6 この世界と元の世界
どうやら近くに獣がいるようだった。
僕はこのまま襲われてはたまらない、と少し起きてガローを見る。彼はいびきをたてて寝ていた。
彼が起きていないなら、大丈夫かもしれない。きっと森の近くではよくあることで、それほど心配することでもないのだろう。
僕は、ほっと胸をなでおろし、再び寝ようとしてニナと目が合う。
彼女には珍しくどうやら怖がった様子だった。
たしかに、ガローやポロが反応していないから、何か心配することはないのだろう。
しかし、近くに獣がいるのだ。
平和ボケしている僕はもちろん、彼女だってまだ幼い。
怖いものは怖いのだ。
それでもどうにか彼女を安心させてやりたくて彼女に少し強がった顔を見せた。
なんてことないさ、大丈夫だよ、と。
それを見ると、彼女は一瞬、不思議そうに僕を見た後、くすっと笑った。
小さく、声を出さないようにしばらくはころころと笑っていた。
なんだかわからないが、僕の顔がツボにはまってしまったらしい。
一通り笑い切ったのか、もぞもぞと毛布の中で動いたと思ったら、突然僕の手を握る。
「!?」
彼女は僕が驚くのをにやにやとした顔で見ていたが、そのうちすぐに眠気が来てしまったのか、うとうとして、寝息を立て始めた。
僕は驚きでしばらくは思考が停止していたが、その安心しきった寝顔を見て、思わず頬が緩んでしまう。
きっとふつうは小さいころに誰かのぬくもりを感じて寝ることもあるのだろうが、僕には物心つく前から家族というものがいなかったから、そんな思い出はなかった。
いつも寝るときは一人だった。
だからこんな人の温もりを感じながら寝ることなんて初めてで、
なんだか胸がポカポカして、泣いてしまいそうだった。
泣かないようにと頑張っていると、ニナとの間、僕の太ももあたりの毛布の上に寝ているポロが片目を開けて僕を見た。
もう片方の手でポロを撫でると彼は気持ちよさそうに、目を閉じた。
ポロを撫でていると僕も次第に眠くなり、まどろみの中に落ちて行った。
この手の温もりの感覚を大切に、大切に、心にしまっておいた。
目が覚めるといつもとは違う天井だった。
一瞬焦るが、そうか、野宿をしているのだったな、と思い出す。
もし、目が覚めて、天井が日本の一人で暮らしている自宅だったら僕はどう思うんだろうか。一瞬そう考えて、胸がもやっとする。僕は今が人生で一番幸せなのかもしれない。
テントの中ではニナとポロがすやすや寝ているが、どうやらガローの姿はなかった。
テントの外にでると、ガローが腰を掛けて朝日が昇るのを見ていた。この世界の太陽や月は、日本と変わらないようだった。一個だし、形も丸い。
だから、初め僕はここが地球のどこかだと思っていた。この世界のどこか遠くに僕が過ごしていた日本があるのだろうと。
しかし、ガローの話を聞く限り、ここは僕の知っている地球ではなかった。もちろん魔法があることもそうだが、何より彼よりポツリポツリと断片的に話される歴史が僕の知っているものと大きく違うものだったからだ。
僕は正直、どちらでもよかった。この生活がずっと続いてくれればと思っていた。
「朝日綺麗だね」
ガローは朝日から目を離さぬまま、頷いた。
僕はガローに過去をあまり知らない。
ガローは色んな話を僕たちにしてくれるが、自分のこととなると話そうとはしない。
それでもどうやらずっと森の内側に住んでいたわけではなさそうであった。
ガローの体にはたくさん傷がある。
今まで何をやっていたのか、どうしてニナと暮らすことになったのか、いろいろある疑問を聞こうと思ったこともあるが、まだ聞けていない。
ガローは自分のことを話さないが、僕のことも聞かない。
以前、僕が話せるようになったころ、彼は一度だけ、どうして雪原に倒れていたかを聞いてきたことがある。
僕がわからないと答えると、少し考えた後
「おぬしを心配している、待っている人はいるか。」と言ってきた。
僕は正直に
「いない。一人だった」
と答えるとそれ以上は聞かず、そうか、大変じゃったなと僕を撫でた。
それ以降ガローは僕の過去を聞かない。
ただその日を境にガローはニナだけではなく、僕のことも叱るようになった。はじめは何をしても僕には怒らなかったガローが、突然怒ったのでとてもびっくりした。
けれど僕はそれが何だか家族に迎え入れてくれた証拠のような気がしてとてもうれしかった。多分、ニナと同じように僕のことを大切にしてくれているのかもしれないと。
僕にとっては初めての家族、な気がした。家族というものがよくわからないけれど、そんな気がした。
ガローとみる朝日は本当に綺麗で、この先いつかこの景色を思い出すことがある、と思わずにはいられなかった。その景色は僕の心に一生刻んでおこう。
赤みがかっていた太陽がある程度地平線から脱すると、いつもの眩しい太陽として僕らを照らし始めた。
太陽が昇ってしばらくしてニナが起きてきた。ガローも僕もニナには甘いので起きるまでは起こさない。
それに姫は寝起きが最悪だ。僕は一度彼女を起こそうとして、彼女を揺さぶるとそこに不機嫌大魔王を見て起こすのをやめた。
あれは、世界を獲る不機嫌さだった。
「いいかい、今日は森に入る。絶対に、わしから離れるなよ。森には獣がおる。もし、獣が出たらわしかポロに引っ付くのじゃ。いい子だからできるじゃろ」
出発前にガローが僕たちに再度繰り返しそう言い聞かせる。
「はーい!」と横から元気な返事が返ってきた。僕もガローを見て頷くと、ガローはそれをみてうむ、と言って出発の支度を始めた。
そうして僕たちは森に入っていった。




