第二十三章 そして世界は流転する(5)
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「バズ=グロック、年齢二十歳。グリアモの自警団『バルドグロック』の副団長。身長は百七十前後、左目の眼帯に大槍を携えている、と」
グリアモ駐屯兵団の応接室。目の前に座る険しい顔のドメルトが、ヴェルナーが提示した反政府組織の首謀者についての情報をまとめていく。その一字一句を聞く度に、ヴェルナーの心臓が痛んだ。
「なるほど、最初の簡易人相書きの内容と一致する。では、首謀者はこの男で間違い無いな」
ヴェルナーは頷いた。これでバズはこの国で完全なる御尋ね者となる。友を売る事に罪悪感が無いわけではない。だがこれは軍人として、それ以上に友としてヴェルナーが避けてはいけない道だと思うのだ。先ほどバルドや先代バルド=グロックの想いに触れたヴェルナーは、この重荷から逃げてはいけないのだと、バズとも真剣に向き合わなければならないのだと感じた。
「では、本部の方に早急に送っておく。早ければ明日にでも指名手配書ができあがるだろう。……それにしても随分あっさり特定したな、顔見知りだったか?」
「……親友です」
その答えは意外だったのか、ドメルトの手が止まった。その瞳が気の毒そうに細められる。「そうか。ご苦労だったな」と、ごく簡単な労いの言葉だけをかけて、その書類をしまい込んだ。その労わりが今は身にしみるほどあり難い。
「お前は一任してくれと言ったが、もう気は済んだのか?」
「……いえ、それは―――」
「……まあ、捕まえた後の処分までは保障出来んからな。軍の意向もある、それを踏まえた上でお前をこいつの弁護に回す程度の根回しは出来るが、あまり期待するなよ」
「……わかりました」
ヴェルナーは頷いた。と、バズの一件が済んだところで、改めてドメルトに向き直る。
「ところで、隊長は何故グリアモに……?」
まさか、首謀者の話を聞きに来るためにわざわざグリアモまで足を運んだわけではないだろう。するとドメルトは今まで以上に真剣な顔つきになった。
「実は反政府組織の一件で新しい情報が手に入ってな。グリアモの近くまで来たから、ついでにお前を拾いにきた。とりあえずこれを見てくれ」
そう言ってドメルトはヴェルナーに束になった資料を突き出してきた。
「これは……何ですか?」
受け取った資料に目を通しヴェルナーは首を傾げた。資料に書かれているのはどうやら貨物の輸送記録のようだった。
「それはオルセン帝国全土に広がる貨物ネットワークから、特定の貨物の輸送記録を洗ったものだ。時期はここ半年の間。積み荷の外装、輸送経路、そして発着場所が書かれている」
「確かに……ですがこれは一体……?」
そこに書かれている輸送記録はどれも一貫性に欠けバラバラだった。無作為に抽出したような選別の仕方のようだが、何か関連性があるのだろうか。
「そのリストに書かれた貨物は一見すると、何の関係も無いものに見えるだろう。だが、実はそうではないのだ」
どういう事か、とヴェルナーが資料から顔を上げると、ドメルトは険しい目つきでこちらを見据えた。
「ある時、このリストの貨物の中身が偶然にも発覚して論争を呼んだ。中身は何だったと思う?」
「……何だったんですか?」
「武器だよ。大量の拳銃と弾薬、加えて爆薬もあった」
物騒な中身にヴェルナーはぎょっとした。本来輸送記録に残るのは外装のみ、中身については差出人の申告制の為、実際に何が入っているかは差出人と受取人にしかわからない。ところがある時、輸送時のミスで梱包が崩れその中身が判明したらしい。ただの雑貨だと思っていた貨物の中身は、何百丁もの拳銃と弾薬に爆薬だった。
「当然オルセン軍はこの荷の存在を知らない。つまりこれは、」
「武器の密輸、ですね」
ヴェルナーが続けるとドメルトもゆっくりと頷いた。
ヴェルナーはもう一度資料を確認する。つまりここに載っている貨物は全てそれに該当する武器密輸の貨物だという事だ。
「よく発見しましたね」
「勿論、最初の積み荷が発見されてから摘発したものだけだ。おそらくそれよりも前から、同じような貨物が取り扱われていたと思われる。この国の何者かが何らかの目的を持って武器を大量に集めている」
しかも軍には内密に、これはどう考えてもただ事ではない。
「さらに、そこにあるリストの輸送先を調べてみた。それらは全てバラバラに見えるが、様々な都市を経由中継して、最終的に一つの都市に集まっている事がわかった」
「そこは……どこです?」
「……モーゼンテル。ここグリアモの近隣にある山岳商業都市。俺の判断が正しければ、近いうちにここで大規模な暴動が起きる」
ヴェルナーは息を飲む。着々と集められる大量の武器は、時勢を考慮してみても間違いなく暴動の兆しだ。モーゼンテルという都市は、ヴェルナーにとってはあまり馴染みが無い。だが、グリアモの近くにあるというドメルトの言葉で、ヴェルナーは不安と焦燥に駆られる。
「現在第一連隊はこの町の隣モーゼンテルに駐在している。しばらくはそこで反政府組織の偵察と抑制に努める事になる。グリアモの駐屯兵団にも警戒を呼び掛けに来た。お前に知らせに来たのもそのためだ」
「では、いよいよ反政府組織の討伐に?」
「ああ、お前も補佐官として動いてもらう事になる。いいな?」
その命にヴェルナーは大きく頷いた。
◆
「夢は基本的に未来に起きる出来事です。自分自身がそこに紛れこんでいたり、或いは宙を漂いながらその様子を上から見ていたりします。そして、そこで見た出来事は必ず現実で起こります。周期は様々です。夢を見た翌日に起こる事もあれば、数日後に起こる事もあります」
クラーラが新たに注ぎ足してくれた紅茶を飲みながら、ソフィア、パヴコヴィック、イルムヒルデがアイリの夢の話を聞いている。クラーラはアイリたちから少し離れた場所で、お茶受けのお菓子の準備をしていた。アイリは声を詰まらせながらも、自分の経験した夢の話を語っていった。
「夢の内容とはどんなものだ?」
「様々です。誰かが死ぬ夢、尋ねてくる夢、近々開催される催事の事とか、なんてことないとある家庭の情景が浮かんできたりとか……。同じ夢を何度か見るんですけど、ある時を境にピタリとやみます。それからまた次の夢に移って―――」
「一時期に同じ夢ばかり繰り返す?」
「平行してみる時もあります。ただ、いずれも……おそらく現実になった瞬間にピタリと見なくなります」
パヴコヴィックはアイリの話を聞きながら、興味深そうなそれでいて険しい顔をしている。イルムヒルデも医学者として興味があるようで、メモを取りながら深く考え込んでいた。
「それで、アイリ。身体の調子が悪くなるのはいつもその夢を見た後?」
ソフィアの質問にアイリは躊躇いがちに頷く。
「うん。いつも夢を見て飛び起きた瞬間、心臓が痛くなって、しばらく動けなくなるの。じっとしていれば治まるんだけど」
アイリはそれを精神的なものだと思っているが、本当のところはわからない。専門家であるイルムヒルデも首を傾げていた。
「混在した「記述」が未来を予知する力を内包しているのかもしれませんね。それがジュンアさんの意思に関わらず発動して、体に負担をかけている。そんなところでしょうか?」
「未来予知の「記述」ならある程度構成内容が絞れるが、体内に取りつくというのは初耳だな。一体どうしたらそんな現象が起こるのやら」
どうやら専門家二人もお手上げらしい。ため息をついたアイリの肩をソフィアが優しくさすった。その気遣いにアイリは素直に感謝する。
「やはり、もう少し精密な検査をしつつ経過をみる方がよろしいのでしょうか」
「そうだな、それが最善か。ところで、今お嬢さんが見てる夢というのはどんなのだ?」
それはパヴコヴィックの興味による質問なのだろう。予知夢とは一体どんなものなのか、彼も知りたいらしい。アイリは、つい先ほど、皆が来る前に見た夢を思い出しながら答えた。
「今日見た夢は私が男になって、螺旋階段を駆け上がる夢です」
「螺旋階段?」
「はい、それで、その男は誰かに追われていて、逃げるために階段を上がっていて……。頂上に着くと街が見えます。そこは街で一番高い所、おそらく時計塔です」
そして時計塔に上がったその男は街の惨状を目の当たりにする。火の手が上がり、黒煙が空を覆う、地獄の様な惨状を。
「時計塔の頂上に着いて間もなく、黒服の男が傾れ込んできます。そして、私は彼らに撃たれ、時計塔から落ちます。そこで意識が途切れました」
「何でしょうそれ?殺人現場の様子ですか?」
イルムヒルデの言葉にアイリは首を振る。多分そうではない。あの場面はおそらく、
「暴動、だと思います。どこかの町で暴動が起こり、そして私が意識を共鳴していた男が時計塔で殺される」
「その、アイリが意識を移してたっていう男が何者かはわからないのか?」
そう言われてアイリは、ゆっくりと先ほど見た夢をなぞった。階段を駆け上がる男、それを追う黒服の男たち、追いつめられる男、
「確か名前を呼んでいました。アーベント卿、と」
何気なく言った瞬間、ゴトンと鈍い音がして皆一斉にその方向を向いた。
「……博士?どうかなさいましたか?」
そこには固まったまま微動だにしないパヴコヴィックがいた。彼の手にあったと思われる紅茶のカップがカーペットに転がりシミを作っていた。
「まあ、大変。少しどいて下さいまし」
隅で焼き菓子を準備していたクラーラが慌ててパヴコヴィックの足元に広がった紅茶とカップを片そうと跪く。しかし、それでもパヴコヴィックは時が止まった様に停止したまま動かない。あまりの異常さに、アイリたちは目くばせをして何事かと逡巡した。やがて、再び動き出したパヴコヴィックは目をこれほども無く見開いて。わなわなと唇を震わせた。
「アーベント卿……、時計塔……まさか……!」
「博士?あの…?」
「お嬢さん、君の見た夢は本当に現実に起こるのか!?」
時の動きだしたパヴコヴィックは、一変して激情に駆られ叫んだ。アイリはビクッと肩を震わせ、頷いた。様子のおかしいパヴコヴィックに、ソフィアも戸惑いながら尋ねる。
「博士、アーベント卿と時計塔がどうかしたのですか?」
「それは……、その町は……」
「―――モーゼンテルでございますか?」
言い淀むパヴコヴィックの続きを代弁したのは、カーペットを拭いていたクラーラだった。
「クラーラ、モーゼンテルって……、ここから南西にある街の事?」
「はい。確かモーゼンテル代表の帝国議員がアーベント侯爵でございましたね。あと、モーゼンテルには、街の中心に大きな時計塔があったと思いますが……」
クラーラはきょとんとして答えた。モーゼンテルのお話をなさっていたのでは?と疑問符を浮かべながら、アイリたちを見つめる。モーゼンテル、その名を聞いて隣のソフィアがブツブツと呟き始めた。
「モーゼンテル。……!そうか、モーゼンテル包囲事件!」
「包囲事件?」
「一八一〇年花月二十六日、モーゼンテルの街で武器を隠し持っていた反政府組織の大きな暴動が起きる。さらに、彼らの仲間がモーゼンテル門外に押し寄せ、街を完全に包囲する。
彼らの目的は、労働法の成立要求と国庫予算案の即時撤廃。その第一人者であるアーベント侯爵を襲撃し街に火を放った」
「それ……、ほんとうなの!?」
「間違い無い。私が読んだ記述の書に書いてあった」
だとすれば、アイリの見た夢とも一致する。暴君に追われるアーベント卿、逃げる彼は時計塔に追い詰められ、そして火の手が広がる街を背景に死亡する。アイリが見た夢は、モーゼンテル包囲事件の予知夢だ。
アイリの心は俄かにざわめき始めた。知らせなくては、モーゼンテルで大きな暴動が起こる事を。花月二十六日ならもう一週間も無い。
「それで、博士は何故そんなに動揺してらっしゃるのですか?」
場が騒然とする中で、イルムヒルデが静かに問う。その視線の先には未だ誰よりも青ざめ頭を抱えたパヴコヴィックがいた。
「モーゼンテルに、いるんだ……」
「いる?誰が―――」
「私の妻と娘だ!モーゼンテルにいるんだ!」
焦りと絶望に彩られた声でパヴコヴィックが叫ぶ。
こんなパヴコヴィックは一度も見た事が無かった。彼のその様子は、アイリたちに更なる衝撃を与えた。
この後、アイリの予知夢の通りモーゼンテルで起こる大規模な暴動は、オルセン帝国の威光に大きな亀裂を生じさせる事になる。
この一大事件の鎮圧に第一連隊の隊員としてヴェルナーが従軍している事をアイリたちはまだ知らない。




