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第十三章 そして最果てへ(2)

「で?女の子一人置いておくわけにもいかないから、連れて帰って来たと?」


 目の前でヴェルナーが呆れた顔でバズを見た。


「仕方ないだろ。あのまま放っておいたら、兵に見つかるかもしれないじゃん。」


 バズは不貞腐れながらも、その鋭い眼光に内心怯えていた。そういえば昔、グリアモで捨て猫を拾いこっそり飼おうとしてバルドに見つかった事がある。あの時、バルドに冷たい氷の様な目で膝詰め説教された。あの時の感覚に非常によく似ている。


 バズがレインを連れて馬車に戻った時、三人は三者三様の驚きを見せた。ヴェルナーは、「また厄介なものを」という顔を、カテラは怪我人かと心配する様な顔を、そしてアイリは何故か顔面を蒼白させた。やがて軍の進軍と共に動きだした馬車の中で、突然の珍客をどうするか、緊急会議が開かれたのであった。


「……あのな、俺たち今から国境の前線に行くんだぞ?」

「わかってるよ!じゃあ、ヴェルナーはあのまま放置しておけばよかったって言うのか!?」

「いや、そんな事は言ってないだろ。だがな―――」

「まあまあ、二人とも落ち着きなさい。レインさん起きちゃうわよ。」


 睨みあった二人の間に、カテラが割って入った。一向に目を覚まさないレインは、狭い荷馬車の中でもすやすやと寝息を立てている。アイリとカテラが彼女の傍についていた。


「とにかく今はレインさんの容体を優先させなきゃ。外傷はないみたいだし、多分疲れきって寝ているだけだから、きっとそのうち起きるわ。彼女が起きたらどうしてこんなところをうろついていたか直接聞いて、判断するのはそれからでも遅くないじゃない。」


 カテラは四人の中で一番冷静だった。バズは未だに気が動転していたし、ヴェルナーも無関係の市民を乗せる事に不満がある様だし、アイリ至っては、レインの顔を凝視しながらピクリとも動かない。結局、結論を出せぬまま馬車はゆっくりとメテルリオンヘと向かっていった。ヴェルナーは反論を述べるのにも疲れたのか、ため息をつくとガシガシと頭を掻いた。

 怒ったのだろうか?よく考えればバズはともかくヴェルナーは仕事でここまできているのに、人助けとはいえ厄介事を持ちこんでは快く思わないだろう。落ち込んだような顔をしていたのか、カテラがバズに優しく微笑みかけた。


「そんな辛そうな顔しないの。あなたは良いと思ってやったのだから。そんな顔していると、あの子が悲しむわよ。」


 カテラの視線の先には、レインの姿があった。バズはその寝顔に胸を締め付けられる。

 やっと会えたのだ。もう一度会って話をしたいと、ずっと思っていた。たとえ誰がどう言おうが、彼女を助けた事間違ってはいない。バズは自分にそう言い聞かせた。


「……それに、無茶な厄介事持ち込んでいるのは、私もヴェルナーも一緒よ。ね、ヴェルナー?」

「なんで俺に振るんですか、俺はいたって普通ですよ。」

「あら、メリノで勝手に飛び出して小隊指揮して帰ってきたのはどこの誰だったかしら?」


 ヴェルナーは突然目をひんむいて咳き込んだ。一昨日、メリノでの戦いの際、一人屋敷を飛び出したヴェルナーは、帰ってくるなり息も高だかに戦況を報告した。

 イシルからオーリクを奪った事、自分が昏倒した隊長の代わりに砲兵部隊を指揮した事、イシルは撤退しオルセンの勝利に終わった事。

 全てを話し終わった時、ヴェルナーは各人一斉に怒鳴られた。


「あんたばっかじゃないの!?軍に指名手配されてるのに、兵に交じって戦争するなんて!もしばれて捕まったらどうするつもりだったのよ!?」


 アイリはヴェルナーの胸倉をつかみ、怒りにまかせてヴェルナーの首をがくがくと揺らした。何か反論しようとしているヴェルナーだが、結局何も言えぬまま顔を青ざめさせて成すがままになっていた。

 皆、飛び出していったヴェルナーが心配でならなかったのだ。だが、その光景にバズは内心笑いが止まらなかった。


「しょうがないでしょう。あの時はああしなきゃオルセンは負けてたかもしれなかったんですから。成り行きですよ、成り行き。」


 他の人たちからも散々お小言を食らった後呟いた事を、また一度不機嫌そうに吐いた。


「そう?なら、バズがレインさんを連れてきたのも、成り行きだから仕様が無いわよね?」

「……。」


 鬼の首を取った様な不敵な笑顔に、バズは肝が冷えた。カテラは普段穏やかだが、一度怒りを内包すると言いようの無い威圧感を放つ。カテラの逆鱗に触れる事は絶対にしてはならないと、肝に銘じたバズだった。


「……何かあっても俺は責任取れないからな。お前がしっかり守れよ、バズ。」


 ヴェルナーはそれきり黙ってしまった。許してもらえたという事だろうか?カテラに目くばせすると、カテラもにっこりと頷く。


 その時、眠り姫が目を覚ました。


 ◆

「ごちそうさまでした!」


 起きて早々、パン二斤とリンゴ二十個を楽々と平らげる華奢な少女に一同は空いた口が塞がらなかった。


「ごめんなさい、ここ二日位何も食べていなくて……。」

「もしかして、お腹が減って倒れてたのか?」


 バズが恐る恐る尋ねると、レインは可愛らしい仕草で照れながら答えた。


「えっと……、まあそんなところ、後眠る場所も無くて寝てなかったし……。」


 何とか森に入ったのはいいものの、結局食料も見つける事が出来ず、ふらふらとさまよっていたところをバズに拾われたらしい。


「で、あんたなんでこんなところをふらついているんだ?ここは今戦地になっていて、一般市民の通行は禁止になっているんだぞ。」


 ヴェルナーの尋問にも、レインは呆けた様に考え込んだ。


「うーん……、どうしてだっけ?」


 まるで他人ごとのように答えるので、さすがのバズも面食らった。


「まだ寝ぼけてるのか、レイン……?」

「ちゃんと起きてるわよ。でも、どうだったかしら……。あ、そうだ!」


 真剣に悩みだしたかと思うと、急に顔を輝かせて明るい声でこういった。


「私メテルリオンに行きたかったの。」


 予想だにしない答えに全員の動きが止まった。お互いに顔を見合わせる、レインを除いて。


「……メテルリオンに何しに行くの?」


 アイリの固い声が沈黙を破った。剣呑な雰囲気の中でも、レインは相変わらずどこか意識ここにあらずという様子で目を伏せた。


「何しに……?私は……、」

「気まぐれで行くというなら帰りなさい。今あそこは戦場よ。」


 アイリは険しい顔で忠告する。その顔には、無謀な少女を心配する以上に何か焦燥に駆られた様な、恐ろしいものを目にした時の様な恐怖が映っていた。その異常ともいえる仰々しさにバズはうすら寒くなる。一体どうしたというのだろうか?

 だが、当事者のレインはそんなアイリの様子などへでもないかの如く堂々と宣言する。


「気まぐれじゃないわ。私ちゃんと理由があってメテルリオンを目指しているの。どうしても行かなくてはいけないの!」

「だから、その理由をちゃんと言いなさい。」

「それは……、その……。」


 雲行きが怪しくなってきたところで、バズが仲裁に入った。レインを庇うようにアイリと対峙する。


「アイリ、そんな責めないでくれよ。レインだって何か事情があるんだろうし、急に話せないことだってあるだろ?」

「それはそうかもしれないけど―――」

「俺がちゃんと聞くから。もし戦闘が始まっても迷惑にならないようにする、レインは俺が守るから。」


 アイリの瞳が揺らいだ。辛そうに目を伏せるのを見て、バズもまた気まずそうに俯いた。


「……とにかく、ここまで来てしまったんだから、皆で行きましょう?大丈夫よ。ここは軍の後方だし、オルセンの兵も大勢いるんだから。」


 カテラの明るい笑顔が、今は直視できない程目に痛かった。

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