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ギフト犯罪探偵リゼット~冒険者パーティーを追放された俺は、天才探偵にスカウトされ、過去を視るギフトで事件と運命を書き換える~  作者: 久遠遼


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レヴナントバジリスク

ヴェイルの記憶と人格が、エルナさんの身体から消えた。


 最後の最後で、彼女は自らの意思で踏みとどまったのだと思う。


 復讐に呑まれきることなく。


 人間らしい心を、ほんのわずかでも残したまま、エルナさんの身体を返していった。


「……うっ」


 小さな呻き声が聞こえた。


 エルナさんが、ゆっくりと目を覚ます。額に手を当て、苦しそうに眉を寄せていた。


「エルナ! 大丈夫!?」


 リゼットがすぐさま駆け寄る。


「え、ええ……少し目眩がするだけよ」


「そう……よかった」


 リゼットは安堵したように息を吐いた。

 その声はかすかに震えていた。


「二人とも、ごめんなさい。迷惑をかけたわね」


「そんなことないよ」


 リゼットは即座に首を振った。


「無事でよかった。本当に……それだけでいい」


 エルナさんが無事だった事実に、俺もようやく胸を撫で下ろしかけた。


 その時だった。


「お涙ちょうだいの、感動的な場面じゃないの」


 嘲るような声が、洞窟内に響いた。


 振り返ると、エリシアがこちらを見て笑っていた。


 壁にもたれかかりながらも、その口元にはまだ余裕めいた笑みが浮かんでいる。


「お前も観念したらどうだ?」


 俺がそう告げた、その直後。


 エリシアの後ろで、巨体がむくりと起き上がった。


「観念?」


 低く濁った声が響く。


「それはこっちの台詞だ、雑魚が」


「ジェイク……!? お前……」


 ジェイク・オーウェンが立っていた。


 さっきリゼットが刻んだはずの四肢の傷は、すでに塞がっている。


 ヴェイルとのやり取りの間に、エリシアが回復させていたのか?


「バカかよ。せっかくのチャンスをみすみす放棄して、俺を回復させる時間までくれるなんてよ」


「チャンス?」


 リゼットが細剣を構える。


「別に、また切り刻んであげるよ」


 言い終えるより早く、リゼットが地を蹴った。


 ジェイクとの距離が一瞬で詰まる。


 ギン、と甲高い音が鳴った。


 ジェイクのハルバードが、リゼットの細剣を弾き返す。


「おっと、危ねぇ。たしかに速ぇが……さっきと違って見えるぜ」


 ジェイクが下卑た笑みを浮かべる。


「反則みてぇな力は、もうおしまいか?」


「お前ごとき、このままでも十分だよ」


 リゼットは焦ることなく言い返した。


 だが、俺には分かった。

 状況は、決して有利ではない。


 真相に辿り着いたことで引き上げられていたリゼットの力は、もう弱まっている。


 それでも彼女は強い。


 けれど、ジェイクもまたAランク上位の冒険者だ。

 正面からぶつかれば、どちらに転ぶか分からない。

 しかも、エルナさんは目を覚ましたばかりで、まともに動ける状態ではない。


 俺は彼女を守らなければならない。

 そうなると、リゼットへの魔法支援も限られる。


 この状況で、ジェイクとエリシアを同時に相手取るのは――。


 その時だった。


 洞窟の奥から、異様な魔力の気配が漂ってきた。


 ほんのわずか。けれど、身体の奥底を冷たい手で撫でられたような悪寒が走る。


 Sランク冒険者として積み上げてきた経験が、理屈より先に警鐘を鳴らしていた。


「くそっ!」


 俺は考えるより先に動いていた。


 リゼット、エルナさん、そして俺自身を包み込むように、全方位へ魔力障壁を展開する。


「ノア!?」


 リゼットが困惑した声を上げたその直後だった。


 洞窟の床が、爆ぜるように隆起した。


 俺がさっき発動させた《ロックニードル》とは比べものにならない規模の岩の棘が、地面から無数に突き出す。


「ぐっ……!」


「きゃあっ!」


 轟音、衝撃と共に土埃が視界を埋め尽くす。

 

 魔力障壁に、岩の棘が凄まじい勢いで叩きつけられた。

 砕けた石片が弾け、障壁の表面を削っていく。


 やがて、土埃が少しずつ晴れた。

 リゼットも、エルナさんも、俺も無事だった。


 だけど、ジェイクは岩の棘に片足を挟まれ、身動きが取れなくなり、そしてエリシアは、衝撃で壁際まで吹き飛ばされていた。


「う……っ」


 エリシアは苦しげに呻く。


 生きている。

 ただし、岩片が肩と脇腹を掠めたのか、服には血が滲んでいた。


 回復魔法を使おうとしているのか、震える手に淡い光が灯る。


 だけど、その光はすぐに揺らぎ、消えた。

 魔力を使いすぎたのだろう。


 少なくとも、すぐに戦線へ戻れる状態ではなかった。


「ありがとう、ノア。でも、いったい何が……」


 リゼットがこちらを見て呟く。


 無事でいてくれたことに、ひとまず安堵する。

 だが――。


「まだだ! その場から離れろ!」


 俺が叫ぶとリゼットは即座にはっとして、その場から飛び退いた。


 次の瞬間――

 彼女がいた場所を、砂と石礫を巻き込んだ灰色の風が通り過ぎた。


 いや、風ではない石化のブレスだ!


 それは逃げ遅れたジェイクを、真正面から飲み込んだ。


「なっ……なんだと……!?」


 ジェイクの顔から、初めて余裕が消えた。


「なんで、こいつが……!」


 足を岩に取られたジェイクには、避けることも、防ぐこともできなかった。


 灰色の息吹が、巨体を包み込み、皮膚が石に変わる。

 鎧の隙間から覗く肉が、硬質な灰色へと染まっていく。

 

 指が、腕が、喉が、顔が。

 悲鳴を上げる間もなく、ジェイクという人間が石像へと変えられていく。


 やがて、その表情だけが最後に残った。


 理解できないものを前にした、恐怖と困惑に歪んだ顔。


 そしてそれすらも、完全に石となった。


 ドシン。


 ドシン。


 洞窟全体を揺らす重い足音が、闇の奥から近づいてくる。


 暗闇の向こうから、ジェイクの命を奪った存在が、ゆっくりと顔を覗かせた。


 巨大な影。

 岩のように硬い鱗。

 濁った黄金色の眼。


 かつて、依頼で一度だけ見たことのあるギガントバジリスクに似ている。


 けれど、違う。

 纏っている魔力も、存在感も、まるで別物だった。


 次の一歩で、そいつは石像と化したジェイクを踏み砕いた。


 悲鳴すら残らない。

 粉々になった石片だけが、洞窟の床に散らばる。


 ジェイク・オーウェン――

 

 Aランク上位の冒険者でありながら、身勝手な欲と保身のために仲間を裏切り、人の命を奪い、いくつもの人生を狂わせた男。


 その最後は、あまりにもあっけなかった。


 自分たちが利用したモンスターに、何の意味も残せないまま踏み砕かれる。


 それが、奴の末路だった。


 全身の肌が粟立つ。


「ギガントバジリスク……いや、違う」


 俺は思わず呟いていた。


 それはもはや、ギガントバジリスクではなかった。


 致命傷を負い、死の淵で休眠した個体だけが辿り着く異常進化。


 死に損ない、なお生へしがみついたモンスターが到達する、最悪の変異。


「レヴナントバジリスク……」


 リゼットが、掠れた声でそう呟いた。


 Sランクを、優に超える。


 最悪のモンスターが、俺たちの前に立ちはだかっていた。

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