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地に伏して咲き誇る

 メルク・レイズという人間は物心がついた時、既に奴隷であった。その彼に手を差し伸べたのは偶然、街中で出会った年老いた夫婦だった。


『今日からお前は、私達の息子だ。何も心配することはない』


『そうそう、もう恐いものなんてないからね。安心なさい。そうだ! お腹は空いてないかい?』


『本当に僕、此処にいていいの?』


『ああ、ずっと一緒だよ。私達は、もう家族なのだからね』


 神父(メルク・レイズ)(まぶた)を開くと、そこに目玉があった。それが何なのか気づくまでに時間を要した。理解した直後に恐怖が込み上げてきた。


「うおああああっ!!」


 フードの陰から、自身(メルク・レイズ)の顔に冷徹な視線が注がれていた。その恐ろしさに、意図せず言葉が飛び出した。


「しっ……死神!」


 息遣いがわかる距離で、それは、(ささや)いた。


「度し難いとは、まさにこのことだ」


 星明りが差し込む森の中、見上げると二つの影が佇んでいた。少し間をおいて、状況を把握した神父(メルク・レイズ)は、安堵の表情を見せた。


「な、何だ……お前たちか! 私を助けてくれたのか。感謝するよ。矢張り、仲間というものは、有難いな」


「…………」


「今回は、子どもたち(あいつら)のせいで不覚を取ったが……次はもっと強い人形を作り上げて――」


「貴様は、何もかも間違っている」


「は?」


「まず第一に、私達は一度たりとも貴様の仲間になった覚えはない」


「何だと」


「第二に、貴様にその汚名をそそぐ機会などはない。貴様の為すべきことは、勝手に持ち出したその指輪を返却し、引き起こした失態の責任を負う――(すなわ)ち、その生命(いのち)を捧げることだ」


「わ、私を始末するというのか!?」


「そうだ」


「ひいいいっ!」


 神父(メルク・レイズ)は、這いずる様に逃げ出した。身体のあちこちで骨が砕けていて、鋭い痛みが走った。


「あはは、処刑だ、処刑だぁ!」


 フードをまくり上げ、食屍鬼の少女は楽しそうに笑った。


 黒い影は、食屍鬼の少女に向かって冷めた声音でいった。


「……やれ」


「うん」


 地に伏して必死になって逃れようとする神父(メルク・レイズ)に、少女は容易く追いついた。


「ひっ、人殺し! 助けてぇ、父さん! 母さあああん!!」


 少女は、神父(メルク・レイズ)を蹴りあげた。そして、悶え苦しみながらも先に進もうとする哀れな男の前に立ち塞がった。


「あ」


 涙する神父(メルク・レイズ)の両眼に少女の足が映りこんだ直後、その頭は熟れた果実の様に、くしゃりと潰れた。


 頭部を失った神父(メルク・レイズ)の身体は、前のめりになりながら二三歩走った後、倒れこんで壊れた人形の様に動かなくなった。


 黒い影は、亡骸(なきがら)から指輪を抜き取ると、ため息をついた。


「……反吐(へど)が出るな。おい、前もっていっておくがな……こんなものは、絶対に食うな」


「うん」


 殺害された後、神父(メルク・レイズ)の遺体はそのまま放置された。親族がいなかったために誰からも捜索されず、朽ちて地に還った。


 それから暫くすると、その場所に真っ赤な美しい花が、一輪咲いた。


 花は日々株を増やし、辺りは鮮やかな群生地となった。花々は、ごくまれに森を通り過ぎる人達の目を引いた。


 誰も見たことのなかったその花は、満開になると直ぐに(がく)が落ちてしまうので、『首切花』、『首無草』などと呼ばれ、()み嫌われた。


 しかし毎年、時期になると美しい花弁を開いて、誰に喜ばれるわけでもなく、ひっそりと、只々(ただただ)力強く咲き誇った。

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