仲間のために生きた男の意思
濁った黄金色の瞳が、俺たちを見下ろしていた。
その視線を受けた瞬間、背筋に冷たいものが走る。
ギガントバジリスクの時点で、Aランク上位の冒険者が命懸けで挑む相手だ。
だけど、目の前にいるこれは、その枠を完全に超えている。
「ノア、エルナをお願い」
リゼットが細剣を構えたまま、短く告げた。
「分かってる」
俺はエルナさんの前に立ち、魔力障壁を展開する。
まだ目を覚ましたばかりのエルナさんは、まともに立つことも難しく、戦える状態ではなかった。
「リゼット、無理はするなよ」
「無理しないと死ぬ相手だよ、あれは」
軽口のように言いながら、リゼットが地を蹴った。
その姿が一瞬でレヴナントバジリスクの懐へ潜り込む。
銀の軌跡が走った。リゼットの細剣が、レヴナントバジリスクの前脚へ突き込まれる。
だけど――。
「硬い……!」
鱗の表面に火花が散っただけで、傷らしい傷は入っていない。
俺はすぐさま魔道書を開き、魔力を走らせる。
「《フレイムランス》!」
炎の槍が宙を裂き、レヴナントバジリスクの横腹へ叩き込まれる。
爆炎が広がるけれど、煙の向こうから現れた巨体には、焦げ跡がわずかに残っただけだった。
「くそ……効いてないのか!」
続けて氷槍を放ち、岩弾を叩き込み、雷撃を落とす。
リゼットも、その隙を縫うように何度も斬り込んでいた。
けれど、どれも決定打にはならない。
レヴナントバジリスクの表皮は、まるで魔力そのものを拒む鎧のようだった。
その事実が、じわじわと俺たちを追い詰めていく。
リゼットは俊敏にバジリスクの周りを動き周り、危なげな様子はない。だけど、このままでは駄目だ。
俺の魔法は、どうしても中規模止まりだし、あの化物に単純な物理攻撃、リゼットの細剣では仕留めきれない。
本来なら、あの鱗を貫く複合術式も、拘束と破壊を同時に行う大魔法も組める。
けれど、今の俺にはできない。左半身を支える魔法術式が、魔力と演算領域の大半を奪っているからだ。
左半身を動かすための魔法術式に制御のほとんどを奪われなければ、もっと複雑な魔法を、もっと強力な術式を、今この場で組み上げることができるのに。
「くそっ……!」
悔しさが奥歯を軋ませる。
俺は元Sランク冒険者だ。
なのに、今この瞬間、守りたいものを守るには力が足りない。
手段はある。だけど、それにはあまりにもリスクと代償が大きすぎる。
レヴナントバジリスクが咆哮し洞窟全体が震える。
その巨大な前脚が振り上げられ、リゼットへ向けて叩きつけられる。
リゼットは横へ跳んでかわして、前脚は空を切ったまま、洞窟の天井へぶつかった。
その瞬間、轟音が鳴り響き、天井の一部が嫌な音を立ててひび割れる。
「っ! まさか!」
次の瞬間、洞窟の天井が不自然に崩れた。
まるで、あらかじめそこが崩れるように仕込まれていたかのように。
「エリシアの魔道具……こんな時に!」
ガルドを殺すために仕掛けられた、地盤破壊と地盤沈下の魔道具。
残ったその一部、眠っていた魔道具の残滓をレブナントバジリスクの攻撃が叩き起こした。
巨大な岩塊が、滝のように降り注ぐ。
「リゼット!」
「大丈夫!」
リゼットは落石の隙間を縫うように走った。
右へ。
左へ。
時に細剣で小さな岩を弾き、時に地面を蹴って崩落をかわす。
その動きは、ギフトの祝福がなくなっていてもなお人間離れしていた。
だけど、レヴナントバジリスクはその一瞬を見逃さなかった。
地面が隆起する。
俺の《ロックニードル》とは比べものにならない、巨大な岩の棘がリゼットの足元から突き上がった。
「っ……!」
リゼットは咄嗟に身を捻り直撃を避ける。
しかし、岩の棘が彼女の足を掠め、体勢が崩れる。
そこへ、灰色の風が迫った。
「リゼット、避けろ!」
叫んだ瞬間、石化のブレスがリゼットの左脚をかすめた。
「う……っ!」
リゼットが膝をつく。
左脚の一部が、灰色に染まっていた。
完全な石化ではないものの、リゼットの機動力を奪うには十分すぎた。
それは、あの魔物を相手にするには致命的だった。
レヴナントバジリスクの喉奥が、不気味に光り再び、石化のブレスが来る。
今度は避けられない。
「リゼット!」
俺は障壁を張ろうと魔力を練るが間に合わない。
エルナさんを守る障壁も維持しなければならない。このままでは、本当にまずい……
ノアくん――
その時、誰かが俺を呼んだような気がした。
耳ではなく、胸の奥に響くような声だった。
一瞬目の前を赤黒いモヤが通りすぎたように見え、その先を目で追う。
崩れた岩壁の隙間――岩に半ば埋もれながらも、こちらへ突き出しているもの。
一枚の盾。
傷だらけで、縁は欠け、表面には無数の爪痕が刻まれている。
仲間を守るために生きた男が、最後に手放してしまったもの。
あの崩落の中で、瓦礫に呑まれたまま残っていたそれが今、岩の隙間から俺を呼んでいた。
まるで――これで仲間を守れ、と言うように。




