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第二十二章 バルド=グロック(2)

 ◆

 その日、バルドはしばらく離れていたグリアモの町に数週間ぶりに戻るところだった。

 バルドがグリアモを離れたのは、先代のバルド=グロックが隠居し、正式に十二代目のバルド=グロックに就任してから初めてのことだ。


 彼女は『バルドグロック』始まって以来の女性当主、その上遠い異国から来た異邦人だった。元々『バルドグロック』に女性や異邦人が当主になってはいけない、などという掟はない。だが、代々続いて来た風習が崩れるのは、古株の人間にとってはあまりいい気はしなかったのだろう。当主に就任してしばらくは、バルドは内部の人間にあまり歓迎されなかった。町の連中もリーダーに据えられたのが女性という事で、なめてかかる連中も増加した。

 それをバルドは、たった一カ月で一蹴した。グリアモで暴れていた犯罪組織をたった一人で相手にし、駐屯兵団に突き出してやった。次に内部の連中の中で、古参の笠を着て我が物顔でのさばる連中も容赦なく粛清した。さらには、駐屯兵団と和平協約を結び、お互いの立場を尊重しえる関係を築き上げたようとした。


 現在のグリアモを支えるグリアモ自警団『バルドグロック』の大変革、それは十二代目のバルド=グロック、彼女の手によって成し遂げられたのだ。


 だが、激動の改革は保守派との軋轢を大きくし、当人のバルドもまた、その表情に疲労の色が濃くなった。そんな折、隠居した先代がバルドに提案を持ちかけた。


「少し、慰安旅行にでも行ってきたらどうだ?」


 当然バルドは断った。自分はこの町を守る『バルドグロック』の長だ。その自分がこの町を離れてどうするのだ。それに今自分が少しの間でもこの町を離れれば、また反対派の連中が幅を利かせるにきまっている。それに対し、先代は怒った様にバルドの頭を乱暴に撫でた。彼がそうするのは、いつだってバルドの事を思って怒る時だ。


「おめぇはなんでもしょい込みすぎなんだよ。ちったあ、部下を信用して任せてみろ」


 部下を信用する。それは当時のバルドにとって最も苦手とする事だった。だが、それではいけないのだと先代は語る。


「いいかバルド。長ってのは腕っ節が強いだけじゃダメなんだ。組織を動かし人を動かす。仲間を尊重し部下を育てる。そういう力も必要なんだ。おめぇもいつか俺と同じように養子をもらって次代当主を育てなくちゃいけねぇ。そのための力がまだお前には無いってことだよ」


 そのために、少しグリアモを離れて頭を冷やしてこい。それが先代の意図だった。バルドは何度も反発したが、結局渋々従った。

 それは奇しくも、数年後バルドがバズに出て行けと告げた、あの口論によく似ていた。


 不本意の内に始めた旅行だったが、バルドは元々異国から来た冒険者、見知らぬ土地、見知らぬ文化に触れる事は至極の喜びで、程なくして確かに気持ちは軽くなった。こうしていると、確かに最近の自分は肩肘を張りすぎていたのだと感じる。バルドは本質的に根なし草の流浪の旅を続けている方が性に合っているのかもしれない。そう思うと、ますます先代と出発間際に口論した事が心の中でしこりとなってうずく。


 先代が苦手だった。当主になってから、バルドは先代にさらに近寄れなくなった。仲が悪かったわけではない。元々厳しくて怖い人だったが、そういう意味で近寄りがたいわけではなかった。

 当主になって、自分がその地位に就いた時、初めてその重みと先代の偉大さを痛感したのだ。そして同時に悟ってしまった。自分は先代には一生叶わない。今の自分はただ自分を見下す者を必死に見返そうと見栄を張り続けているだけ。暴力組織を一人で斬ったのも、反対派の古参を追いだしたのも、自分に刃向う連中が怖かったからだ。自分にそれを押さえつける力などないと思ったからだ。

 そして先代はそんなバルドを怒鳴りつけた。バルドが不甲斐ないから、当主としての威厳が無いから、だから彼は怒る。だがそれは裏を返せば、それは彼がバルドに期待しているという事でもあった。それがますますバルドを焦らせるのだ。




 旅は三週間ほどで切り上げた。それというのも数年前まで隣国イシルとの戦争があり、今でも国交は緊迫状態が続いている。特に東の大陸は危険だ。情勢がピリピリしている中で、あまり遠出の旅は出来なかった。

 消化不良のまま、バルドはグリアモへの帰路へ着いた。グリアモまでの馬車に揺られながら、自分がいるべき場所について思い悩む。


 あの少年に出会ったのはこの時だった。


 バルドの乗った乗合馬車はグリアモを経由して帝都まで行くらしい。長旅の休憩に、バルド達はグリアモから数キロ離れた森の泉で休憩をとっていた。一人旅だったバルドは、泉で喉を潤すと、座り続けて固まった体をほぐすため、出発時間になるまで森の中を散策していた。その時、森の中で小さな影が蹲っているのを発見した。

 イノシシの子供か何かだと思ったが、それはよく見ると服を着た人間、しかも子供だった。加えてその身体には全身に切り傷があり、それに気づいたバルドは慌てて子供をを抱き起こした。


「おい!大丈夫か!?」


 まだ十歳前後の少年だった。あちこちに傷を作って血も流れていた。脈を確かめてみると、微かに鼓動が聞こえた。まだ生きている。バルドは少年の身体を抱きかかえると、馬車に戻った。





 それから数時間をかけてグリアモに到着した。グリアモに着いたら先代とどう話を切り出そうかと思い悩んでいたところだったが、そんな事は考える間もなく、バルドは手負いの少年を医者の元へと連れて行った。

 少年は切り傷や打撲が見られたが命に別条はなく、数日安静にしていれば治るとのことだった。だが、一か所だけ医者であっても治癒できない深い傷があった。


「左目、潰されてるみてぇだな。いや、これは抉られてると言った方が正しいか」


 帰って早々血相を変えて医者の元に駆け込んだ娘を心配して、付き添ってくれた先代が少年の傷を見て呟いた。


「こりゃあ獣にやられたもんじゃねぇな」

「誰かにやられたってことか?」

「ああ。あの辺の森は盗賊も多いし、こんな餓鬼一人でうろうろしてたら絡まれてもおかしくない」


 バルドはベッドに横たわる少年の痛々しい傷跡を眺めた。彼が一体どこから来たのかはわからないが、たった一人であんな森の中で、こんな傷だらけになって、きっと辛い思いをしたに違いない。バルドが少年の顔にかかる前髪を払おうと手を伸ばした時、少年がうっすらと右目を開けた。


「―――!」


 途端に少年は弾かれたように起き上がり、バルドは思わず手をひっこめた。少年は狭いベッドの上でいきなり起き上がったせいで、バランスを崩しベッドから転げ落ちそうになった。


「うわっ!」

「おっと―――」


 少年を支えたのは先代だった。その深い皺が刻まれた厳めしい顔を見るなり、少年は悲鳴を上げて暴れ出す。


「こらっ!暴れるんじゃねぇ!怪我に障るぞ」

「―――!―――!」

「暴れんなっつってんだろうが!!」


 先代が少年の頭に思い切り拳骨を落としたので、思わずバルドも身をすくめた。相変わらず先代は手厳しい、手加減しているとわかっていても、その痛みは想像に難くない。少年が大人しくなると、改めてバルドは少年に向き直った。


「それだけ動ければ怪我は大丈夫そうだな、少年」

「……誰?」


 涙目になりながら少年は不思議そうにバルドを見つめる。何故だか、その瞳にバルドの心は緩やかにほぐれていった。


「私はバルド=グロック。ここグリアモの自警団をしている。その怖い爺さんは私の父親だ」

「怖いとはなんだ」


 抗議を寄越す先代を無視して、バルドは少年に微笑みかけた。


「お前はこの近くの森に倒れていたんだ。お前、名前は?どこから来た?」

「……僕は、……」


 少年は口ごもった。まだ混乱しているのだろうか、バルドはゆっくりと少年が話すのを待つ。


「……バズ」

「それがお前の名前か?」

「うん」

「バズか、お前はどこから来た?」


 バルドが尋ねると、バズは力なく首を振った。


「覚えていないのか?」

「……」

「言いたくないのか?」

「……うん」


 バルドは先代と目を合わせた。先代も同じように、この少年をどうしてよいのかわからないようだった。


「ま、言いたくねぇんじゃ、しゃあねぇわな。しばらくうちで預かるか」

「親父……でも―――」

「本人が言いたくねぇっつってんだ。俺らが根掘り葉掘り聞く権利なんてねぇだろ」


 先代は面倒くさそうに頭を掻いたが、彼が誰よりお人よしの世話焼きだという事は、バルドが一番よく知っていた。


 こうしてバズは、『バルドグロック』に迎えられ、バルドと先代に育てられる事になったのである。

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