。レインはあれから何処かへと消え去った。行先はおそらく、オルセンとイシルが交戦している戦場だ。そこでレインは、今まさに無差別な殺戮を繰り返している。そんな事を弱り切ったバズに伝えられるはずもなかった。

 するとバズはまだ力の入らない手でヴェルナーの袖を掴んだ。


「お願い……だ、ヴェルナ……レイ、ンを……助けて。」


 絞り出すように告げたバズの言葉に、ヴェルナーは言葉が出なかった。当然だ、状況から見ても、バズを撃ったのは間違いなくレインだ。バズだけではない。この周囲の惨状も、全て彼女がやった事だ。それなのに、バズはレインを救ってほしいと言う。殺されかけたというのに。そう考えると、ヴェルナーの中に湧いてあふれ出たのはやり場の無い怒りだった。


「馬鹿かお前は!死にかけてんだぞ!それなのにあいつを庇うのか!?どこまでお人よしなんだお前は!?」


 バズが困った人を放っておけない性分な事はわかっている。そして、レインを人並み以上気にかけていた事も知っていた。それでも、ヴェルナーは納得が出来ない。友を傷つけたレインをヴェルナーは到底許せない。にもかかわらず当の本人は、どこまでも彼女を信じようとしていた。助けたいと、―――泣いていた。


「あの子、泣いて、たんだ……。ごめんなさい、って……、俺、結局何も、してあげられ、なかった。だから―――」


 バズはごほっと血の混じった咳をした。「喋らないで。」とカテラが忠告する。それでもバズは苦しそうにヴェルナーに懇願する。袖を掴んでいた手に力が込められる。涙を流しながら、ヴェルナーに訴える。


「お願いだ、お願い……ヴェルナー。助けて……」


 バズの必死の思いが嫌というほど伝わってくる。熱くなっていたはずの頭が急速に冷えていった。


「……わかった。」


 小さく呟いて、バズの手を握り返した。少年は安堵したように、涙でくしゃくしゃになった顔を綻ばせた。途端、握りしめていたバズの手に重みが増した。


「バズ……!?バズ!!」

「心配しないで!気を失っただけだから。」


 取り乱しかけたヴェルナーをカテラが制した。バズは目を閉じていたが、微かに呼吸が感じられる。レインの事を任せられて気が抜けたのかもしれない。


「……本当に、馬鹿な奴だな。」


 ヴェルナーは苦笑した。死の淵に立った親友にここまで言われたら、ヴェルナーのとる道は一つしか無いではないか。

 バズの手を離し、ゆっくりと立ち上がる。そこにちょうど周りの様子を見てきたアイリが戻ってきた。


「母さん、軽傷の人が何人かいたから連れてきたわ。バズの手当てが一段落ついたら診てあげて。」

「わかったわ。簡単に応急処置が出来るならしておいて。」


 二人の会話をよそに、ヴェルナーはアイリに近づいた。


「……アイリ。」


 重い声でアイリを呼ぶ。呼ばれた当人は何事かときょとんと眼を丸くした。


「頼みがある。」

「……何よ?改まって。」

「俺を馬であそこまで連れて行ってくれ。」


 ヴェルナーは東の方角を指差した。そこはオルセンとイシルが今まさに戦闘を繰り広げ、そしてレインによる竜巻が巻き起こる禍乱の地であった。




 ヴェルナーのお願いを聞いたアイリは、見ていて面白いほど素っ頓狂な顔をしていた。


「……今、何て言った?」

「だから、俺を向こうの戦場まで連れてってくれ。」


 もう一度はっきりと告げると、アイリはその呆けた面をみるみる真っ赤にして眉を吊り上げた。


「な、何言ってんのよ!あんたまた死ぬ気なの!?」

「そうじゃない!レインを助けたいんだ!」

「助けるって……!無茶に決まってるじゃない!今向こうがどうなってるかわかってるでしょ!?」

「わかってる!でもバズの願いなんだ!レインを―――」


 助けに行きたい。そう言う前に、アイリは今度は真っ青になってよろめいた。崩れ落ちそうになるのを慌てて支える。


「おい、アイリ!?しっかりしろ。」

「……どうして、これじゃあ夢と同じ……!そんな……どうしたら……!」


 何を言っているのかよくわからなかったが、アイリは見るからに狼狽していた。その目には涙さえ浮かべている。

 その時一際大きな砲撃の音と、竜巻の余波がヴェルナーたちの元まで届いて来た。周りの人々も悲鳴を上げて、身を寄せ合う。時間がない、今こうしている間にもレインは多くの兵たちを手に掛けているのかもしれない。ヴェルナーはアイリの肩を乱暴に掴み、面と向かい言った。


「頼むアイリ。俺一人ではあそこまでたどり着けない。俺は馬を駆れないから、お前の力が必要なんだ。こんなことお前にしか頼めない……!」


 ヴェルナーはもう一度、頼むと頭を下げた。今アイリの顔は見えない、俯いたままアイリの返答を待つ事しか出来なかった。


「……約束して。」

「え?」

「絶対に一人で無茶しないって約束して。」


 顔を上げると、涙を堪えじっとヴェルナーを見据えるアイリの顔があった。気の強い、凛とした瞳が、必死に恐怖を隠してヴェルナーの心臓を射抜く。

 彼女は何時だってそうだ。全てをまっすぐに捕らえ、決して目を反らさない。そのまっすぐさは、危うさを内包しそれ故に、ひどく惹かれた。


「……善処はする。」


 言い終わる前に、パシリと頭を叩かれた。アイリは黙ってたちあがると、近くの商人に無事な馬を一頭と鞍を一式貸してほしいと申し出た。アイリの愛馬シャロは、メリノのイアーナの元に預けてきたためここにはいない。


「来てくれるのか?」


 怒らせたから断られるかと思ったが、アイリはふんと鼻を鳴らして目を細めた。


「どうせ、私が行かないって言っても行くくせに。だったら二人で行った方が生存率が上がるわよ。それに私だって軍人の端くれだもの、戦場に赴くのは自然な事よ。」


 先ほど半泣きになっていたのを誤魔化す様に少し早口でまくし立てた。その態度にヴェルナーは少し吹き出しそうになったが、また怒られるのは目に見えていたので、素直に「ありがとう。」とだけ告げておいた。


 商人の一人が、灰色の馬を一頭連れてきた。ここまで物資を積んだ車を引っ張ってきた馬車馬だろう。少し怯えているようだが、別段大きな傷も無い。


「走れそうな馬はこいつだけだ。嬢ちゃん、いけそうか?」


 アイリは手渡された鞍を器用に馬に取り付けすんなりと跨った。馬を引き連れてきた男は、その無駄の無い一類の動作に感嘆の声を上げる。


「いい馬ね。大人しいし、賢そう。」

 アイリは馬の鬣を一撫ですると、男に礼を言う。そして姿勢をただすと、アイリはこちらに手を伸ばしてきた。


「乗って。」

「おう。」


 ヴェルナーはその手を取り、アイリの後ろに勢いよく跨った。

「アイリ。」と娘の名を呼ぶ声がした。バズの治療を一通り終えたカテラが、こちらへと足を運ぶ。アイリは申し訳なさそうな顔で、カテラを見下ろした。


「母さん、ごめんね。少し……行って来る。」


 全てを説明したわけではなかったが、カテラは察したようにアイリとヴェルナーに微笑みかけた。カテラは首元に手を伸ばすと、首から下げていた銀のチェーンを外す。それは、以前カテラに見せてもらったロケットペンダントだった。


「持って行きなさい。きっと、お父さんが守ってくれるから。」


 差し出されたペンダントをアイリは躊躇いがちに受け取った。ヴェルナーたちをここまで導いた、シーザ=ジュンアの遺品。その銀の縁がわずかな太陽光を受け、光った。

 ヴェルナーは一瞬、その光に違和感を覚えた。以前このペンダントを見た時と何かが違っていたような気がするのだ。だが、確かめる間もなく、アイリはペンダントを胸元にしまいこんでしまった。


「ペンダントの様子も見ておくわ。何か変化があったら後で知らせるから。」

「ええ、お願いね。気を付けるのよ。こっちの心配は無用だから。」


 カテラはちらりとヴェルナーを見た。おそらくバズの事を言っているのだ。


「……バズをよろしくお願いします。」


 もう一度、深くお辞儀するとカテラは任せなさいとにっこり笑った。


「……行くわよ。」

「…おう。」


 ヴェルナーとアイリが頷き合うと、アイリは馬の手綱を引いた。鋭い一鳴きと共に馬は駆けだした。凄まじいスピードで景色が流れていく中、ヴェルナーはもう一度バズとカテラのいる方を振り返ったが、見る見るうちに遠ざかりあっという間に見えなくなった。

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