賢者はその翼を失い
ホノミス皇太子・クラヴィスの暗殺未遂事件から数日、深夜のホノミスの城内では密やかに協議が進んでいた。
襲撃に関わった者の中に、オービスに繋がる人物がいたことで、事態はより複雑な方向へと向かっていた。
だが、多くの兵士たちは現場を見ていた者の証言から、暗殺の首謀者が辺境の領主、オルレリア・ラファウシュタインであると思い込んでいた。
事実、戦の先陣を任された竜騎士のネルセンは、ラファウシュタインの城を攻略するために部下たちと地図を眺めていた。
そこに神速の騎士団のオウルから、使いがやって来た。
「わかった。直ぐに参ると伝えてくれ」
クラヴィスの信任が厚いオウル団長は、今回の作戦のいっさいを仕切っていた。そのオウルからの呼び出しは、間違いなく重要な意味合いを持っている筈であった。
ネルセンは、足早にオウルの元へと向かった。通されたのは、オウルの私室であった。
入室したネルセンに近づくと、オウルは声を潜めながら密閉された紙を手渡した。
「オービスの高官が吐いた……」
手にした紙を開いたネルセンは、眉をひそめた。
「これは……」
「内容を確認したなら、そこの燭台の火で処分しろ」
「承知しました」
「必要とあらば、第二部隊や第三部隊を随時、送ってゆく」
「ははーっ!」
話が終り退出しようとした時、ネルセンは思い出したようにいった――
「そういえば、姫様の部下が負傷したとか……」
「ああ、オービスの子どもたちも意識を失って運び込まれたそうだ。今、ベルライト博士に見てもらっているところだ」
「何やら、きな臭い感じがしますな」
「ああ、魔女の剣が盗まれてから、不穏な事ばかりが続く……私は一旦、身支度を整えるために城を離れる。何かあったら、伝令を飛ばしてくれ」
「はっ! お気をつけて!」
オウルが自宅に戻り手短に食事を済ませると、十歳になる息子が食堂に顔を出した。
「父上!」
「何だ、ホークス? もう深夜だぞ、早く寝なさい」
「父上、ラファウシュタインを討伐するというのは、本当でしょうか? もし本当ならば、お考え直しください」
「……何故だ?」
「父上は、どうして、辺境の小国であるラファウシュタインが、反乱を起こしたとお思いになりますか?」
「どうしてかの?」
さも、わからないとでもいう様に、オウルは答えた。
「あれは、陽動です!」
薄々は、気が付いていた――ホークスが、矢張り軍に所属するオウルの弟から様々な情報を聞き出していることを。
しかし、十歳になる息子の強い好奇心がもたらす行動は、オウル自身も連座して罪に問われかねない危険性を内包していた。
ホークスはオウルの目を真っ直ぐに見つめて続けた。
「ラファウシュタインの城は、我が国の軍勢と対峙出来るだけの力を持ち合わせておりません。それなのに、皇太子殿下を暗殺しようとした……ならば、理由はひとつです」
「…………」
「敵の狙いは、我が国の軍勢を辺境におびき寄せ、足止めをすることに他なりません。私が思うに、真の敵はオービスに間違いないかと」
オウルは恐ろしさを覚えた。軍議が始められて以来、決して部外者に洩れていない筈の事実を――その全てを息子は、自宅の一室に居ながら見通している。
(お前は、どこまでを知り得ているのだ?)
「いつでも落とせるラファウシュタインなどは、捨て置いて……まずはオービスに備えるべきが肝要かと」
それを聞いたオウルは、親としていわなければならないと確信した。
「ホークスよ、お前がもし、有り余るその才能を十二分に発揮したいと思うのなら、お前はもう少し愚かになりなさい」
「どういう意味です?」
「言葉通りの意味だ」
「真理はいつもひとつです。それにまがい物の蓋をせよと仰るのですか?」
「そうではない、そうではないぞ。私はお前に、小賢しい知恵者などではなく、賢明な愚者になれと申しておるのだ!」
「承服致しかねます!」
「そうか……わかった。ならば、もう何もいうまい。ただ、お前の叔父上に迷惑がかかる様なことだけは、するなよ。いいな! ホークス」
オウルはホークスに背を向けて、部屋を後にした。
オウルの心配した通り、数年のち軍に入隊したホークスは、その才能を恐れられ閑職に追いやられた。そして、その翼で大空を舞うことなく、人生の最期を迎えることになる。
しかし、十歳になったばかりの少年は、その様な未来を想像することすら出来なかった。
少年はその胸に熱い思いを秘め、部屋の窓から見える星々をずっと見つめていた。




