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THEヘンダーワールド ―ちょっと奇妙な日常譚―  作者: muta


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第4話:めいたんてい。俺。

昔は暗証番号なんて銀行口座くらいでしたね。

大和やまとがリビングのソファに寝転がったまま「あと5分!」と叫んだのは、この一週間で、数えるのも馬鹿らしくなるくらいの回数だった。




 小学五年生の大和にとって、学校から帰ってからの時間は、ほとんどゲームのためにあるようなものだった。宿題は後回し。夕飯も「あと5分」。お風呂も「あと5分」。その「5分」が、気づけば一時間になっていることに、大和自身も薄々気づいてはいたが、コントローラーを置く決心だけがどうしても足りなかった。最新型ゲーム機、「action!!2」のソフト「midnite(ミッドナイト」は友達とオンライン上で銃を打ち合う、本格FPSだ。過激な面もあるが、協力して友達とプレイするその感覚は小学生にとって非常に刺激的なものであった。




「大和! いい加減にしなさい!」




 母がとうとうキッチンから飛んできて、大和の手からコントローラーを取り上げたのは、木曜日の夜のことだった。




           ◇




 翌日、学校から帰ってゲーム機を起動すると、見慣れない画面が表示された。




《本日のプレイ可能時間:1時間》 《解除にはパスワードが必要です》




 驚いて母に詰め寄ると、母はもう夕飯の支度を始めていて、振り向きもせずに言った。




「教えるわけないでしょ」




「ええーっ、なんでだよ!」




「なんでもクソもないの。あんた、この前なんて三時間もやってたでしょうが」




 取り付く島もなかった。大和は自分の部屋に戻り、ベッドの上でしばらく唸っていたが、やがてふと閃いた。




(いや・・・・パスワード、当てればいいんじゃね?)




 四桁の数字なんて、無限にあるようで、実はそう多くない。母のことなら、自分がいちばんよく知っている――そのときの大和は、本気でそう思っていた。




           ◇




 まずは母の誕生日。ハズレ。




 自分の誕生日。これもハズレ。




 妹の誕生日。ハズレ。




 両親の結婚記念日は、リビングのカレンダーに小さく書き込まれているのを見つけて試した。それもハズレ。




 最後に、家の前に停めてある車のナンバーまで試して、大和はソファに突っ伏した。




「なんなんだよ、もう……わっかんねえ。」




 悔しさで頭に血が上りながらも、大和の中に、これまでなかった疑問がふと浮かんだ。




(母ちゃんって、何が好きなんだろう。よくわかんねーな。)




 考えてみれば、大和は母の誕生日やナンバープレートは知っていても、母が「何が好きか」ということを、ほとんど知らなかった。ゲームの攻略情報なら誰よりも詳しいのに、同じ家に住んでいる母のことを、大和は何も知らなかった。




 その事実に気づいたことが、悔しいような、少し恥ずかしいような、変な感触だった。




           ◇




 その日から、大和の「パスワード探し」は、いつの間にか「母親観察」に変わっていった。




 休日、母について近所のスーパーへ行った。母がいつも同じ棚の前で少し悩んで、結局いつもと同じ調味料を選ぶのを見た。台所で煮物を作る母の背中を、隠れるようにして眺めた。リビングの棚の奥から、埃をかぶった古いアルバムを引っ張り出して、こっそりめくった。




「父ちゃんって、母ちゃんの一番好きな日とか、知ってる?」




 夕食の後、ソファでテレビを見ていた父に聞いてみた。父は新聞から顔を上げずに答えた。




「さあなあ。本人に聞けば?」




「それじゃパスワード分かっちゃうだろ!」




「ああ、そうか(パスワードわかればいいんじゃないのか笑)」




 まるで役に立たない返事だった。妹のみのりにも聞いてみた。




「お母さんが、よく見てる写真とかない?」




 みのりは少し考えてから、リビングの棚に飾ってある一枚の写真を指さした。家族四人で写った、少し色あせた写真だった。まだ幼い大和が、変な笑い方でピースをしている。




           ◇




 写真立てから抜き出して裏を見ると、日付が書き込まれていた。数字を四桁にして入力してみたが、それもハズレだった。




 諦めきれず、大和はさらにアルバムを調べた。同じ日に撮られたらしい写真が、何枚も貼られていた。妹が生まれて間もない頃、まだ首もすわっていないみのりを抱っこした母の隣で、大和が得意げに立っている。それは、生まれたばかりの妹を連れて、家族四人で初めて出かけた日の写真だった。




 母は今でも、その日のアルバムのページだけ、他より少し開き癖がついていることに、大和は気づいた。




 アルバムの隣の引き出しに、当時使っていたらしい古いデジタルカメラが眠っていた。電源を入れると、奇跡的にまだ充電が残っていた。画面をたどり、あの写真のデータを見つける。詳細情報を開くと、撮影時刻が表示されていた。




 17:39




「……1739」




 大和は指先が冷たくなるのを感じながら、ゲーム機に打ち込んだ。




《ロックを解除しました》




「よっしゃあああ!」




 声が裏返るくらいの雄叫びを上げてから、大和は慌てて自分の口を塞いだ。




           ◇




「え!? なんで解除できたの?」




 帰宅した母は、ソファでゲームをしている大和を見て、本気で驚いた顔をした。




「1739」




「……どうして分かったの」




「あの写真撮った時間だろ? みのりが生まれて、初めて四人で出かけた日の」




 母はしばらく黙って大和を見つめたあと、ふっと表情を緩めた。




「よく見つけたね」




「なんでそんな数字にしたんだよ」




 母は少し照れくさそうに笑って、答えた。




「あの日、初めて家族四人で出かけたから。お母さんが、一番好きな写真だから」




「……ふーん」




 大和はぶっきらぼうに返しながら、コントローラーを握り直した。興味なさそうな顔をしていたが、胸の奥がくすぐったいような感じがして、それを誰にも気づかれたくなかった。




           ◇




 念願のロック解除に成功し、大和は思う存分ゲームを再開した。




 だが三十分もしないうちに、リビングから笑い声が聞こえてきた。父と母とみのりが、あの古いアルバムを広げて、何やら盛り上がっている。




 大和はコントローラーを握ったまま、画面とリビングの方を、何度か見比べた。




 ゲームの続きも気になる。だが、笑い声も気になる。




 結局、大和はコントローラーの一時停止ボタンを押した。




「それ、俺にも見せて」




「あれ、ゲームは?」




「あとで」




 家族四人でソファに座り、一枚一枚アルバムをめくっていく。幼い頃の自分の写真を見て、大和は思わず叫んだ。




「え、俺こんな変な髪型してたの!?」




 家族全員が声を上げて笑った。大和も、少し悔しいのに、つられて笑ってしまった。




           ◇




 翌日、学校から帰った大和は、いつも通りゲーム機を起動した。




 だが画面には、また見覚えのある表示が浮かんでいた。




《本日のプレイ可能時間:1時間》




「はぁあ!? また制限されてる!」




 キッチンから母の声が返ってくる。




「パスワード、変えました」




「何番だよ、それ!」




「教えません」




「え、また探すの!?」




 母はくすくすと笑いながら、何も答えなかった。




 大和はため息をつきながら、家の中をぐるりと見回した。棚の写真立て。冷蔵庫に貼られたカレンダー。玄関に飾られた小さな置物。




「今度は何だよ、もう……名探偵の俺が次も絶対解いてやる!!!!」




 ぼやきながらも、大和の口元は、少しだけ笑っていた。





あなたの思い出の日のパスワードは、なんですか?




(了)

あなたの家族と過ごす時間はどれくらいですか?

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