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第五章 波乱の雨音(4)

 夕暮れ時の空に、やや暗がりの雲がかかってきた。もしかしたら、今夜は雨が降るかもしれない。窓の外に見えるヨドの街を眺めながら、アイリはため息をついた。

 

 ヴェルナーとバズが護送車で連行された後、アイリとカテラは別の馬車で駐屯地まで連れてこられた。ヴェルナーたちほど手荒ではなかったが、連行した兵たちはやけに不躾な態度だった。


 そして今、アイリはカテラと共にヨド駐屯兵団本部の一室に閉じ込められていた。勿論拘束されているわけではない。しかし、部屋の入口には武器を携えた兵士が佇んでいる。事実上の軟禁だった。


「雨、降ってきそうね。」


 後ろからカテラも窓の外を眺め呟いた。窓は嵌め殺しになっていて開かないようになっている。室内は高価な調度品や家具が備え付けてあり豪華な客間のようだがその造りは監獄そのものだった。


「あの子たち、無事だといいけど……。」

「そうね。」


 あの子たちとは、取り押さえられたヴェルナーとバズの事だろう。心配そうに目を伏せるカテラ。カテラにとって彼らは、自分が護衛を依頼した者たち、つまりカテラの事情によって巻き込まれたようなものだ。それをカテラは気にしているに違いない。自分が無理に旅を続けようなどと思ったから―――、そんな母の後悔が手に取るように伝わってくる。


 それに対し、アイリの答えは実に淡白だった。アイリにとって彼らはまだ一日行動を共にしただけの他人である。それよりもむしろ、軟禁状態にある自分と母、そしてそれを指示した婚約者ビルト=ライムの動向が気がかりだった。―――はずなのだが。


 アイリは昨晩、ゼノの運河で口論となったヴェルナーのことを思い出していた。あの後、バズの一件でそれどころではなくなり、話すどころか目を合わせることすらなく、結局有耶無耶になってしまった。あの男は気に食わないし、正直怖い。しかし、あんな別れ方をしたまま、見捨てるのも目覚めが悪い。それに、


「……平民にはわからない、か……。」


 思わず口に出してしまい、慌ててカテラを見るが、どうやら聞こえていなかったようでそっと胸をなでおろした。


 アイリは軍一家の有力貴族として、常に己の立ち振る舞いに気を配っていた。誉れ高い貴族として、ジュンア家の人間として、威厳ある言動を取るべきなのだと。多くの者の手本となる存在であるべきなのだと。

 だが、それは貴族としての義務だと思っているからであって、決して貴族以外の、平民を卑下しているわけではない。彼らにも彼らの生き方があり、誇りがある。貴族の中には劣悪な差別意識を有しているものも多いが、アイリはそのようなことは露として考えたことが無かったはずなのだ。

 なのに、あの時、頭に血が上ったアイリはついその言葉を口にしてしまった。―――いや、正確には口から出かけてヴェルナーが言ってしまった、というのが正しいのだが、それでも自分の中にそんな疾しい感情があったことに只々悲観するばかりだった。


 ―――謝りたい。軽蔑されたかもしれないけれど、近衛師団の事は相変わらず納得出来ないけど。せめてそれだけは、本意ではなかったのだと、あの男に誠意を伝えたい。


 その時、部屋の扉が静かに開いた。その先に目をやると、一人の男が部屋に踏み込んでくる。


「ビル……!」


 その男、ビルト=ライムは相変わらず冷ややかな目でこちらを見下していた。幼い頃に決められた婚約者ということで、ライムとは家族ぐるみの付き合いをしてきた仲だが、本音を言うと、アイリはこの男が苦手だった。アイリと同じく、有力な軍一族の出身で、若くして軍の中枢業務を担うエリート。冷徹で独善的、まさに貴族軍人の雛型のような男に、愛情が湧くどころか嫌気がさすばかりだった。


「ご気分はいかがですか、ジュンア女史。」


 隣に立つ婚約者には目もくれず、ライムはジュンアに問いかける。


「おかげさまで、少し頭が冷えましたわ。」

「それは何よりです。この度はご不運だった。ゆっくりくつろがれるといい。」

「ええ、……ところで被害者側の弁明は必要ではありませんの?」


 ジュンアは少し棘を含んだ言い方をする。それはつまり、同行者が自分を拐かしたという罪人として有無を言わさず捕縛され、自身も軟禁状態にされていることについての説明を求めているのだ。実際ここに到着してから、捕縛の一件について何も聞かされていないばかりか、こちらから話をすることもない。


「あなた方からお聞きすることはありませんよ。この事件は解決したのです。安心して帝都にお戻りください。」

「えっ……!?」


 それを聞いて、カテラは顔を青くした。どうやらこの男は、カテラを帝都へ送り返す気らしい。


「待ってください。私はある目的の上、自分の意志で帝都から出てきたのです。帝都に戻る気はありません。」


 強い口調で反論するも、ライムは取りつく島もなかった。


「申し訳ありませんが、これは決定事項です。明日、帝都への馬車が参りますので、そちらに乗ってお帰りください。」


 どうもおかしい。これではまるで、保護したはずのカテラを帝都まで護送するような言い方ではないか。アイリは我慢できず二人の間に割って入った。


「待って、ビル。母さんはちゃんと目的があってここに来たの。さっきのあいつらが母さんを誑かした罪人というなら、もうそれでもいいわ。でもそれで解決したからって、母さんを帝都に返すのは筋違いじゃないの?」


 ビルはうっとうしそうに、アイリを見下ろした。そして、抑揚のない声で淡々と告げる。


「お前にこちらの任務について容喙する権利はない。それに、帰ってもらうのは女史だけではない、アイリ、お前もだ。」


 突如言い渡された勧告に、アイリは絶句した。


「私も帰れですって!?どうして!?」

「お前は近衛師団の兵士だろう。帝都から離れてどうする?一刻も早く帰還して軍役に復帰するのは当然の責務だろう。」


 発言の内容は正論のはずなのに、その態度はどこまでも高圧的だ。こちらの主張は一切汲み取る気はないらしい。


「異論は認めん。ともかくもお前は母とともに明日馬車で帰れ。俺からは以上だ。」


 アイリに反論の隙を与えないまま、ライムは踵を返すと、入口へと向かう。その背中にアイリは何度も訴えかけるが、一度も振り返ることなくライムは部屋を出て行った。


「これじゃ……、まるで私たちの方が罪人みたいだわ。」


 ぽつりと呟いたカテラの言葉に応えることができないまま、アイリはその場に立ち尽くしていた。小さな水音が、窓の外から響いた。


 雨が降り出したのだ。

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