第二十五章 無駄なんかじゃない(1)
初めてシュトラウツァでランドルフと対峙した時、奴は得体のしれない力を使い、ヴェルナーたちを翻弄した。ヴェルナーはその力が恐ろしかった。あの時パヴコヴィックがいなければ、ヴェルナーは殺されていた。手も足も出なかった、それほどまでに遠い存在だった。
だが今ならわかる、この男の力の根源が。どうすればこの男に太刀打ちできるかも。
「あいつ……!前に研究所にいた…!」
バズもランドルフの正体に気づいた。研究所を襲い、パヴコヴィックと対峙していた姿を思い出し総毛立っている。ランドルフは顔を青ざめさせているバズに気づき、愉快そうに口角を上げた。
「よお坊主、お前なかなかいい働きをしてくれたじゃねぇか」
「……なんだと……?」
「正直、俺はこの作戦には反対だったんだよ。なんでわざわざ人間使って騒ぎ起こす必要がある?オルセン帝国の転覆なんて俺らや記述人形使えば、一発で終わる話じゃねぇか。でも、確かにこりゃ傑作だわ。リーシャが楽しそうに推し進めてたのもわかる」
「リーシャ!?お前、リーシャの仲間なのか!?」
「何だよお前?知らなかったのか?」
ランドルフはまた可笑しそうに腹を抱えていた。一方のバズはこれ以上ない位青ざめて動かなくなった。その事にヴェルナーは無性に腹立たしくなって叫ぶ。
「ランドルフ、反政府組織の扇動の黒幕はお前らで間違い無いな!」
「ああ、そうだ。それがどうした?」
「こいつの知らないところでイシルの人間を引きこんでいたのもお前だな!いずれ明るみにして、オルセンとイシルの国際問題に発展したら、こいつの身元も明らかにして全部押し付ける気で!」
「―――ああ、そうだが?」
「そのためにレインとグリアモを出汁にして取引を持ちかけたな!何故だ!?なんでこいつを使う必要があったんだ!?」
レインとバズが偶然知り合いになったのだとしても、この暴動が記述書に書かれてあった事だったとしても、その役目がバズでなければならない理由にならない。罪をなすりつけるだけならやりようはいくらでもあったのに―――。
すると、ランドルフは少し黙りこんで、そして憎らしいほどはっきりと言った。
「決まってるだろ?それが一番面白そうだったからだよ」
「―――!」
その瞬間、ヴェルナーはすでに銃に「記述」を込めていた。ありったけの『破壊』込めて、ランドルフに向けてその殺意を照射した。先ほど大地を抉ったものとは比べ物にならない莫大なエネルギーの閃光が、今度はたった一人、ランドルフのもとへと容赦なく突き進む。他の者たちが驚いて散り散りになる中、ランドルフはそれを避ける事もせず、思い切り地面を踏みならした。
刹那、地響きと共にランドルフの周囲から幾本もの土柱が立った。亀裂を入れ、砂塵と石礫をまき散らし、湧きあがった巨大な柱がヴェルナーの放った渾身の一撃を受け止める。
閃光は幾つかの土柱を粉々に砕いた。が、それだけだ。肝心のランドルフの元には届かず、そこには無傷で笑う男と宙に浮く無数の破片があった。
「終わりか記述者?」
「てめぇ…!!」
「一個訂正しとくと、面白そうっつったのは、俺じゃなくてリーシャだぜ?ああ、リーシャってのは、あの殺戮人形の飼い主なんだがよ。まぁ根性悪いのは認めるよ」
「黙れ!」
ヴェルナーはもう一度銃を構える。だが、それよりも早くランドルフが動いた。無秩序に舞う石礫を徐に旋回させ始め、そして逃げ惑うバズの仲間たちに放つ。
「!?」
ヴェルナーは慌てて銃口をずらした。
『庇護 拡張 包囲』
確認する間もなく撃った。先ほどと同じ閃光は、男たちの元に辿りつくと巨大なドーム状に変形する。間一髪、彼らに降り注がんとしていた石礫がドームに阻まれバラバラと落ちた。彼らを守れた事に安堵する、と、
「人の事心配してる暇あんのか?」
すぐ近くで声が響いた。正面を向くと、巨大な岩柱を掲げたランドルフが迫る。慌てて避けようとするが、その隙も無く岩柱はヴェルナーの眼前に落とされた。
―――間にあわない。そう思った瞬間、横から何かが岩柱を弾き飛ばした。鈍い音共に目を見開くと、岩柱はあさっての方向に転げ落ち、ヴェルナーを庇うようにバズが槍を構えていた。
「バズ!?」
ヴェルナーとランドルフの間に割って入ったバズは、苦しそうな表情を浮かべながらもしっかりとランドルフを見据えていた。
「何だ、刃向うのか坊主」
ランドルフの脅しにもバズは堂々と槍を構えた。地面を蹴って大きく踏み込む。ランドルフの喉元に刃先を食いこませようとするも、寸でのところで飛来した破片に邪魔される。
「……っく……!」
旋回した石礫が今度はバズの頭上に降り注いだ。だが、バズは大槍を回転させて獲物全体を使ってそれを弾き飛ばす。零れた破片を地面を蹴って避け、再び的確な薙ぎて撃ち落とした。
―――凄い。
ヴェルナーは呆気にとられていた。バズと共に闘う事はあったが、こうして彼の闘う姿をまともに見たのは初めてかもしれない。俊敏な動きに無駄のない槍さばき、純粋な格闘ならおそらくヴェルナーでも敵わない。それほどまでに、洗礼された戦い方、改めてバズという男の強さを思い知る。
「……ちっ、うっとおしい!」
だが、苛立ちに燃えたランドルフが再び地面を踏みならした瞬間、地面の亀裂がバズの足を掬った。体勢を崩したバズの元に、ド級の大岩が放たれる。
「!?」
飛び出したヴェルナーは、大岩に銃弾を叩き込んだ。「記述」の込められた弾頭は大岩を砂粒レベルに分解し霧散させる。岩の向こうにあったランドルフの苦い顔が見えた。
「……ヴェルナー」
不意に隣から自分を呼ぶ声がした。隣では呼吸を乱しながらもしっかりと敵を見据える友がそこにいた。
「……俺は暴動を起こさせたかったわけじゃない」
「……わかってるよ」
「誰かを傷つけたかったわけじゃない。悲しませたかったわけじゃない」
「……ああ」
「笑って欲しかったんだ。レインやバルドだけじゃなくて、あいつらにも、それからお前にも」
「……そうか」
「―――ヴェルナー」
「何だ?」
「言うのが遅くなってごめん。
―――おかえり。お前が生きていてくれて、ホントによかった」
そう言って、バズが笑った。二年ぶりに見た本当の笑顔、ヴェルナーも同じように、笑った。
「行くぞ」
「おう!」
二人はお互いに頷き合って、ランドルフと対峙する。この国を陥れようとする者を倒すために。




