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第四章 風に舞って(4)

 目が覚めると、そこはバズたちが泊っていた宿屋だった。眼前に薄汚れた天井が見える。どうやらここはベッドの上らしい。


「気がついたか。」


 隣から声がして、首を傾けると、そこには向かいのベッドに腰掛けているヴェルナーがいた。照明の加減だろうか、心なしかやつれた顔をしている。


「俺は……!っ痛ぇ!」


 起き上がろうとすると全身に鈍い痛みが走った。体が自分の物とは思えないくらい重い。


「まだ完全に治癒されてないんだ。大人しく寝てろ。」


 ヴェルナーが諭すように言うと、バズは素直に横になったまま、返事をする。


「……俺一体どうしたんだっけ?」


 意識が朦朧として、先ほどまでの事がよく思い出せない。ヴェルナーもわからんと頭を振った。


「俺は突然巨大な火柱が立ったのを見て様子を見に行ったんだ。そしたらすぐ傍で傷だらけで倒れていたお前を発見した。俺と―――アイリはすぐにお前をここに運んで、そしてカテラさんに治療してもらった。俺が話せるのはそれくらいだ。」


 ヴェルナーの言葉の断片をゆっくりと反復する。倒れていた、火柱、火、風、焼ける音、男たち、少女―――、


「―――!レイン!レインは!?」


 突然ガバッと起き上がったバズに、ヴェルナーはのけぞった。レイン?と聞き返すヴェルナーに、体の痛みも忘れてまくしたてる。


「女の子がいたはずなんだ。俺より少し年下で、長い髪に褐色の肌の!物騒な連中に絡まれて、その子を助けようとして、それで―――!」


 それで、自分は連中に袋叩きにされ動けなくなったところで、どこかから風が吹き連中を吹き飛ばした。それだけでなく、突然舞いあがった炎で無残にも男たちは焼かれたのだ。


「……公園に駆け付けた時はお前しかいなかったよ。人も集まりかけてたし、まずいと思ってお前抱えてすぐ逃げたから、周りに誰かいてもわからなかったと思う。」


 それを聞いてバズは愕然とした。レインはいなかった?確かにあの時まで自分と一緒にいたはずなのに、今日確かに自分はあの子と行動を共にしたのに―――。今日一晩の出来事が、まるで夢だったかのように、バズの中で現実味を失くしていく。よほどバズが青い顔をしていたのか、ヴェルナーはバズを無理やりベッドに寝かしつけた。


「とにかく今日はもう寝ろ。明日は予定変更して昼ごろの出発にする。宿屋の店主に聞いたら、ヨドへはここからなら数時間で着けるそうだから。」


 そういうとヴェルナーはバズを残して部屋を出ようとする。そういえばヴェルナーも出かける前となんだか雰囲気が違う。行く前は難しい問題で悩んでいるような顔をしていたが、今は―――。ふと、ヴェルナーの背が片目にしか映っていない事に気付いた。左目に手を持っていくと、そこには付け慣れた眼帯の感触がある。


「その眼帯ならお前が倒れてた所のすぐ近くに落ちてたぞ。壊れてたみたいだから、適当に直しといた。」


 それを寝ている間に付け直してくれたらしい。普段寝る時まで眼帯を外そうとしなかったバズへの配慮だろう。その気遣いにバズはなぜか心が痛んだ。

 ヴェルナーがいなくなってから、ベッドに横になって今夜の出来事の事を考えていた。あの巨大な火柱は何だったのか。酒場で見た風を操るレイン。彼女はそれを記述術だと言っていた。意識を失う寸前に聞いた、およそ少女のものとは思えない声。そして、あの鳥に似た火の粉、あれがおそらく彼女の言う『アイノナ』だったのだろう。炎を纏った『アイノナ』は、レインを―――いや、バズを傷つけた男たちに容赦なく襲いかかった。では、男たちはどうなったのか、レインはどこに行ったのか―――。考えても考えても、答えは出ずバズの脳内をぐるぐると駆け巡った。

 唯一つ、わかっていることは、自分はあの少女を最後まで守ることができなかったということだ。故郷に帰れなくとも、旅と踊りが好きだと笑っていたあの少女の行く末を守りきることが、バズにはできなかったのだ。


       ◆

 火柱が鎮火され、硝煙臭い空気がほのかに漂う公園に、一つの影が姿を見せた。月明かりに照らされたその風貌は、線の整った美丈夫だったが、時代錯誤の長いローブやずるずると長い髪がどこか異質な存在であることを物語っていた。男は手にした分厚い一冊の本をパラパラとめくると、誰に聞かせるでもなく独言した。


「いやはや、この娘にも困ったものだ。勝手にふらふらと放浪して、何故私が一々とっ捕まえねばならんのだ、全く―――。」


 ぶつぶつと愚痴り、後ろのベンチを振り返る。そこには、碧い目に長い黒髪、褐色の肌を持った美しい少女が座っていた。しかし、その瞳は開かれているものの生気はなく、まるで陶器の人形のようにぴくりとも動かなかった。


「おまけに、こんな大惨事まで起こして……、まぁ、予想外のものが見つかったので良しとしましょうか。」


 不機嫌そうに語っていたが、その言葉尻には薄ら笑いが含まれていた。せわしなくめくっていた本のページをある場所で止める。


「この少女と一緒にいた少年、バズというのですか、ふむ。そして彼を回収に来た女、これがアイリ=ジュンアと、なるほど。」


 ページを目で追いながら、一人で満足げに相槌を打つ男。しかし、ふとその顔が上げられ苦悶の表情を作る。


「しかし、どうにもわからない。あのアイリ=ジュンアと共に一緒に来た銀髪の男……。あれは一体何者だ?……そもそも、アイリ=ジュンアがここにいるのはわかるとして、何故バズがここにいる?こいつはグリアモにいるはずだが……。それに何故この二人が顔見知りなのだ?ううむ……。」


 考えれば考えるほど、わからないという顔をする。やがて、これ以上は埒が明かないとばかりに、本を勢いよく閉じた。


「まぁ追ってみればいずれわかるでしょう。とりあえずこれをリーシャの元に返さなければ。」


 そう言うと男は、ベンチに座っていた少女を抱え夜の闇に消えた。

第四章完結。

三章のラストの謎が解けたり、ちょっと怪しげな人物が出てきたり。

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