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第十章 フーベルト=シュネイの手記(2)

 イアーナの誘いでメリノを目指すことになったのはいいものの、これまでとはうって変わって、その旅路は過酷なものだった。再戦の噂はすでに全土に伝わっているらしく、一刻も早く西へ逃げようと市民たちは大移動を始めていた。それは流れに逆らって移動しているアイリたちにとってかなりの障害であった。

 まず、主要な街道は全てキルシュ方面への一方通行となっていたため、前進することも難しかった。関所への通行許可はメリノの議長代理であるイアーナの権限でなんとかもらえたのだが、往来の避難馬車に道を譲ることが条件であったため、こちらの移動速度が格段に落ちた。

 また商人がいないせいで物も満足に揃わない。宿屋にしても、こんな時に営業なんかしていられるか、と店を畳んでさっさと避難していくものが多く、やっとこさこぎつけた宿屋でも怪訝な顔をされるのが常だった。

 時には放棄されて荒れ果てた旅小屋を拝借し夜を明かすこともあった。西の大陸でなら耐えられる晩秋の夜風も、この東の大陸では身を切られるような凶器に変わる。だが、極限の環境下にあっても、誰一人弱音を吐かなかった。


 こうして東へと向かって五日がたったころ、アイリたちの目の前に荘厳な城壁が姿を現した。


「あそこが私の故郷メリノよ。」


 イアーナが指さした街は、さながら中世のおとぎ話に出てきそうな、城郭都市だ。道の先に続く仰々しい鉄柵の門は締め切られ、傍には拳銃を携えた兵士が睨みを聞かせている。


「すげぇ…、要塞みたいだ。」


 バズは自分の背より何十倍も高い壁を見上げて呟いた。


「ここはもともと、中世期にツヴェント王家が所有していた要塞だったの。帝国が安定期になった際に、外戚の一人に要塞が譲渡され、多くの領民たちが住み着いてできたのがメリノの街よ。」


 馬車を入り口付近につけると、兵士たちがこちらに駆け寄ってきた。中からイアーナが顔を出すと、即座に顔をほころばせる。


「イアーナ様!よくぞ御無事でお戻りになられました…!」

「シュトラウツァで襲撃があったと聞いたときは、イアーナ様に何かあったらと、秘書官殿も肝を冷やしておりました。」


 門前の二人の兵士が、イアーナの姿を見て涙ぐんでいる。それだけでも、イアーナはメリノにとって有力な人物であるということが見て取れた。


「ところで、そちらの方々はどなたです?」


 兵士の一人がイアーナの肩越しからこちらを覗き込んできた。イアーナに続いて下りてきたアイリたちを見て表情が険しくなる。


「軍人…まさか帝都の…!」


 俄かに殺気立つ兵たちは軍服を身に纏ったアイリとヴェルナーに銃口を向ける。イアーナは慌ててそれを制した。


「ちょっと待って!確かに彼らは軍人だけど本部とは無関係よ!彼らは私を助けてくれた恩人だから。」


 イアーナの言葉に、兵たちにも躊躇いが生まれた。


「ですが、イアーナ殿。」

「彼らがいなければ、私はここへ戻ってくることは出来なかった。私の大切な客人よ。」


 イアーナが叱咤すると、兵たちは素直に引き下がり、門を開きに向かった。


 大門を超え、馬車とシャロを馬小屋に預けた後、アイリたちはイアーナに先導され、まずは街の中心地、イアーナの自宅へ向かうこととなった。イアーナに続いてアイリとヴェルナー、その後に街を興味深そうに眺めているバズとカテラが続く。


「ここも軍人が煙たがられてるのね…。」

「ごめんなさい。軍人というか、帝都の人間をよく思わない人が多いのよ。この街は議会主義で皇帝崇拝はすっかり廃れちゃったから。」


 申し訳なさそうに頭を下げるイアーナに、淡々と語りかけたのは隣を歩いていたヴェルナーだった。


「ここの駐屯兵はどうしてるんだ?」

「ちゃんといるわよ。でも権限はほぼ議会が掌握してる。団長さんは議会と友好関係をとろうとしてるみたいだけど、兵の中にはそれを不満に思っている人たちもいる。」

「あんまりうまくいってないのか。そんなんで、守備は大丈夫なのか?」

「戦争が始まれば、彼らは彼らで動くわ。それに…、何よりここには、議会が招集した義勇軍があるから、むしろそっちの方がメリノの主力になってる。」


 おそらく先ほどの門番がイアーナの言う義勇兵たちだろう。確かに、オルセンの正規軍にしては、身なりや武器も異なっていた。


「ただ、不安定なのは確かかな。兄もあんな状態だし…。」

「あんな状態って?」


 アイリが聞き返すと、イアーナはその先を渋った。――と、その時


「お姉ちゃん!」


 前方からよく通る男性の声が響いて来た。視線を向けると、男が手を振りながらこちらへ向かってくる。あっという間にアイリたちの元へ到着すると、勢いよくイアーナに飛びついた。


「お姉ちゃん、良かった!俺心配したんだ…、お姉ちゃんが帰ってこなかったらどうしようかと思って。」


 あまりの勢いに抱きつかれたイアーナは小さく悲鳴を上げてたたらを踏む。それもそのはずで、その男はイアーナよりも一回り以上は大きい成人男性だった。

 にもかかわらず、まるで子供のようにイアーナにじゃれついて喜んでいる。アイリたちがあっけに取られている中、その男の腕の中でイアーナは苦しそうにもがいた。


「カイン…、苦しいからちょっと離れて…。」


 イアーナが懇願すると、カインと呼ばれた男は、慌てて彼女を離した。そして子供のようにしゅんとした顔をする。


「…ただいま、カイン。ちゃんとオズの言う事は聞いてた?」

「うん!いい子にしてたよ。宿題もちゃんとやったし、オズのお手伝いもしたよ。」


 カインが溌剌と答えると、イアーナも少し背伸びをしてカインの頭を撫でる。自分より大きな男に子供のように接するイアーナと、無邪気に笑うカイン。その奇妙な光景にアイリたちは唖然としていた。


「カイン。お姉ちゃん、お友達連れて行くから、先に屋敷に帰ってオズに伝えてくれるかしら?」


 イアーナが言い聞かせると、カインもわかったと元気な返事をして、また走ってきた道を戻っていった。


「今の…弟さん、かしら。随分大きい子だけど…。」


 カテラがイアーナに尋ねると、イアーナは首を横に振った。


「今のが私の兄です。」


 その答えに一同は耳を疑った。


「彼の名はカインツァベル=シュネイ。私の兄で、このメリノの街の統括議長なんです。」


 ◆

 イアーナの屋敷は、周囲の家屋に比べ一際豪華な造りだった。イアーナが躊躇いも無く門を開けると、屋敷の入口から一人の老人が姿を見せる。


「お帰りなさいませ、イアーナお嬢様。御無事でなによりでございました。」


 恭しく礼をする老人にアイリたちも頭を下げる。


「紹介するわ。うちの執事長兼議長秘書官のオズワルド、私たちは皆オズって呼んでいるわ。彼は私と共に議長代理の仕事も請け負っているの。」


 オズは朗らかな笑みの似合う物腰の柔らかな男だった。彼はアイリたちに屋敷の中へ入るように勧めてくる。


「応接室でお待ち下さい。お茶でもお入れしましょう。」


 オズはそのまま奥へと消えていった。アイリたちはイアーナに連れられて、屋敷内へと足を踏み入れる。


 屋敷の中は、外観程豪華な造りにはなっていなかった。とは言っても、天井から吊るされたシャンデリアや、壁のいたるところに飾られた鮮やかな絵画は目を見張るものがあるし、手入れの行きとどいた大理石の床は鏡のように足元を映しだしていた。

 帝都にあるジュンアの屋敷はここと同じ位か、あるいはもう少し広い。自慢するわけではないが、装飾品ももう少し凝ったものがある。だが、帝都から遠く離れた東部の街でこれだけの屋敷を持っているのは有力者の証とも言える。


 入口にほど近い応接室に案内されたアイリたちは、中央に添えられたソファに腰掛ける。身体を深く沈みこませると、長旅の疲れもあってかすぐに意識を手放しそうになった。


「疲れた……。」


 ひどく疲弊したバズが、ソファに頭から突っ込むように倒れ込んだ。さすがに余所の家でそれはまずいだろうと、アイリはバズをソファから引きはがす。


「ちょっと!だめよバズ!こんな所で寝ちゃ!」


 何とか起こすが、緊張の糸が切れたのかバズはすっかり寝ぼけ眼になっていた。


「良かったら先に客間に案内しましょうか。ベッドもあるし。」


 イアーナが気を利かせてバズに尋ねると、バズもコクコクと首を振る。イアーナは部屋の外にいた使用人を捕まえると、客間へ案内するよう指示した。すると、黙っていたヴェルナーも立ち上がる。


「俺も先に休んでていいか?バズも俺が連れていくから。」

「えっ、あんた話聞かなくていいの?」


 アイリは思わず声を上げてしまった。これからイアーナやオズからメリノの現状について教えてもらうつもりだ。おそらく今後のイシルの動向やメテルリオンへの経路についての指標となるだろう。ヴェルナーならどんなに疲労が圧しても聞きたがると思っていたのだが。


「悪いな。後で教えてくれ。」


 ヴェルナーはバズに肩を貸すと、そのまま応接室を出て行ってしまった。その背中に、アイリは拭えない虚無感を感じて不安になる。

 やはりヴェルナーはおかしい。道中でも幾度となくそう感じたが、結局聞きだす事が出来なかった。


「どうしちゃったんだろ?ほんとに。」


 頬に手を当てて考えていると、隣に座ったカテラは特に気にする風も無く答えた。


「長旅で疲れたんでしょう。ここまで来るのに色んな事があったもの。」


 東の大陸に渡ってからだけではない。カテラがこの旅を始めてから厄介事は山積みだった。


「あいつも人並みに疲れるって事なのかな…?」


 ひっそりと呟くと同時に、応接室の扉が開かれ、オズが紅茶を持ってやってきた。

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