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第六章 誓い(2)

 ライムがアイリとの面談に応じたその少し前、ヴェルナーたちも牢獄の中で疑念と焦燥に駆られていた。


「軍部の目的が、カテラさんとアイリって……。じゃ、一体何のために二人を探してたんだ?」


 バズが青い顔でヴェルナーを見据える。ヴェルナーは「わからん。」と首を振った。


「だが、二人の行動が軍にとって何らかの不利益になると踏んでの事だと思う。だとすると、その不利益になる行動っていうのはつまり―――」

「あの二人が東の大陸に渡る事、さらに言うなら、ジュンア中尉が職務を放棄してまで東の大陸を目指している事だな。」


 ヴェルナーの言葉を引き継いだのは、バズでも御者でもなかった。驚いて格子の外を見ると、そこにはオルドを連れてきた看守が未だにそこにいた。


「俺たちが言い渡されたのは、貴族の婦人を拐かした輩の捕縛だが、その裏では、アイリ=ジュンア中尉が職務を放棄して、東の大陸に渡ろうとしているのを妨害する命もあった。」

「なに?」


 看守によって述べられた軍部の任務にヴェルナーは、驚きを持って看守を見据える。


「けど、まさかその輩だと言って連れてこられたのが、ヴェルナー、お前だったとはなー。今回の任務、俺もなんか変だと思ったけど、いよいよ胡散臭くなってきたかも。」


 そう言って軽口を叩く看守に、ヴェルナーは眉を寄せた。この物言いはどうもこちらを良く知っている風だ。


「なんだお前?いきなり。」


 怪訝な顔をして看守に問いただすと、看守は「おいおい。」と肩をすくめて見せた。


「俺の事忘れちまったのかよ。二年前まで毎日一緒に過ごした仲だろ?」


 看守は被っていた看守帽をするりと脱いだ。暗闇の中現れたその顔は、


「ギルバート!?」

「へへっ、久しぶりだなヴェルナー。」


 思いがけない顔に、ヴェルナーの目が見開かれた。心なしかその顔も明るくなっている。何やら打ち解けた様子に、バズが何事かと問いかけた。


「なぁ、ヴェルナー。その看守知り合いなのか?」

「ああ、ギルバート=ペイン。俺の士官学校時代の同級生だ。」


 看守、ギルバートはバズと御者にも簡単に自己紹介をする。


「卒業してからはずっと、ここヨド駐在勤務なんだ。お前はグリアモだっけ?」

「ああ、俺も二年はずっとそこだ。」

「本当は、王宮勤務だったろうに。勿体ねぇな、ま、らしいっちゃらしいけど。」

「その話はもういいだろ。」


 思いがけぬ再会に、ここが牢屋で、看守と囚人という立場も忘れて昔話に花を咲かせる。ギルバートは、平民街の商店の息子で、士官学校でも気さくで話しやすく、友人も多かった。貴族出身の生徒とは相変わらず犬猿の仲だったが、それ以外の平民出身の同級生たちは、皆ギルバートと仲が良く、ヴェルナーも度々ギルバートたちと共に街に遊びに出かける事があった。

 本当ならもっとじっくり話したいところだが、なにぶん状況が状況だ。ヴェルナーは早々に昔話を打ち切り、ギルバートに向き直った。


「ギルバート。アイリが東の大陸に行くのを妨害するって、どういう事なんだ?」

「いや、俺も詳しい事は知らないよ。数日前に突然あの大尉が帝都からやってきて、俺たちにそう命令したんだ。もうすぐヨドに一行が通るから、俺たちはその武装集団を抑えろって。」

「俺が正規の任務でカテラさんを護衛してたってことも知らなかったのか?」

「勿論。そんなことは聞かされてなかった。お前たちが連れてこられた時も、あくまで罪人の一点張りで、団長も首をかしげてたよ。」


 淡々と述べるギルバートの言葉に嘘をついている様子は見られない。では、本部があの大尉を派遣して行く手を阻もうとしていたのは、アイリの方だったわけだ。そして、何故、アイリを捕らえようとしていたのか、その根本的な部分は他の兵にも知らされていないらしい。


「でもさっきあの男とお前が話をしていたのを聞いた限りじゃ、お前たちがここに来たのって、中尉じゃなくてその母親の方の用事って事なんだよな?」


 難しい顔をするギルバートに、これまでの護衛の経緯を簡単に説明した。事情を聞いたギルバートは顎に手を当てて、黙りこむ。


「という事は、やっぱりあの大尉は、二人の旅を妨害するために来たってことだよなぁ。それにあの妙な男も。」

「妙な男?」


 ヴェルナーが尋ねると、ギルバートはああ、と頷く。


「あの大尉と一緒に派遣されてきた奴がいるんだけど、そいつがどうにも軍の関係者には見えなくてさ。時代遅れのローブなんか着てるし、髪が異様に長いし。すっげぇ胡散臭いの。」

「そいつも、今回の捕縛任務に関わってるってことか。」

「おそらくな。その男大尉に色々助言してたみたいだし。……でも俺たちそいつの名前も知らないんだ。団長が大尉に訊いてみたらしいんだけど、「極秘人物だ」ってそれだけだったらしくて。」


 突然上がってきた謎の男も気になるが、目下の気がかりはアイリとカテラ二人の動向だ。もしアイリが軍に謀反を起こしたとして、捜索されていたのなら行き着く先は目に見えている。


「止めるなら急いだ方がいいな。明日の日の出前に帝都へ向かう馬車が来る。おそらく両名はこれに乗せられるはずだ。」


 ギルバートの言葉の通りなら、リミットは明日の日の出前。それまでにここを抜けだし、二人を連れださなければならない。だがそのためには、


「ギルバート、頼みがある。」

「……ま、そうくると思ったけど。脱獄を見逃してほしいって?」

「頼む。お前らだって今回の件、明らかにおかしいって気付いているだろ?」


 そうはいっても、上官の命令ならたとえ納得しまいが従わなければならないのが軍人だ。彼らとて、ここでヴェルナーたちを逃がせば、上層部からどんな懲罰が下るかわかったものじゃない。ヴェルナーとギルバートはしばらくの間互いに見つめ合っていた。そして、


「……わかったよ。ただし、意図的に逃がしたなんてばれたら俺たちが責められるから、お前らが鍵を奪って勝手に逃げたってことにさせてもらうぞ。…それと、これ一つ『貸し』な。」

「いいのか!?」


 予想外の返答に、ヴェルナーは目を輝かせる。


「ああ、正直なところ、今回の任務、ヨド兵の全員が疑問に思ってたんだ。同じ駐屯兵が何の説明も無しに捕らえられるなんておかしいってな。それに、……正直あの本部の大尉、いけすかなくて好きになれない。」


 最後の方は、意地の悪い笑いを含んでいた。そういえば、ギルバートは学生時代から、教官の目を盗んで、あれこれ悪さをするのが得意だった。はなから上官の命令など聞く気は無かったのかもしれない。


「逃げるってんなら、そうだな。当初の予定通り、東の大陸に渡るべきだ。東部は帝都にある軍本部から自立した東部本隊によって管理されてる。向こうに渡っちまえば本部からの追手もそう易々と来られないはずだぜ。」


 そう言ってギルバートは、ヴェルナーたちの牢の錠を開けた。重い錠前が鈍い音を立てて外される。


「そういや、十五年前の大戦以来東の大陸は本部の干渉がほとんどないって話だな。」

「ああ、俺たちみたいな駐屯兵も碌に本部の言う事聞く奴がいないらしいからな。もう帝国の威厳なんてもんは廃れちまったのかもな。」


 何百年と皇帝を拝し続いて来た帝国も、このころはその権力に陰りが見え始めている。軍もまた、皇帝の意思を無視し、自由に動き始める時期なのかもしれない。


「確か今夜、夜行船が一艘ヨドから東の港キルシュへ出発するはずだ。それに乗りこめ。雨がやんだのなら予定通り出発するはずだろう。」

「ありがとう、ギルバート。お前も目をつけられないように気をつけろ。」


 二年ぶりの再会にしては、あっけない別れの挨拶を交わすと、ヴェルナーはバズを振り返った。


「バズ。仕事だ。カテラさんとアイリを助けにいくぞ。」

「ああ、でも……。」


 ここに来て、バズはなんだか躊躇うように顔を伏せる。脱獄することに罪悪感があるのか、それともこの後の自身の行く末を心配しているのか。いや、おそらくそのどちらでもない。


「バズ。お前が何を悩んでるのか俺はわからん。お前が言ってた女の子の事も無理には聞かない。」

「……。」

「後悔するなとも言わん。だが、そうやって今できる事をないがしろにしたら、今度こそ本当に救える者も救えなくなるぞ。」


 責めるように一喝すると、やがてバズは意を決したように力強い顔で立ち上がった。


「御者のおっさんはどうする?」


 ヴェルナーは最後に、もう一人の旅の同行者に目を向ける。


「私は、この大陸で商売をやってるもんです。東の大陸なんぞにはいけねぇさ。」


 苦渋を浮かべ顔を横に振る御者に話しかけたのは、ギルバートだった。


「安心しろ。彼の安全は我々ヨド兵が全力を持って保証する。あの大尉の好きにはさせねぇよ。」

「ああ、頼むぞ。ギルバート。」


 ギルバートに頷くと、ヴェルナーは隣の格子越しに手を差し伸べた。


「短い間でしたが、ここまで連れてきてくれてありがとうございました。……そういえば、最後までおっさんってのも何なので、お名前教えていただけますか。」

「べン=シモンです。ヴェルナーさんも道中お気をつけて。御武運を。」


 格子越しに固い握手を交わす。そして、ヴェルナーとバズはギルバートとベン=シモンを残し、牢を後にした。

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