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第二十四章 記述者の覚悟(2)

 ◆

 全くひどい侮辱を受けたものだとアーベントは憤りに我を忘れていた。あの生意気な将校、ドメルトと言ったか。

 よくも、よくも。と呪詛のように呟きながら、アーベントは応接室の扉を乱暴に開けた。その近くで花瓶の花を取り換えていたメイドが「ひっ」と小さく悲鳴を上げて身を縮込める。その態度が妙に癇に障り、アーベントはその女に怒鳴り散らした。


「おい!俺の部屋に酒持ってこい!早くしろ!」

「は、はい!かしこまりました、旦那様」


 八つ当たりされたメイドは怯えた表情で頭を深く下げた。彼女が顔を上げる前に、アーベントはずかずかと廊下を歩く。途中何人かの使用人やメイドとすれ違ったが、視界に入っていないかのように無視し、時には乱暴に突き飛ばした。


 使用人たちは主人の虫の居所の悪さに、恐怖を感じながら内心どこかで諦観していた。あのえらそうな主人が自分たちの事を人間扱いしておらず、道端に群がる蟻と同じ位にしか思っていない事はここにいる人間なら誰でも知っている事だ。

 それでも、この主人に誰ひとり異を唱えない。金をもらい生きていくためには、こんな屑の人間にも使えなくてはいけない。


 酒を持ってこいと怒鳴られたメイドがゆっくりと顔を上げた。彼女も生きていくために、理不尽な主人に傅いている者の一人。だが、顔を上げた彼女の顔に塗られているのは、妙齢の女性には似つかわしくない憎悪の感情だった。

 彼女は光を灯さぬ目でアーベントが消えていった廊下の向こうを睨むと、彼とは反対方向へと歩き出した。先ほどとは一変し、彼女はまるで感情の無い人形のように、能面のままカタカタと機械的に歩を進める。


 メイドは地下の酒蔵に続く扉があるキッチンへ赴いた。そこには仲間の使用人が数人待機している。


「どうした?また旦那様から厄介事か?」

「ええ、酒を持ってこいですって。こんな真昼間から、いい御身分だわ」


 メイドが忌々しげに吐き捨てると、近くの使用人たちも呆れたように笑った。


「俺実はこっそり聞いてたんだよな。さっき来てた連隊の隊長が怒らせたらしい。随分コケにされて顔潰されたみたいだな」

「そう、いい気味ね。こっちは八つ当たりされた揚句に、仕事押し付けられて迷惑極まりないけど」

「でも正直助かったな。旦那様が軍に協力的だったらここの事もすぐばれちまうだろうし」


 そう言って使用人の一人が奥に続く酒蔵を顎でしゃくった。メイドたちもその酒蔵の奥を見据える。


 入口からすぐ階段が続いており、半地下となっている薄暗い酒蔵には、アーベントが自身の趣味や付き合いなどで収集した酒が大量に収蔵されている。アーベント自身が好んで嗜むものもあれば、接待の席に出すものや、時には賄賂として有力者に進呈される事もある。

 そんな酒に埋もれた薄暗い部屋の隅に、今はもう一つ、酒ではないものが場所を占領していた。

 メイドたちはそこに密かに隠し込んでいたそれを見て呟く。


「……そうね、本部の連隊がこの屋敷の家宅捜索など始めれば、これが一発でばれてしまうわ」


 彼らの視線の先にあるもの、それは酒蔵のアルコールの臭気の中に、微かに火薬の匂いを混在させるもの、―――大量の銃器と爆薬だった。


「で、帝都の奴らから連絡はあったのか?」

「ええ、リーダーたちはもう帝都を出たそうよ。しばらく近くに潜伏して、この町を包囲する」

「で、中からは俺たちがこれで貴族たちに闇討ちをかけ合図を送ると。他の邸宅の使用人たちはちゃんと準備してるのか?」

「してるんじゃないか。今のところばれたなんて噂聞かねぇし」


 その会話にメイドがクスリと笑う。


「ばれやしないわよ。だって貴族の連中は私たちみたいな使用人の事は虫と同等だと思ってる奴らばかりだもの。私たちが何をしようが奴らは歯牙にもかけない。……それが、自分の命を脅かそうとするものだとしてもね」

「……違いない」


 そして、使用人たちは残忍に笑う。

 自分が雇った者たちが、自分がいる部屋の階下でこんな物騒な会話をしている。そんなことは知る由も無いまま、アーベントは未だ冷めやらぬ憤怒に取りつかれていた。

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