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第七章 記述術の権威(2)

 半日ほど馬を走らせ、日の落ちるころにシュトラウツァに到着した。シュトラウツァはさほど大きくない素朴な町だが、中央に佇む研究所が厳かな雰囲気を醸し出している。記述術を専門に研究する機関、そこには全土の記述師が集い、彼らが扱う「記述」が大量に保存されているという。一際大きなその建物に、ヴェルナーは息を飲んだ。


「今日はもう研究所も閉まってるだろうし、明日また出直す事にしましょう。」


 門を入ってすぐのところで、イアーナと研究所訪問の段取りを話した。彼女の提案に、ヴェルナーは頷く。イアーナは今夜、研究者仲間に紹介された宿に宿泊するそうで、明日の訪問日程を決めると、挨拶もそこそこに去ってしまった。


「なんか流れで一緒に行く事になったが、良かったかな……。」


 仮にもお忍び旅行の貴族とその護衛の軍人一行なので、あまり部外者と行動を共にするのは良くないのかもしれない。しかし、当の依頼者であるカテラは全く気にした様子は無かった。


「いいわよ。イアーナさん、なんだか優しそうな人だし。」

「母さんはちょっと、人を疑う事を覚えたほうがいいわ……。」


 能天気に笑う母の横で、すっかり気落ちしているアイリ。先ほど馬車の中で聞いた話が相当堪えているらしい。


「噂は噂だ。会ってみなきゃ分かんないだろ。」

「そりゃそうだけど。」

「ここまで来たんだ。頭下げてでも聞いてもらうしかない。」


 少し励ますように言ってやると、アイリも「うん。」と頷いた。と、宿を探しに行っていたバズが走ってこちらに戻ってきた。


「向こうの通りの宿屋、二部屋空いてるって。」

「よし。とりあえず、行くか。」

「あ、私シャロをうまやに預けてくるわ。向こうの通りね?先に行ってて。」


 そう言うと、アイリは馬車に繋いでいたシャロのくつわを外しに行った。残った三人で宿屋へ向かう。通りを歩きながら、ヴェルナーはシュトラウツァの町並みを眺めていた。店を閉め家路につくものや、これから飲みに繰り出そうとしている人々を横目に見ていると、ふと、見慣れた服を着た二人組を発見した。


「あれは―――、」

「どうしたヴェルナー?……ん?あれ、駐屯兵か?」


 通りの一角で、ヴェルナーと同じ軍服を着ている二人組を凝視した。一人は四十代半ばの厳格な顔つきの男で、もう一人の若い兵を凄まじい形相で睨みつけていた。その迫力たるや、遠巻きに見ていたヴェルナーですら怖気づく程のもので、まともに見合っている若い兵は傍目から見てもわかるほど怯えていた。

 ただならぬ雰囲気にヴェルナーは思わず彼らの元へ近づいて行く。


「あの、どうかされましたか?」

「ん?なんだ、君は。」


 男の鋭い眼光がヴェルナーを射抜いた。背はヴェルナーと同じ位だが、その威圧感が尋常ではない。そういえば、キルシュで軍服から私服に着替えたため、ヴェルナーは傍から見ればただの一般人に見えるのだろう。ヴェルナーは慌てて男に敬礼をする。


「申し訳ありません、自分はオルセン軍所属ヴェルナー=ライトロウ中尉です。任務のため、西方のグリアモからシュトラウツァに参りました。極秘任務故、私服ですが何卒ご容赦ください。」

「ヴェルナー=ライトロウ?」

 男はヴェルナーの名を反芻はんすうすると、何か引っかかった様に鋭い目をさらに細め、こちらをねめつける様な視線を送ってきた。


「……?あの、自分が何か……?」


 予想外の反応にたじろいでしまったが、男は何事も無かったかのように話を続ける。


「いや、なんでもない。私はシュトラウツァ駐屯兵団団長、ディラン=ノルキース大佐だ。こちらは団員のジム=アークランド伍長。」


 男―――ノルキースが自身と隣の若い兵――ジムを紹介すると、ジムは突然現れた将校に慌てふためいた様子で敬礼を返した。


「任務というのは、ここシュトラウツァでの任務か?私は聞き及んでいないのだが?……まさかあの男の仲間か?」

「あの男?」


 身に覚えの無い問いに疑問符を浮かべていると、ノルキースも「違うならいい。」とあっさりと引き下がった。


「……詳しい事はお答えできませんが、シュトラウツァは中継のために立ち寄りました。自分はここよりさらに東部の地を目指しておりますので。」


 そう言うと、ノルキースはふんと鼻を鳴らした。まだこちらが本当に軍人なのかを疑っているのかもしれない。その態度から不信の意がありありと滲みでていた。ヴェルナーは嘘も悪言も言っていないのだが、どうにもいたたまれない気持ちになってしまう。


「まあいい。何の任務かは知らんが、用がすんだらさっさとこの町を出ることだ。ここには仰々しい研究所があるだけで、観光名所など何もない。」


 はあ、とヴェルナーは曖昧に頷いた。実はその仰々しい研究所に用があるという事は、口にしない方がよさそうだ。


「ところで、先ほどからこんな町の往来で何をなさっていたのですか?何やらただならぬ雰囲気だった様ですが。」


 恐る恐る尋ねてみたが、ノルキースはあっさりと回答を拒否した。


「君には関係の無い事だ。たとえ関係あったとしても、それこそこんな町の往来で話す事ではない。伍長、報告は感謝する。が、あまりでかい声で吹聴しない事だ。ただでさえ、この町の市民は先の戦争で神経質になっているのだからな。」

「はい…、申し訳ありません。」


 結局何の話かわからないまま、二人はその場を立ち去ってしまった。もやもやしたままヴェルナーが突っ立っていると、背後からカテラがひょこっと顔を出した。


「あの人ひょっとして貴族出身の軍人なんじゃないかしら?」

「あの団長ですか?」


 ヴェルナーは遠ざかっていくノルキースの背中を見つめた。確かにぴんと張った背筋や精錬された立ち振る舞いは貴族のそれを思わせる。


「でも純粋な貴族って普通、帝都駐在がほとんどじゃないですか。地方派遣者でもせいぜい西部止まりでしょう?なんでまたよりによってこんな僻地に。」


 軍人の派遣は、よほどの特例が無い限り身分により左右される。一般的に貴族出身の軍人は帝都本隊に派遣され、平民出身の軍人は大抵ヴェルナーのように地方の駐屯兵となって各地区の治安を守る業務に徹する事になるのだ。それは団長であってもほとんど例外は無く、地方の駐屯兵団の団長は平民出身の将校か、貴族の中でも自ら志願した者、退役を間近に控え余暇を求める老兵くらいだ。


「さあ、自分から志願したのか、それとも何か別の理由があるんじゃないかしら?」

「別の理由?」


 聞き返したが、カテラも「そこまではわからないわ。」と言ってそれっきり黙ってしまった。


「おーい!何してんだよ、さっさと行こうぜ!」


 後方からしびれを切らしたバズの声が聞こえた。急かされるように、ヴェルナーたちは今度こそ宿に向かうべく歩き出した。



                        ◆

 シュトラウツァ駐屯基地、その一角にある兵舎は今、一際大きな動揺に包まれていた。


「では、本当にイシル軍の襲撃が始まるというのですか!?」


 全駐屯兵に通達を終えたノルキースに、兵の一人が青ざめた顔で問いかける。


「まだそうと決まったわけではない。だが、アークランド伍長が今日の午後、北部の海域で軍艦の影を見たそうだ。もしこれが事実なら、オルセン帝国の海域内に敵が侵入しているという事だ。戦闘になる可能性も高い。」


 衝撃的な宣告に、他の兵たちも動揺を隠せなかった。ノルキースが軽く咳払いをすると、そのざわめきがシンと静まりかえった。


「先刻、キルシュの東部本隊に報告と援軍要請を出しておいた。早ければ明日にでも指令が届くだろう。我々は最悪の事態に陥った場合に、最善の状態で戦えるよう備えるのみだ。」

「団長、帝都本隊には報告しないでよろしいのですか。」


 おずおずと進言したのは、この報告を行ったジムだった。その発言に、ノルキースの表情が一瞬固まる。


「アークランド伍長。」


 絶対零度の声でジムの名を呼んだのは、ノルキースの傍に控えていた女性だ。ジムはノルキースの周りの空気が凍りついた事に発言した事を全力で後悔した。だが、その空気を思わぬ方向にぶち壊す人間が存在した。


「帝都の連中は、戦争がはじまるって確証がなきゃ動かねぇよ。報告するだけ無駄だ。そうだろ?団長さん。」


 ガサツな物言いに馴れ馴れしい態度で話すこの男は、この中で唯一軍服を着用していない異質な存在だった。男の問いかけに、ノルキースも厳しい表情で口を開く。


「……一応帝都へは知らせを送っておく。だが、迅速な対応は期待しない方がいい。あくまで東部で起こった有事に対応するのは我々東部の兵団だ。」


 ノルキースの言葉の裏には、帝都の本隊を信用するなという警告が記されているという事は、そこにいる誰もが理解していた。それは皇帝の勅命とそれによって動くオルセン帝国軍が、ここ東の大陸では何の意味を持たないという現れであった。

 兵たちが深刻な顔を見せる中、ただ一人その異様な男はふてぶてしい笑いを浮かべて、ノルキースに詰め寄る。


「そうだよなぁ。なんせ帝都の上層部は今や別の案件に夢中になってやがる。例えば、例の件とかな。」


 その途端、男の顔が不機嫌なものになった。ノルキースの机に乱暴に手をついて彼を睨みつける。


「で、その例の件なんだけどよ。いつになったら、博士に会わせてくれんだよ?」

「それは明日以降対応すると言ったはずだ。まったく……、帝都の本隊はあてにならんと言っておきながら、そこから派遣されたお前が、俺たちに自分の任務を優先しろなどとよく言えたものだな。図々しいにもほどがある。」

「なんだと、てめぇ!?」


 激昂した男が手を振り上げる。室内にどよめきが走る中、当のノルキースだけはひどく冷静に男の拳を受け止めようとしていた。

 ノルキースの鼻先数センチという所で、男の拳が止められた。寸止めの状態になって尚、平静を保つノルキースに怒りを散らされたのか、男は小さく悪態をつくと、大股で部屋を出ていった。


「……というわけで、諸君らには申し訳ないが、私と数名は明日午前中にでも研究所を訪ねようかと思う。残りの者は多忙だが準備だけは怠らないようにしてくれ。以上、解散。」


 これまでの一連の流れに茫然としている兵たちを残し、ノルキースもさっさと部屋を後にした。

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