第二十四章 記述者の覚悟(4)
◆
それから二日が過ぎた。兵舎は依然暴動阻止のための対策に目まぐるしく動いていた。
通常の町中の巡回警護に加え、反乱分子が潜伏していそうなアジトの候補地の特定に、武器の収容場所の特定。第一連隊とモーゼンテルの駐屯兵団が共同で作業に当たる中で、ヴェルナーもドメルトの補佐として奮闘していた。が、
「見つかりませんね。奴らの足取り、見えなさ過ぎて逆に怖いですよ」
ドメルトのもとに報告に来た第一連隊の中尉が、ため息交じりに呟いた。ドメルトも報告書を一瞥しながら苦い顔で机に頬杖をついている。
「酒場や賭博場、それから売春宿にも検挙を行いましたが、いずれも反乱分子が潜伏・集会を行っていた形跡はありません」
「うち捨てられた廃ビルや廃工場なんかは当たってみたか?」
「はい、めぼしいところは調査してみましたがこちらも手ごたえなしです」
「山岳の方はどうなっている?」
ドメルトはもう一人報告にやってきた別の兵に問いかけた。彼は主に町の北部、山岳内を調査している兵であった。
「はい、林業組合にも協力を得て一斉捜索を行ってみましたが、業者が普段立ち入っている所以外は、ここ数年人が踏み入れた気配はありません。勿論業者にも調査しましたが、彼らが反政府組織に関わっている可能性はなさそうです」
「つまり奴らは山の方に隠れているわけではない、と」
そう言ってドメルトは机の上に広げたモーゼンテルの地図に印を付けた。その地図にはすでに怪しいと思われた場所には調査済みの印が付けられてた。もうめぼしいところは全て埋まってしまっている。
執務室に気まずい沈黙が流れる。ここ二日、必死にこの町を捜索して未だ手がかりはゼロだった。ヴェルナーはもう一度集められた情報に目を通す。
この町にいるはずの反乱分子が姿を見せない。単に町じゅうに散らばって一般人の中に溶け込んでいるというならまだ分かる。だが、この町に大量に持ち込まれたと思われる銃器と爆薬は、そう簡単に隠せるはずがない。必ずこの町のどこかに、それを収容しているアジトがあるはずなのだ。
「あとは町の外をしらみつぶしに探すか、あるいはモーゼンテルの市民全てに家宅捜索を行うか、ですが……さすがに収拾付きませんよ」
町方面を調査していた中尉が、お手上げといわんばかりに冗談交じりに言った。一同が気落ちする中で、ヴェルナーは赤い印をつけられた地図を真上から眺める。そしてある事に気づいた。
「この辺りは調べていないんですか?」
ヴェルナーが指をさしたのは、町の北西部、北の山岳のふもとで、中心地から少し離れた郊外だ。すると、ドメルトは気まずそうに目を反らした。
「ああ……、そこは調べられないんだ」
「調べられない?」
「そこは貴族の邸宅が密集している高級住宅地だ。基本的に貴族以外は立ち入らないし、軍部の人間が闊歩したら間違い無く貴族に非難される。街の景観を損ねるからやめてくれ、ってな。こないだ言ったアーベント卿の邸宅もこの辺りだっただろ?」
「そういえばそうでしたね」
先日ドメルト共に訪れたアーベントの屋敷を思い出しながら呟いた。
だが、いくら貴族に忌避されるからと言って、ここを調べないのではまずいのではないだろうか。
「ここに反乱分子が潜んでいる……なんてことは?」
貴族の邸宅なら組織の潜伏場所として申し分ない広さと設備がある。だが、兵の一人は「まさか」と苦笑いをした。
「いくら外部からの出入りもあるとはいえ、貴族の居住区でそんな物騒な輩がうろうろしていればさすがに目立ちますよ。貴族のどなたかが手を引いているというなら話は別でしょうが」
「或いは反乱分子の中に貴族がいるとか?まさかその人に『反乱分子を招き入れていますか』などと直接聞くわけにもいかないですしね」
二人の兵が苦笑いを浮かべる中で、ドメルトとヴェルナーは顔を見合わせた。
その顔にはお互い『何かが引っかかる』と書かれている。反政府組織の面々が足を運びそうな場所は全て調べた。酒場も賭博場も売春宿も、町にあるそう言った施設は全て。人の集まりそうな商店や公共施設にもすでに手は回してある。あとは各個人宅をしらみつぶしに当たる位だが、そもそも一般市民の家庭に大量の武器弾薬を隠しこめる家がそうそう無い。
だとすれば、残る道は『本来なら反政府組織が絶対に訪れないであろう場所』をあえて探す事、それしか方法は無い。
「……居住地に入れなくても、その周辺で聞き込みする位は出来るな」
「ですね。ここ半年貴族街に出入りしていた人間を洗うだけでも」
口で言うのは簡単だが、それは途方も無い労力だ。が、二人は頷き合うとすぐに出かける準備を始めた。きょとんとしてた兵たちに指示を出すと、ドメルトは引き出しから勲章を取り出しジャケットに取り付けた。
「お前たちは引き続き中心街と山岳方面の警護に当たってくれ」
「は、了解いたしました」
「行くぞ、大尉」
「はい」
ヴェルナーも慌ててドメルトの後をついて行った。
◆
時刻は午前十一時。お昼前の慌ただしい街の中でヴェルナーは貴族街近くの商店街をぶらついていた。ぶらついていた、というのはあまり良い表現ではないかもしれない。ドメルトが各方面に聞き込みを行っている間に、ヴェルナーは商店街を通る人間を観察する。どこの所得層の人間が多いか、仕事は何をしているか、表情は、人となりは、そしてどこを目指しているのか。傍を通る数人を観察すればその町の雰囲気というものがわかる。路上で暮らしていたヴェルナーはそれを見極めるのが得意だった。
しばらく歩いてみてわかった事は、この辺りの区域は一般市民の中でも比較的裕福な人間の生活範囲になっているという事。昼間のこの時間帯、彼らはほとんど中心街へ向かっていく。時には貴族らしき人々も馬車を使わず往来していることから治安はそれほど悪くない。表情も明るい、陰鬱な気配をあまり感じないのはここの住民たちがそれなりに生活をしている事の表れだろう。
少なくともヴェルナーが帝都で出会ったような、賊の気配を纏った野蛮な連中はここにはいない。
ヴェルナーは通りの向こうにある貴族街の門を見た。あの周辺には市民はあまり近寄らない。時折貴族が吸い込まれていくくらいで、なにも異常は無かった。
(やっぱり貴族街に奴らが潜伏しているわけないか)
あきらめムードで建物に寄り掛かっていると、
「……あれ?あんたこの間ここ通った軍人さんかい?」
声をかけられてヴェルナーははっと声の主を探した。すると、ヴェルナーが寄り掛かっていた建物のすぐ隣にある食糧販店から中年の恰幅のいい男性がこちらを覗きこんでいた。
突然話しかけられヴェルナーが目を丸くしていると、その男はカラッとした笑顔をこちらに向けてくる。
「いや、すまんすまん。さっきからぼうっとしているのが見えてさ。どっかで見た顔だな、と思ったんで声をかけちまった、悪いな」
「いえ…、あの、俺の事をどうして?」
「二日くらい前にもう一人の軍人さんと貴族街に入っていっただろ?軍人が貴族街に入るなんて珍しいなぁ、と思って見てたんだ」
それはおそらく、ヴェルナーとドメルトでアーベント邸へ行った時の事だろう。この男はその時ヴェルナーたちが貴族街の門を出入りするところを見ていたらしい。
「あんたはここの店の人間か?」
その問いに男は首肯した。
「ここで、毎日店開いているよ。だからここを通る人間をついつい観察しちまうんだ」
そう言って店主は粉や油まみれの手で頭を掻いた。彼はこの辺りを行き交う人間に詳しいのだと知ったヴェルナーは、ものは試しと彼に質問してみる。
「ひょっとして貴族街に出入りしている人たちも把握してたりするのか?」
ヴェルナーは通りの向こうにある貴族街への入口を指差した。店主は少し目を丸くしたが、すぐに柔和な笑みに戻りこう答える。
「ああ、俺は毎日ここに立ってるからねぇ。あそこに出入りしている人たちも見かけるよ」
「どんな奴らが来る?」
「どんな奴らって……そりゃあ貴族街なんだから貴族だよ。上等な服を着て背筋をピーンと伸ばした気位の高そうな人たちばかりさ」
「他に出入りする者はいるか?貴族以外で」
「他に……?そうだな、時折馬車で荷物を運びに来る御者なんかもいるけど、それにしたって、貴族に雇われた高級業の連中ばっかりだしな。俺みたいな小汚い商店やってる奴とは全く次元の違う連中さ」
「そうか……。なら、もしそういった人間とは違う人間がここを通ったら、あんたはすぐわかるのか?」
「わかるよ。昼間はずっとここで店開いてるし、夜になったらこの上の住居に戻るだけだ。もし貴族街に怪しい連中が入り込んだら、すぐわかると思うけどね」
自信満々に答えるのを見て、ヴェルナーは考え込む。この店主は先ほどヴェルナーが貴族街を訪れた軍人であると見抜いた。だとすれば店主が言っている事はおおよそ信頼に足る情報だ。反政府組織の様な輩がここから出入りする様子など彼なら一発でわかる。
だとすれば、反政府組織の人間が貴族街に潜伏しているという仮説はやはり外れなのだろうか。ヴェルナーががっくりとうなだれていると、店の中から中年の女性がひょっこりと顔を出した。
「あんた、今日配達するダーミッシュ様のとこのお酒ってどれだい?」
「蔵の入口のすぐ傍に置いてある木箱だ」
「もう出しといていいんかねぇ」
「もうすぐミリアちゃんたちが引き取りに来る時間じゃなかったか?だったら入口付近に置いといてくれ」
はいよ、と返事を返すと女性はさっと引き返してまた店の奥へと消えた。ヴェルナーの視線に気づいた店主は頭を掻く。
「今のは女房だ。悪いなあんな格好で」
店主と同じくエプロン姿に小麦粉を計量していて粉まみれになっていた女性を恥ずかしそうに紹介する店主。だが、ヴェルナーは別の事が引っかかる。
「いや。……あの、ダーミッシュ様のお酒って?」
「注文だよ。いつもダーミッシュっていうお貴族さまがうちの酒を御贔屓にしてくれるもんでね」
貴族でもこういった庶民の店で酒を注文する事もあるらしい。この店は貴族街のすぐ隣にあるからそういう注文も多いのだろう。
「あんたは貴族街に配達に行ったりするのか?」
「いやまさか!俺はあの門から向こうへは一度も足を踏み入れた事はねぇよ。うちで注文したものは、大体その家のメイドとか執事とか、下っ端の使用人が取りに来るんだ」
「使用人……?」
では先ほど話に出てきたミリアという女性が、いつも酒を取りに来るダーミッシュ家のメイドという事か。そこでヴェルナーの脳裏に新たな疑問が浮かぶ。
「……貴族邸の使用人って、どんな感じなんだ?」
「どんな感じって……使用人は使用人だよ。お金を稼ぐために貴族の屋敷に奉公に出ている子たちさ」
「そいつらって、よくここの門を出入りするのか?」
「そりゃあするさ。買い出しとかお使いとか、貴族街の外での雑務は大抵あの子らの仕事になるからね」
だとすると彼らは、貴族街で生活していながら下界の町にも顔を出し、尚且つ貴族街に出入りしても何の違和感も持たれない人間という事になる。
(なんだろう、何か引っかかる―――)
頭に浮かんだ何かを処理しきれないまま固まっていると、店の方で奥さんが店主を呼ぶ声がした。
「おっといけねぇ、そろそろ仕事に戻らねぇと。悪いな軍人さん、ベラベラと喋りこんじまって、もしかして任務中だったんじゃねぇのか?」
「いや、大丈夫だ。……あ、おやっさん。せっかくだからこれくれ」
慌てて消える店主を引きとめて、ヴェルナーは店の前に並べてあった小さなブリキ缶を手に取った。中からカラカラと音がする、砂糖菓子だ。代金を支払うと、店主は「まいどあり」と威勢のいい返事をして、今度こそ店の奥へと消えていった。その背中をしばらく見つめた後、ヴェルナーは通りを歩きだす。
大通りの一角で、難しそうな顔で唸っているドメルトを発見した。軍服に身を包み背筋を伸ばした厳つい男は、周りに威圧感を与え目立つ事この上ない。ドメルトがヴェルナーの方に気づくと勇ましい足取りでこちらに近づいて来た。
「街の様子はどうだった?」
「はい、この辺りは比較的裕福な層が生活していて、反政府組織の連中らしき影も見当たりませんでした。そんな雰囲気を出している人間も一瞥ではいませんでしたし、……あくまで俺個人の見解ですが」
そうか、と残念そうな顔をしたドメルトも、自身が街で聞き込みを行った事を話した。
「どうもこの辺りに棲んでいる一般市民は貴族街に立ち入る事はまずないらしい。以前平民の子供たちが貴族街に忍び込んでとある邸宅の調度品を誤って破損させ、えらい騒ぎになった事もあるそうだ。そのせいで貴族はより厳重に貴族街の出入りを徹底したそうでな。市民も貴族の報復を恐れて近づかないらしい」
「だとすれば、反政府組織の様ないかにもな連中が出入りしていれば、それこそ町じゅうで噂になりますよね」
それどころか普通の市民ですら迷いこめば騒ぎになる。やはり、貴族街には入り込んでいないとするのが妥当なのだろうか。
「隊長、反政府組織の人間は、黒と赤を基調とした服装や旗を掲げていると言っていましたよね?」
実際にヴェルナーが帝都ではち合わせた者たちも漆黒のマントに身を包んでいた。
「ああ、黒は不屈の色、赤は社会主義のシンボルカラーだな。連中は必ず身につけるもののどこかに、どちらかの色、或いは両方の色を取り入れている」
「でも、そうじゃない者もいますよね?」
そこまで軍に把握されているのに、律義にそうとわかる格好で闊歩するのは自殺行為だし、常に同じ格好をしているとも限らない。反政府のシンボルをはずして、こっそりとその時を待っている者たちも必ずいる。
「……隊長、一つ俺の仮説を聞いてもらっても?」
「いいぞ、何だ?」
「実は―――」
ヴェルナーが口を開きかけた時、辺り一帯に地響きのような呻り音が響いた。ヴェルナーやドメルトは勿論、大通りを歩いていた人々も足を止め何事かと天を仰いだ。
さらにもう一発、今度はあまりの衝撃に地面が僅かに揺れた。
「地震!?」
「いや、違う!これは―――」
驚愕したドメルトが何かを探すように空を仰ぐ。ヴェルナーもつられて上を向いた。
程なくしてそれは発見できた。宙に霧散する濁った黒煙の隆起、爆発の煙だ。どこから立ち上っているかを探ると、それはあろうことか貴族街の中から生まれ出ていた。
「隊長!」
ヴェルナーはドメルトに向き直る。ドメルトはこれ以上ないほど痛恨の意を示し舌打ちした。




