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第五章 波乱の雨音(3)

 念願の港町ヨドに到着したものの、町の外観を眺める間もなく、駐屯地地下の暗い牢屋に押し込まれた。重々しい牢の扉が金切り声を上げて閉まっていく。錠を掛けられ看守が去っていくと、隣の牢に倒れこんでいたバズが、格子に手を掛け喚き散らした。


「くそっ!俺らが何したって言うんだよ!?出せよ!」


 バズが格子を力任せに揺らす。ガシャンガシャンと大きな音が、暗がりの廊下に響いた。


「やめろ、バズ。暴れるだけ無駄だ。」

「でも!!」

「こういう時こそ冷静になれ。力尽きたらそれこそ一貫の終わりだ。」


 ヴェルナーが諭すと、バズは小さく舌打ちし、座り込んだ。とはいえ、状況についていけず納得していないのはヴェルナーとて一緒だ。反対隣りでは、御者の男が疲れ切った顔で項垂れていた。


「一体何なんだってんだ。長いこと商売やってきてこんなことは初めてだ……。」

「すみません。巻き込んでしまって。」


 ヴェルナーが謝罪すると、御者も力なく笑った。

 ヴェルナーは備え付けの固い寝台に腰を下ろすと、腕を組み熟考の体勢に入る。


「―――ともかく、最初から、状況を整理しよう。まず、カテラさんがメテルリオンへの護衛をグリアモ駐屯兵団に依頼した。その結果俺が護衛兵として選出され、バズを連れて街道を出発した。俺たち三人と、それから御者のおっさんだな。」


 ゆっくりと回想を始めるヴェルナーに、対しバズは不機嫌そうな顔でうなずいた。


「途中アイリと遭遇しそれ以降は五人で行動する。いくつかトラブルに巻き込まれたが、ほぼ予定通りに港町ユドへと到着した。」


 トラブルの箇所には、バズが話していない一件も含まれるわけだが、ヴェルナーは気にせず話を続ける。


「そしてヨドでは本部から通報を受けた駐屯兵団が、あの大尉を伴って検問を実施していた。まんまと引っ掛かった俺たちは、奴らの手で捕縛され、今に至る、と。」


 ヴェルナーは脳をフル稼働させ、この一連の出来事の展開を概算する。


「グリアモからここへはちょうど三日。俺が護衛の任を言い渡されたのが、その二日前。カテラさんが帝都を出たのが、その時より数日前だとしても、事の発端は早くても七日から八日、約一週間。その間に、カテラさんが屋敷からいなくなった事に気づき、それが不自然な失踪であると踏んで屋敷の者が軍部に通報。カテラさんが何者かと行動を共にし、それが誘拐であると断定して、捜索を開始。さらに俺たちの足取りを掴み、その通過点であるヨドに検問を張る。あの大尉は『この数日の間に俺たちが通る』と断定してたわけだから、俺たちがあそこを通る一日以上前から張ってたと考えると―――。」

「どう考えても出来すぎじゃね?」


 バズが苦い顔で応える。確かに第三者がこれだけの事をたった一週間でこなして、捕縛に成功するというのはあまりにも手際が良すぎる。ヴェルナーたちの情報がどこかから漏えいしていたというなら話は別だが。


「誰かが密告した……とかではないかねぇ?」


 御者がおずおずと口に出す。


「例えば、誰だと思う?」


 ヴェルナーは二人に問いかける。するとバズがまず答えた。


「例えば……、途中盗賊騒ぎで出会った駐屯兵が通報したとか。やたらヴェルナーたちのこと怪しがってたし。」

「あの駐屯兵たちに会ったのは、昨日だ。すぐに連絡が行ったとしても検問を張った時間が合わない。それに俺はあいつらに護衛対象が誰であるかも、目的地も告げていない。しかもあの場には街道の反対側に向かう馬車とその旅客も交じってた。俺たちがどっちに向かうかすら判別は付かないはずだ。」


 確かに、とバズは納得したように頷いた。次に疑わしい人物を挙げたのは御者だ。


「じゃあ、……あの途中から来たお嬢さん、アイリさんといいましたか?最初から私たちを捕らえる気で同行して、密かに情報流してたとか。」


 どうやら途中から割り込んできたアイリに関しては、御者も不審に思っていたようだ。


 確かに、アイリは後からやってきて、かつヴェルナーたちの動向を逐一観察できる立場にいた。しかも今回先導していたのがアイリの婚約者なら、最初から示し合わせて罠を張ったとも考えられる。しかし、ヴェルナーはその可能性をきっぱりと否定した。


「それは無いな。確かに娘のアイリなら、母の行動もある程度推測できる。だがあいつが情報を流していたとしたら、さすがにカテラさんも気づくはずだし。それに、……そんな周到な罠張るくらいなら、わざわざ危険冒して俺に夜襲仕掛けたりしないだろ。」


 ヴェルナーはあの夜の事を思い出し、苦々しげに呟くとバズも苦笑いで返した。


「俺からも、御者のおっさんに念のため聞いときますけど、この旅の詳細を外部の人間に話したことは?」

「とんでもない!今回の仕事はグリアモの駐屯兵団長さんから、内密にと念を押されているんです。御者仲間にもあんたたちのことは話してないよ。」


 御者が必死に訴えたのを見て、ヴェルナーもこの男を信用することにした。

 御者ならこの旅の目的地と日程を知っている。何らかの理由で軍部と結託し、ヴェルナーたちを嵌めることも容易い。そうでなくとも、うっかり旅のことを口にされていたら、そこから情報が漏れたかもしれない。しかし、その御者も今や自分と同じ囚われの身だし、その真摯な態度は疑う余地もないだろう。


「後考えられるのは、……あまり考えたくないんだけど、ヴェルナーのとこの団長さんとか。今回動いたのって軍部だろ。はなから俺たちをはめるつもりでヴェルナーに命令した―――とか。」


 ヴェルナーの上官を疑うという罪悪感か、バズはやや尻すぼみになった。

 この旅の目的と日程を知っていて軍部に関わりのある人間といえばセルシムは比較的怪しい立場にいる。しかし、ヴェルナーはそれをまたしても否定する。


「セルシム団長は、おそらく関係ない。」

「どうしてそう言い切れるんだ?」

「俺があの大尉に団長の名を出した時、奴は『軍本部からの命令だ』ということだけを強調した。もし団長が奴らとグルだったら、俺が名前を出した瞬間に団長本人に問い合わせでもしたらよかったんだ。どうせ団長は俺たちの事を知らぬ存ぜぬで通すだろうし、そうなれば俺たちを保証する人間は一人もいなくなるわけだからな。まぁ、団長側も本部からの圧力がかかって俺たちの事を問いただされたのかもしれないが。」


 本部が大々的に動いているなら、真っ先に地方の駐屯兵団に当たるはずだし、下手に報提供を拒めば、セルシム自身も怪しまれる。


「それにだな、情報がどこから漏えいしたかっていうのも問題だが、どうして俺たちをわざわざ罪人にしたてて捕らえないといけなかったのか、それ自体も問題なんだよな。」


 ヴェルナーはガシガシと頭を掻いた。本来自分は正規に依頼された任務をこなす軍人だ。それすらも抑え込めるように、わざわざ軍本部を駆り立て、圧力をかけてきた。そんな手間を掛けてまで何故ヴェルナーたちを嵌めたのか。


「要するに、これらの話をまとめると、俺たちを嵌めたのは、俺たちの旅の事を知っていて、尚且つ俺たちに相当な恨みを持ってる軍関係者ってことか?そんな奴なんて―――」

「あ。」


 ヴェルナーはそこで一人だけ思い当たる人物を発見した。いるではないか、今回のカテラの旅の経緯を比較的最初から知っていて、軍に顔が利き、なおかつヴェルナー個人に恨みを持っている奴が―――。


 と、牢の外から複数の足音が響いてきた。徐々にヴェルナーたちの牢へと近づいて来る。しばらくして、二人の男がヴェルナーの牢の前で立ち止まった。一人は先ほど錠を閉めたのとは別の看守、そしてもう一人は―――


「やあ、駐屯兵様。随分良い恰好じゃないか。」


 ヴェルナーを見下してせせら笑う男を見て、予想が確信に変わった。数日前にも見た下卑た笑いにヴェルナーは苦笑する。


「あの時はよくも蹴り飛ばしてくれたな。」

「……自業自得だろ、この『馬鹿息子』。」


 そう嘲笑って、ヴェルナーは目の前の男―――ジャスティン=オルドをにらみ返した。

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