第二十五章 無駄なんかじゃない(3)
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瓦礫の雨が降り注ぐ。ヴェルナーとバズは左右に飛んでそれをかわした。すかさず軌道を変え襲ってくる凶器にヴェルナーは銃を構える。
『増殖 追撃 消滅』
銃口から幾百の銃弾が飛び出し、その一つ一つが無数の瓦礫を撃ち落とす。小さな爆発と衝突が起こり、辺り一帯に火花が散った。
舌打ちしたランドルフの後方から、鋭い一閃が迫る。逆側に避けたバズが槍を薙いだが、寸でのところで反応したランドルフは、身体を捻ってこれを避ける。
バズの俊足の槍撃とヴェルナーの破格の銃撃、それを同時に受けつつも、ランドルフは瓦礫と岩の盾、そして猛獣にも勝る鋭い勘でこれを回避していた。有効な一打を与えられないまま、無情にも時は過ぎる。圧しているのは間違いなく二人の方なのに、息一つ乱さないランドルフと対照的に、二人は次第に追いつめられる。
「なんなんだよ、あいつ……!化け物か」
バズが悪態をつく横で、ヴェルナーも相当焦っていた。右手に構えた銃を見下ろす。先ほどから何発も「記述」を込めた規格外の弾を撃っていたせいで、銃のフォルムがガタガタになっていた。撃てるのはこの銃で後一発。もう片方の銃もせいぜい後二発。これ以上戦闘が長引けば、不利になっていくのはヴェルナーの方だった。
「なんだなんだ、二人がかりでもう終わりかよ、ああ!?」
砂塵の向こうで勝ち誇ったように叫ぶランドルフに、怒り以上に焦燥が湧いて来る。
「結局てめえは、サイフォスの劣化品か。記述者の力を持ってると言っても、何一つ使いこなしてねぇじゃねぇか」
「……っ!」
ケタケタと笑うランドルフに、ヴェルナーは言い返す事が出来ない。そうだ、自分はまだこの力を完全に使いこなせていない。「記述」という力の本質を、ヴェルナーはまだわかっていない。例えばこれがパヴコヴィックであったら、目の前にいるこの男など歯牙にもかけぬ位強力な記述術を以て一蹴できるだろう。
悔しい。また何も出来ぬまま、なにも守れないまま終わるのは、―――
「―――絶対に嫌だ」
「……バズ?」
槍を立ててバズが立ち上がった。その瞳はまだ死んでいない、轟々と燃えたぎる炎が宿り、敵であるランドルフをまっすぐに見据えている。
「ヴェルナー、俺は絶対に嫌だ。もう、なにも出来ずに終わるのは絶対に嫌だ」
「バズ……」
彼の心には何が思い描かれているのだろうか。二年前に助けられなかったレインの事、向こうで怯えている一時でも仲間として行動を共にした連中の事。グリアモの事。
彼は強くなった。二年前見た、戦争で怯えていた少年とは違う。助けられなかったと泣いていた少年とは違う。この二年、ヴェルナーはバズに何があったのかを知らない。でも、バズはバズなりに前に進んだ、必死に何かを求めてあがいていたのだ。
ヴェルナーは考える。自分はあの旅を経て何が変わったか、何を望むようになったか、そして、何をするべきなのか。
書架へ飛んで世界の真実を知り、再びこの世界へ戻って何が変わったか、どう変わらなければならないのか。
報いなければならないと思う。自分のいない間変わってしまった人たちのために、このすぎた二年という時が無駄ではなかった事をヴェルナー自身も証明したい。
―――ヴェルナー、「記述」の生成と攻撃、両方やろうとするから難しくなるんだ。君はまだ慣れてない。どちらか片方に集中しなさい。
また頭の中にサイフォスの声が響いた。助言の意味を理解すると、ヴェルナーはバズに目を向ける。
「バズ、その槍貸してくれ」
バズはきょとんとして、ヴェルナーの要望を聞いた。おずおずと自分の槍をこちらに掲げる。
ヴェルナーは槍の柄を握ると、その右手から強く強く金糸を放った。
『増幅 伸長 衝破 烈風』
金糸は槍に絡みつき、その刀身に「記述」を刻む。途端に槍が煌々と光り出し、バズは目を見開いた。
「なっ……!?なんだ!?」
愛用の槍の異変にバズが目を白黒させていると、そこに一際大きな岩雪崩が炸裂した。ヴェルナーは迷わず、銃を構えその全てを撃ち落とす。バラバラと岩が砂になって崩れていくとともに、ヴェルナーの持っていた銃から煙が上がった。もうこの銃はこれ以上使えない。笑みを浮かべたランドルフ、それでもヴェルナーは勝機を捨てない。
「バズ!やれ!」
「えっ!?何!?」
「思い切り踏み込め!俺が援護するから!」
状況の飲み込めていないバズだったが、ヴェルナーの言葉を信じ、思い切り飛び出した。目指すはランドルフの元、バズが強く槍を握りしめると、それに呼応するかのように槍が再び強く光を放ちだした。
「―――!?」
力が満ちる。切っ先が輝きだし、ランドルフさえもその変化に目を向いた。慌てて岩の壁を構築するが、時はすでに遅かった。
「―――だりゃあ!!!」
バズが渾身の力を振り絞って槍を振った。ヴェルナーはそれに合わせて、槍に込めた「記述」の力を解放した。
―――――――――
これまでで一番凄まじい衝撃波と閃光。「記述」を昇華する事だけに専念したヴェルナーと、渾身の力で槍を振ったバズによって放たれた烈風のかまいたちは、地面を砂塵を裂き、ランドルフの前に立ちはだかった岩壁さえも切り裂いて、男の元に届いた。
「なっ!?―――ぎゃあああ!!!」
ランドルフの悲鳴は、耳が割れるほどの轟音にかき消された。強力な突風の余波が、ヴェルナーの元にも届き、身体を持って行かれそうになるのを何とか踏みとどまってこらえた。
嵐の通り過ぎた刹那の後、地面には巨大な裂傷、そして、その先で血まみれになり荒い息を吐くランドルフがいた。
槍から放たれた衝撃波に、それを放ったバズは茫然と座り込んでいる。ヴェルナーはその隣に駆け寄り、彼を起こした。
「ヴェ、ルナー、い、今の……」
何が何だかわからない、といった様子で、バズは自分の槍と側に立つヴェルナーを見上げている。ヴェルナーは何も言わず、ただ彼ににやりと笑いかけた。
「……てめえ、ら……よく、も、やりやがっ―――」
「今の食らって意識があんのか。相当タフな奴だな」
ランドルフはすでに立ち上がる事が出来ないのか、がっくりと膝をついたまま、こちらを鬼の形相で睨みつけているだけだった。額には尋常でない脂汗を滲ませ、息も絶え絶えに血を吐いた。
もはや虫の息の憎らしき男でもヴェルナーは警戒を解く事無く、慎重に近づきその苦々しげな顔を見下ろした。そんなランドルフもまた窮地に立たされる中で、不敵に笑う。
「やっぱり……、ライトロウは、……悪魔だ。サイフォスも……、お前も!!」
「悪魔だと?どの口がほざく。この世界を破壊しようと、人間を玩び傷つけるお前が!」
怒りに震えヴェルナーは叫んだ。だが、その言葉を聞いて、ランドルフは何故か声を荒げて笑い出した。
「何が可笑しい!!?」
「あはは!!何がだと!?これのどこが笑わずにいられるってんだ!?」
傷が開くのも構わずランドルフはゲラゲラと笑い転げる。血反吐を吐きながらそれでも笑い続けるランドルフに、ヴェルナーは狂気を感じ本能的に後退した。
何だ、何故こいつはこんなに―――
「先に……、先に手を出したのはお前らの方じゃねえか!その言葉!そっくりそのまま返してやるよ!!」
「何……?」
ヴェルナーの中に違和感が湧きあがった。先に手を出した?一体何の事だ?そう思った瞬間、ヴェルナーの中で感情がくぐもった。ヴェルナーとは違う主の感情、この主は、
「……サイフォス?」
ヴェルナーの中にサイフォスの感情が流れ込んでくる。
自責、後悔、罪悪、―――懺悔。
その感覚に目の前の男への怒りは掻き消え戸惑いが生まれた。どうして、サイフォスはこんなことを思うのかわからない。聞こうにも、サイフォスは黙り込んだままだった。こんな時に限って、サイフォスは話しかけてこない。
「―――!?ヴェルナー!!」
バズの叫びでヴェルナーは我に返った。何事かと周りを見回したその時、ヴェルナーは突然現れた強力な突風に吹き飛ばされた。
ランドルフの傍からはるか後方に吹き飛ばされたヴェルナーは、痛みを呻きつつ立ち上がる。その傍に駆け寄ってきたバズと共に、奇襲の正体を探し、そしてその姿を見つけた。
「―――!?レイン!!」
ランドルフの側、地上から数センチ浮上した所にかつてメテルリオンで見た小柄な影を見た。レインは相変わらず生気の無い人形の様な瞳でこちらを一瞥し、ランドルフを庇うように立った。さらにその隣に、もう一人、ヴェルナーの見知らぬ影がレインに寄り添う。
「まったく、ランドルフったら記述者もどきにやられるなんて、馬鹿ねぇ」
それはレインより少し幼い少女だった。だが、雰囲気はおよそ少女には思えない。妖艶で怪しげな、歪な形をした少女の様な何か。彼女はレインの髪を玩びながら、後ろに座りこんでいるランドルフに小馬鹿にしたように微笑みかけた。
「……っ、リーシャ!」
バズが叫ぶ。憎しみを湛えたその声音から、この少女こそがレインを操り、バズを唆したという件の女である事を知る。
ヴェルナーも一度聞いていた。リーシャ=アルドネート、ソフィアのいた世界の消去者、シャスティに使えていたという記述師―――。
「リーシャ……、てめえ、何しに……ここに来た、俺は―――」
「そんな満身創痍で凄んだって怖くないわよランドルフ?あんたに死なれちゃ困るから助けに来たの。さ、今日のところはさっさと引き上げなさい?モーゼンテルの暴動なら、あとは私が適当にしといてあげるから」
そう言うと、リーシャはレインの風を使ってランドルフの身体を抱えふわりと浮きあがった。逃がす気だ。バズがそれを止めようと叫ぶ。
「待て!リーシャ!」
「あら、バズ君。残念だったわね、暴動結局失敗したみたいじゃない?それじゃあ、この子は返せないわね」
リーシャは愛おしそうにレインに頬ずりをしながら、バズを嘲りの目で見下ろした。どこまでも人を煽るような表情を浮かべながら。
「ふざけるな!俺を騙してたくせに!レインを返せ!」
「騙す?何を言ってるのかしら?私はあなたにきちんと条件を提示したじゃない。約束は何も違えていないわよ、この暴動が成功したらレインを解放してあげるって。裏切ったのはあなたでしょ?」
絶句するバズに、ヴェルナーも我慢できなくなり、バズの前に躍り出た。ヴェルナーは激情を湛えその女を見上げるが、それと対照的にリーシャはヴェルナーを憎悪と蔑みを含んだ冷めた目で見下した。
「……あんたが記述者の力を持ったって男?……ふーん」
「何だ?」
「……「記述」の幻影の分際で、シャスティ様と同じ力を持つなんてどういうつもり?気に入らない」
リーシャははっきりと断言した。舌ったらずの少女は、心底気に食わないとヴェルナーに敵意を向ける。ヴェルナーは戦慄した。それは今までヴェルナーが向けられてきた敵意とはどこか違う、濁りのない純粋な殺意だったからだ。それはまるで子供の我儘のような、純粋な心から生まれた殺意―――。
「……まあ、いいわ。今日のところは他にやる事があるから見逃してあげる。でも忘れないで、私はあんたが大っきらい。シャスティ様を手にかけた男の仲間なんて、今ここでその身体ズタズタに引き裂いて内臓ぶちまけてやりたいところよ」
リーシャは吐き捨てると、レインとランドルフから距離をとった。途端に二人の身体が竜巻に包まれる。
「―――レイン!」
バズの呼びかけも空しく、意識の虚ろなレインと傷だらけのランドルフの姿が跡形も無く掻き消えた。リーシャもまた、宙を漂ったまま、高速で旋回する。向かう先は混乱の止まないモーゼンテルの町中。
「待て!」
ヴェルナーはすぐに踵を返し、リーシャの後を追った。




