第4話『女神との邂逅』
第三話を読んでいただきありがとうございます。
今回でプロローグ完結です。
本能寺で散った織田信長が、どのような決断を下したのか。
そして、新たな人生の始まりです。
よろしくお願いいたします。
意識が戻ると、俺は見知らぬ空間に居た。
「何が起こったんだ……」
炎も、煙の匂いもなかった。
見渡す限り白銀の世界。
空もなく、地もない。
ただ静寂だけが広がっていた。
記憶が戻る。
燃え盛る本能寺。
腕の中で冷たくなっていった蘭丸。
炎の中で舞った最期の敦盛。
そして――崩れ落ちる本堂。
俺は確かに死んだはずだった。
「お目覚めになりましたか」
声がした。
振り返ると、一人の女が立っていた。
銀色の長い髪。
雪のように白い肌。
そして、まるで朝日を閉じ込めたような黄金の瞳。
人とは思えぬほど美しい。
だが、それ以上に奇妙だった。
そこに立っているだけだが、まるでこの世界が彼女を中心に回っているように感じた。
そんな存在だった。
「ここはどこだ」
俺は尋ねる。
女は静かに微笑んだ。
「狭間にございます」
「狭間?」
「生と死の狭間。
そのようにお考えください」
俺は周囲を見回した。
「地獄ではないようだな」
女は小さく笑った。
「違います」
「では極楽か」
「それも違います」
思わず口元が緩む。
「面白い場所だ」
女は優雅に一礼した。
「そのように感じていただけて何よりです」
不思議な女だった。
「おぬしは何者だ」
「人は私を女神と呼びます」
――女神。
そう言われても不思議と納得できた。
女神は黄金の瞳で俺を見つめる。
「ひとつ、お伺いしてもよろしいですか」
「申してみよ」
女神は静かに問う。
「あなたには未練がありますね」
俺は即答した。
「ああ」
女神は続ける。
「それは天下ですか」
俺は首を横に振った。
「違う」
「では、何ですか?」
俺は目を閉じる。
蘭丸をはじめ、
共に歩んできた家臣たち。
そして戦場で命を散らした無数の兵。
敵も味方も関係ない。
あまりにも多くの命が失われた。
「俺が欲しかったのは天下ではない」
静かに言う。
「戦のない世だ」
女神は何も言わず、ただ聞いていた。
「人が安心して飯を食える世」
「子が親を失わぬ世」
「商人が怯えず旅できる世」
「百姓が明日の飢えを恐れぬ世」
「そのために天下が必要だった」
戦乱を終わらせる未来は見えていた。
手を伸ばせば届きそうなほど近くに。
だが届かなかった。
あと一度だけ。
もう一度だけ機会があればと思わずにはいられなかった。
悔しい。
光秀への怒りではない。
自分への悔しさだ。
天下は目前だった。
それでも届かなかった。
どこかで何かを見誤ったのだろう。
人か。
時か。
それとも俺自身か。
しばらく沈黙が続いた。
やがて女神が口を開く。
「では」
黄金の瞳が静かに細められる。
「もう一度、機会を差し上げると言ったなら?」
俺は小さく笑った。
「都合の良い話には裏がある」
女神も微笑む。
「さすがですね」
「代償を聞こう」
女神は静かに頷いた。
「次に生きる世界は、あなたの知る世界ではありません」
「そうか」
「時代も違います」
「ふむ」
「身体も違います」
「なるほど」
女神は一度言葉を切る。
「あなたの知る者は誰一人おりません」
静かな声だった。
だが、その言葉は重かった。
「そして――織田信長という名も消えます」
俺は笑った。
織田信長。
尾張のうつけ。
第六天魔王。
天下人。
長年背負ってきた名だ。
捨ててしまうには少し抵抗がある。
だが――
名前や肩書きなどどうでもよい。
大事なのは何を成すかだ。
「その機会、貰い受けよう」
即答だった。
今度は女神が驚いた顔をした。
「迷われないのですね」
「迷う理由がない」
俺は笑う。
「信長という名に未練はある」
「ですが?」
「それ以上に未練がある」
女神が微笑む。
「成し遂げられなかった夢だ」
やがて女神は満足そうに頷いた。
「面白い方ですね」
その瞬間。
白銀の世界に無数の光が生まれた。
星ではない。
世界だ。
数え切れぬほどの世界が広がっている。
女神はその一つを指差した。
そこには巨大な城があった。
空を駆ける光があった。
人の理を超えた力があった。
獣の耳を持つ者。
鬼のような角を持つ者。
見たこともない種族。
そして――争いもあった。
「この世界です」
女神が言う。
「大きな転換点を迎えています」
俺はその世界を見つめる。
胸が高鳴った。
久しく忘れていた感覚だった。
新たな戦場を前にした時のような、
未知への期待。
女神が問う。
「今度は何を目指しますか」
俺は迷わなかった。
本能寺で最後に抱いた願い。
それをそのまま口にする。
「人を集める」
女神が微笑む。
「人を活かす」
その笑みが深くなる。
「そして」
俺はまだ見ぬ世界を見据えた。
「戦のない世を作る」
女神は静かに頷いた。
「ならば行きなさい」
銀の光が溢れ出す。
世界が眩く輝く。
意識が引き込まれていく。
最後に女神の声が聞こえた。
「新たな名を授けましょう」
光がすべてを包み込む。
「オルタ・ノヴァ・ルミナス」
初めて聞く響きだった。
だが、不思議と悪くないと思えた。
「では、お手並み拝見させていただきますね」
女神の声が遠ざかっていく。
「織田信長ではない、あなた自身の覇道を」
そして――。
意識が沈んだ。
深く。
深く。
どこまでも。
◇
「もう少しです!」
突然、声が聞こえた。
「奥様! 頑張ってください!」
女の声。
慌ただしい足音。
誰かの叫び。
そして。
強烈な圧迫感。
狭い。
苦しい。
全身が押し潰される。
何が起きている。
そう思った次の瞬間――。
眩しい光が視界を貫いた。
「奥様! 元気な男の子ですよ!!」
歓声が上がる。
同時に。
「おぎゃああああああ!!」
部屋中に響き渡る泣き声。
……俺だった。
(なっ……!?)
身体が動かない。
手足が小さい。
頭では言葉を理解できるのに、口から発することはできない。
混乱する俺をよそに、周囲は歓喜に包まれていた。
「ノヴァ公爵家の三男様にございます!」
三男か。
兄弟がいるらしい。
公爵家。
聞き慣れぬ言葉だった。
見上げる天井も。
俺を取り囲む人々も。
すべてが初めて見るものばかりだ。
だが、一つだけはっきりしている。
俺は生きている。
転生は成功したのだ。
抱き上げられる。
視界の先に、涙を流す美しい女性がいた。
母親なのだろう。
その隣には、一人の大男が立っていた。
鋭い眼光。
鍛え抜かれた肉体。
ただ立っているだけで威圧感がある。
歴戦の武人。
そう呼ぶに相応しい男だった。
男は赤子の俺を見つめる。
そして静かに笑った。
「よく来た」
その一言に、不思議と胸が温かくなった。
何も知らぬ世界で、何も持たぬ人生が始まろうとしている。
本来なら不安になってもおかしくない。
だが、俺はそうではなかった。
むしろ胸が高鳴る。
まだ見ぬ国。
まだ見ぬ人々。
そして、もう一度夢を追える。
ならば――
今度こそ成し遂げてみせよう。
本能寺で届かなかった願いを。
強烈な眠気が襲ってくる。
赤子の身体は抗うことを許さない。
薄れゆく意識の中で、俺は静かに思った。
(面白い)
(ここが俺の新たな始まりか)
こうして。
織田信長は本能寺で死に。
オルタ・ノヴァ・ルミナスは、この世に生まれ落ちた。
第四話を読んでいただきありがとうございました。
これにてプロローグ完結です。
次回から5話「天下への地図」へ入ります。
本能寺で散った織田信長は、異世界でオルタ・ノヴァ・ルミナスとして新たな人生を歩み始めます。
魔力値3。
属性なし。
貴族社会では落ちこぼれと呼ばれる少年が、どのように成長していくのか。
引き続き楽しんでいただければ幸いです。
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今後ともよろしくお願いいたします。




