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第十三章 そして最果てへ(1)

 それは少し前の出来事。バズがシュトラウツァで開戦に怯え、パヴコヴィックの家で塞ぎこんでいた時の事。


「君は    だったのだな。」


 真っ暗な部屋に現れたパヴコヴィックは、バズにさらりと告げた。そう呼ばれるのはとても久しぶりで、焦りよりも懐かしさがこみ上げた。


「心配しなくていい。私は君自身の事はよく知らない。ただなんとなく、そう思っただけだ。お仲間にも公言しない。」


 肩に手が置かれた。ずしりと、重い。


「戦争が怖いんだろう?仲間が、味方が、敵が死ぬのが。……いや、君は何かを失うという事を恐れている。違うか?」


 どうしてこの男はこんなことを言っているのだろう?バズは言われている言葉の意味の半分も理解できず、ただ茫然と目の前に佇む男を瞳に映していた。


「……いいんだ。それが普通だ。君は戦う必要の無い一般人だ。それが当然の反応なんだ。……だが、君は本当にそれでいいのか?」


 怖い、責められている様な目だ。見ないでほしい、いたたまれなくなる。


「このままずっと、こうして穴倉の中に閉じこもっているつもりか?一歩を踏み出さなくていいのか?本当にそれでいいのか?」

「―――嫌だ。」


 自然と口からこぼれた。すると、目の前の男は温かい瞳でしっかりとこちらを見て、そして頷いた。

 既視感、こんな顔をどこかで見た事がある。どこだっただろうか?


 ―――ああ、そうだ。

 父さんだ。


 ◆

 馬車に半日揺られ、バズたちはメリノとメテルリオンの間に位置する森に辿りついた。進軍はここで一旦中断し、オルセン軍は分隊程度の規模に散開、北部のこの森で小休止を挟むことになっている。

 バズたちの乗り込んだ馬車も兵たちが散開する森の少し手前で止まった。イシルの敗残兵が潜んでいる可能性も考慮してか、兵站馬車の周辺にも幾つかの部隊が陣取っている。


「おい、兵たちに食料を供給するのを手伝ってくれんか?」


 馬車が停泊してしばらくの後、他の兵站馬車の乗組員から声がかかった。兵站馬車はバズたちが乗っているものの他に十二台、オルド商以外の出資の馬車も交じっている。


「はい、今出ます。」


 返事をしたのはバズ一人だった。急いで腰を上げると、隣に座っていたヴェルナーが、「悪いな。」というようにジェスチャーを寄越す。

 荷台から降りるとがたいのいい四十代位の男性が立っていた。


「すまんなぁ、開封が予想以上に時間かかりそうなんだ。」

「いえ、お手伝いします。」

「ありがとうよ。お前んとこの番になったら俺も手伝いに来るからよ。」


 ありがたい申し出だったが、バズは心の底から喜べなかった。

 兵站馬車にはそれぞれに、物資を管理運営する乗組員が数名乗り込んでいるのだが、オルドが支給してくれた馬車の管理係はバズ一人という事になっていた。ヴェルナー、アイリ、カテラは馬車から不用意に姿を見せられない。もし兵に見つかれば、捕らえられてしまう危険がある。だから、物資の開封や準備はともかく、それを兵に渡すといった人目につく役目は全てバズ一人で行う事で折り合いを付けたのだ。

 出発してから物資の配給はこれで二度目になるが、その際に(表向きは)一人で物資を準備していたバズに見かねて声をかけてきてくれたのがこの男だった。オルド商とは別の商社に雇われた輸送業者らしいが、性根が世話焼きなのだろう。


「しかし、オルドの社長も人使い荒いよなぁ。お前みたいな坊主一人に物資の輸送任せるなんて。オルド商ってのは人出が足りねぇのか?」

「……さあ、俺もメリノで雇われただけなのでその辺はよくわからないです。」


 曖昧に口を濁すと、男は苦々しい顔で「世知辛い世の中だねぇ。」と嘆いた。




 男の馬車の従業員と協働して、物資の荷を解き、兵たちに支給する。隊から数人の兵がやってきて、隊の人数と必要物資を書いたプレートを兵站部隊に提示する。兵站部隊はその要求表や物資の在庫を考慮し、的確な量を兵たちに支給するのだ。

 供給するものは主に食料だ。ライ麦パンに干し肉、温めるだけのスープの缶、中には飴菓子などもある。人間の物だけでなく、馬のための麦も大量に常備されていた。それと蒸留水に清潔なタオルなども人数分用意されており、夕刻になれば、衣類や石鹸なども支給される。

 またここにくるまでに、少数の敗残兵との小規模な交戦があったため、弾薬や火薬の要求も少量あった。バズはおっかなびっくり弾薬の詰まった木箱を持ちあげると、配給を待つ兵に手渡す。ふと兵の顔を見ると、自分とそれほど年が離れていないようだった。こんな若い奴も前線で戦っているのか。同情をするわけでもないのに、バズは独りでに仄暗い気持ちになってしまった。

 全てさばくのに一時間近くを要した。兵たちがはけると、バズは大きく背伸びをする。そこに先ほどの男がやってきた。


「悪いな坊主。これ、少しだがやるよ。後で食べな。」


 手渡された麻の袋には果物が山のように入っていた。


「いいんですか、これ?」

「元々形が悪かったり痛んだりしていた粗悪品だからな。味は問題ないから安心しろ。」


 男は豪快に笑うと、挨拶もそこそこに馬車に戻っていった。バズも袋を抱えて、自分の馬車に戻る事にする。


 それにしても随分暗い森だとバズは思った。寒冷な土地のためか生育しているのは背の高い針葉樹林ばかりだが、それらがわずかな太陽光を遮り、地面に影を落としている。光熱の届かない森林の中は確実に体感温度が下がっていた。

 動物はあまり生息しておらず、普段は静かな森の様だが、今はあちこちに兵たちの囁き声が聴こえてくる。しかし、木々に遮られて姿は見えない。


 ふと、ここは戦場のど真ん中だという事を思い出した。もし、敵が紛れこんでいたら。突然のあの茂みから銃を掲げ襲ってきたら。想像しなければいいものを想像してしまったがために、バズは背筋がゾッと凍る様な気がした。気が付けば兵たちの囁き声も聴こえない、急に静かに―――、


 ガサッ


 バズのすぐ背後の茂みが揺れた。バズは本能的に体を強張らせる。


 いる、何か、あの茂みの中に―――


 ただ迷い込んだ動物かもしれない、或いは用を足していた兵かもしれない。そう思いつつも、バズの中に様々な想像がよぎる。飛び出してくる敵兵、向けられた銃口、そこから飛び出す鉄の銃弾、身体を貫かれ血を噴き出して倒れる自分。

 勢いよく背後を振りかえったのと、茂みから黒く細い影が飛び出してきたのはほぼ同時だった。


「うわああぁあ!!」


 自分でも情けないほどの格好の悪い絶叫を上げてしまった。影はこちらに向かってふらふらと、そしてバズを巻き込んで地面に倒れた。

 上に圧し掛かられて、パニック状態になり手足を不格好に振り回す。が、上に乗っているものが全く反応を見せず、しかも予想外に軽い事に気づき、はたと暴れるのをやめた。


(あれ?こんな事前にどこかで?)


 パニックが去った次にバズを襲ったのは、濃密な既視感だった。前に一度どこかで、こんな風に押し倒された事があった様な気がする。

 わずかな木漏れ日がバズを襲った影の正体を晒した。細い体、浅黒い肌に豊かな黒髪、それは―――


「レイン!?」


 見間違えるはずも無かった。その華奢な面影は、間違いなくゼノで出会ったレインだった。一か月ほど前に経験した、忘れるはずもない出会いと別れが、鮮明に蘇る。バズの中で、もはや幻影となりかけていたあの出来事が、今確かな少女の感触と共に現実のものとなった。その感触をもう一度確かめるように、そっと少女の頬に手を伸ばした。まるで吸い寄せられるように少女の肌に触れようとした時、


「おい!どうした、何があった!?」


 近くから聞こえる兵士の叫び声で、バズは我に返った。先ほどのバズの悲鳴を兵士たちが聞きつけてきたのだ。

 今度は別の恐怖が襲ってきた。何故こんなところにレインが倒れているかは定かではないが、オルセンの兵士に見られるのはまずい。バズは慌てて自分の外套を脱ぎ棄てレインを覆った。その次の瞬間、血相を変えたオルセンの兵が木の陰から姿を現した。


「お前か、さっきの悲鳴は。」

「何者だ?兵では無いな?」

「い、いえ、俺は……。」


 レインをさりげなく隠しつつ、事情を説明しようとする。すると、兵の一人がバズの顔を見て目を丸くした。


「あれ?あんたさっき物資配ってた人だよな?」


 バズが兵站部隊の人間だとわかると、他の兵たちも警戒心を解いた。銃口が下がったのを確認すると、バズもほっと息をつく。だが、今度は別の兵がバズに疑念を抱いたようで、露骨に不信感を露わにした。


「兵站部隊がこんなところで何してるんだ?もうとっくに配給は終わってるだろう?」


 バズはどもりながら、必死に言い訳を探す。何とかして言いくるめなければ、早くしないと、背に隠したレインに気づかれる。その時、バズは自分の手元に転がっていた麻の袋を目に止めた。


(これだ……!)


「あの……、これ!」


 唐突に差し出された袋に兵たちはきょとんとした。


「配給の果物です。まだ残ってたので、近くの兵たちに渡すように言われまして……。」

「おお、そうだったのか。……おお!こんなに!」

「さっき大きなムカデに驚いてしまって、落としてしまいました。少し形が崩れてしまったかもしれませんが、味は問題ありません。良ければ皆さんで分けて下さい。」


 思わぬ差し入れに、兵たちもすっかり上機嫌になり、不信などどこかに吹っ飛んでしまったようだった。


「ありがとな、ありがたくいただくよ。」

「この辺は虫多いからな。さっさと馬車に戻った方がいいぞ。」


 最後の方は、からかうような口調だった。兵たちの笑い声が去っていくと、バズは脱力して近くの木に背を預ける。深呼吸すると改めて隣のレインに目を向けた。

 突然の、思いもよらない再会だった。当のレインは、先ほどから起きる気配も無くすやすやと寝息を立てていた。具合が悪いわけではないようで安心する。

 同時に疑心が鎌首をもたげた。なぜ、こんな戦地に女の子が一人で倒れているのか?ゼノ出の出来事の後、レインは一体どこへ消えたのか?今まで何をしていたのか?レインは一体―――


 思考に没頭仕掛けた頃、遠くで笛の合図が聴こえた。出発の合図だ。バズは慌ててレインを担ぐと、馬車に向かった。とにかくこんなところに一人にしておくわけにはいかない。



 この時の判断が、後にどんな結末を導き出すのか、バズはまだ知らないまま、小さな体を抱えて駆けだした。

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