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第二十三章 そして世界は流転する(2)

 ◆

 『バルドグロック』の本部を後にして、ヴェルナーはグリアモ駐屯兵団の兵舎へ戻る。賑やかな街並みを横目に見ながら、ヴェルナーは小さくため息をついた。その拍子に胸ポケットにしまった封筒がカサリと音を立てる。


 バルドが避け続けてきたもの、先代の想い、その全てがこの小さな封筒に詰まっていた。そして友であるバズの真実も―――。

 ヴェルナーにとってそれは、ある程度予想していたものであり、思いのほかショックなものではなかった。読んだ時の素直な感想、それは「ああ、やっぱり」だった。


 それよりもヴェルナーにとって心を痛めたもの、それはもう動く事もままならなかったであろう先代が、代筆させた手紙の最後に一言だけ、自ら書いた歪んだ言葉だった。


『お前たちの幸福な未来が永劫続く事を願って』


 それが先代の最期の願い、彼が伝えたかった一番の想い。それを最初に見たのがバルドでもバズでもなく、部外者の自分であったと知ったら、先代はどう思うだろうか。


 先代のバルド=グロックがバズの過去を調べたのも家族のため。バルドがこの封筒を開かなかったのも家族のため。先代はバルドとバズを、バルドは先代とバズを、そしておそらくバズは先代とバルドを、お互いに想ったからこそ今この封筒がここにある。

 血の繋がりが無くとも三人は家族だった。そう思い合える事が酷く羨ましく、そしてそんな三人の関係に割りいってしまった事を後悔した。どんなに望んでもヴェルナーにはそう思い合える人間がいない。唯一いるとすれば、それはサイフォスだったのかもしれないが、彼は今どこにいるかわからない。

 けれどもヴェルナーはもう知ってしまった。これをどう受け止めるか、ヴェルナーは責任を取らなくてはならない。

 軍人として、友として、バズをどうするべきか、彼らをどうするべきか。


 通りを歩きながら、ヴェルナーは心の中でその決意を固めていく。その一方で、自分の顔が険しく悲痛な顔になっている事はわかっていない。


「あれ?ヴェルナー兄ちゃん?久しぶりだ!」


 甲高い声で呼び止められて、ヴェルナーは振り返った。通りの向こうから元気に跳ねる小さな子供が近づいて来る。


「ジルドか。久しぶりだな。」


 記憶より少し背の伸びた少年、ジルドは相変わらず屈託のない笑顔を向けてきた。


「ヴェルナー兄ちゃんどこ行ってたの?最近見かけなかったけど」

「……ああ、仕事でな、ちょっとこの町を離れてた。ジルドは元気してたか?親父さんも元気か?」

「うん!元気だよ。父ちゃんなんか元気すぎて、今月に入って五回も客とけんかになって店壊しちゃって母ちゃんに怒られてた!」


 あの酒場の店主が店で暴れ、それを奥さんに説教されている姿が容易に想像できてヴェルナーは吹き出した。相変わらずこの町は変わらない、皆年は少しずつ食っているけれど、明るくて優しくて気の置けないところは何一つ変わらない。


 変わらない町に人。変わったのは、何だろうか?


「ヴェルナー兄ちゃん、どうしたの?」


 俯いていたヴェルナーと彼を心配そうに見上げるジルドの視線があった。ジルドはひどく心配そうにヴェルナーを凝視する。


「何か嫌な事あった?」

「いや、なにも無いよ?どうしてだ?」

「だって凄く辛そうな顔してるよ?」


 そう指摘されてヴェルナーは固まった。そんなに辛そうな顔をしていたか?


「そうか?そんなことないよ、大丈夫だ」


 ジルドを心配させまいと笑いかけるが、それでもジルドは複雑な顔で悩んでいる。


 すると、ジルドは思いついたようにズボンのポケットをあさり始めた。そしてポケットから取り出したものをヴェルナーに付きだす。何かと思いジルドの手を覗きこむと、そこにあったのは、何の変哲もない河原の石ころだった。


「これヴェルナー兄ちゃんにあげる。中央の川でとった石なんだ。綺麗でしょ?」


 ジルドの掌に乗せられた石を手に取ると、確かにただの石ころではなくガラス質の鉱石が混じったものだった。鉱山が近くにあるグリアモでは、時折こういう石が上流から流れる事がある。勿論値は付かないただの石ころだが、子供にとっては物珍しい宝なのだろう。


「僕の宝物なんだ。持ってるだけで元気になれるよ。だから、兄ちゃんも早く元気になってね」

「……ありがとな、ジルド」


 ヴェルナーの手に握られているのはただの石ころ。だが、それは仄かに温かく、気のせいか輝いて見える。どんな宝石よりも尊いジルドの想いやりがそこにあった。


「ジルドー、早くいらっしゃい」


 遠くでジルドを呼ぶ母の声が聴こえた。ジルドはぱあっと顔を輝かせて、母親のもとへと戻っていく。


「じゃあねー、ヴェルナー兄ちゃん!」


 遠ざかる背中にヴェルナーは手を振った。そしてまた、歩き出す。





「おう、早かったな。用事は済んだか?」


 兵舎に戻ると、ヴェルナーを出迎えてくれたのはこの町の駐屯兵団長セルシムだった。バルドのもとを訪れる少し前に、兵舎に顔を出したが、この人も二年前と変わらぬ出で立ちでヴェルナーを出迎えてくれた。


 二年間職務を放棄して行方不明となり、やっと戻ってきたかと思ったら本部勤務。セルシムには随分と迷惑かけたと思っていたが、当の本人の反応は呆気なかった。


『なんだ戻ってきてたのか。私物の件だろ?ここにあるぞ』


 二年ぶりの部下との再会とは到底思えないノリで、荷物を差し出されたヴェルナー。一瞬、自分は二年間行方不明だったというのは何かの間違いか、と思うほどあっさりだった。しかしながらその一方で、大尉昇格の激励や二年前の任務の労いの言葉をかけられて、やはり淡白な人間ではないのだと実感した。

 軍人とは言え、もうグリアモにとって部外者であるはずの自分を滞在の間受け入れてくれたし、『バルドグロック』の方にも話をしてきますと言って出て行った自分を出迎えてくれる辺り、やはりこの人も相当なお人よしだと思った。


「それで?グロックの当主とは話はできたのか?」

「ええ、一応」

「そうか」


 ヴェルナーが、ただお世話になった挨拶だけでグリアモに戻ってきたのではないという事は、おそらく勘のいいセルシムならわかっていただろう。だが、セルシムはあえて何も聞かなかった。そういえば、「補佐官の仕事はどうだ?」とも聞かない。


「……またえらく打ちのめされて帰ってきたな」

「え?」


 ヴェルナーは思わず目を丸くした。目の前に立つセルシムはお見通しだと言わんばかりに、目を細める。


「会った時も通夜でもやってきたんか、ってくらいに思い詰めた顔してやがっただろうが、お前」

「……そんな顔してました?」


 そういえばさっきもジルドに心配された。ヴェルナー自身はいつも通りに振舞っているはずなのだが、周りにはそうは見えていないのか?


「まあ、自分でも気付かないまま色んな事に落ち込んで暗くなるってのはよくあることだ。そういう時こそ周りを頼れ。連隊長殿にこき使われてる愚痴ぐらいなら聞いてやってもいいぞ」

「……いや、そんなことは、ない、です」


 歯切れの悪い返答をするヴェルナーに、セルシムは冗談だと笑い飛ばした。ヴェルナーもつられて笑おうとしたが、何故かセーブがかかって中途半端に顔を歪めたまま終わる。


「……?どうした?」


 セルシムも様子のおかしいヴェルナーにまた心配そうな目を向けた。


「……いえ、自分は自分が思っている以上に周りの人間に支えられてるんだなって」


 セルシムやジルドだけじゃない、今まで出会った全ての人間にヴェルナーは様々な形で支えられてきた。

 親も知らない、仲間もいない。軍に入ってからも、バズやアイリと出会ってからも、ヴェルナーは心のどこかで本質的にはずっと一人だと思っていた、でもそれは自分だけがそう思っていたのかもしれない。


「何を湿っぽい事を言ってんだ、お前は!」


 そう言って、セルシムはヴェルナーの背中を叩いた。あまりの強度に思わず前のめりで咳き込む。


「それはそうと、迎えが来てるぞお前。こんなとこで立ち話してないでさっさと入れ」

「迎え?」

「ああ、でなきゃ俺がわざわざ兵舎の前でお前を待つわけあるか。俺はとばっちりはごめんだから、とっとと行って来い」


 どうやらヴェルナーを出迎えてくれたのは、好意というより何か別の理由があるらしい。せっかく心打たれたところなのに残念だと毒づいたが、セルシムの憂虞の顔つきに何か嫌な予感を感じて悪寒がした。

 その予感は的中する。数分後、恐る恐る入った応接室にあった厳格で不機嫌そうな上官の顔に、ヴェルナーは心臓が止まるかと思った。

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