第二十三章 そして世界は流転する(6)
◆
歴代の指導者たちは、こんな時何と言ったのだろう?悲願達成の時を思って胸を焦がし、多くの部下に激励を込めるそんな時、彼らは如何なる名説を説いたのか。
バズにはわからない。だが自分にもある、胸を焦がす情炎が、望むものの為にかける衝動が。それらが指し示すままにバズは叫ぶ。
「時は来た」
目の前にいるのは百を超える黒衣の軍勢。彼らもまた己が生きるために武器を取り帝国に反旗を翻す覚悟を内に秘めた者たち。バズと望むものは違えど、己の信念の為に手段を同じくした者たち。
ぎらぎらと野心を覗かせる瞳が一斉にバズを射抜いた。
「俺たちは長く寒い冬を耐えてきた。たった一切れのパンで日を耐え忍んだ事もあった。僅かな賃金で日を越えるまで酷使される事なんてしょっちゅうだった。貴族や一部の資本家が私腹を肥やしているその時、俺たちはただ涙を飲んでそれを耐え忍ぶだけだった」
バズが述べているのは社会主義者たちの常套句だ。自分にとっては全く持って馴染みが無い、だが、目の前に佇む男たちはその言葉を真摯に聞いている。
バズは社会主義の観念など全く興味はない。だが、己の野望の為におよそ一年をかけてこれだけの人数を集めた。彼らを先導し、彼らの信頼を勝ち得るための努力をした。
「敵視すべきは貴族という帝国の膿、そして彼らを野放しにしている皇帝だ。今、俺たちが成そうとしているのは奴らが長年培ってきた強固な牙城を崩す事。哀れで何も持たないと思われた俺たち弱者が力を合わせればどうなるか、腐敗した奴らの脳内に、心臓に、その全てを叩き込んでやれ!」
うおおお、と唸り声が建物内に轟いた。だが帝国を転覆させるための力は、まだまだこんなものではない。全国に散らばった同士が、刻限を今か今かと待ち続けている。
「リーダー、ではいよいよモーゼンテルに?」
「ああ、モーゼンテルの同士も準備を整えた。他の町に潜伏していた者たちも、着々と集まっている」
「ですが、武器の件は大丈夫でしょうか?おそらく軍は感づいたと思われますが」
部下の一人の言葉にバズは眉をひそめた。この半年弱でモーゼンテルに暴動に使用する武器の密輸を行っていたが、つい数週間前それが公に露呈した。軍部の将校なら、その武器が何に使われるか、そしてどこに送られようとしていたか、おそらくおおよその見当はつけてくるだろう。だが、
「この半年ですでに必要十分な武器は揃っている。今更軍が規制を敷いたとしても、痛くも痒くもない。ただ、暴動鎮圧の為にモーゼンテルに主要連隊が入り込む可能性がある」
連隊クラスの規模が動けば、いくら数が多いとて烏合の衆である組織は苦戦を強いられるだろう。だが、それでもこちらが有利な事に変わりはない。
「モーゼンテルの主、ベリク=アーベントはプライドの高い中流貴族、加えて反軍部派の人間。おそらく奴はモーゼンテル内での軍事行動には懐疑的になるはず、となればこちらにも歩がある」
モーゼンテル一の権力者であるアーベントと連携が取れないのでは、いくら有能な連隊でも足踏みをせざるを得ない。そこに反乱分子が付けこむ隙がある。
「モーゼンテルの目的は二つ。労働法成立を圧殺するアーベント侯爵の排除、そして、オルセン帝国議会への宣戦布告として中枢機関及び貴族の邸宅を襲撃する。なお、世間の批判を避けるためにも不必要な民間人の殺戮は控えろ。いいな!」
一同が一斉に同意の意を示した時、廃工場の扉が慌ただしく開かれた。そこに若い男が血相を変えて入っている。
「リ、リーダー!大変です!」
「なんだ、騒々しい」
「さっき街中を偵察しに行ってたら、こんなものが町じゅうに―――」
男が手にしていたのは、くしゃくしゃになった紙だった。バズはその紙を受け取るとそれを一瞥し、硬直した。
「リーダー、これって……リーダーの手配書じゃ……」
バズと共に紙面を覗きこんでいた男が、声を引きつらせて呟いた。その途端、廃工場内に動揺が走る。
バズは知らずの内に手が震えていた。そこに書かれているのは、間違いなくバズを反政府組織の〝首謀者″として指名手配するものだった。詳しい履歴に人相書き、ここまではっきりと情報を提供できる人間をバズは一人しか知らない。
―――ヴェルナーだ。
バズは手配書を握りつぶした。頭に浮かんできたのは怒りよりも悲しみ。友であったヴェルナーが自分を軍に売ったのだという事実が、バズの心に重く重くのしかかる。
最初に突き離したのはバズのくせに、肝心な時に非情になりきれなくて、そんな自分が嫌になる。
「……リーダー……?」
仲間の一人が心配そうにこちらを覗きこんできた。気づくと、廃工場にいる全員が、バズを心配そうに見つめている。その視線にバズは感情を抑え込んだ。
「大丈夫だ。どうせ俺一人が追われる身になったとて、今更暴動は止まらない。予定は変更しない」
先ほどより口調を強めてバズは言いきった。
ヴェルナー、お前が立ちはだかるというなら、俺はお前と戦う。たとえお前と殺し合う事になっても。
この日、ヴェルナーと再会してから少しだけ迷いが生まれていたバズもついに覚悟を決めた。彼もまた、件の地モーゼンテルへと進攻を開始する。
モーゼンテルの嵐は刻一刻と迫っていた。
第二十三章 完。




