レイナードの時間
「馬鹿野郎!! 避けろ、レイナード」
無数の短剣が牙となり、レイナードとソフィアを刺し殺そうとしていた。しかし、レイナードは冷静にその状況を見ていた。
時の支配者から、祝福を受けた彼は理解していた。誰一人として、自分には追いつけないという現実を。
そして、受け入れていた。自身を取り巻く時間の潮流が、純然たる凶器になるという事実を。
ソフィアを守るべく剣を構えたレイナードは、向かってくる子どもたち――その全てに正面から立ち塞がった。殺意の数に応じて、彼の残像は何処までも無限に広がり続けた。
『その下卑た呪いに、時を刻み込んでやる!!』
打ち合った剣と剣が重なり、決して交わる事のない二つの時間が交差をする。その際に爆発的な衝撃が生じて、子どもたちの身体に流れ込んだ。
「きゃあああ!」
「ひああああっ!」
手にした武器を落としながら、神父に操られていた子どもたちは、叫び声をあげ次々と倒れていった。
予想もしていなかった状況に神父の声は裏返った。
「何なんだぁ! 何なんだ! 何なんだ! お前みたいな、どうでもいい奴がぁ!!」
凶器を携え、襲い掛かってくる子どもたちを物ともせずに、レイナードは一歩、また一歩と神父に近づいていった。
「うひぃぃぃっ、来るなぁ、ぶっ殺すぞっ! 皆、何をしている! 死んでもいいから、どうにかして奴を止めろぉ!!」
尻もちをつき、最早立ち上がる事もできずに神父は喚き散らした。
短剣を突き出し、向かってきた最後の子どもが気絶をすると、レイナードは神父の前に立ち、彼を見下ろしながらいった――
「メルク・レイズ……あなたは、この子たち全員に謝罪をしなければならない」
「私に……謝罪をしろだとぉ?」
つい先程まで、小動物の様に怯えていた男は、一変して怒りを露にした。
「お前もぉ、お前も私を見くだしてやがるんだなぁ!!」
メルク・レイズという人間は物心がついた時、既に奴隷であった。
奴隷商の所有物であった彼は、オービスの魔法研究者に僅かの金で買われた。幼い少年は、人体実験の素材として様々な薬を投与された。
彼が不運であったのは、他の奴隷よりも体が丈夫であった事だ。嘔吐しようが、四十度の熱が出ようがその儘にされた。何とか回復すると、また新たな薬の被験体にさせられた。
彼が十二歳の時、転機が訪れる。日々の苦痛に耐えかねて、彼は研究者の元を逃げ出した。
その彼に手を差し伸べたのは偶然、街中で出会った年老いた夫婦だった。彼は夫婦の養子となり、新たな生活を始めた。
夫婦には実の子どもがいた。親思いの心優しい青年だった。
親の愛情を独占したい。自分だけのものにしたい――そもそも、倫理観というものを持ち合わせていなかったメルク・レイズは何のためらいもなく、その青年を殺害した。
事故を装い邪魔者を排除したメルク・レイズは心の中でほくそ笑み、一方で頬を涙で濡らした。そして、悲嘆にくれる夫婦たちの背中をさすりながら、彼は慰めの言葉を口にした。
『大丈夫、僕がいるから。僕はずっと一緒だから……だから、どうか悲しまないで、元気になって』
この言葉は、彼の本心であった。しかし、体調を崩した老夫婦は彼を残し、あっけなくこの世を去った。
中流家庭の姓と僅かな財産を得たメルク・レイズは、神学校に入学する。しかし、そこで待っていたのは、陰湿ないじめと自身が評価されない事に対する鬱屈した思いだった。
学業を修了して学び舎を去るとき、彼は危険な思想を抱く青年となっていた。
メルク・レイズの人生は、導かれるようにその身を食らう蛇へと辿り着いた。
「お前にわかるか? 他人に依存しなければ、生きていけない者の苦しみが。それなのに、誰からも必要とされない虚しさがっ!!」
「それならば尚更、あなたは謝るべきだ。あなたは、まだやり直すことが……」
突然、レイナードは、ぱたりと倒れた。レイナードの時間は――彼を取り巻くそれは、既に人の身で受け止める事が出来ない程に、加速し続けていた。限界を超えて掛かり続ける負荷にレイナードの身体は悲鳴をあげ、彼の意識を失わせた。
神父は、自身の目の前に倒れたレイナードの頭を間の抜けた表情で眺めていたが、突如として大声で笑いだした。
「ぶははははっ! ば、馬鹿だ、こいつぅ! ひとに説教をして、勝手にくたばってやがるぅ!!」
「馬鹿は、お前だ」
振り向いた神父の顔に木刀がめり込んだ。
「ぐえぷうっ!」
アドワースが叩き込んだ渾身の一撃が、饒舌な男の口を塞いだ。




