第六章 誓い(3)
夜のヨドの駐屯地をヴェルナーとバズは駆けていく。途中ギルバートに教えてもらった事務室でヴェルナーたちの荷物と武器一式を発見した。妙な事に夜勤の兵も見張りもいなかった。
「なんか不気味なほど静かだな。夜とはいえ、巡回の兵士とかいないのか?」
「あの大尉が人払いをしてるのかもしれない。ここの兵にすら詳細を知らせてないんだからな。」
外に出ると雨はすっかりあがっていたが、空にはまだ暗雲が差しており、月の光を度々覆い隠していた。切れ切れになった暗闇の中をヴェルナーたちは走り出す。
ヴェルナーたちがいた牢獄棟から、駐屯地内の歩道を兵舎に向かって走っているものの、その間の建物や通路にも人の気配がない。何の障害も無く、あっさりと兵舎へと到着してしまった。が、
「さすがに兵舎には見張りがいるか。しかもあの制服、本部の兵だな。」
兵舎の門の前に、武器を携えた兵が二人。一蹴することも可能だが万が一銃を発砲でもされたら、たちまち仲間の兵が寄ってきてしまうだろう。物陰に隠れつつ、兵舎の様子をうかがっていると、バズが通りの向こうを指さした。
「あっちの塀からなら中に入れるんじゃないか?」
良く見ると、正面入り口から少し離れた側面部分にやや低めの垣根があった。ヴェルナーは頷くと、門番に気取られないよう慎重に身を隠し、側面へと回る。音をたてないように垣根を越えると、なんとか敷地内に侵入できた。
「でも、入口からは入れないよな。窓も……駄目だ、閉まってる。」
ざっと見えた窓全てを調べてみたが、どれも厳重に内鍵が取り付けられていた。何か手立ては無いものか、と上を見上げてみると、ここより真上の最上階の部屋に明かりが灯っていた。窓のすぐ横には排水用のパイプと幅の狭い縁が通っている。
「一か八か、登ってみるか。」
ヴェルナーは小さく息を吐くと、パイプの突起部分に足を掛け登り始めた。
「おい!ヴェルナー、まさかよじ登る気か!?」
下方でバズが小さな叫び声を上げる。バズがうろたえている間にも、ヴェルナーは木でも登っているかのようにすいすいと登っていく。バズに「いいから来い。」と目で訴えかけると、しぶしぶとヴェルナーの後を追ってきた。
最上階の窓の高さまで登ると、足元に出っ張っていた縁に足を掛ける。十センチ程度の幅しかない道を慎重に壁伝いに移動し、窓の中を覗き見ると、
「カテラさん!」
部屋の中には、見知った顔の女性がいた。周りに人がいないのを確認すると、窓を軽く叩く。物音に気付いたカテラがこちらを振り返ると、驚いた様子でこちらに向かってきた。
「ヴェルナー!?どうしたの、ここ三階よ!?」
ガラス越しにややくぐもった声が聞こえた。後ろで控えていたバズも、カテラの存在に気づいて身を乗り出してきた。
「無事ですか?カテラさん。」
「ええ、今のところは……それよりあなたたち、捕まっていたんじゃないの、どうして?」
「話は後です。すぐにここを出ましょう。」
そう言って窓に手を掛けるが、どうやら嵌め殺しになっていて、鍵どころか取っ手すら見当たらない。ヴェルナーは舌打ちすると、懐から細身のナイフを取り出した。
「カテラさん。少し離れててください。」
カテラが窓から距離を置いたのを確認すると、ヴェルナーはナイフを窓枠とガラスの間に突き立てた。そのままナイフを深々と差し込み、八割方刀身が刺さった状態でナイフを抉ると、パキッという小さな音がしてガラスにひびが入った。さらに同じ動作を何箇所か繰り返すと、ガラスはすっかりひびだらけになり、少しの衝撃でももろく崩れるようになる。ナイフを入れ慎重にガラスを剥いでいく。あっという間に窓ガラスの半分が砕けてなくなった。その手さばきをバズは感嘆の目で眺めている。音に気付いてやってくる兵士もいない。
「お前……、すげえな。」
「忍び込む時によく使ったからな。」
いつのことかは深く説明することなく、ヴェルナーはガラスの破片が残った窓枠に上着を取りつけた。
「カテラさん。少し狭いですがここから出られますか。」
「ええ、なんとか。」
小柄なカテラなら、ここから出るのはたやすいだろう。部屋に備え付けてあった非常用のロープを取りつけると、しっかりと窓枠に固定した。だが、ヴェルナーはもう一人の姿が見当たらないことに気付いた。
「カテラさん。アイリは一緒ではなかったのですか?」
「ついさっきまで一緒だったのだけれど、ビルトさんと話があるって、別の部屋に移されたわ。」
「あの大尉ですか……。」
また面倒な事を、と内心毒づいたが仕方がない。彼女も連れて行かなければ、意味がない。
「バズ、カテラさんを連れて先に港に向かってくれ。で、船長に話しつけといてくれるか。」
「それは、別にいいけど。お前は?」
「俺はアイリを探してくる。時間になったらお前たちだけでも船に乗って逃げろ。」
バズは一瞬、ショックな顔をしたが、すぐに頷くと窓枠から垂らしたロープで階下に降り始めた。
「カテラさん当初の予定通り東の大陸に渡ります。あなたも、先に行って船に乗っていてください。」
カテラも一瞬迷うような仕草をする。しかし、わずかな逡巡の後、意を決した目でヴェルナーに頷き返した。
「わかったわ、……アイリを―――娘をお願いいたします。」
ヴェルナーは軽く会釈をすると、ロープで降りていく二人とは逆にさらに縁を前進した。カテラのいた部屋から侵入することも考えたが、内部は本部の兵士たちがうようよいるだろう。先ほどのガラスを切る物音で感づかれた可能性もあるし、出来れば鉢合わせは避けたい。
明りが灯っていた部屋はもう一つある。カテラを発見した部屋の一つ上階、二つ隣の部屋だ。そこに向かってヴェルナーはゆっくりと歩を進める。目的の部屋に到着したが、部屋の中の人間は角度的に見えなかった。しかし、ガラスの向こうから、二人の男女の声が微かに漏れ聞こえてきた。




