第五章 波乱の雨音(2)
昼過ぎの出発の前に、ヴェルナーは町を散策し昨晩の事件についての噂を集めて回った。
町の住人から漏れ聞いた話によると、真夜中過ぎ、突如発生した大きな火柱はしばらくすると跡形もなく消え去ったそうだ。そして、消えた火柱の中から発見された数人の男性と思われる焼死体。死体の照合が不可能で身元は不明だが、近隣の者たちの噂では、最近このあたりを我が物顔でのさばっている暴力組織の面々ではないかということだ。そんな話を盗み聞きしながら、一体バズは何に巻き込まれていたのかとため息をつく。
そして現在、ヴェルナーたちは馬車に揺られ、港町ヨドを目指している。しかし、その馬車内は昨日までとうって変わってお通夜状態だった。正面に座るアイリは俯いたままこちらを見ようとしない。出発直前まで、もしかしたらもう着いてこないのでは、とも考えたが、どうやら自身のプライドよりも母の心配と自分の要件の重要さが勝ったらしい。しかし、明らかに険悪な空気を漂わせていた。対するヴェルナーも人の事が言えないほど、暗い表情になっているに違いない。
そして、そんなヴェルナーとアイリより輪をかけてひどいのが、隣に座っているバズだ。一晩休んでいる間にカテラの治癒術で外傷はすっかり治ったようだが、心の傷までは癒えなかったらしい。ヴェルナーもあれからバズの口から何があったかを聞いていないので、バズが何をそんなに意気消沈しているかはわからない。バズ本人も話せる状態ではないので、無理に聞き出すのも憚られた。こればかりは本人が立ち直ってくれるのを待つしかないだろう。
結局、四人中三人が沈んだ表情をして、残るカテラもその空気をどことなく察しているのか、口を挟もうとしなかった。昨日までに比べ馬車に乗っている時間は短いはずなのに、重苦しい空気が旅を一層長く感じさせた。さっさとヨドに着いてほしい、そんな事を思いながら窓の外を見つめていると、前方の御者がヴェルナーに呼び掛けた。
「軍人さん。前方からこちらに近づいて来る馬車があるんだが。」
不思議そうな声色でヴェルナーに知らせてくる。ヴェルナーは、窓を開け顔をのぞかせつつ、御者に聞き返した。
「馬車?唯の往来じゃないのか?」
「いや、こちらに合図を送ってます。それにあの旗……、たしかヨドの駐屯兵団のものだ。」
ヨドの駐屯兵団と聞いて、ヴェルナーは御者が不思議そうにしている理由を理解した。確かに兵士が一般の旅客馬車に近づいて来るのは妙だ。
「そのまま近づいてくれ。街で何かあったのかもしれない。」
御者に指示すると、馬車はそのままゆっくりと前方からの軍事馬車に近づいた。
「なにかあったのかしら?」
外の異常を感じて、カテラが不安気に尋ねてくる。
「わかりません。……厄介事じゃないといいんですが。」
至近距離までやってくると、馬車から数人の兵士が降りてきた。その内の将校帽を被った若い男が、こちらに近づいて来る。その声が馬車の中にも届いた。
「我々はこの先のヨドの駐屯兵団だ。申し訳ないが現在諸事情により検問を敷いている。乗客の顔と素性を提示してもらえるか。」
その男は、御者に向かって問いかけたのだが、それに真っ先に反応したのは、さっきまで石のように動かなかったアイリだった。
「その声……、嘘!ビル!?」
アイリは勢いよく立ちあがると、ヴェルナーが覗きこんでいた窓から身を乗り出し、馬車の前に仁王立ちしていた軍人を凝視した。軍人もまた顔を覗かせたアイリをじっと見る。
「アイリか……、という事は、カテラ殿もご一緒だな。」
そう言うと軍人は勝ち誇った様ににやりと笑う。そして後方の兵士に命令を下した。
「罪人を発見した!件の女性とその娘以外を捕縛せよ!」
様子見をしていたヴェルナーは、一瞬この男が何を言っているか理解できなかった。罪人?捕縛?その意味を理解できたのは、けたたましい音と共に馬車の扉が開かれ、武器を持った兵士が数名なだれ込んできた時だった。
「なっ!?なんだよ!?」
突然乗り込んできた兵を前に、一番入口に近い席に座っていたバズが飛び上がる。しかし、狭い車内で出入り口も塞がれた状態では、抵抗する事も出来ずなすすべなく押さえつけられた。続いて、奥に座っていたヴェルナーにも兵の手が伸びる。窓から逃げ出す事も考えたが、馬車自体包囲されている状態では無駄なあがきだろう。大人しく拘束されると、バズもろとも乱暴に馬車から吐き出された。
「痛ってぇ!」
バズの苛立った声が聞こえたかと思うと、兵は素早い手つきで二人の腕に錠を掛けた。隣には同じく捕まったと思われる御者の男が錠を掛けられている。周りを武装した兵に囲まれ、身動きが取れなくなったところで、先ほどの将校帽を被った軍人が近づいて来た。その後方には同じく包囲されたアイリとカテラの姿が見える。ヴェルナーたちのように無理やり拘束されてはいないようで、こちらの様子を危惧していた。
「こいつらだけか?」
「はい。車内には二名だけです。」
男が近くにいた兵に確認を取ると、ヴェルナーたちを一瞥した。線の整った顔立ちで、育ちもよさそうだが、その高圧的な視線はまさしく軍人のそれだ。
「俺たちが罪人だと?何を根拠に?」
ヴェルナーが唸るように吐き捨てると、男はそれに臆することもなく冷笑を浮かべた。
「軍本部より通達があってな。数日の間に、この街道を貴族のご婦人を拐かし、連れ回している不逞の輩が通過するので、ヨドで待ち伏せし捕縛しろとの命令だ。」
「なに!?」
ヴェルナーだけでなく、そこにいた一行全員が愕然とした。貴族の婦人とはおそらくカテラの事あろう。それを誘拐し連れ回している?一体何の事だ。真っ先に反論したのは、男の後ろに控えていたカテラだ。
「何を言っているのです!?私は拐かされてなどおりませんし、無理やり連れ回されたのではありません!それに、この方たちは私が正式に依頼した護衛の方たちです!」
当事者のカテラの訴えにも男は眉一つ動かさない。それどころか、
「申し訳ありませんがカテラ殿、貴殿が突然ジュンア家の邸宅から何の言及もなく姿を消した事は、周囲の人間から聞き及んでおります。そのような方の発言を安易に信じるわけにはまいりません。それに、『正式に』とおっしゃいますが、どこに対してのお言葉でしょうか?」
実に落ち着きを払った態度でカテラに追及する。護衛を雇った件に関しては、ヴェルナーが付言した。
「ここより北のグリアモという町の駐屯兵団だ。彼女、カテラ=ジュンア殿の護衛の依頼に関してはそこの団長であるローラント=セルシム少佐が承諾し、認知している。俺はそこの駐屯兵、ヴェルナー=ライトロウ中尉だ。これは正式な軍役に値する!」
たとえ軍本部に知らせなくとも、駐屯兵団がその任地を訪れた旅人の護衛を担うのはよくある任で、決して違反などではないはずだ。バズは軍役の無い一般市民だが、それすらもセルシムは承認している。ヴェルナーたちに過失など無ければ、捕らえられるいわれもない。強い口調で訴えるにも関わらず、尚も男はその挙動を翻さない。
「駐屯兵団か、……ふっ。」
「何がおかしい……!」
男は一瞬眉を寄せたが、すぐにあの勝ち誇ったような笑みに戻った。なぜこうも余裕に構えているのか、ヴェルナーはこちらだけが理解できていないようで気分を害した。そもそも、軍服を着用しており明らかに軍の関係者だとわかるヴェルナーを問答無用で拘束している時点で異常だ。明らかにおかしい。そしてその予想はものの見事に的中した。
「中尉殿。悪いが何を言っているか理解しかねる。これは軍本部からの要請なのだ。これがどういう意味を持つか、軍籍に名を連ねる貴公ならわかっていると思うがね?」
「なっ……!?」
ヴェルナーは絶句した。つまりこいつはヴェルナーが正当な軍の任で出動したにもかかわらず、さらに上層の権力でそれをもみ消そうとしているのだ。ヴェルナーが誰であろうと誰の命を受けていようと関係ない、ただ本部の意向に従うのみだということか。
すると、今まで黙っていたアイリが男に抗議した。
「ビル!あなた何考えてるのよ!?本部の要請ってどういうことか説明してよ!」
「アイリ、悪いがここでどうこう説明してやるほど俺は暇じゃない。全く、突然休暇を取ったと思ったら、こんな奴らと仲良く旅行とはな。跳ねっ返りもほどほどにしてくれ。」
そう言って、男は蔑む目でこちらを見る。
「こんな奴らってなんだよ!こんな奴らって!」
理不尽な拘束と物言いに頭の糸が切れたのか、バズも息を荒くして反論する。一方で、ヴェルナーはアイリとこの男の会話に違和感を抱いていた。雰囲気はお互い殺伐としているのだが、その口調は妙に親しげだからだ。意を決して、男の肩越しからアイリに尋ねる。
「アイリ、この男知り合いか?」
「えっ、……ええと。」
言い淀むアイリに代わって答えをくれたのは男の方だった。
「俺は、本来トランベル駐在のオルセン軍本部の兵だ。名はビルト=ライム、階級は大尉。付け加えるなら、そこにいるアイリ=ジュンアの婚約者だ。」
「はっ!?婚約者!?」
ヴェルナーにとっては、今日一番の衝撃の事実だったかもしれない。たしかに貴族なら婚約者がいてもおかしくないが、まさかアイリにもいたとは思わなかった。
「ともかくもこうしていては埒が明かない。おい、こいつらを護送車で連れて行け。そこにいるご令嬢方も、駐屯地まで案内しろ。」
男、ビルト=ライムが指示を出すと、すぐさま兵たちが動き出した。ヴェルナーたちは、乱暴に立たされ引っ張られて護送車へと連れて行かれた。道中バズは体をめちゃくちゃに暴れさせて抵抗していたが、それも無駄に終わり、兵たちは三人を車内に投げ込むと勢いよく扉を閉めた。




