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第十二章 メリノ攻防戦(1)

【イシル軍 司令部隊】

 一夜あけて早朝、エルノーは部隊を引き連れ城郭都市メリノの東方千五百メートル地点に隊列を組んだ。

 小型の遠視鏡に映るメリノの街は不気味なほど静かだ。敵兵の姿が見当たらない。


「前方の部隊から報告です。城壁上の奥部に砲兵中隊二隊と砲台計十二門を確認しました。」

「奥に?」

「はい。三層構造になっている城壁の最も内側です。左右に六門ずつ、イシルの歩兵が待機している前線からは射程範囲外のためこちらの攻撃は届きません。…がおそらく相手も同等なのではないかと。」


 記録によれば、オルセンの使用している砲の射程は長く見積もっても、せいぜい八百メートル弱が限界だ。という事は、城壁を破って大砲の射程範囲内に入らなければ彼らの攻撃は脅威ではない。


「歩兵や騎兵の姿は無いのか?」

「はい。一人も見当たりません。」


 あくまでも壁を盾にして戦うというのか。ならば、その盾を壊してやろう、完膚なきまでに。


「オーリクを先攻させろ。あの岩を瓦礫にしてやれ。」


 エルノーの指示に、前方に控えていた鉄の滑車が鈍い音をたてて回転を始めた。ゆっくりと、オーリクが動き出す。オーリクに乗車しているのは五名の砲兵だ。彼らは通常の大砲ではなく、オーリクを動かすための専属兵だった。


「目標千四百メートル。装弾準備。」


 一人の合図とともに弾込めが行われる。オーリクは後方装填型で、前方装填型に比べ押し込み棒を使う必要がなく格段に速度が上がる。連射性能の良さもオーリクが脅威である要因の一つだった。


「砲身角度調整。」


 兵の機械的な号令が続く。オーリクを操作する兵たちは、まるで自身もその一部であるかのように淡々と動いていた。


「砲身角度良好。」

「火薬量調節完了。」


 そしてわずかな静寂の後、砲手の力強い号令が轟いた。


「撃て!」


 刹那、周囲の空気を焼切るかのような熱風と爆音とともにオーリクから一投目が放たれた。一拍遅れてエルノーの元にも放熱の余波が押し寄せ、拡散した。

 弾頭は緩やかな弧を描き、前方に位置するメリノの隔壁に命中した。



【同時刻 シュネイ邸】

 地響きにも似た轟音にヴェルナーは眉を吊り上げた。


「始まったか…!」


 断続的な爆発音、そして一拍遅れて聞こえてきたのはガラガラと何かが崩れる音が遠くから響いて来る。


「ねえ、この音…、城壁が壊されてるんじゃ…。」


 アイリの呟きはそこにいる全員を総毛立たせた。ヴェルナーは座っていたソファから腰を上げ部屋を飛び出そうとする。


「おい!どこ行くんだよ!?ヴェルナー!」

「様子を見てくる。」

「様子を見てくるって…、危険よ!それにあんた兵に見つかったらどうするの!?」

「交戦中に指名手配の人間の事なんか気にする奴はいないだろ。大丈夫だ、すぐ戻る!」


 そういう事じゃなくて、とアイリが叫ぶのも構わず、ヴェルナーは屋敷を飛び出した。数日ぶりの屋敷の外であったが、感慨にふけっている場合ではない。


 空を見上げると、そこにはどす黒い噴煙が舞い上がっていた。辺り一面に火薬と埃の匂いが充満している。

 一際大きな轟音が響いた。それは地面を揺らし、ヴェルナーは不覚にもバランスを崩す。


(大砲だ…!これは敵の攻撃か…?)


 とにかく様子を確かめねば。ヴェルナーは誰もいない市街地を東に向かって走り出した。また一度、大きな爆発音と何かが崩れる音が辺り一帯に轟いた。



【交戦開始から三十分後 イシル軍】

 オーリクの砲撃は、わずか数発で堅牢な壁をものの見事に打ち砕く。城壁からは粉塵が立ち上り、その周囲は霧が立ち込めたかのように視界を阻んでいた。

 通常の城壁であれば、障壁は何重にも構成されているはずだ。おそらくメリノの城壁も同様、一層目を崩してもまだ二層三層と続いているはず、それらを壊さなければ街の内部には侵攻できない。歩兵が侵攻できるに十分な幅の確保と障害の撤去を行わなければ、主力部隊を動かすことはできないのだ。


 だが、このままいけば、オーリクが城壁の半面以上を破壊し、歩兵隊が侵攻するのに十分な道が確保できるだろう。

 一方、オルセン兵は塀内から主砲十二門で応戦している。オーリクの射程には到底かなわず、オーリクのはるか前方の地面を抉るだけに終わっていた。一つ気がかりなのは、歩兵と騎兵の姿が全く見当たらないということだ。城壁内部で待機しているのだろうが。それにしても動きがない。影も形も見当たらないのだ。

 伝令が一層目の大破が完了したことを報告に来た。奇怪なほどあっさりとしたものだ。


「目視では残り二層の隔壁があるとのことです。このまま進行しますか?」

「ああ。ただし相手の射程範囲には気をつけろ。伏兵も潜んでいるかもしれん。歩兵部隊と騎兵部隊は、オーリクの側面につけ。」


 姿が見えないとなると、伏兵としてどこかに潜んでいるかもしれない。可能性があるのは、側面に配した木の茂みだ。奇襲をかけるとしたらここに潜んでいるに違いない。

 エルノーの指令通り、オーリクはゆっくりと前進を始めた。そして二層目の壁に届く距離で静止し、先ほどと同じく準備を始めた。その間にも敵の穿つ弾が地面を揺らす。粉塵がさらに舞い視界がぼやけた。


 ―――まさか目くらましのつもりか?


 しかし、オーリクの威力は当たれば容赦なくそれを粉砕する。そもそも、城壁という全く動きもしない巨大な的など、方角さえ狂わなければ目を瞑っても当てられる。

 第二層を破る一投目が発射された。エルノーは興が削がれてため息をつく。オルセンという国はこんなにも弱いものだっただろうか。本音を言うと、拍子抜けだ。自分は別段戦争が好きだというわけではないが、それでも知略せめぎあう戦いはそれだけで心躍るものだというのに。ただ石の塊を崩すだけの作業に何の悦楽もありはしなかった。


 それから数分後、再び伝令が二層目大破の報告を持ってきた。エルノーは半ば投げやりに三層目撃破の命を告げる。ただし今度は敵主砲の範囲内に侵入しなければならない。


「まず、両脇の大砲を黙らせろ。あの距離なら壁の上部も狙えるだろう。」


 命令を受けた兵は走ってオーリクの元へと戻っていく。

 ふと、辺りが静かになったことに気が付いた。敵側に目を向けると、先ほどまで断続的に放たれていた砲撃が止んでいる。実に奇妙なことだ。オーリクが彼らの射程内に入るこれからが反撃のチャンスだというのに、なぜ今になって攻撃をやめるのだろうか。

 同時に、吹きすさび続けていた砂塵が徐々に晴れてきた。無残にも破壊されたメリノの姿が鮮明に確認される。そして開け放たれた視界の中、メリノの前方一帯に奇妙な文様が描かれているのが目に入った。

 エルノーは一瞬目を疑った。そしてじっくり目を凝らし、その文様の正体を把握した瞬間、エルノーの頭から血の気が引いた。


「オーリクを下げろ!早く!」


 とっさに大声で怒鳴った。聞こえていたのは側近たちと歩兵隊後方の兵のみ、最前に位置するオーリクの兵には到底届かなかった。


 この日、この時のエルノーの判断が、戦いの勝敗を分けたと言っても過言ではない。

 敵の笛の合図が鳴る。メリノ前方地中から突如、黒衣の兵が大量に湧き上がった。数にして数百、城壁の砲兵を狙って次弾を装填し無防備な側面を晒していたオーリクのわずか二十メートルという至近距離から、一斉に銃口が火を噴いた。



【交戦開始から一時間十分 オルセン司令部隊】

 鼓笛隊の合図とともに、壁に吸い寄せられて近づいて来た敵兵器に向けて、前衛歩兵が発砲を開始した。


「よくもまあ、こんな綱渡りな作戦を考えたものだ。」


 後方の高見櫓から戦場の様子を観察していたドメルトは、隣で嬉しそうに小躍りをしている小太りな男をねめつけた。


「なんや、その顔は。うまくいったからええやないか。それにしても、うまいことはまってくれたもんや。敵将さん目玉ひん剥いてんのとちゃうか?」


 ハッカライネンはニヤニヤと戦場を見下ろしている。

 その視線の先には、この数日全兵で掘り上げた巨大な塹壕があった。複雑に入り組んだ地中の道は、上空から見ればすぐにそれとわかるが、高低差の少ない平原から見れば、何かの模様のようにしか見えない。


 これこそが、オルセン軍の考えた秘策だった。

 敵に籠城戦であると誤解させ、城壁を敵兵器に破壊させる。そうやって近づいてきた兵器を塹壕を渡って接近した歩兵たちに至近距離で奇襲をかける。勿論そのまま近づかれればすぐにばれるので、砲撃によって砂塵を巻き起こしギリギリのラインに来るまで目くらましを行う。

 早々に敵兵が塹壕に気づいてしまえば一巻の終わりであるし、兵器がこちらの都合よく射程内に入ってくる保障などない。


「失敗しても塹壕戦ならこっちに分がある。なに、そう深く考えんと、気楽にいこや。」


 およそ一軍の将とは思えない発言に誰もが開いた口を防げずにいた。だが、ドメルトたちは知っているのだ。この男が、ハッカライネンがどれほどの死線をくぐってきたか。その経験に裏打ちされた知の蓄積と謀略がどれほどのものか。

 そして今、その結果が目の前に映し出されている。不意打ちを食らった敵兵器の砲手は、銃弾を浴びなすすべなく崩れ去った。側面にいた、歩兵たちも両側の茂みばかりに気を取られ対処が遅れた。

 決着はわずか数秒、兵器を操縦していた砲兵は全滅し、その周囲をオルセン兵が取り囲んだ。



 この戦いにより、イシルは最強の切り札を失うこととなった。兵力はほぼ互角、あるいはオーリクの恩恵でイシルがやや優勢であったはずの戦況は、この後大きく覆ることとなる。


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