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ギフト犯罪探偵リゼット~冒険者パーティーを追放された俺は、天才探偵にスカウトされ、過去を視るギフトで事件と運命を書き換える~  作者: 久遠遼


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8/10

契約

 リゼットに案内された屋敷は、本当に隣にあった。

 文字通りの豪邸――いや、屋敷というより城に近い。


 中へ通され、いくつかの廊下を抜けた先。案内されたのは、やけに落ち着いた雰囲気の応接室だった。


「やっぱり、エルナの淹れる紅茶は完璧な温度と味だね」


 対面に座るリゼットが、満足げに呟く。


 俺もカップに口をつけると、思わず顔が綻んだ。

 確かに、ここまでの味が出せるのは、いい茶葉を使っているからというだけではないだろう。


「ふふ、ノア様にもお気に召していただけたようですね」


 顔を上げると、エルナさんが柔らかな笑みを向けてきていた。

 心を見透かされたような気がして落ち着かず、俺はぶっきらぼうに言う。


「それで、話があるなら早くしてくれないか?」


「まあまあ、そんなに焦らないでよ。まずは、わたしたちのことから話すね」


 リゼットはそう言って、胸を張った。


「わたしたちは、ギフト犯罪を専門に扱う治安維持局の組織――ギフト犯罪対策課なの」


「ギフト犯罪専門?」


「そう。普通の捜査じゃ追いきれない相手がいるからね。ギフト犯罪者には、ギフトを持つ側で対抗するしかないの」


 ギフトは未知の力だ。

 俺自身そうだが、持ち主本人ですら全容を把握していないことも珍しくない。

 そんなものを犯罪に使われれば、厄介どころの話じゃない。


「だからわたしは、ギフト持ちを集めて対抗する新しい部署を立ち上げたの!」


「それが、ギフト犯罪対策課ってわけか?」


「ご名答、さすが相棒! 目には目を、ギフト犯罪にはギフト捜査官だよ!」


 勝手に相棒にするな。

 内心ツッコミをいれたとき、ふとリゼットの言葉に引っかかるものがあった。


「もしかして、お前もギフト持ちなのか?」


「うん。わたしのギフトも、ノアに負けないくらいすごいんだよ。その時が来たら見せてあげるね」


 リゼットは得意げに胸を張る。

 そこまで興味があって聞いたわけじゃないので、正直ちょっとうざい。


 すると、エルナさんが横から一枚の紙をローテーブルの上に置いた。


「こちらをご覧ください」


「これは?」


「契約書です。一度、目を通していただけますか?」


 まだ受けるとも言っていないのに、と思ったが、ひとまず内容を確認する。


「これは……」


 書かれていたのは、いわゆるスポット契約だった。

 今回のヴェイル・アディス殺害事件の調査、および犯人確保までの期間限定で、ギフト犯罪対策課に籍を置いて協力するというものだ。


「説明だけでは実感しにくいでしょうから、一度経験していただくのがよろしいのでは、とお嬢様が」


 王国の公的機関、それも犯罪を扱う治安維持局ともなれば、外部に漏らせない機密も多いはずだ。

 辞める職員には記憶封印処置が施される――そんな噂すらある。


 だが、この契約書にはその記述がない。


「報酬については、次の資料をご覧ください」


 促されて別の書類に目を移す。

 そこに記されていた金額を見た瞬間、思わず声が裏返った。


「は!? 前金が白金貨五枚、成功報酬が白金貨十枚!?」


 破格どころじゃない。

 白金貨一枚は金貨十枚に相当する。

 Sランク冒険者だった頃でも、月に金貨五十枚稼げれば上出来だった。

 それを、たった一件で前金込み白金貨十五枚。信じられない額だ。


「いいのか……こんな契約で?」


 ようやく絞り出した声に、リゼットは満面の笑みで頷いた。


「いいよ! それだけノア――君のことが必要だって思ったの」


 その言葉が、胸の奥にまっすぐ刺さった。


 ――この先の《黎明の剣》には必要ないわ。


 脳裏に、レインの言葉が蘇る。


 嫌な汗が滲んだ。

 こんな破格の報酬で、今のところ目立ったデメリットもない。見逃す理由なんてないはずだ。

 今回だけ契約して、やっぱり合わないと思えば、その時に離れればいい。選ぶのは向こうじゃない。こっちだ。


 そう思っているのに、口も、手も動かなかった。


 そこでようやく気づく。

 森でスカウトを受けた時、俺がそれを拒もうとした本当の理由に。


 ――失望されるのが怖かったんだ。


 高く評価されて、必要だと言われて。

 それなのに期待されたほどの成果を出せなかったらどうする。

 この契約が終わったあと、新しい契約を提示されなかったら。

 仮に所属し続けられたとしても、また力を失ったら。ギフトが使えなくなって、不要だと判断されたら。


 その時こそ、本当に自分には価値がないのだと突きつけられる気がした。

 そんな恐怖が、胸の奥に根を張っていた。


「難しく考えなくていいんですよ、ノア様」


 ふいにエルナさんがやさしく声をかけてきた。

 その声に導かれるように、俺は顔を上げた。


「お嬢様は、あなたのギフトの力はもちろんですが、単純にあなた自身と一緒に働いて、仲良くなりたいのです」


「え?」


 唐突な言葉に、リゼットが真っ赤になって立ち上がった。


「は!? ちょ、エルナ、何を言い出すの!」


 エルナさんの肩をがくがく揺さぶって抗議し始める。


「あら、本当のことを言ったまでですよ。それとも昨日おっしゃっていたことは嘘だったのですか?」


「う、嘘じゃないけど……!」


 一体どんな話をしていたんだ。

 リゼットは頭から湯気でも出そうな勢いで、耳まで真っ赤になっている。


「と、とにかく! ノア! 君に言いたいことがあるの!」


「な、なんだよ?」


 今度は俺の方を向いてきて、思わず身構える。

 だが予想に反して、リゼットは深々と頭を下げた。


「昨日は急に襲いかかってごめんなさい。二度としないようにするね」


 驚きのあまり、しばらく言葉が出なかった。

 正直、こういう手合いは謝らないものだと思っていた。

 それが自分から、こんなふうに頭を下げるなんて。


 エルナさんの方を見ると、彼女は今日会ってから一番やさしい笑みで、リゼットを見つめていた。


「一つ聞きたい」


「何?」


 顔を上げたリゼットが首を傾げる。


「スカウトを受けたら、建設中のあの豪邸や、他にも何かくれるんだろ? そこまでして迎えた俺のギフトが、もし使いものにならなかったら。あるいは今後、失われたらどうする?」


「うーん……それは考えてなかったね」


 リゼットは腕を組み、少しだけ唸る。

 そして、すぐにぱんと手を叩いて笑った。


「じゃあ、わたしの屋敷で執事、治安維持局では秘書として働いてもらおうかな?」


「それはいいですね。作法は私にお任せください」


 二人とも、冗談を言っているようには見えなかった。


 思わず、口元から笑みがこぼれる。

 なんだ。そんな答えが返ってくるのか。


「書くもの貸してくれ」


「え? それって……」


 期待に満ちた目で見つめてくるリゼットに、俺は頷いた。


「ひとまず、この事件を解決するまでの間でいいんだよな? それなら契約する」


「本当に? やったね! これからよろしくね、ノア!」


 がばっと手を掴まれ、そのままぶんぶんと上下に振られる。


「痛いって! ひとまずこの事件の間だけだからな!」


「分かってるって!」


 本当に分かっているのかは怪しい。

 まあいい。


 この事件を通して、しっかり見極めさせてもらうとしよう。


 探偵リゼットが、どんな人間なのかを。

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