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ギフト犯罪探偵リゼット~冒険者パーティーを追放された俺は、天才探偵にスカウトされ、過去を視るギフトで事件と運命を書き換える~  作者: 久遠遼


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6/10

エンカウント(待ち伏せ)

 まだ日が昇りきっていない薄暗い時間帯。

 俺はあくびを噛み殺しながら、パーティーハウスの門を開けて外へ出た。


 昨日は散々な一日だった。


 幼馴染であり、パーティーリーダーでもあるレインから追放を告げられた。

 その現実から目を逸らしたくて受けた依頼では、森の奥で冒険者の殺害現場に出くわした。

 そして、挙げ句の果てには、自称――いや、本当に探偵なのだろうが、話もろくに聞かずいきなり斬りかかってくるような狂人探偵にスカウトまでされた。


 それなのに昨夜は妙にぐっすり眠れてしまったのは、それだけ精神的な負担が大きかったということなのかもしれない。


 そんな状態にも関わらず、朝早くに起きたのは、パーティーメンバーや、あの狂人探偵リゼットと鉢合わせしないためだ。


 その甲斐あってか、パーティーハウスの中に動いている気配はない。

 王都の通りもまだ静かで、道の端に一台の馬車が停まっているほかは、人の姿もほとんど見当たらなかった。


 昨日のうちにもう一つ依頼を受けておいた。

 それを片づけたあと、昼過ぎから宿を探してしばらく身を潜めるつもりでいる。

 宿もできるだけ、治安維持局のある王都中心部から離れた場所を選ぶつもりだった。


 ……それにしても、あの馬車。


 派手さこそないが、かなり質がいい。

 装飾で見栄を張る類のものじゃない。木材も金具も上等で、実用と格式を兼ね備えているのが一目で分かった。


「おはようございます、ノア様」


 馬車を横目に通り過ぎようとした、そのとき。

 影になっていた場所から、不意に声をかけられた。


 顔を上げると、そこには 緑色の髪を後ろでまとめた、メイド服姿の女性が立っていた。

 

 大きな緑色の瞳をこちらに向け、口元には穏やかな微笑みを浮かべ、背筋の伸びた立ち姿からは上品さが伝わってくる。


 てか……この人、俺のことを知っているのか?


 嫌な予感が背筋を這い上がる。


「……あなたは?」


「申し遅れました。私、リゼットお嬢様のメイドをしております、エルナ・ヴェルンと申します。どうぞ、エルナとお呼びください」


 そう言って、彼女――エルナは両手を身体の前で丁寧に重ね、優雅に一礼した。


 その所作はまるで絵になるほど洗練されていて、整った容姿も相まって、一瞬だけ目を奪われる。


 ……いや、見とれている場合じゃない。

 今、リゼットのメイドって言ったよな?

 まずい。ものすごくまずい。


「リゼットお嬢様。ノア様がお見えになりました」


 エルナは馬車の扉を軽くノックし、そう声をかけた。


「んー……やっぱり読みが当たったね。あ、おはようノア! いい朝だね」


 目を擦りながら馬車の中から顔を出したのは、予想通りの人物――リゼットだった。


 最悪の朝だよ、くそ。


「なんで、いるんだよ……」


「ふふーん、驚いた? 昨日スカウトしたとき、思いっきり話を逸らされたからね。逃げるか、わたしを避けるんじゃないかと思って、先回りしてみたの」


 してやったり、と言わんばかりの顔で、リゼットが俺のそばへ寄ってくる。


「いや……そんなことはないぞ?」


 動揺しまくっていて、まともな返しもできず、視線が泳いだ。


「そんなあからさまな反応をされて、そうなんだとはならないよ?」


 リゼットは楽しそうに笑う。

 

「はぁ……だったら、はっきり言うけど。俺はスカウトを受けるつもりはない」


「うん、何も知らないままなら当然の反応だと思う。だから、ついてきて。わたしがどれだけ本気で君のことを買ってるのか、ちゃんと教えてあげるから」


「あ、おい。そうじゃなくて――」


 俺の言葉を最後まで聞かず、リゼットは強引に手を掴んできた。

 細い腕に似合わず、やっぱり力が強い。


 振りほどこうとしたが、その横でエルナが静かに微笑んでいる。

 止める様子はない。むしろ完全に協力者だ。


 抵抗しきれないまま、俺は半ば無理やり馬車へと連れ込まれた。


 そのまま座席に押し込まれ、向かい側にリゼットとエルナが並んで座る。

 ほとんど同時に、馬車は滑るように動き出した。


「いったい、どこへ行くんだよ……」


「それは行ってからのお楽しみだよ」


 こうなってしまっては、もう流れに身を任せるしかない。

 行動力の塊というか、強引すぎるだろ。


「ノア様、申し訳ありません。お嬢様は一度決めたら、とことん突っ走る方でして。ワイルドボアのような人なのです」


「ちょっとひどくないかな? 人をモンスター呼ばわりなんて。せめてホーンラビットにしてよ」


 二人はかなり気安い調子でやり取りしていた。

 主人とメイドというより、どこか姉妹のようにも見える。


「たしかに、猪突猛進という言葉はぴったりですね。いきなり有無を言わさず斬りかかられたときは、さすがに驚きました」


 皮肉をたっぷり込めてそう言った、その瞬間だった。


 空間にぴしりとヒビが入ったのではないか。

 そんな錯覚を覚えるほど、車内の空気が張り詰める。


「リゼット……どういうことかしら? いきなり斬りかかった? それは本当かしら?」


 エルナは急に口調と呼び方を変えたかと思うと、ゆっくりとリゼットへ顔を向ける。


 口元には笑みがある。

 けれど、その目はまったく笑っていなかった。さっきまでの柔らかな雰囲気が嘘のように消え失せ、息苦しくなるくらいの圧だけがそこにある。


「あ、あの、その……それには深ーい訳が……」


「今日の夜……お話ししましょうね?」


「はい……」


 さっきまでの勢いはどこへやら。

 リゼットは見る見るうちに小さくなり、すっかり縮こまってしまった。


「申し訳ありません、ノア様。お嬢様が大変ご迷惑をおかけしたようで。お怪我はありませんでしたか?」


 エルナは俺の方へ向き直ると、深々と頭を下げた。


「け、怪我とかはなかったので大丈夫です。ですから、顔を上げてください」


 慌てて両手を振りながらそう答えると、エルナは顔を上げ、再び穏やかな微笑みを浮かべた。


「それならよかったです。後できつく言っておきますので、今回ばかりは大目に見ていただけますと助かります」


「ええ……わかりました」


 俺は視線を窓の外へ逃がした。


 こ、怖え……。

 あんな威圧感をメイドが出すなんてあるのか……。


 エルナ――いや、エルナさんと呼ぼう。

 この人は絶対に怒らせたらまずい人だ。


 恐る恐るちらりと二人の方を見る。

 エルナさんは、もう先ほどまでの威圧感を消していて、俺の視線に気づくとにこりと微笑んだ。


 その笑顔に思わずどきりとして、慌てて視線をリゼットへ移す。


 すると、リゼットはまだ小さく縮こまったままで、かすかに震えていた。

 よほど“今日の夜のお話”が怖いらしい。


 その様子を見て、少しだけ気分が晴れる。

 人を散々振り回したんだ。それくらい思ってもいいだろう。

 ホント、姉妹みたいだな。


 しばらく無言のまま馬車は進み、やがて王都の中心部――貴族の屋敷や主要な公的機関が集まる区画へと入った。


 ふと、少し離れた先に巨大で黒い建造物が見えてくる。


「なんだ、あれは……」


 思わず声が漏れた。


 豪華な貴族屋敷とも、洗練された役所の建物とも違う。

 飾り気のない四角い外観は、屋敷とも砦とも言えない。周囲の景観から明らかに浮いていて、重々しい威圧感を放っていた。


「あれが目的地でございます」


 エルナさんの言葉に、俺は目を見開く。


 ……あそこが、目的地だって?

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