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5 春

この地の春はとても美しい。


人工物が全然ないので、まるで草原の風景画の中に入ったようだ。


去年の春はまだこの世界に慣れておらず、ほとんど家にいるか、家の周りでお散歩するかしかしていなかったので、この世界の春をいろいろ見て回れると思うと、楽しみで堪らなかった。


春は狩りに加えて、野菜を育てるので、畑仕事で大忙しだ。


みんなで畑仕事をしているとニナが急に立ち上がり


「せっかく雪も解けたのだし、ジークもつれて森の外に行きましょうよ!!」

とガローに提案した。


隣にいた僕の頭にニナの手についた土が大量に降り注ぐ。すみません、やめてください。


しかし、森の外か。森の外の世界の話はたびたびガローやニナから聞いていた。


どうやら彼女の話によると森の外にはたくさんの人が住んでいる町があるそうで、いろいろなものがそこにはあるそうだ。


毎年春に行っていたらしいのだが、去年はよくわからない子、つまり僕がいたため、二人を連れて行こうにも、置いていこうにも大変だろうということで春は町には行けなかった。代わりに僕がここに慣れてきたのを見計らって、秋にガローが一人で行っていた。


「そうじゃの、春にいろいろとそろえるものもあるしの」


そうガローがいうと、ニナは跳ねて喜んでいた。


僕も見たことのない町へ行けるのはうれしくて、ガローに思わずありがとう!と言うと、彼は優しく微笑んだ。



春は忙しなく、駆け足で過ぎてゆき、あっという間に町に行く日になった。


町までは行きで3日ほどかかるらしい。結構な距離である。しかも歩きだ。

小さいころニナはどうしていたのかと聞くと、「ジークが来る前は、ガローが私と荷物を背負って行ったの!」と誇らしげに自慢していた。



それはあなたもお荷物ですよ。


ガローは出発前に今回の行程を二人に話した。


「いいかい、まずは絶対にわしから離れないこと。いいね。」


僕たちは頷く。

続けて1日目は森の手前で野宿をすることを話すと、すぐにニナが「えー、それしか進まないの。もっと行けると思うわ!」とヤジを入れた。


「荷物もあるし景色もきれいじゃ。急いでいくのはもったいないじゃろ」とガローが返すと彼女はそれもそうね!と簡単に説得されたようでありました。



二日目はガローのルートで森を通り、森の中の安全な場所に小屋があるそうでそこに泊まる。三日目に森を超えてやっと町にたどり着けるらしい。


三日目は町に泊まって何日か町に滞在するようで、ニナは大層楽しみにしていた。


「前行ったときは町を見て回らなかったの?」僕は彼女にそう尋ねる。


「ん~、多分見たかもしれないけど全然覚えていないのよね!」


……今年泊まったところで果たして彼女は来年覚えているのだろうか。



そうして三人と一匹は入念な準備をして、町に向けて出発した。



当日、一同は各々大量の荷物を抱えて歩いていた。


ガローは町で売るものだったり、調理のための鍋だったりを持っていた。ニナも結構な荷物だが、その半分を犬のポロに持たせていた。



ちらとポロの持っているものを見てみると、ニナの遊び道具がしか入っていなかった。


この呪いの人形みたいなやつは何に使うのだろう。なんか僕に似てないか。え、釘刺さってるじゃん。


僕が今まで彼女にはたらいた無礼がないか思い返している隣で、ニナはずいぶんご機嫌のようでスキップしながら進んでゆく。



僕の荷物としては、着替えや三人で分けて持つ食材と一緒に本も持ってきていた。邪魔になるとも思ったが、なんとなく肌身離さずもっていてしまう。


周りの景色に目を移す。冬は雪原であったこの辺りは春になると、草原となり、草花が本当に美しい。


ニナがポロと並んでスキップをしているのが本当に絵になる。


この時ばかりはニナが花の妖精のように見えた。見た目だけだけど。



突然ニナが何を思ったのかこちらに駆けてくる。


「ジークはその本をいつも大切に持っているわよね!」


僕のカバンから少しはみ出している本を見て言う。





ニナは時たま僕が本を読んでいるのを見て、覗き込んでくる。

しかし、本は日本語で書かれているうえに、そもそも彼女は文字を読めないので、結局ちょっと不機嫌になって「何かいてあるの」と僕に聞いてくる。


「僕もよくわからないけど、文字と絵が描いてあるから見ていると楽しいよ」と答えると、ふーん、と興味を失ってしまう。


ガローにも、魔法を禁止された手前、魔法について調べていると怒られてしまいそうだったため読めることを話していない。


ただ表紙に書いてあるこの本の題名は、彼曰くこの国の古い言語らしい。古代文字というやつか。

なんて書いてあるのと聞くと「わからないわい」と言っていた。


だからそれでもよくわからない本を僕が大切そうに持っているのが彼女には不思議だったのかもしれない。


僕は少し考えてニナに対して「なんとなくだよ」と答えると、彼女は興味なさげに、そう!と言って、もう次の瞬間には近くの蝶のようなものを追いかけていた。




道中特に大きなトラブルもなく、一行は無事一日目の宿泊予定地までついた。ガローが即席のテントを作ってくれ、その中でいつもとあまり変わりない食事を食べた。


なんだかキャンプしているようで楽しくて、ニナも終始ご機嫌のようだった。


その夜、三人と一匹で川の字の様に寝た。


ガロー、ニナ、ポロ、僕の順である。僕とニナの間の挟まってポロが寝ていた。



深夜、突然森の奥の方から獰猛そうな獣のなく声が聞こえ、目が覚める。

なんの鳴き声かはわからない、ただこれまで日本でもこの世界でも危険に全くさらされなかった僕は底知れぬ恐怖を感じたのだった。

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