第二十四章 記述者の覚悟(6)
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モーゼンテルの町から煙が上がった。それは開戦の狼煙だった。
「動いたな」
モーゼンテルから一キロほど離れた地点に潜伏していたバズは、槍を構え仲間たちに告げる。
「モーゼンテルからの合図だ!行くぞ!」
低い鬨の声が上がり、バズが率いていた者たちが武器を取り一斉に立ち上がった。
目標はモーゼンテルの東門。仲間たちが町の内部で爆破騒動を起こし騒然となっているはずだ。貴族も軍も、貴族街への突然の強襲に混乱しているだろう。その隙をついて、バズたちは手薄になっているであろう入口から町を包囲する。目的は帝都議会に対する宣戦布告と、モーゼンテル代表議員アーベントの謀殺を知らしめること。そのためにモーゼンテルの住人を交渉材料として利用する。
無関係の市民を巻き込む事に心が痛まないわけではない。そんな迷いも後悔も、もう何百回と心に澱ませて、それでも前に進むと決めた。
もう迷いはない、唯一つ気がかりがあるとするならば、それはたった一人の友の事。
だがそれすらも、今のバズにとっては歩みを止められるようなものではない。些細な禍根もバズにとっては恐ろしくない。手配書を見たあの時から、バズの中で決意が固まった。
率いる軍勢は大きな唸りとなって、混沌に陥る町へと近づいていく。爆破の瘴気は、町の外にまで届いていた。断続的な爆発音にバズたちは無意識に高揚し心臓が高鳴る。
町の全貌が見えてきた。町が煙に覆われる。悲鳴が聞こえる。だがそんなものは序の口だ。これからさらに自分たちが彼らを絶望のどん底に叩き落とす事になるのだから。
「見えてきました!モーゼンテルの入口です!」
街道の砂塵が風に舞うなか、一人の男がモーゼンテルを指差して叫んだ。ガチャガチャと銃を構える音がする。各人が一斉に臨戦態勢に入り、モーゼンテルの入口を包囲しようと動いた時、その人影が見えた。
「おい!誰かいるぞ!」
男の叫び声につられて、風の吹きすさぶ入口を目を凝らして観察した。そこには確かに、一人の人間の姿があった。より近づいてその人影の正体が誰であるかが分かった瞬間、バズは凍りついた。
風に煽られながら毅然と佇む男は、銀の双眸を鋭く細め、恐ろしい形相でこちらを射抜く。
その視線にバズは金縛りにあったかのように動けなくなった。まるで地面と足を縫いつけられたように、一歩が踏み出せなくなる。
「―――ヴェルナー」
バズが名を呼んだ事に気づいたのだろうか。ヴェルナーの銅像の様に動かなかった身体が微かに動いた。ヴェルナーの表情は全くの無で、怒っているのか、悲しんでいるのかもわからない。ただその鋭い目で能面のまま、バズたちが来るのを待っていた。
程なくして、バズの周囲の仲間たちもヴェルナーの存在に気づき始める。最初は動揺と疑問。だが、ヴェルナーが軍服を着用している事がわかると、それは瞬く間に激怒と恐慌に変わった。
「軍人だ!」「軍部の奴が出てきやがった!」「殺せ!」「相手は一人だ!」
立て続けに罵倒が湧き、バズは慌てて彼らを制する。
「待て!撃つなお前ら!」
「何言ってんですかリーダー!相手は一人だ!」
「一人だからだ!罠を張っている可能性もある、銃を下ろせ!」
「……っ」
「下ろせ!」
今一度強く命令すると男たちは渋々銃を下ろした。だが、その顔には不満の色が目に見えて色濃く出ている。バズの判断に不服を唱えている。
何故ヴェルナーがここにいるのかわからない。彼らを納得させるためにも、慎重に交渉を行わなければならないが、自分にそれが出来るだろうか?目の前に立ちふさがるかつての友に対して、冷静な対話が見込めるのだろうか。
「……どうして、ここにいるんだ?」
覚悟を決めてヴェルナーに向き直ったバズは、かすれた声でそう言った。モーゼンテルで動きがある事を読まれ、軍部が手をまわしている可能性は考慮していたが、まさかヴェルナーがたった一人で入口を張っているなんて思いもよらなかった。
「……どうしてだと思う?」
「俺たちの動きを読んでたんじゃないのか?」
焦りが口調を濁らせる。対するヴェルナーは平然と、ただ平然と構えていた。
「読んだたわけじゃない。でも、わかったんだよ。お前たちが近づいている事が」
言葉の意味が理解できず、バズは困惑する。外の様子を察知したという事か?今町の中は大変な騒ぎになっているはずなのに。
「バズ。後ろの連中を引かせろ」
「……断る」
「悪いがお前らをこの町にいれるわけにはいかない。引け」
独善的な態度にバズは、迷わず槍を構えた。以前帝都で対峙した時と同様に、その切っ先をヴェルナーの鼻先に突きつける。今度は油断しない。歴然とした態度で、ヴェルナーと向き合った。
「それは聞けない。俺にも譲れないもんがあるんだ。どけ」
「……譲れないものって何だ?」
「前にも言ったはずだ。お前にはもう関係ない!」
「関係無い、か……。それは俺がオルセン帝国の人間だから言えないってことか?なあ、―――ルシアン=ラパトゥール」
―――!?
全く予想だにしなかった不意打ちに、バズは余裕も吹っ飛んで頭が真っ白になる。久しぶりに告げられるその名を、まるで何かの記号の様に聞いていた。
「ルシアン=ラパトゥール。それがお前の本当の名前だ。十二年前に現イシル共和国議長グラニエに処刑されたブノワ=ラパトゥールの息子。お前はイシルの人間だ、そうだろう?」
「どう、して……?」
どうしてヴェルナーがその名を知っているのか。理解が出来ずに青い顔で立ち尽くしているバズに、ヴェルナーは無機質な瞳を向けた。
「最初に疑いを持ったのは、メテルリオンに向かう途中お前と酒を飲んだ夜の事だ。お前はあの時、俺たち軍人さえ知らなかったイシルの兵器の名前を知っていた。オーリクの名前はオルセンの人間は知らない。知っているとすれば、それはイシルの人間なんじゃないかって」
「っ!」
「勿論確証はなかった。だが、お前がイシルの人間であるという事と、お前が何故イシルを離れたのかという事、それを調べた人間に全て教えてもらった」
「調べた人間……?」
バズはそんな人間に心当たりなどない。バズはこのオルセンに亡命してから、一度として故郷の事を明かさなかった。養母であるバルドにすら―――、
「先代のバルド=グロックがお前の事を調べていたんだよ。そしてバルドさんが、その遺書を預かっていた」
「先代……嘘だ、じっちゃんが……!」
バズを拾ってくれたバルドの養父、バズの事も本当の孫の様に可愛がってくれた。出会ってから一年後に、先代は病で亡くなったが、バズにとって彼はかけがえのない家族だった。
「先代はお前を『バルドグロック』に迎えるにあたって、死の間際までお前を調査していたらしい。勿論お前を糾弾するためじゃない、次代の当主となるお前の事を明らかにしておこうと思っただけだ」
「バルドは……?バルドはその事知って―――」
「バルドさんは知らない。お前が何者か、それを書いた先代の遺書をずっと開けずに持っていた。どうしてだかわかるか?」
バズは口を噤んだ。手がわなわなと震え、持っていた大槍を取り落としかけた。
「お前がこんな事をしているのは、祖国の為だからか?だからオルセンの人間には言えないってことか?」
「違う!」
バズは即答した。イシルの為じゃない、そんなことの為に、オルセンを潰そうとしているわけじゃない。
「ならお前は何のためにこんなことをしている?お前は何をしょい込んでる?」
「それは……!」
「バズ!」
槍を突き付けているのは自分の方なのに、気圧されたのはバズの方だ。怒りと恐怖に震えながら、倒れこみそうになるのを必死で抑える。
「もう一度言う。引け。この先に入れば、本当にお前は引き返せなくなるぞ」
今までの様に小規模なデモや襲撃なら、まだ政府も大々的な警戒体制は取らないだろう。だが公に町の包囲と宣戦布告を行えば、バズたちは完全に帝国に仇成す逆賊になる。完全なる革命運動として認知され、罰せられればおそらく死刑は免れない。でも、それでも―――
「……出来ない」
「どうして?」
「今俺が辞めたら、あの子が傷つく事になる」
『あの子』という言葉にヴェルナーは目を白黒させたが、やがて理解したように目を細める。
「……レインか?」
ヴェルナーの問いにバズは頷いた。
「二年前、動けるようになってから俺はお前とレインを探していた。俺は信じたくなかった、二人が死んだなんてそんなの嘘だって。そう思って、メテルリオンの方面をひたすら探しまわった。その時ある女に会ったんだ。その女がレインをあんな体にした。命令を聞き人を殺すためだけの殺戮人形にした」
「?どういう事だ?」
「そいつは記述師だった。幼かったレインに、自分の命を聞かせる「記述」を埋め込んでいい様に使ってたんだ!レインが故郷を追い出されたのも、ゼノで人を殺したのも、全部あいつがレインをそうさせたからだ。メテルリオンの暴走も、あの女が命じさせた事だった!レインは何も悪くない!
そいつが言ったんだ。自分はオルセンを潰す事が目的だ、次はこの子に直接オルセン帝国の都市を襲わせるって!」
「何……?」
「標的になった場所にはグリアモもあった!だから俺はそいつと取引したんだ!俺がオルセン帝国内で反乱分子を扇動して暴動を起こすのを手伝う代わりに、レインにこれ以上人殺しをさせないでくれって……!」
そしてバズは、この二年間で反政府組織を集め統率した。自分で扇動すれば、メテルリオンの時の様な無差別な殺戮を起こさせる事は絶対にさせない。そしてレインは自由になれる。あの女のいいなりになる事も無く、もうあんな悲しい思いをさせずに済む。祖国の為でもなく、死んだ家族の為でもない。グリアモにいる仲間と、二年前あの旅で偶然出会ったたった一人の女の子の為に、バズはここまでやってきた。
「もう少しなんだ。もう少しで、この革命は成功する。そうすればレインは自由になれるんだ。だからヴェルナー、俺に構うのはやめてくれ、俺の邪魔をしないでくれ。でないと―――」
バズは意を決し、取り落とした槍を構えなおした。
でないと、俺はお前を倒さなくちゃいけない。
槍の先端をかつての友に突き付けて、バズは強く歯を噛みしめる。
槍を突き付けられたヴェルナーはピクリとも動かなかった。俯いたままで表情が読み取れない。その様相にバズは少し恐怖を覚えた。そして―――
「お前はそれでいいのか?」
彼の目は静かな怒りを湛えていた。まるで奥底にマグマが湧いているみたいに、目が燃えていた。比喩ではなく、本当のマグマが。
武器を向けているのはバズなのに、引き下がったのはバズの方だった。ヴェルナーはこんな目をしていただろうか?目つきが悪いと再三からかっていたが、今の彼はそういう次元じゃない。もっと何か、別の恐ろしさを秘めていた。
「お前は自分の大切な奴の為に無関係の人間を傷つけようとしている。そんな犠牲の上に成り立った庇護で、レインやバルドさんが喜ぶと思ってるのか?」
「―――!?」
「今のお前を見てレインがどう感じるのか考えた事はあるのか?バルドさんがこの二年、どんな思いでお前の帰りを待っていたかわかるのか?」
「……さい」
「お前が守ろうとしている人間が、今のお前を見て悲しむ事は考えた事無かったのか!?」
「うるさい!」
バズは槍を振った。その切っ先は空を切る。一歩飛びのいたヴェルナーは、ひどく冷静な顔で―――銃を抜いた。
「バズ、一ついい事教えてやる。……そんなことしなくても、レインを助けられるって言ったらお前はどうする?」
「!?」
バズは戦慄した。ヴェルナーの言葉をありえない物の様に嚥下した。
「何言ってんだよ……?俺を馬鹿にしてんのか!?「記述」で操られてんだぞ!?助けられるわけ―――」
「「記述」で操られている人間でも助けられるって言ったらどうするんだ?」
「えっ……?」
「俺にその力があるって言ったらお前はどうする?」
何を言っているのかわからない。でも、ヴェルナーの目は真剣だった。困惑するバズをよそに、ヴェルナーはゆっくりと銃を構えた。狙うのはバズの後ろ、二人のやり取りを疑わしげに眺めているバズの仲間。
「―――!?やめろ!」
バズの悲鳴も空しく、ヴェルナーはその引き金を引いた。




