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第七章 記述術の権威(4)

 創世の賢者 この世界を生み出すものなり

 天子より授かりし力を以て 大地と海を創造す

 生命を生み その父とならん


 天子天上へ召されし後 賢者互いに争わん

 海を裂き 山を沈め 生命を戦わせたり

 世に始まる記述戦争の末

 賢者の一人 大罪故の裁きを受け

 賢者の一人 何処かへと消え去らん


 まるでおとぎ話のような話に、一同は息を飲んだ。そんなアイリたちにイアーナは続ける。


「これは、いわゆるこの世界の始まりを示す記述だと思います。この世界には賢者と呼ばれる者がいて、それがこの世界を書き記した。そうして生みだされた世界の中で賢者同士の争いが起こり戦争となった。勝敗までは書かれていないけど、この賢者のうちの一人が何かの裁きを受け殺され、もう一人の賢者は姿を消してしまった。―――これがこの「記述」の化石に書かれているという事は、つまり、創世の賢者が持っていた、世界を生み出す術こそ現代に残る記述術のルーツなのではないかと思っているのです。」


 熱弁を続けるイアーナに、黙って史料を黙読していたパヴコヴィックが付言する。


「「記述」とは現代、術者でも書き換えができないものだからな。これが史実にしろ想像上の伝説にしろ、「記述」上にこのようなものを書き記せるという事は、昔の記述師には「記述」を書ける者がおったという事だ。そしてもし、その術師が使用した術がここに登場する賢者の術と同等のものであるとすれば、この世界は記述術によって生まれ、記述術によって栄えたという伝説に信憑性が出てくるというわけだ。」


 イアーナも目を輝かせて大きく頷いた。アイリは考古学や史学に詳しくないので、これがどれほどの価値のある発見なのかわからないが、少なくとも研究者にとっては、相当な発見になるらしい。


「博士にお聞きしたいのは二つです。実はこの文献は完全ではなく、抜けている箇所があるようなのですが、今の段階で我々の研究チームでは見つけられておりません。それが見つかれば、この『創世の賢者』の伝説、ひいてはこの世界の黎明について明らかに出来るかもしれません。

 もう一つは、この「記述」を書いた人物の署名がどこにもないという事です。先ほどおっしゃられたように、もしこれが「記述」を書く事の出来る者の手によって書かれたものであったなら、我々はその人物の名前をぜひとも知りたいのです。」


 この石碑や石碑の写し以上の情報を得る事が、イアーナの目的だったのだ。彼女の言葉を聞いて、しばらく考え込んでいたパヴコヴィックは、やがてその目を開けるとゆっくりと告げた。


「シュネイ嬢。申し訳ないが、創世期の「記述」に関しては、我々の研究所にもこれ以上の情報は無いかもしれん。」


 それを聞いて、イアーナはがっくりとうなだれた。


「私の部下に、古代記述術を研究しておる者がいる。そやつならもっと詳しい話が聞けるやもしれん。彼はここの研究棟の二階にいる。会ってみるか?」

「は、はい!是非とも。」


 まだ希望が断たれていないとわかると、イアーナは威勢のいい返事をした。すぐに持ってきた史料を片づけ準備する。パヴコヴィックはアイリたちを案内してくれた女性に、イアーナを連れていくよう言いつけた。


「ではシュネイ様。こちらへ。」

「ありがとうございました!あ、そうだ、皆は……。」


 ふと、イアーナはアイリたちの方を心配そうに振り返った。


「俺たちはまだ博士に用件済ませてないから、あんたは先に行ってな。」


 ヴェルナーが促すと、イアーナもわかったわ、と手を振って案内の女性についていく。そうして、二人の姿が見えなくなった頃改めて、アイリはパヴコヴィックに向き直った。


「さて、今度はそちらのお嬢さんか。御用件は何だったかな?」

「はい、まず自己紹介を。私は帝都トランベルから参りました。アイリ=ジュンアと申します。」

「ジュンア……、ほう、軍族か。」


 その鋭い瞳はアイリの身をこわばらせた。博士は軍人嫌い、という噂を思い出してしまう。ばれていては隠す意味もない。勇気を振り絞って、全てをパヴコヴィックに語った。


「はい、私は近衛師団に所属します軍人です。今回博士の元を訪れたのは、現在私の仲間を襲っている原因不明の病についてです。」


 アイリはパヴコヴィックに仲間たちを苦しめている病気についての症状を出来る限り詳しく説明した。


「帝都の医師にも見て頂きましたが、全く原因がわからないとのことです。我が軍の記述術を習得した衛生兵でも同様でした。……あなた方は、軍の記述術とは異なる視点からの研究を行っていると噂で聞きました。どうか、お願いします。ほんの少しでいい、あなた方が御存じの事があれば、病気の原因と治療法についてご教授頂きたいのです。どうか、どうかお願いします。仲間を―――助けて下さい。」


 最後は祈るように、深々と頭を下げた。アイリにパヴコヴィックの顔は見えない。彼は一体どんな表情で自分を見据えているのだろう。しばしの沈黙の後、パヴコヴィックは静かに告げた。


「医師にも帝都の術師にも治せないという事は、それは患者体内に宿る「記述」そのものに何らかの問題が発生しているやもしれん。」

「体内の「記述」……ですか?」


 アイリははっと顔を上げる。そこには、真摯な面立ちでアイリを見つめる、「老獪な」学者の姿があった。


「そうだ、我々の体内には無数の「記述」が内包されている。そしてそれらは、各身体の状態や精神思考に大きく作用すると言われている。もし、その「記述」の中で生命を維持するためのものが取り除かれた場合、その者の身体は変調をきたす。」


 パヴコヴィックは机の上で手を組みゆっくりと語る。


「この場合、記述術とは疎遠の普通の医師では、その原因を明らかにすることが出来ない。そしてそれは軍の記述兵とて同じだ。」

「何故ですか?」


 問うたのは、かつて軍の衛生兵であったカテラだ。


「軍の治癒記述術というのは、人間の身体に宿る「記述」そのものに作用するものではない。外部から「記述」の効力を当て、人間に本来備わっている治癒能力を高めるものだ。そしておそらく今回の病は、前者の方法でしか治せない病気だという事だ。だが、先ほどシュネイ嬢との話にも出た通り、我々シュトラウツァの研究員でも「記述」そのものの改訂修正は不可能だ。」

「そんな、―――じゃあ誰にも治せないという事ですか!?」


 アイリはたまらず叫んだ。ここまで来たのに、仲間を助ける術がないというのか。


「そう焦るな。確かに「記述」に書かれた文字そのものを改訂することは、軍の治癒記述術師でも我々でも出来ない。だが、「記述」という物質自体に強化をかける事は可能だ。」

「えっ!」

「普通の紙でもそうだろう?破れても補強してやればまた読めるし、汚れても丁寧に洗い流せば使用する事が出来る。何らかの理由でその効力を失った「記述」でも、そのものを補強してやれば元通りになる可能性がある。最も応急処置程度にしかならんかもしれんが、それでも日常生活には支障が出んほどには回復するだろう。」


 その言葉にアイリは嬉しさのあまり涙がこぼれそうになった。まだ彼らを救う事が出来る。

 だが、アイリにとって本当の苦行はここからだった。


「だが、この技術は軍の記述術には無い、我々、シュトラウツァ研究所でのみ研究されている技術だ。」

「では、あなた方の力を―――、」

「私が軍人を良く思っていないのは知っているか?」


 途端、アイリは自分の顔がさっと青ざめるのを感じた。後方の一同も同じように身体をこわばらせたのがわかった。

賢者云々の話は、また改訂するかもしれません。

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