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第十一章 近づく戦線(2)

「「軍法議会から逮捕状がでてる!?」」


 先刻漏れ聞いた情報を客間で待機していたバズとカテラに話すと、二人は思わず声を揃えて叫んだ。慌ててヴェルナーが静かにしろというジェスチャーをする。まだ屋敷の階下にはドメルトとハッカライネンがいるのだ。


「どうするんだよそれ。連隊について行くなんて、そんなの無理に決まってんじゃん。」


 若干小声になったバズが、険しい顔でヴェルナーに迫る。ヴェルナーは言い返す事も出来ず奥歯を強く噛んだ。

 アイリは椅子の上で膝を抱えて蹲っていた。よりにも寄って反逆者の汚名を着せられて指名手配が出されたのだ。それも今回は名指し、ヨドの時とは話が違う。たとえこの関門を突破したとしても、もう二人が軍に留まる事は難しい。

 ヴェルナーはともかく、軍属に生まれ幼い頃から英才教育を受けたアイリにとって、それは死刑宣告にも近い。横で彼女を慰める母のカテラもさすがにかける言葉が見つからないようだ。


「…そういえば、私の事は何も報告されてないのかしら。」


 そもそもの元凶ともいえるカテラは、今回の一件で名指しされていない。


「本部が捕らえたいのは、あくまでも現役軍人の謀反者なんでしょう。だから、カテラさんとバズは報告に上がっていない。」


 おそらく、本来なら何の罪も無いはずの民間人を刑に処すのはさすがに体裁が悪いと判断したのだろう。その代わり内輪の人間であるヴェルナーとアイリに全ての罪を被せ、両者を罰することで、軍の至誠と峻厳を世間に知らしめる。いわばヴェルナーたちは軍の規律を守るための生贄というわけだ。


「……こんなの納得いかない。私たちは何も間違った事はしていない!どうしてメテルリオンに向かう事が悪い事なの!?母さんの望みを叶える事の何がいけないの!?」

「アイリ…、とにかく今は落ち着いて―――」


 しかし、俯いたアイリは屈辱で肩を震わせていた。その時、ヴェルナーたちの客間の扉が静かに開いた。そこに立っていたのは、ヴェルナーたちと同じ位動揺したイアーナだった。


「イアーナ、あの二人は?」

「今帰られたわ、それより―――」

「わかってる。俺たちの事だろ?」


 怯えた様な目でイアーナはコクリと頷いた。そしてヴェルナーに近寄ると、先ほど応接室で盗み見た二枚の用紙を差し出す。


「各地で手配書が出回ってるって。市民たちにも伝えるよう指示もされたわ。」


 ヴェルナーとアイリの外見的特徴と人相書き、そして簡単な経歴。こんなものが全国に出回っているかと思うと、吐き気がした。


「…この事市民に伝えるのか?」


 自然とイアーナを脅すように睨み付けていた。イアーナは眉を吊り上げて反論する。


「馬鹿なこと言わないでよ!今更あなたたちを売るような真似しないわ。大体、そのつもりなら、とっくにあの二人に報告しているわよ。」

「そうか、…悪かった。」


 だが、イアーナが報告をしなかったからと言って、状況が変わるわけではない。


「とにかく、目下の問題はこれで私とヴェルナーが思うように動けなくなったことと、メテルリオンへの同行をどうするかって事よ…。」

「まずはそれだな。」


 だが、その後しばらく意見を出し合っても、具体的な解決案は出てこなかった。

 集中力の切れたヴェルナーは大きくため息をつくと、ベッドに寝転がった。すると、


 カタッ―――


 扉の向こうで小さな物音が聞こえた。反射的に体を起こし、扉の向こうに意識を集中させる。―――人の気配だ。オズではない。まるで身を隠してこちらを窺っているようだ。


「どうかしたか?ヴェルナー?」


 バズの質問に答えることなく、ゆっくりと扉に近づいていく。いつの間にか部屋の中は水を打ったように静まり返っていた。

 扉の前に立ったヴェルナーは、勢いよく扉を開けた。そこには同じく静まり返った廊下が続いている。


(気のせいだったか?)


 暗がりになった廊下の先を見つめながら、ヴェルナーはそこにいたであろう視線の主を思い描いた。


 ◆

 宙を薙ぐ力強い音が響く。日の高い晩秋の空は雲一つない快晴だった。


「ヴェルナー兄ちゃん。素振り終わったよ。」

「ああ、それじゃあ手合わせするか。」


 庭の隅に備え付けられたベンチで穏やかな空を仰ぎ見ていたヴェルナーに声をかけてきたのは、ヴェルナーよりも幾らか年上の男だった。

 カインツァベル=シュネイ。ヴェルナーがここ数日居候している屋敷主で、このメリノの街の統括議長を務める男だった。だが、その振る舞いはまるで育ち盛りの少年のようだった。

 ヴェルナーは立てかけていた鍛練用の木刀を手に取ると、カインの元へと向かった。カインは意気揚々と手にしていた木刀を構え、挑戦的な笑みを浮かべる。


「よし、まずは基本の型だ。」

「うん、いくよ。」


 溌剌とした声で頷くと、カインは全体重を木刀に乗せて思い切り踏み込んできた。右斜め上段からの切りを木刀で受け止める。思いのほか衝撃が重く、ヴェルナーの腰がわずかに沈んだ。続いての二撃目を受け流すと、前のめりになったカインの鼻先すれすれに木刀をふるった。

 わあっ、と驚いて後退するカインに追い打ちをかける。木刀を跳ね上げられたカインはそれを取り落してしまった。


「踏み込む時はもっと腰を低く入れないと、バランス崩すぞ。それと剣先が下がってる。意識を掌に置くな、常に剣の先に持っていけ。」

「わかってるよ…、もう一度!」


 打たれてもなお立ち上がり、威勢のある目でこちらを睨む。対してヴェルナーはカインに向かってにやりと笑って見せた。


 ヴェルナーがこうしてカインと剣の稽古をするようになったのは、つい三日前の事だった。軍から指名手配を受けたヴェルナーとアイリは当分の間、イアーナの屋敷に匿われることになった。そんな折、本来の屋敷主であるカインが、ヴェルナーたちに稽古をつけてほしいと申し出てきたのだ。カインは見た目こそ成人男性だが、その精神はあまりに幼い。その理由をヴェルナーはアイリから少し聞かされていたが、脳の障害というのはあまり理解できていない。だが、彼の振る舞いはまさに幼年期の男子そのもので、なんだか弟ができたようで、ヴェルナーも次第に寛容になっていった。

 一方のカインも突然現れた姉(正確には妹だが)の知人に興味深々だったらしく、アイリやカテラとはまるで親子のようにすぐに打ち解けてしまった。そして、年頃の男の子がそうであるように武器や戦いのごっこ遊びに興味があったカインは、ヴェルナーやバズともよく話すようになり、彼に剣の稽古を付ける事になったのだ。


「本当は銃が撃ってみたいんだけどな。」


 カインが稽古を付けてほしいとヴェルナーに頼み込んできた時、彼はヴェルナーの腰に吊ってあった小型拳銃を羨ましそうに見てそう言った。だが、さすがにそれを使わせる事は出来ない。


「これは想像しているよりずっと危ないものなんだ。簡単に人の命を奪えるし、思いもよらぬ所に当たるかもしれない。」


 それはかつて、サイフォスがまだ幼いヴェルナーに語った事だ。銃は鍛錬の必要な剣と違い、弾の装填と引き金の引き方さえ覚えれば、いとも簡単に人を殺せてしまう。誰でも扱える武器だからこそ、誰もが容易に扱ってはいけない武器なのだ。


「剣術は護身術にもなるし、身体も鍛えられる。カインにはその方がきっと役に立つさ。」


 そう窘めて始めた剣の稽古であったが、三日もするとカインはヴェルナーが教えた事をものの見事に吸収し、剣さばきはすっかりと良くなった。カインもイアーナやオズに褒められるのが嬉しいのか、暇さえあればこうして剣を振っている。


 街の方にも動きがあった。連隊によって構成された先遣部隊がメテルリオン方面へと出立したのだ。イシル軍の規模と移動速度を把握するための部隊であるが、場合によっては交戦状態になる可能性もある。街には俄かに緊張が走り、自主的に非難する市民たちはメリノを去って行った。屋敷のテラスから見える街の様子は、ここに到着した時より幾分閑散としてしまい、もの悲しい気分になった。


 だが朗報も入った。今回の戦いの引き金となった、シュトラウツァ北岸の奇襲攻撃はシュトラウツァ駐屯兵団とキルシュ東部本隊の連携により、見事迎撃に成功したらしい。だが、交戦したのはイシルの前衛部隊で、おそらく背後にはより強力な本隊が控えているとのことだ。シュトラウツァも緊張の取れない戦地になっている。

 今は遠い地となったシュトラウツァで出会った人たちに思いを馳せる。彼らも無事にやっているといい。今はただそれを祈るしかなかった。


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