第二十五章 無駄なんかじゃない(2)
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連続的に起こった爆発によって貴族街では轟々と火を燃え上がっていたが、ようやく勢いが収まってきた。貴族たちはあらかた救出し、一連の騒動を引き起こしたと思われる使用人たちも拘束した。
ドメルト率いる兵たちの迅速な対応により、貴族街の方は事態が収拾しつつある。ドメルトもその事に安堵し、救助された貴族たちの元へと訪れる。休日の昼間という事もあって、屋敷で寛いでいた者たちも多く、突然の爆発に状況の飲み込めていない者やひたすら悪態をつく者など様々だった。だが、あの騒ぎで怪我も無く済んだだけ、彼らは幸福だ。ドメルトはそんな貴族たちの顔ぶれを見てふと眉を寄せる。先日ドメルトが会ったアーベント卿の姿が見当たらない。屋敷を離れていたのだろうか、と疑問に思い、今度はアーベント邸で働いていたとみられる容疑者の使用人たちの元へと向かった。
手錠や縄で拘束されている使用人たちは、憎しみをこめた顔で近づいて来たドメルトを睨み上げた。やつれた顔をし、目の下に隈が出来ているにも関わらず、その瞳は「してやったり」という意思が深々と刻みこまれている。普段己を虐げている主人に一泡吹かせてやった、彼らもある意味今回の事件の被害者と言える。
「君たち、アーベント卿はどこに言ったか知らないか?」
ドメルトが尋ねると、使用人たちはお互いに顔を合わせ、やがて一人の女の使用人が口を開いた。
「あいつなら議会があると言って帝都に向かったよ」
主人の事を「あいつ」と呼称する辺り、彼らは相当アーベントに怨恨が溜っていた事がわかる。ドメルトも奴のあの性格なら仕方ないか、と半ば納得しかけたところで、ふと疑問が浮かんだ。
「待て、お前たち。アーベント卿が今日留守にするとわかっていたなら、なんでわざわざ今日計画を実行した?どうせなら奴がいる時に闇討ちすればいいだろうに」
「……さてね」
使用人ははぐらかして笑った。その笑みが何故かドメルトの背筋を凍らせる。そもそもこの爆発で貴族の死人は出ていない。みなうまい具合に被爆を回避し、向こう側で保護されている。彼らを本気で殺す気なら、こんな真昼間に事を起こすのはおかしい。モーゼンテルの貴族の親玉ともいえるアーベントが不在というのも不自然だ。
―――まさかこいつら……。
ドメルトが嫌な予感に身を震わせた時、伝令の兵が彼の元に到着した。息を切らしながら兵はドメルトに報告を寄越す。
「隊長!申し上げます、先ほど中心街の方で謎の黒マントの集団が貴族の物らしき馬車を襲撃したとの報告です」
「なに!?」
「所有者はアーベント卿であったと見受けられます。卿は集団がはち合わせた兵に気をとられた隙に馬車を離れて逃げたと―――」
ドメルトは戦慄した。貴族街の爆発は囮だ。真の目的はアーベントの殺害、兵をこちらに集めて、その隙に町に出たアーベントを討つ気だった。町で襲ったのもおそらくは見せしめだ。
「すぐに町の全兵に知らせろ!町に逃げているというアーベント卿を捜索、保護せよ!」
アーベントはドメルトにとっても気に食わない人間だ。だが、あんな男でも議会の中枢を担う要人。彼が組織に殺害されたならば、それはただの暴動ではない。政治問題にも発展する革命だ。世間に知られれば軍もただでは済まされない。
部下に指示を出しつつ、ドメルトも貴族街を飛び出した。町は突然の爆破騒ぎに騒然としている。
人込みをかき分け街の最も栄えた商店街へと踏み込んだとき、はるか上空から叫び声が聞こえた。
「お前たち!こんなことして、どうなるかわかってるのか!」
恐怖に我を忘れた男の声、ドメルトは立ち止まりその出所を探る。声は自分よりはるかに高いところから響いてきた、建物の屋上か?いや、もっと上だ。
勘付いたドメルトは、周りの建物のさらに上、この町の中心にそびえたつ時計塔を見上げた。
天高くそびえたつ時計塔、その頂点に取り付けられた文字盤は間もなく正午を示そうとしている。その麓の縁に見覚えのある影が見えた。
「―――!アーベント卿!」
アーベントは一人ではなかった。彼を追い詰めるように、じりじりと黒マントの武装集団がにじり寄る。アーベントは行き場をなくし、時計塔の手すり部分に必死にしがみついていた。
「くそっ!何であんなところに!」
―――まずい。
今から時計塔を登っても間に合うわけがないが、ドメルトは必死で時計塔へと駆け出した。そうこうしているうちに、黒マントの一人が、アーベントに銃を向けた。何もかもが手遅れだったと、ドメルトが諦め目を閉じかけた瞬間、彼の側を高速の水流が駆け抜けた。
「!?」
水流は重力に逆らって時計塔の壁を登り、瞬く間にアーベントの元へと到着した。そして、その勢いのまま水流が黒マントの集団を飲み込んむ。
上空で悲鳴が上がる。突然襲い掛かってきた謎の激流になすすべなく倒れ伏す男たち。だが、残されたアーベントもまた突然の事態に驚いてバランスを崩し、その体が宙へ投げ出された。
「アーベント卿!!」
ゴーン、ゴーン
十二時の鐘がドメルトの絶叫をかき消した。アーベントは悲鳴を上げ地面へと急転直下で落下する。
「ソフィア君!」
誰かの声が聞こえた。その瞬間、アーベントの体が時計塔の中腹で不自然に停滞した。
アーベントは、何かに吊られたように速度を落とし、ゆっくりと地面に着地した。傍にいたドメルトは何が何だかわからず、その情景を茫然と眺めている。――と、
「博士、これでよかったですか?」
「ああ、上等だ。君もなかなか上手くなったもんだ」
がたがたと震え、顔をゆがませるアーベントの元へ、二人の人間が近づいてきた。一人は真っ白なコートに白銀の髪の女性、もう一人は十代前半の少年、その少年の方にドメルトは目を丸くする。
「―――パヴコヴィック博士、でしょうか?」
こちらに気づいた少年は、ドメルトの顔を確認すると破顔した。その笑顔は、少年とは思えないほど穏やかで深い、先日パヴコヴィック博士が軍部に顔を出した時に、垣間見た少年の顔と一致した。
「これはこれは第一連隊長殿。いやはや、間一髪でしたな」
「いえ、あなたは―――なぜここに?」
「少しね、とある筋からここで暴動が起きるかもしれないと聞いて、数日この街に留まっていた。……間に合ってよかった」
放心状態になったアーベントをいわくありげに見つめつつ、パヴコヴィックは安堵の表情を見せた。




